110
その110です。
「ちょっと、魔王サマ」さすがに泰地がツッコんだ。「知らないって何ですか、っていうか、知らない誰かをあてにしてたんですか?」
対する魔王サマは「あてになどするワケがないのだ」と反論する。
「この国に転送してきた直後から、こやつがルデルたちを見ていたのに気付いていたのだ。何やら言いたげな雰囲気を出していたので、言葉ではなく行動で示せと目で伝えたのだ」
「なので行動で示しただけの話」
ローブの下からも聞こえてくる声は、男とも女とも判断が難しい。男にしては高音なのに、女にしては語気に力があり過ぎる。
すると、件の人物が顔をすっぽりとさらした――けれど、予想どおり性別の判断が難しい顔がそこにあった。少なくとも泰地たちと同じ人間であることは間違いないのだが、ここまで見事に中性的な顔面は初めてだった。
「私の名前は……とりあえずランセとしておく」
しておくってわざわざ言わなくてもいいじゃないか、とその場の誰もが思ったが指摘はしない。相手の為人が見定められていない時点での軽率な行動は避けるべきだ。
ランセは染められたものとは違う銀髪をかき上げながら、言葉を紡ぎ始める。
「私は強くなり過ぎた。若く、才能があり、愚かで臆病だったからだ」
こんな話をされてリアクションに困る。タユーと泰地が年長者の榊を盗み見るが、彼も「あきらめろ」と態度で語っていた。
「どこまでも鍛えられる我が身体と、いつまでも伸び続ける我が技量を高め上げた結果、私は比類なき頂上に達していた」
いや、それはちょっと天狗になり過ぎだろ――と、その場の全員の思考が一致したのだが、ランセは「分かっている」とばかりに深々と首肯する。
「そのとおりだ。私は図に乗っていた。頂上に果てなどない事実を理解していなかった。……そう、あの国で、あの巨大な偉容を目にするまでは」
大袈裟な身振りとともにランセが泰地に注目する。なんだ、とタユー・榊・ぴるるも視線を向けるが、少年には全く身に覚えがない。
脳内に疑問符の大量増殖が発生した座に、ルデルが助け舟を出した。
「つまり、シェビエツァ王国王宮上空で我が愛機――御手杵を見て感動した、というワケなのだ」
「そのとおり。あの圧倒的な存在を目の当たりにして、我がちっぽけなプライドなど、埃も同然に吹っ飛んだのだ」
ああー……と泰地は納得できる部分を発見したが、同時に違和も感じていた。
ランセは嘘は言ってないが、まだ本音を語り尽してないような予感が頭をもたげた。