108
その108です。
「……へ?」
泰地は我が目を疑った。
明らかに怒っていたタユーが真っ黒な和傘を真上へ投げると、その無数の骨が素早く伸びて地面へ突き刺さった――かと思ったら、すぐに傘は通常の形に戻り、落ちてきたところをタユーが取って、再び背中に挿したからだ。
わずか一秒もない空白。
それなのに、タユーは妙にスッキリした表情になっているし、少年は――彼女の足元にうずくまって、完全にあらゆるものが燃え尽き枯れていた。
「な、何があったんです?」
傷の痛みも忘れて泰地が尋ねる。それに対し、タユーは事もなげに答える。
「いや、要するに罪の意識ってやつに目覚めてもらっただけの話だよ。よくある話だろ? 魔法少女に諭されて改心するってアレ」
「まあ確かに、アニメとかでよく見るパターンですけど……」
「そーゆー話だよ。まあ、おいらの必殺技は一対一専用だから、裁判戦争じゃ役に立たなかったワケだけどな」
タユーの笑みに、珍しく自嘲の色があった。そういえば前にもそんな話をしていたような、と泰地は思い出す。トラウマってやつかな――と少し後悔した。
変な空気になりそうなところへ、榊がタイミングよく割り込んでくる。
「よし、とりあえずはこいつを確保だな。あとは、他の場所にいる連中を捕まえに行くぞ」
そうだった。この少年がボスとかではないのだ。
(できれば、ケガをしたことだし一足お先に帰りたいところなんだけど)
甘えを口にしたいところだったが、泰地は既に傷の痛みが我慢できる程度にまで軽減されているのを自覚していた。魔王サマのおかげだろう。
「そんじゃ、ぴるる。ちょっと探ってくれ」
「分かった」
ぴるるの眉間に、また日本刀のような輝きが出現する。
「……まずいな。どうやら出口へ向かっている。おそらくこの少年を囮にして、自分たちは脱出する算段だったのだろう」
「なに? 今から追いつけるか?」
「難しいだろう。ここから最短距離で進んでも、向こうがスラムを離脱し、表通りの雑踏に紛れでもしたら追跡は難しい」
むう、と榊は厳しい表情になる。ただでさえ多数の子供たちが犠牲になった上に逃亡を阻止できなかったとあれば、責任者である榊としては頭の痛くなるの当然である。
けれど、ここで魔王サマが明るい声で呟いた。
「なに、きちんと手は打ってあるのだ」