8話
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放課後、私はいつものように、とある人物に呼び出されていた。
場所は校舎四階の空き教室。この時間はこの教室周辺に誰も来ない。
そのため、ここは、ちょっとした告白スポットだった。
「はぁ……本当に、毎日懲りないわね……」
私はため息をつきながら、帰り際に下駄箱から出てきた手紙を見る。
文章は簡単なもので、「話があるので、放課後に四階の空き教室に来てください」っと言う一文だけ。
名前は書いてなかったが、私の知る限り、最近私に、こういう事をする人物は一人しかいない。
「まぁいいか、昨日のお礼もちゃんと言いたいし……」
今回で実に九十九回目の呼び出しに、私自身もよくつき合ってきたと思う。
断っても断っても彼はあきらめず、それどころか断る度に、人間として成長したような感じでまた告白をしてくるのだ。
「私なんかより、いい人はいっぱいいるでしょうに……」
彼の顔を思い出しながら、私はそんなことを呟く。
彼に好意を寄せられすぎて、気になり始めたとかではない。
純粋に私の事を諦めて別の恋を始めれば、彼にはきっといい彼女ができると思っていた。
だからこそ、今日の告白に対しては少し嫌われてもきつめに断ろうと私は決めていた。
「ハッキリ言えば、彼も諦めるでしょう……」
別に彼が嫌いなわけではないむしろ自分にここまで好意を向けてくれた事は素直に嬉しかった。
だからこそ、彼のためを思って、今日はハッキリ断ろうと決めていた。
私みたいな悪い女は忘れて、もっと他のいい人と彼は一緒にいるべきだと思うからだ。
「それにしても遅いわね……」
私は腕時計で時間を確認し、約束の時間に彼が既に五分遅刻していることに気が付く。
いつもの彼なら十分前には約束の場所にいたのだが、今日は違った。
こんなことは初めてで、何かあったのだろうかと少し心配になってしまった。
「どうかしたのかしら?」
私は空き教室を出て廊下を探すが彼はいない。
待っているべきか、それとも探しに行くべきかを悩んでいると、階段を上がってくる女子生徒が数人いた。
「伊敷君いないじゃん」
「おっかしいな~、確かに伊敷君の友達が四階だって……」
「いったいどこ行ったんだろ?」
どうやら五人組の女子生徒のようだ。
私はどうしてこんなところにと思ったが、話の内容から同じ相手を探していることを知り、彼女たちに何か知らないかを聞いてみることにした。
「伊敷君のお知り合いですか?」
「え? そうだけど……って山瀬さん!!!」
「え? あ、はい……山瀬ですけど?」
なぜかその五人の女子生徒は私を見るなり、驚いた表情で固まってしまった。
「あ、あの~、大丈夫?」
「は! ご、ごめんね~、ちょっと待っててもらえる?」
「え? 別にいいけど?」
「はい、みんな集合」
そう言うと、彼女たちは円陣を組むように集まり、何やらひそひそ話を始めた。
ほんの数分で話は終わり、彼女たちは私の方に向き直ったが、いったい何を話していたのだろうか?
「ごめんね~、私たちは、料理部の部員なんだ」
「伊敷君とは少しの間、同じ部で活動してしね」
「なので、一応お友達っていうことになります」
「そうなの? 実は私、彼に呼び出されているんだけど、時間を過ぎても来なくて……」
「え? マジ? どこ行っちゃったんだろ?」
「私たちも彼に用事があって探してるの。よかったら一緒に行く?」
私は彼女たちのありがたい提案に乗らせてもらうことにした。
彼と面識はあっても、連絡先なんて交換しているはずもない。
彼女たちに出会わなければ、私にはなす術もなかった。
「とりあえず、一旦部室戻っていいかな? ちょっともう一人呼んできたいのがいるから」「大丈夫よ」
私たちは料理部の部室である家庭科室に向かって歩き始めた。
「山瀬さんって、伊敷君のどこが嫌なの?」
「ずいぶんいきなりなのね……まぁ彼のせいで、私と彼の不気味な関係を知らない人は学校内にいないレベルだものね……」
「まぁね、九十回以上も告白する男とそれを断り続ける美少女って有名だよ」
「学校中そういうのを面白がって、噂のネタにするのよね……当事者はいい迷惑だけど」
「で? 実際どうなの?」
私は聞かれて考える。
つき合えない事情があったので、今まで彼の事を恋愛的に好きかどうかを考えたことがなかった。
顔は普通だが、勉強は学年一位になったことがあるらしいし、柔道部の主将を倒した話も聞いたことがある。
そう思うと、彼は意外と魅力的なのではないだろうかなんて考えるが、それは恋愛感情と違うので、こう答える。
「顔が好みじゃないとかじゃなくて、単純に恋愛対象として見れないのよね……」
「なるほど~、じゃあなんでそんな男の告白を毎回丁寧に受けてるの? 無視すればいいじゃん?」
「彼の一生懸命さはわかっているつもりだから、告白には一応丁寧に答えたいのよ」
「ふーん、でも実際今回も振るんでしょ?」
ハッキリものを言う人だと思いながら、私は返答をする。
「うん、義理でつき合っても先は見えてるし、それ以前にお付き合いできない事情があるの」
「だよね~、まぁ告白を断るかどうかは人の自由だから、私たち外野はなんも言わないよ。やっぱり、人にはそれぞれ事情があるからね~」
彼女の理解ある答えに私は安心しつつ、家庭科室へ到着した。
中では誰かが話をしている。
声の感じから、どうやら揉めている感じだ。
料理部の女子たちもその様子に気がつき、ドアの隙間から様子をうかがい始める。
私も一緒になって覗いてみると、驚くべきことに、探していた伊敷君がそこにいた。
何やら女子生徒と口論になっている様子だった。
「なんで……伊敷君は他人には、こんなに優しいのに……自分の事には厳しいの……」
女子生徒が涙を浮かべながら言っている。
料理部員たちは、なぜか目をキラキラと輝かせてその様子を見ていた。
「確かに、今日の俺は少し俺らしくなかったよ……でも、やっぱり好きでもない男に告白されるのって、女子は嫌なのかなって……」
伊敷君の言葉が、私の胸に刺さった。
彼も彼なりに悩んでいたのだ。あんなに毎回笑顔で自信ありげに来るものだから、私が断っても精神的にダメージを受けていないと思っていたが、実際は違うようだ。
今日の彼からは、いつもの強気の姿勢を感じられない。
そんな事を考えている私の耳に、とんでも無い言葉が流れてきた。
「じゃあ、私に告白してよ! 私なら………!」
これは誰がどう考えても、告白ととれる発言。
なんということだろう、あの女子生徒は伊敷君が好きなようだ。
彼女も自分の言ったことに気がついた様子で、顔を真っ赤にしながら何処かに駆けていった。
「あ、部長!」
「え? 部長?」
私と一緒にいた料理部員が、彼女を部長と呼んだ。
どうやらあの走っていった子は料理部の部長だったらしい。
「追うわよみんな! さぁ~楽しくなってきたわよ~」
「あ、山瀬さん、ごめん。私たち部長のフォローに行くから、あとはよろしく~」
「え、えぇぇぇ!」
料理部の面々は部長さんを追って皆行ってしまった。
残された私はこの状況をどうしてよいのかわからないとりあえず見なかった事にし、彼に気づかれないよう、その場を去ろうとするが……。
「あれ? や、山瀬さん!」
見つかってしまった。