113
その113です。
ハセン皇国の第二皇子コシュの私邸に第三皇子オーリンが兵とともに押し入ったのは、陽が傾き始めた頃のことだった。
「困ります、オーリン殿下。コシュ殿下は――」
必死に追い縋る声を無視して、オーリンは一番奥の部屋の扉を荒々しく開く。
「ン? んなっ」
強い香で満たされた部屋の中央に設置された巨大な寝台の上で、全裸の女性が同じく全裸の男の腰の上に跨って腰をゆるゆると動かしていた。
闖入者にいち早く気づいた男――コシュ皇子は、慌てて自分の上にいた女を突き飛ばすと、毛布で自分の身体を隠す。相手が誰であるのか認識できたからである。
「な、ななな、なんだオーリン。こんな昼間に」
「そうだな、兄貴。まだ空が朱くなってないうちから何をやってんだよ」
これは、と目が泳ぎ始める兄の情けない姿に、オーリンは「まだ自分の中に失望する余地が残されていたのか」と呆れてしまった。
その間に、裸の女がこっそりと部屋から抜け出そうとした。けれど、オーリンの後ろに控えている兵たちに気付き、迷った挙句に裸のまま部屋の隅でうずくまる。
オーリンは溜息を突きながら香炉に蓋をすると、努めて冷静に声を絞り出した。
「兄貴。親父は拘束して退位してもらった」
「……は?」
「それに伴って、兄貴も俺も隠居だ。ショウマに即位してもらう」
「いん? ち、父上を拘束? 隠居? え? ショウマ? だってあいつは二十歳にも――隠居? お前が?」
相当に混乱しているが、これが真っ当な反応である。
だからといって、悠長に落ち着くのを待ってやる必要はない。
「今のハセン皇国は痩せさらばえた山羊も同然だ。鳴く元気すらも残ってないのに、まだ乳を搾り取ろうとしている人間は排除しなければならないんだよ」
きっぱりと言い放つ弟に、兄の目は更に大きく泳ぎ始める。
「……いや、悪くない。私が悪いんじゃない。父上が、皇帝が悪いのは分かってるだろ。私が命令したんじゃない。違う、違う」
定石どおりの責任逃れだ。
予想していたとはいえ、オーリンはやはり兄のこんなセリフは聞きたくなかった。
今回から、エピローグというか、後始末的な話になります