29話
「なんか、揉めてるみたいね……」
「そうね、彼ってあんなにモテるのね」
「さっきまで半信半疑だったけど、実際に見ちゃうと、納得せざるを得ないわ……」
私と美沙は遠くから隠れるようにして、四人の様子を見ていた。
彼を囲んでいる三人の少女は皆整った容姿で、可愛い。
どういう関係かは知らないが、遠目からでも修羅場とわかるほど、緊迫した空気が感じられた。
「ねぇ、美沙。一ついいかしら?」
「何よ、トイレ?」
「違うわよ、なんで隠れて覗き見してるのよ帰るんじゃなかったの?」
「面白そうじゃない! 私、昼ドラとかのドロドロした恋愛って好きなのよ。あの三人からはそれと同じ匂いがする!」
「いい趣味ね……」
彼女のそんな発言に呆れながら、私も四人の様子が気になって覗き見を続ける。
さっきまでは女性陣だけで話していた様子だが、今は彼を三人で責めている様子だった。
「お、矛先が伊敷君に向いたみたいね……うちの制服じゃないあの子が気が強そうね……胸の大きな子は何か闇を感じるわ……ん? あれって二年の蓬清先輩? あの人とも知り合いなのね……」
「ねぇ、もう帰らない? やっぱり悪いわよ、覗き見なんて……」
「何言ってんの! こんな面白い状況、滅多にお目にかかれないわよ! それにあんな目立つ場所で言い争ってるんだから、覗きではないわ!」
「美沙……楽しそうね……」
私は友人のキラキラとした目を見て肩を落とし、ため息を一つついた。
ただ、口でそうは言っても、私も気にはなっていた。
あんなに可愛い子たちが周りにいるにもかかわらず、なぜ私にあそこまでしつこく告白してきたのか、純粋に気になった。
私は美沙に注意しつつ一緒になって四人の様子を覗く。
すると、昇降口の方から何やら聞いたことのある声が聞こえてきた。
「ちぇっ! 誠実の奴、せっかく待っててやったのによ~」
「仕方ないだろ。何か事情があったんだろ? そんな事より、職員室に用事って何だったんだ?」
「あぁ、やっぱりよ、学校内の人間のデータってもんを詳しく調べておきたくてな、色々な先生の事を調べに行ったんだよ」
「何が楽しいんだか……で、どんな事がわかったんだ?」
「あぁ! 聞いてくれよ! なんと、あの世界史の御松先生! 実はヅラだったんだぜ‼」
「……それを知って、誰が得すんだよ」
声の主は彼の友人の……確か、古沢君と武田君。
あの日、襲われた私を家まで送り届けてくれて、少し話をしただけだが、いい人達だと思った。
二人は、昇降口から丁度出てきたところで、当然校門前の騒ぎに気を留めた。
「ん? あれって誠実じゃないか?」
「あぁ、そうだな……それに美奈穂ちゃんに、前橋、蓬清先輩もいるな……」
二人は誠実たちを見た後、顔を合わせて同時に言う。
「「修羅場だな」」
二人の目にはキラキラとした何かがあり、わくわくした様子で私たちの隠れた反対側の建物の影に身をひそめる。
「おいおい! なんだあの面白そうな状況!」
「誠実、最近モテるみたいだからな……いずれはこうなるんじゃないかと思ったが……」
友人の困っている状況を楽しむ二人をこっそり見ていると、古沢君が私の視線に気がついたのか、こちらを向いた。
「あ……」
「……」
古沢君はこちらを見たまま、無表情で何も言わない。
代わりに、いまだに揉めている伊敷君たちを嬉しそうに眺める武田君の肩を叩き、私たちを指さす。
「なんだよ健、今いいと………」
武田君は古沢君の指さす方向に視線を移す。
「……」
無言のまま、私は二人に見られる。
そして顔を合わせて叫ぶ。
「「修羅場だ!!」」
「違うわよ!」
私も咄嗟に叫ぶ。
告白されて振った男子が他の子に言い寄られ、それを遠くからこっそり覗く私。
確かに私も修羅場に巻き込まれかねないが、違う。
どちらかというと、彼があの中の誰かとくっついて、幸せになることを願っている。
そう考えている間に、二人は私たちの方にやってきた。
「いや~、まさか山瀬さんまでいるとは……なにしてるの?」
「そんな嬉しそうな顔で聞かれても……」
「まぁ、大体察しはつくよ。今までさんざんつきまとってきた誠実が、今はあんな状況だ、気にならない方が無理だろ?」
「古沢君は、本当に察しがいいわね…」
私が古沢君と武田君と話をしていると、やや空気のような存在になりかけていた美沙が尋ねてきた。
「ちょっと綺凛、アンタって男子の友達こんな多かったの?」
「違うわよ。二人とは色々あって仲良くなったのよ……」
「色々って何よ! しかも片方は知らないけど、もう片方は一年で一番イケメンって有名な古沢君じゃない! ちょっとアイドルオタクらしいけど……やっぱカッコいいわね……」
顔を赤らめながら古沢君を見つめる美沙。
そんな美沙などお構いなしに、古沢君はスマホを操作し始める。
その古沢君に対し、武田君は涙を流しながら責め始める。
「なんだお前! やっぱりモテるのか! 誠実も最近モテるし! なんで俺だけモテないんだ‼」
「知らないよ。それはそうと、山瀬さんの友達? よろしくね」
「こ、こちらこそよろしくね! よ、よかったら連絡先交換しない?」
「おいぃぃ! 何口説きにかかってんだ!! 今は誠実たちの様子を……あれ?」
校門前を見ると、そこにはもう四人の姿はもうなかった。
色々話をしている間に、どこかに行ってしまったようだ。
「あぁ! 見失っちゃった……」
「クッソォ~! 面白いところだったのにぃ~」
本気で悔しがっている美沙と武田君を見ていると、なんだか似たもの同士だなと思ってしまう。
三人ほどの興味が湧いていない私は帰宅しようとする。
しかし……。
「追うわよ!」
「そうだな! 誠実のためにも‼」
「お前ら、面白がってるだけだろ……まぁ、俺も行くんだが」
「え! まだ続ける気なの?」
「「「当然!」」」
さっき知り合ったばかりなのに、すっかり打ち解けた様子だ。
私はそんな三人に手を引かれ、無理矢理付き合わされる羽目になってしまった。
気になるが、あまり他人が面白がるものではないと私は思いながら、三人についていくのだった。