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シロツメクサの花冠  作者: オブシディアン
2/3

後編

 ところでシロツメクサの花冠とは、こんなに作るのが難しかっただろうか。俺は少々冷たい風の吹き荒ぶ土手の上で腕を組み、仁王立ちしていた。


 首には愛弥の手編みマフラーを装備し、去年の誕生日に愛弥のおじさんがプレゼントしてくれたコートを着て、さらにはおばさんが母と選んだ靴を履いた、いわば完全装備である。ちなみに親父と愛弥の弟が選んだのはケーキで、妹はマグカップだったのでそれに紅茶を淹れて美味しく頂いた。


「ぐう……」


 万一にも伸びて愛弥に傷を付けないようきっちり整えた爪の間には緑の繊維が挟まり、てのひらには植物特有の青臭さがこびりついている。しかしそうなるまでやっても、シロツメクサはろくに連なってはくれない。花冠どころか指輪作りも覚束無い。よくやったものだと、ずいぶん昔の愛弥を思い出す。


 だいたい子供の頭のサイズが五十センチ弱。つまり愛弥は、その大きさになるまでシロツメクサの花冠を編み続けたのだ。まじまじ見ていなかったのもあるし、何より彼女の手際の良さから当時はあまり作るのが難しい代物だとは思っていなかったが、これは酷い。手先は、幼い頃よりは器用になった……と思う。だというのにこの状況。


「あ゛ー……」


 いくらシロツメクサが多年草で冬以外は咲いているとはいえ、この時期に花冠一つ作れるだけの量を集めるのは困難である。ましてこうも失敗続きでは、足りるかどうか。

 足元には折れて萎れた花が乱雑に折り重なっている。十本とかそんなもんじゃ足りない。嗚呼、案外数えてみたら、百近くあるかもしれないな、とぼんやりしつつ、しゃがみこんでソレを指先でつまみ上げる。愛弥の言い付け通り、根元から摘み取ったときにはピンと凛々しく背筋を伸ばしていたシロツメクサだが、もはやその面影はない。哀れ、ぶっつりと摘まれたシロツメクサは己の朋輩とぐちゃぐちゃに絡め編まれて、今にも頭をころりと落としそうだ。


 良くやるものだと、自分ながらそう思う。


 こんなどこにでもある路傍の花で冠を作るなど、時間だけ浪費して、そのくせに出来上がってもさして価値もないというのに。大体にして、生花なんてものはすぐに枯れて用済みだ。茶色くなって乾いて邪魔で、屑籠にポイ。それだけの、その程度の。だというのに、()()()()のものに、俺はどれだけの労力をかけているやら。


 ────本当に、我ながら馬鹿なことをする。


「はは」


 健気なことだ。真摯なことだ。つい、笑ってしまう程には。


 俺は自分が、最低の部類に入る人間だという自覚がある。クズとかゲスとか、そういう質の。

 生まれた時からの性質だったのか、それとも後天的に得た(ひず)みだったかは、まあ、実はどうでもいい。別に問題提起までして扱うようなものじゃない。重要なのはそこじゃなく、その性質が愛弥の前でだけ鳴りを潜めるところだった。より簡潔に、詩的に、運命論的に言うのであれば、俺は愛弥の前でだけ“善良な人間”であれた。


 この時点でだいぶイっちゃってる感あるが、俺の倫理観・道徳観というものは愛弥のそれより薄いだろう。ぺらっぺらだ。むしろ愛弥の倫理観は、世間様の望む理想に近い。ただ、盲目なだけで。案外気付かれないもんだよなあ。


「くっだらねえの」


 そうして口ではくだらない、くだらないと言いながら、真実その通りだと感じながら、手だけは懸命に動かして愛弥のための花冠を作る俺の、なんて滑稽な有様か!


 つまるところ、俺という人間を“比較的まとも”に寄せているものは、愛弥だ。久堂広弥(くどうひろや)周藤(すとう)愛弥(あや)がいてこそ成り立つものだった。愛弥がそこに居さえすれば、後は何をしてくれてもいいと思っている。それこそ恋愛でも結婚でも犯罪でも、何なりと。


 これで愛弥に抱くものが恋情であったら、俺はすぐさま告白していただろう。そして俺は最低の人間であるから、さっさと既成事実でも作ってしまって逃がさないようにしていたことだろう。ありありと想像がつく。

 だが生憎、俺はそこまでロマンチストにはなれないらしい。


 いっそ恋情であってくれればと思ったこともある。恋情にならないかと期待したこともある。結局、そんなものは欠片も芽生えはしなかったけれど、だけれどやはり、愛ではあった。紛れもなく、俺たちの間にあるのは愛と呼ばれるものだった。


