27話
「じゃ、早速」
「えっと……何かな?」
誠実の腕にしがみついてくる沙耶香。
誠実はどう反応していいかわからず、戸惑いの表情を浮かべる。
「一緒に帰ろうよ」
誠実の目を真っすぐ見つめ、笑顔で言ってくる沙耶香。
誠実は恥ずかしさで、思わず目をそらしてしまった。
「か、帰るのはいいけど……腕を組むのはやめないか? そ、その……誰かに見られたら面倒だろ?」
「私は別に構わないのになぁ~」
恥ずかしいのはもちろんだが、誠実はそれより、二つの柔らかい腕への感触に危険を感じていた。
「と、とにかく! 帰るのはいいけど、そういうのはダメ! 答えを待ってもらってる身で勝手かもしれないけど、なるべくいつも通りに接してくれよ」
「む~、誠実君は私と腕組むのが嫌なんだ!」
「い、嫌じゃないけど……でも、ちゃんとメリハリをつけないと……俺たちはまだ友達なんだし」
「ぶ~、じゃあいいよ、みんなの前ではいつも通りでいてあげる。でも二人きりの時は……フフフ」
(な、何をされるんだ……)
誠実は身の危険を感じたものの、説得の甲斐はあって沙耶香は誠実から離れた。
「そろそろ、行こうか」
「うん、鞄取ってこないとね」
「あ、そういえば俺、あいつら待たせてるんだった……あいつらも一緒に……」
誠実は教室に健と武司を待たせていることを思い出た。
健と武司も一緒に帰ってもいいか尋ねる途中、沙耶香は言葉を重ねてきた。
「二人っきりで帰るよね?」
笑顔なのに、どこか怖い雰囲気の沙耶香にそれ以上のことを誠実は言えない。
「そ、そうだね……」
「ありがと!」
誠実は、健に電話をかけた。
「すまん、先に帰っててくれ……あぁ、悪いな……そ、それは明日話すから! じゃあな!」
沙耶香とどうなったのかを聞かれ、説明が面倒なので、焦って電話を切った。
電話は嬉しそうな顔で窓の外を眺めていた沙耶香に、電話が終わったことを伝える。
「お、終わったから……帰るか?」
「うん、帰ろうか」
沙耶香は誠実の横にピタッと張り付き、鞄を置いて自分たちの教室へ戻ることになった。
「「「「あっ………」」」」
「あ、じゃねーよ‼」
誠実が扉を開けた瞬間、反対側の扉に張り付き、中の様子をうかがっていた料理部の面々と目が合った。
「い、いやぁ……あの……これは志保が……」
「ちょっと! 私のせいにしないでよ‼」
「だって志保が、実際どんな感じなのかな? とかいうから!」
恋愛へ興味津々な料理部員たちは、こっそり隠れて様子を見ようとしていた。しかし、残念ながら教室内は必要のない机や椅子が物置のように置かれ、良く見えなかったのだ。
「い…いやー、でも何事もなかったようで、安心したよ」
「そう、そうだね! 明日登校した時に、部長が大人になってたら、私達なんか置いていかれたみたいになるしね!」
「じゃあ、何はともあれ、お疲れ~」
一仕事終えたような感じで、部員達はその場を立ち去ろうとする。
「おう、お疲れ! ………じゃねぇだろ!! 何のぞき見してんだよっ!!」
沙耶香に言った事を聞かれていたと知り、誠実は恥ずかしさと怒りで、部員達に向かって叫ぶ。
部員達は「ヤバイ! 逃げろー!」と言って、一目散に逃げだしていった。
それを追っていこうとした誠実だったが、沙耶香が止める。
「もぉ、誠実君一緒に帰ってくれるんじゃなかったの?」
頬を膨らませながら言う沙耶香に、誠実は歯切れ悪く答える。
「い、いや、でも、口止めしないと、何を言われるか……」
料理部の面々は噂好きが多い。誠実が料理部に顔を出していたころは毎日のように誰かの噂を耳にし、そのすべてが次の日には学校中の噂になっていた。
「私はいいもん、そっちの方が誠実君に言い寄ってくる女子がいなくなりそうで」
「俺は大丈夫だよ、元からモテないから……寄ってくるのは男子の方だよ……」
「あ~……そうかもね……」
誠実たちの通う西星高校は、生徒数が多いことで少し有名だ。
そのため、個性豊かな生徒も多く、何が起きるかわからない。
今朝のように、誠実が可愛い子と登校していたというだけであの大騒ぎになる。
今度は告白されたなどという噂が流れたら、事態はさらに大きくなる。
誠実はそれを恐れて、部員達を追っていこうとしていた。
「まぁ、でも大丈夫だよ。あの子たちだって、それくらいわかるだろうし……それより一緒に帰ろ!」
「なんか、やけに嬉しそうだな……」
「うん、だって好きな人と放課後一緒に帰るの……憧れてたから……」
「そ、そうなんだ……」
友人として接してきた女子が実は自分を好きで、その子と一緒に今から下校する。
中学時代、女子との交流などほとんどないまま卒業した誠実にとって、それは初めての体験であることに思い至った。
教室に鞄を取りに戻り、二人は帰宅しようと、校門前を目指す。
沙耶香の話によると、お互いの家の方向は同じらしく、誠実の方が少し遠いようだった。
横で楽しそうに笑いながら歩く沙耶香に、誠実は時折ドキドキしながら校門前まで来た。
「あ、やっと来た。おにぃ、遅いよ」
「え! なんでお前が……」
校門まで来た誠実と沙耶香の前に、妹の美奈穂が制服姿で現れた。
今まで美奈穂が学校に迎えに来たことなど一度もなく、誠実は突然のことに驚く。
しかし、驚く事はそれだけでは無かった。
「あ、伊敷く~ん」
「え! なんで蓬清先輩が‼」
後ろから名前を呼ばれて振り返ると、栞が、手を振りながら駆け寄って来た。
「ねぇ、おにぃ……誰?」
「美奈穂? どうした?」
なぜか低いトーンで話す美奈穂に、誠実は尋ねる。
しかし、美奈穂が答える前に沙耶香も誠実に尋ねる。
「ねぇ、誠実君……妹さんって普通学校に迎えにまで来るかな?」
「さ、沙耶香さん……笑顔がなんか怖いんだけど……」
沙耶香は笑顔だが、声は全然笑っていない。誠実はなにか黒いものを感じた。
「誠実君、今帰りで……あら? お友達ですか?」
「せ、先輩まで、どうして……」
栞は満面の笑みで誠実に尋ねる。
しかし、誠実はそんな先輩をよそに、背中に走る悪寒とどす黒い何かの二つを感じながら、言葉を失った。
「おにぃ」
「誠実君」
「「この人たち誰?」」
誠実は女の子、しかも美少女に囲まれるという夢のような状況にも関わらず、早くこの場から立ち去りたいと強く願っていた。