115
その115です。
オーリンが顎をしゃくると、背後に控えていた兵たちが手早くコシュ皇子と妾を拘束する。妾は激しく抵抗したが、コシュは魂が離れたかのように成すがままだ。
そんな兄の情けない姿に、オーリンは様々な感情が胸を去来したが、ここで押し流されてはいけない、と強く自己暗示をかける。
「兄貴。これからは見山の塔に一人で生活してもらう」
「い、いやだ。あんな高い所なんか行きたくない。しかも一人なんて」
ある程度は諦めができたのコシュだが、幽閉場所を告げられると顔色が更に悪くなり、縋るような眼を弟へ向けた。
見山の塔とは、この帝都の北東にある塔だ。
その昔、戦上手ではあるがそれ以外に取柄が無い皇帝を幽閉するために建てられたと伝えられている。そのあまりの高さは都の人間はもちろん家屋すらも霞んでしまい、遠くの山くらいしか見るものがない――と、まことしやかに囁かれている建物である。
確かに、そんなところに閉じ込められるなんてオーリンも御免だ。兄は確かに許されない所業を犯してきたが、それでもどうしても肉親の情は湧いてしまう。
だが、ここで穏当な処分で終わらせてしまうと、後になって反ショウマ陣営の御輿に担がれてしまう可能性が否定できない。この兄ならば、喉元の熱さを忘れてしまえばホイホイと従ってしまうだろう。
「ならば兄貴、親父と場所を交換するか? 親父は今、緑水の間で寛いでいる」
「いいいっ! それは、それだけは止めてくれ!」
緑水の間とは、皇居の地下に存在する、いわゆる「座敷牢」を指している。
ただ、下水路のすぐ下に位置しているため常に雨漏りしているも同然(しかも汚水で)であり、壁といわず床といわず苔や藻の生えていない箇所がないとされている。
狂った帝を封じるに最も相応しい場所と言えるが……やはりオーリンの心は痛む。国政を顧みなかった報いとして当然と理性で納得しても、感情には蟠りが残ってしまう。
しかし、ハセン皇国の未来のためとオーリンは全てを呑み込んだ。
「さらばだ、兄貴。俺も遠からず出家する。お互い、あの親父を諫められなかったことを反省する余生を送る羽目になったな」
この最後の一言は、残念ながらコシュ皇子の耳には届かなかったようだった。
俯く彼は、なおも「違う、私が悪いのでは」を繰り返すのみで、もしかしたら今わの際になっても自らの非を認められないかもしれない。
次回からは別展開となります。