 その愛という、どうにも複雑なものが大きくて、大きすぎて、世間一般の男女関係に付けられる名称のどれにも当てはめられなくて、俺は早々に諦めた。名前なんて付けなくてもいいと判断した。幼馴染のままで十分だったから。しかし、成長に従う周囲の変化を、そこへ組み込めなかったのは失敗だった。おかげで、俺は面倒で愚かでくだらないことをしている訳である。


「あーあ、ほんっとに救いようねぇな俺」


 知ってはいたけど、と呟いて萎れた花を放り投げる。くるくる回っていったシロツメクサは、草むらに消えた。あれも枯れてしまうのだろう。


 ここに来て俺は、自分に恋愛なんて無理だと知ってしまった。同時に今頃になって愛弥と一緒にいるための近道を教えられてしまった。どうしてか、見ないように目を逸らしていた先に、目を向けることになってしまった。クズでゲスな俺が、それだけはいかがなものかと思考の外に放っていた──いやまあ、言うほど真剣に考えてた訳じゃないんだが──ものを、直視した。


「恨むからな、橘野」


 だから精々砂を吐け。


 昼間の情けない顔して懇願したクラスメイトを笑いながら、俺は場所を変えることにして、歩き始めた。もうここのシロツメクサは花冠を作れるほどの数がない。

 どれだけ作ったんだか。今度は自分を笑った。


 やっぱり、今日はもう帰ろう。だいぶ、形になるようにはなった。このままのペースなら、明日辺りには少々歪な花冠が一つくらい完成しそうであるし。それに親父の誕生日も近い。そろそろプレゼントも考えなければ。


 今日は愛弥の家に泊まろうか。

 連絡なしに隣家へ訪れようと、もう誰も何も言わない。ただ、飯やら風呂やらがあるので、そのくらいは各家で済ますほうがいいが、なんせ両家は俺たち長男長女の生まれる以前からの付き合いだ。かなり前から遠慮なんてあってないようなものだろう。


 愛弥を抱き枕にして寝るのが──あるいは愛弥に抱き枕にされながら寝るのが──この上なく心安らいで、そして家族に呆れたような目で見られる最たる理由だ。おじさんおばさん、年頃の愛弥の弟にまで信じられないものを見るような目を向けられる。失礼な。いやまあ、家に愛弥が泊まるときには俺の親と妹がそういう目をするのだけども。


 でもそれでも、俺と愛弥には恋心は生まれない。


 難儀だなよあ。

 クラスメイトがけらけら笑ってそう言ったのを思い出す。あれはいつだったろう。ずいぶん昔から、彼はそうして笑って言うのだ。橘野の言葉は、これ以上ないくらいに的を射ている。時々検討外れのことを言うが、大体にして八割は正しい。 


 俺たちに恋心という、ただ一つのものさえあれば、俺たちはこうはならなかった。ここまで、拗らせはしなかったはずだ。それ以外のものは、なんだって揃っていたのに。むしろ恋心の欠けていたのが、おかしいほどに全部あった。お膳立てすらされていた。なんでここまであって恋心という思春期の必需品がないのか。

 別に神様なんて信仰しちゃいないが、ちょっと文句を言わせて欲しい。特に恋愛の神。恋をすっ飛ばして愛の領域に至らせるとはどういう腹積もりだ? 人間、過程だって重要なんだぜ?


「……いや、やっぱいらねえかも」


 俺は立ち止まって、手を挙げた。


「あ、広弥くん」


 今日は遅かったねえ? と呑気に微笑む幼馴染は、この時間帯にも関わらず元気そうだ。


「野暮用ってやつ」


「あはは」


「笑うなっつーの。何が楽しいんだか。……ああ、そうだ。今日お前んちに泊まるから」


 うん、と頷いた愛弥に俺も頷き返し、玄関のノブに手をやった。


「おかえり」


「おう、ただいま」


 さて、いよいよ明日だ。


 ()()()()()()()()()()()()


 答えなんて決まりきっているが、緊張、しないでもない。今夜は寝れるかねえ、と頭を掻きながら、俺は愛弥に続いて家族にもただいまと言った。



****



 ずいぶん不恰好な花冠だった。もう何年も作っていない私のほうが、それでも上手に作れそうなくらいにはぼろぼろで、たぶんちょっとでも触ればそこからぽろぽろとシロツメクサが零れていくような、そんな代物。

 差し出した当人は、どことなく悔しそうな顔をしていた。もう少し上手に作れる自信があったのだろう。でも彼の爪先は緑一色で草の匂いもした。うん、実は一度も作ったことのない広弥くんが作ったにしては、努力賞。


