4話
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「ただいま~」
誠実は二人に綺凛の付き添いを頼んだ後、すぐに家に帰宅した。
押し付けるような形になってしまったことは少し気になったが、あの状況では仕方がないと自分に言い聞かせる。
「あら、お帰りなさい。晩御飯まだだから、部屋で待ってなさい」
「うん、ちなみに今日のメニューは?」
「豚の生姜焼きよ」
「了解、じゃあ俺は部屋にいるから、できたら呼んで」
「はいよ」
誠実の家はごく一般的な家庭だ。
父親はサラリーマン、母親は専業主婦。
家は二階建ての一軒家で、ごくごく普通の家庭だ。
しかし、この普通の家庭の中で、普通ではないことが一つだけあった。
「あ、帰ってたんだ」
「ん、ただいま」
誠実が二階に上がると、ちょうど部屋から出てきた妹と会った。
妹の名前は伊敷美奈穂、スタイルが良く、どうやったらあの両親からこの娘が生まれるのかというほどの美少女で、読者モデルもやっている。
最近はアイドルや洋服のモデルにスカウトされたりと、引っ張りだこの売れっ子のようだが、そういった仕事を積極的にやっている印象はあまりなかった。
「邪魔、どいて」
「へいへい」
このようにあまり兄弟仲は良くない。
しかし、誠実はこれくらいの年頃の兄妹なんてこんなものだろうと思っていた。
誠実が高一で、美奈穂が中三。どちらも思春期ど真ん中であり、難しい年頃だ。
「はぁ……昔はもっと仲良かった気がするんだけど…」
昔の事を思い出しながら、誠実は自分の部屋の扉を開け、中に入ってベッドに倒れ込む。
「あ~ぁ……疲れた……」
誠実は数時間前の事を思い出していた。
さらわれそうだった綺凛を助けたところまでは上手くいっていたのだが……。
「はぁ……まさかあそこで拒否られるとはな……」
一緒に帰って、更に好感度をアップさせるチャンスのはずが、本人直々の希望で送れなかった。
これもしつこく告白し続けた自分が蒔いた種だと、理解はしていたが、それでも悔しかった。
「あぁ! 一緒に帰りたかったよぉ!」
自分の願望を叫びながら、誠実はベッドの上を転がりまわる。
完全に自分が拒まれていることがわかり、誠実はベッドの上でさらにため息を漏らす。
「はぁ……明日……ダメだろうな……」
二人にはあのように言ったが、段々自信がなくなってきた誠実。
泣いても笑っても明日で最後だと思うと、今までの事が思い出された。
最初の告白や告白のために色々やった事など、誠実は鮮明に覚えていた。
「まぁ、無駄ではなかったのかな?」
入学してからの三カ月弱、誠実は様々な告白とアピールをしてきた。
もはや日課となっていた告白がなくなると思うと、変な気分になる。
「仕方ないか……」
自分のしてきたことが間違いなのか、正しいのか、今の誠実には全くわからなかった。
しかし、相手の気持ちを考えるなら、ここで手を引いた方がいいのかもしれないと自分に言い聞かせて、ベッドへ横になって目をつむる。
「あぁ~、明日行きたくねーな~」
明日で区切りをつけると決めたが、その上で告白するとなると、やはり緊張するし、断られるのが怖い。
不安でいっぱいになりながら、またベッドでゴロゴロ転がる。
「誠実~! ごはんよー!」
母から声が掛かる。
誠実はベッドから起き上がり、一階のリビングに向かった。
リビングにはいつも通り、誠実の父と母、そして妹の美奈穂が居た。
「腹減った~」
「アンタ、今日遅かったけど、何してたんだい?」
「友達とカラオケ」
「カラオケか~、懐かしいな~。父さんも若い頃はよく行ったもんだ……なぁ、母さん?」
「え? そうでしたっけ?」
「行ったじゃないか、若い頃!」
「あぁ、そうですね、そうでしたね」
「最近、母さんが冷たいんだが……」
家族四人で晩飯を食べながら、いつもこんな感じで会話をしている。
親との関係も良好で、家庭に問題なんてない。
だが、誠実は妹の美奈穂がどうにも苦手だった。
「それ取って」
「ん、あぁ、ハイ」
「ん、どうも」
こんな感じでそっけない。
美奈穂の性格が冷たいわけではない父と母と話すときはいたって普通だ。
なぜか誠実だけに対してだけ。こんな感じで態度が冷たく、そっけないのだ。
「そういえば美奈穂、次はいつ撮影なの?」
「来週だよ。夜景のバックも欲しいらしいから遅くなるかも」
「まさか美奈穂がモデルをやるなんて、父さん思いもしなかったよ」
「モデルっていっても読者モデルね。まぁ、社会勉強にもなるし、いいかなって思ってやってるだけだから」
「でも、この前どっかのプロデューサーさんが直々にあいさつに来てたわよ?」
「そういうのは高校入学してから考えるからいいよ。今は受験の方が大事だから……」
楽しく会話をする両親と美奈穂。
そういう時の誠実は食事に集中し、極力会話に入っていかない。
やがて誠実は食事を終えて席を立った。
「ごちそうさま、風呂入ってもいい?」
「えぇいいわよ。美奈穂はもう入っちゃったし、あとはお父さんとお母さんだけだから」
誠実はリビングを出て風呂場へ向かった。
お湯に浸かってボーっとしていると、どうしても綺凛の事を考えてしまい、本当に好きだったんだとあらためて気がつく。
「まぁ、人生長いしな。またいい出会いがあんだろ!」
強がって声にしてはみるが、実際はそう思っていなかった。
しかし、諦めるためには声に出さなければならなかった。
「……早く寝よ」
誠実は早々と風呂から上がり、部屋のベッドに横になった。
明日振られたら、カラオケで思いっきり歌おう。
そんな事を考えながら、誠実は深い眠りに落ちていった。