106
その106です。
少年が選択したのは「百メートル走」だった。
基本的に直線を走るだけだったのに加え、最も早く決着を着けられるからである。
「相手に直接攻撃しない。競技中は『術』の使用を禁止……で、いいんだよね?」
「ああ、そうだ」
ルールの確認をしつつ、少年は百メートルを何度か軽く走ってみた。
正直なところを言えば、走るのはそれほど得意ではない。大人たちから逃れるには、早さよりも路地を素早く的確に曲がり続け、最後は身を潜める方が有効だったからだ。
しかし、勝算はある。
なんといっても、相手は小さな女だ。自分と同じくらい手足は細い。そしてその長い髪は明らかに邪魔になるはずである。
(あの髪が七色に光ってるのが不気味過ぎるけど)
タユーいわく、この「マジカルコロシアム」とやらの構築と維持に全ての魔力を注いでいるので、他の部分へ回す余裕はないらしい。
そんな説明を綺麗に鵜呑みするほど少年は純真ではないが、まったくの出任せと断定するのも慎重が過ぎるだろう。こんな皇宮がすっぽり収まってしまうような巨大な規模の建築物を作った上に、複雑な小細工を用意できるとは考え難い。
(この女が何を考えてるかは知らんけど、オレにはコレがある)
汚れて破けたズボンの隠しポケットの中に硬い感触があることを確認しながら少年はほくそ笑む。
これこそが彼の「力」の源泉――「仙炭」とこの世界では呼ばれている、例の複数の色で彩られた奇妙な石である。
仙炭は、大気中に充満している仙気を吸収・蓄積する性質を持つとされ、仙術とは思い描いたイメージを仙気で現実の現象に変換させる術と伝えられている。
(こっそり試してみたけど、仙術が封じられるなんてことはなかった。なら、いくらでもやり方はあるってことだ)
気が蓄積された仙炭があれば、術はいくらでも行使可能である。だからといってノーリスクなわけでもない。あまりに強力過ぎる術を使おうとすると、仙炭が耐え切れなくなって普通の石となってしまい、ヘタをすると爆発してしまう。
(ちょっともったいないけど、仙炭が壊れるギリギリまで術を使わせてもらう。オレは油断はしない……!)