「ありがとう」


 くすくす笑って肩を震わす私の頭の上からは、もうすでにたくさんのシロツメクサが落ちていっていたけど、胸をいっぱいにした嬉しさはちっとも減らない。むしろかさを増していって、ついには容れ物から溢れてとろとろと流れ出ていくくらいだった。


「これでいいのかよ。自分で言うのもあれだけど、これ花冠って言えるか?」


「うーん、言えないかもね」


 でも、嬉しいからいいの。


 そう言って笑えば、広弥くんはがりがり頭を掻いて、「ならいい」と頷いた。


「で、間に合ったか?」


「ちゃんと間に合ったよ。大人になる前に、だったでしょ」


「結局、大人になるって二十歳になるまでに、ってことだったのか?」


「…………さあ? どうかな」


 あの日約束した期限について、私は広弥くんに詳しく言うつもりはなかった。世において成人するという意味では二十歳で合っているけれど、実のところこの期限というものは、広弥くんが彼女でも作っていたらその瞬間速攻破棄、という可能性もある脆弱なものだった。彼女というか、“私以外の大切な人”というか。もし彼にそういう人が出来たら、私はどういう行動をしていただろう。想像がつかないけれど、そのときには私に理性なんて髪の毛ほども存在していないことは確かだ。


「どっちにしたってヒロくんが約束守ったのは本当だから、そう気にすることでもないかな」


 ふうん、と返した広弥くんには、その態度通りこの話題に関心はない。約束が守れたその時点で、どうとでもよくなったのだろう。曰く、効力の失せた約束には、意味がなくなるから。効力のない約束を延々と守るよりも新しい約束のために尽力するほうがいいと、広弥くんは思っている。


 一方の私はといえば、広弥くんがしっかりと約束を守ってくれたことに浮かれていた。頭がお花畑、という例えがあるけれど、そんな喩えでは言い表せないくらいに私は浮かれ、のぼせていた。ぐちゃぐちゃに掻き回された脳みそは五感から与えられる情報すら輪郭を崩してひとつに練ってしまおうとして、嗚呼、今ほど私の頭が役に立たない瞬間はないだろう。


「じゃあヒロくん、私のものになってね」


 彼の手を取ってはしゃぎ回る私に、広弥くんは何も言わなかったけれど、否定しないことが彼にとってなによりの肯定であることを知る私にとっては、その沈黙こそなによりの答えだ。もっとも、広弥くんは私に関わることで否定を示すことのほうが少ないのだけど。


「これからずうっと、私のものでいてね」


 私が勝手にした約束だけど、広弥くんはそれを守った。あの日の言葉のそのままに、大人になる前にシロツメクサの花冠を作って私の頭に乗せてくれた。

 その意味するところを、私の意図したことを、知っていたかなんて関係ない。ただ他意なく、ただ律義に、あの日の私の願いを守ってくれただけかもしれないけど。彼は自分自身で私から逃れる千載一遇のチャンスを棒に振ったのだ。


 だから広弥くん、もう期限なんてないよ。ずっと、ずっと、未来永劫に私のもの。だってそうでしょう。私が貴方を拒絶しないように、貴方は私のことを、否定なんてしないのだから。


「──はは」


 広弥くんは、私を見て小さく笑った。目が細まって、月のように弧を描く。


「ずっとか」


「そう。ずーっと」


「それ今までとなんも変わんねーよ」


 ────あれ、それもそうだね。


 首を傾げて、顔を見合わせた。私たちはぱちぱちと瞬きをして、盛大に吹き出した。


「なーんだ! そっかあ!」


 ヒロくんは今までだって私のものだったけれど、これからも私のものだ。そこに、過去と未来に、なんの違いがあっただろうか! 私は今までだってヒロくんのもので、これからもヒロくんのものだ。そこにもやはり、なんの違いがあるだろう!


「……って、あれ。じゃあ、約束なんていらなかった?」


「さあな。でも趣味嗜好の転換も必要って言うだろ。飽きるらしいし」


「えっ、ヒロくんは私に飽きちゃう?」


「んなわきゃねーだろ。馬鹿か」


 馬鹿と言う割には、私の頭を小突く手付きは優しい。


 ヒロくんが私を小突いた瞬間、ついに壊れかけの花冠は跡形もなく崩壊して、編み込まれていたシロツメクサはくったりと身を伏せて地面に散らばっている。それはどこか、無数に折り重なる死体じみていたけれど、そんなことよりも私にはヒロくんが差し出してきた手を握るほうが重要なのだ。肩に乗ったシロツメクサを空いた手で払う。


