28話
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私、山瀬綺凛は、教室で友人を待っていた。
もう時刻は十七時をすぎ、段々気温が下がってきているのか、昼間ほど暑いとは感じない。
「はぁ……まだかしら…」
友人の美沙が職員室に用事があるからと教室を出て行ったのは、もう四十分も前の話だ。
すぐに戻るからと言うから、待っているのに、全然すぐではない。
「ひまね……」
そんな事をつぶやきながら、机に顔をつけて窓の外を眺める。
「そういえば……今日は特別に静かな一日だった気がするわね……」
窓の外を見ながら私はそう思った。
いつも通りの学校のはずだったにも関わらず、なぜか今日はいつもより静かだった気がする。
たまにはこんな日もいいな……。
「……そう言えば、何か忘れているような………」
私は何かやり残したことがあるような気がしたが、それが何かは一向に思い出せない。
「う~ん、確か昨日……お父さんと電話する前に何か……」
記憶を辿り、なんだったかを思い出そうとする。
しかし、なぜか思い出せない。
「思い出せないってことは、そこまで重要じゃないわよね……」
私は考えた末、そう結論付けて納得する。
すると、教室のドアが開き、美沙が戻って来た。
「ごめんごめん! 先生話長くって~、帰ろ帰ろ!」
「もお……結構待ったわよ……飲み物くらいおごってくれてもいいんじゃない?」
「わかったわよ~、まぁ待たせちゃったしね~、早くいかないと、誰かさんも待ってるかもね~」
「え? 誰の事?」
私は美沙の言葉が気になり、尋ねる。
もしかしたら、誰かと何か約束をしていただろうか?
であれば、忘れていたのは申し訳ない。
「決まってるでしょ? 伊敷君よ、どうせまたいつものように下駄箱にラブレター入れて、校舎のどこかで待ってるわよ」
「あ……そっか……」
そういえば、今日は一度も彼の顔を見ていない。いつもなら朝に一回、昼に一回、放課後に一回くらいのペースで彼は私の前に現れる。
しかし、今日はそれがない。
「そう言えば、今日は来ないわね……どうしたのかしらね?」
「さぁ……まぁ、どうせ下駄箱に行けば、手紙が入ってるでしょ? ごめんね、もう少し帰るの遅くなるかも」
「いいわよ、別に私は気にしないし、前にも言ったけど、今度こそは少しきつめに行ってやらなきゃだめよ!」
私と美沙は昇降口を目指しながら、そんな話をする。
少し興奮気味に話をする美沙に、私は考え事をしながら生返事で答える。
「そうね……」
(どうしたのかしら……言われると気になるわね……)
「男には、キモイって一言そう言えば勝手に傷ついて終わりよ」
(欠席……ではないわよね? そういえば昨日も告白は一回しかされてないし……)
「いい、今日こそ言ってやるのよ! このストーカー野郎! キモイんだよ! ってね!」
(だとすると……もしかして昨日の子と……)
「ねぇ綺凛、聞いてる?」
考え事に夢中で、私は全く美沙の話を聞いていなかった。
「ごめんね、考え事してて……」
「どうしたの? 綺凛が考え事なんて珍しいわね……」
「うん、今日の告白なんだけど……もしかしたらないかもしれないわよ」
「え? どうして?」
「うん、実はね……」
私は、家庭科室で見た昨日の出来事を美沙に話した。
彼が昨日の事をきっかけに、いい加減新しい恋に行こうと私を諦めたのなら、それはそれなんだか嬉しかった。
「えぇぇぇぇ!!!!! あのストーカーが……」
「うん、私もびっくりした。覗いたのは悪かったけど……」
「しかも、相手って料理部の部長さんでしょ? あの可愛いって有名な!」
「有名なのは知らないけど……可愛かったわね………胸も大きかったし」
「あぁ……気にしちゃだめだよ……」
私は自分の胸を見ながら、美沙に言う。
私は、同年代の中で胸が小さい方だった。
今まではそのことを気にしなかったが、高校生になってからは気になり始めていた。
「ま、まぁ……それはいいことじゃない。綺凛ももう告白されないし、伊敷君も彼女ができるし、みんな幸せじゃない」
「そうね、まぁでも……彼の事だから、簡単にはそうならないかもね」
「あー言えてる、逆にそんなあっさり手の平返されたら、逆にむかつくでしょ?」
彼がいいのなら、私はそれでいいと思っていた。
私がきっと彼をなんとも思っていなかったからなのであろう。でもなぜだか彼には笑っていて欲しいと思えてきていた。
「私は彼が笑ってるなら、それでいいわ」
「え? なんで⁉ あんな丁寧に告白受け続けたのに?」
「うん、九十九回も告白されたからかしら、なんかもう他人とは思えないというか……友達くらいの距離感かしら? 彼が傷つかないなら、これは一番いい状況なのかもしれないわ」
「ふーん……そういうもんかな?」
そんな話をしている間に、昇降口にたどり着いた。
私は自分の下駄箱を開けて中を確認するが、あるのは私の靴だけで、いつも入っていた手紙はない。
「やっぱり……あの子と上手くやってるのか?」
私は微笑みながら靴を取り出して、内履きと履き替える。
「な~んだ、百回行かずか」
「そういう事言わないの、彼も真剣だったんだから…」
「ハイハイ、まぁ綺凛がいいならいいんじゃない? 早く行こ!」
美沙と帰る時は、いつもハンバーガーショップへ寄り道をする。
今日もそうしようと話し、昇降口を後にすると、校門前が何やら騒がしいことになっていた。
「ん? あれって伊敷君じゃない??」
「え? あ、本当……ね?」
そこには見慣れた男子生徒が一人と、見慣れない美少女が三人いた。
一人は料理部の部長だとすぐにわかったが、他の二人は誰かわからない。
四人の雰囲気から、何やら異様な空気を感じる。
「な、何かしらね……」
「さ、さぁ……でもなんだか……怖いわね」
私と美沙は少し恐怖を感じながら、そんな四人の様子を見ていた。




