107
その107です。
「開始はそっちのタイミングでいい」
スタートラインに立ったタユーがそう告げる。
少年は再びほくそ笑んだ。「はいはい、ありがとうございます」と感謝を口にしつつ仙術を行使する。
ラインの前に立った少年は、先にあるゴールへ視線を向ける。何回か試してみた結果、だいたい十五秒くらいで走り抜けられると計算はできていた。
自分の足が速くないことは重々承知しているので、ここからは策が必要となる。
彼がタユーの横に並ぶと、彼女は屈んで両手を着いた。いわゆるクラウチングスタートの姿勢だが、少年は「何やってんの?」くらいで真似しようとは思わなかった。
「はじめ!」
なるべく唐突に叫んで一気に走り出す。
少年は、自分の敏捷力を上昇させる術を直前にかけていた。しかも三倍である。更に念入りに、タユーが変な姿勢になったその足元の地面を泥のように粘化させた。
(どっちも競技中じゃなくて、競技前に施した術だから違反じゃないな)
むしろムキになってやり過ぎたかな、などと考える少年だが、それでも速度を落としはしない。一気に駆け抜ける――
「遅いな、おめぇ」
冷え冷えとした声が隣から聞こえてきた。
少年は――首を動かさなかった。現実を見たくなかったというのも事実だが、その必要が無くなってしまったというのが大きい。
なにしろ、まばたきの後にはタユーの背中がゴールラインを越えているのを視認できたからである。
「あ? なぁ? えぇー……え?」
現実逃避が一瞬もできなかったことに、少年は自然と足が止まってしまう。
仙術が失敗したのか――と呆然とたたずむ彼に、タユーは無感動に声をかけた。
「中途半端なんだよ、おめぇは。スタート前に妨害するなんて誰でもやるってのに、てんで威力がないことしかやってねえ。その上、負けたからって途中で止まってやがる」
「…………」
「とりあえず、とっととゴールしやがれ。断罪はそれからだ」
これで一応、副題の意味を回収ということで……