「ほら、帰ろうぜ」


「うん」


 ヒロくんと手に手をとって、私たちは自宅へと向かう。一歩踏み出したときに、何か踏んでしまったような感触がした。靴裏で、ぐちゃりと。

 だけど、ヒロくんと一緒にいるときにそんなものを気にするなんてこと、私には出来ない。踏んでしまったものがなんであれ、私は目の前の彼のことしか世界に組み込む必要はないのだ。


 何であっても、私は、そんなものに二度と、気をかけることはない。だって、もう私たちの世界には必要ないんだから。

 ねえ、そうでしょう、広弥くん。


 私たちの世界には、私たちだけ居ればいい。だから、永遠に二人でいようね。永遠に、永劫に。お互いにシロツメクサなんて目じゃないくらいに頑丈な鎖で縛り付けて、そうして、いつか一緒に死にましょう。閻魔さまにも神さまにも喧嘩を売って、地獄でデートでもしませんか? たのしそうでしょう。


 でも約束はいらない。そんなものなくたってヒロくんが私の願いを叶えてくれるんだって、よーく思い知ったから。だから一緒に眠りましょう。

 私か踏み潰した何かは、風に吹かれて遠くどこかに飛んでった。


 その行き先を、私たちは知らない。



****



「ん」


 告白劇の帰り道。


 まだシロツメクサの群生地が続く河川敷沿いの道で俺は愛弥に小さな箱を突き出した。ほぼ空のときと変わらない重量の箱を、差し出されたてのひらにそっと乗せる。所謂ジュエリーボックスだ。そこらの百均で買ったやつだけど。俺がやりたいのはそれじゃなく中身だからな。


「わあ」


 愛弥は古典的な青のジュエリーボックス──厳密にはプラスチックなんだが、雰囲気は重視しようと思った──をまじまじと見つめると、やがてにんまりと笑って俺を見上げた。


「どんな顔でこれ買ったの?」


「すっげーやりづらかった」


 まずジュエリーボックスがどこにあるかさえ分からず、店内をあちこち巡ったが、やはり需要として女性が求めることの多い品だからか化粧品の陳列棚に近かった。ジュエリーボックスを選んでいる最中、すぐそこで口紅やらファンデーションやら選ぶお姉様がたの視線が痛いったらなかった。微笑ましい少年を見守る目とうわリア充だという視線にきっぱり分かれてたが。

 いっそネットで買ったほうが良かったかと微妙な後悔をしている。


「見たかったなあ」


 可笑しそうにジュエリーボックスと俺とを交互に見ながら、愛弥は楽しそうに肩を震わせる。

 かぱ、と軽妙な音を立ててジュエリーボックスが開かれた。敷き詰められたなんの変哲もない白い衝撃吸収材の真ん中に、シルバーと淡いピンクの指輪が並んで澄まし顔をしている。


「あはは! 可愛い! これ、店員さんになんて言って買ったの?」


「普通にジュエリーショップで、これからの将来を一緒に生きたいやつにあげたいからって」


「もうそれプロポーズだよ」


「そうか?」


 所詮、バイトもしていない高校二年生に出せる金額なんてたかが知れてる。使う必要も場面もないから、ひたすら惰性で貯め続けていた親類からのお年玉を預けていた通帳を見てみたら、まあ十分買えるなっていう値段だった。ペアで五万にもならない指輪だ。 


 俺がシルバーで愛弥がピンクの、シロツメクサをモチーフに使ったペアリング。この歳でつけるにはちょっと幼いデザインな気もしないでもないが、どうしてもシロツメクサを使ったアクセサリーが欲しくて方々を探しまくったのだ。チョイスが指輪になったのは他のネックレスとかブレスレットにいいデザインがなかったからっていう、非常にしょうもない理由だ。

 それを言っても愛弥は怒らずに、むしろ満面の笑みで俺を見上げている。


「私、今、初めてヒロくんにも甲斐性あったんだなって実感した」


「ひっど」


「妥当」


 なんだそれ、甲斐性ぐらいある……はず、だ。こと愛弥に対しては。他の人間は知らん。


「で、いんの?」


「いる。ありがとう! 嬉しい」


 頬を染めて照れたように笑う愛弥に、ああ、と頷いてその手を取った。一度差し出したジュエリーボックスを回収して、指輪を抜き出して箱だけ仕舞う。

 指のサイズは、愛弥が寝ている間に測ったのだが、指輪を買おうと決意したのは実は去年なので、測ったのも去年なのだ。買ってからそういえばサイズは大丈夫だったかと気付いて、ひやひやしつつ愛弥の指へ通したが、杞憂だった。いや俺素晴らしいな!


「あー、何だったか、あれ、えーと。病めるときも健やかなるときも……?」


「ヒロくんが言っちゃうの? そこは神父さんとか牧師さんじゃない? あとここ河川敷!」


 けらけら、とこうまで手放しに楽しそうな愛弥を見るのは久しぶりだった。どうしてだか近頃は表情が暗かったから──まあどうせ下らないことだろう。愛弥は繊細に過ぎるところがある──少し心配してたので。


「でもここには神父も牧師もいねえし。んー、いやまあ誓いなんざ今更なんだけどな」


 これで要は、二重どころじゃなくなる訳だ。愛弥が俺を縛って、俺が愛弥を縛って、それで終いに指輪で互いに縛る。それでもこれで満足しそうにないのだから、我ながら大した執着だ。誓いだなんてお綺麗なものを語るには、これは欲の塗れた執着に過ぎる。


「どこにすりゃいい?」


「んー?」


 愛弥はきょとりと首を傾げて、俺の手の上に乗った自分の手に視線を落とした。まだ指輪は俺が持っている。 


 ああ、今更だがこの指輪、薬指でサイズ取ったんだった。当たり前のように薬指を選んだが、もしかしてどんな指輪ですか、どんな人にあげるんですかと話を聞いて指輪を探し出してくれた店員が凄まじい顔してたのはそれでか。接客業の店員の話術は恐ろしいな? 少し口が滑ったのは否めない。


「どこでもいいよ」


 どこでもって。ああいや、それもそうだな。どこへ嵌めたって意味は同じなんだから。でも俺が選んだサイズは薬指だ。愛弥は、笑って俺を見上げる。俺がどこへ嵌めるのか、どの指を選ぶのか、知り尽くしたような顔をしている。つられて俺も笑ってしまった。ああ、そうだな。知らないはずが、分からないはずがない。


「誓いの指輪とくれば相場は決まってんだろ」


 いくら安物でも、デザインが子どもっぽくても、それでもこの指輪なら、愛弥の指には似合うだろうと考えて選んだのだ。自分でもアホかと思うくらい必死に。多分生まれて初めて。


「まあ……そうだね」


「あとで俺のもやってくれよ」


「他の人にやらせる予定なんてないくせに」


「アヤもな」


 そんな予定あったら殺すが。相手を。


 しかしほんと、くっそ寒い河川敷沿いで一体何をしてるんだか。でも俺たちには相応しい場所だと思う。なんせ足元にも指先にもシロツメクサ。約束と、幸運と、復讐なんていう物騒な意味を持つ花だ。花に誓うっていうのもまあロマンチックなことで、知らんうちにとんだ気障ったらしい真似をしている気がしてならない。シロツメクサの花冠の意味を教えてくれた妹には確実に笑われてネタにされる。


 まあ、でも、愛弥がそれで幸せだと笑うなら、悪くはない。


 俺は俺の手を取って微笑む愛弥を引き寄せる。生まれてから一時も離れずずっとずっと隣にあるこれを、死ぬまで手放さず飼い続けるために。あるいは死んでも、俺のもとにあるように。

 俺はそれを叶えられるならなんでもするだろう。それこそ殺しでも。殺せと言われたのが両親でも、愛弥の家族でも。だがこういうもので腕の中に囲い続けられるなら、それはそれで楽でいい。そして、愛弥も同じはずだ。


 ──なあ、そうだろう、アヤ?


 だって俺たちは、シロツメクサの花冠をお互いに捧げ合ったんだ。“私のものになって”という愛弥の願いを、“俺のものになって”と伝えることで叶えたんだ。他の誰にもシロツメクサの花冠を捧げたことなどない、愛弥が! そもそも花冠なんて作ったこともない、俺が!


「帰ったら自慢しなくっちゃ」


「俺も。あ、橘野に報告……は明日でいいな。うん」


「? 橘野くんに?」


「ちょっとアドバイスもらったからな。あと俺の彼女を見せびらかしに?」


 とかいって橘野のことだからイイ反応してくれるに違いないので今から期待しておこう。明日も普通に学校なので、さっそく昼休みにでも。


 さあ、これで文句などあるまい。俺たちは恋人同士。幼馴染という関係性から発展してみせた。誰がなんと言おうとも、この手を離してたまるか。病めるときも健やかなるときも。死せるときも死したあとも。ずっとずっと永遠に、俺たちはお互いのもの。


 シロツメクサに誓って、俺たちは結ばれた。

シロツメクサの花冠って、幼馴染に送ると「わたしのものになって」っていうらしいというネタから膨らんだお話でした。

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