18話
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翌朝、誠実は昨日とは違う理由で、学校に行きたくなかった。
昨日の事を経て、朝からどんな顔で沙耶香に話しかければよいか、わからないからだ。
洗面所で顔を洗いながらどうしたものかと悩む。
「まいったなぁ……」
「何がよ?」
顔をタオルで拭いていると、制服姿の美奈穂が誠実に尋ねてくる。
昨日依頼会話が増えたこの兄妹。
しかし、誠実はまだ、いつもと違う日常に、慣れないでいた。
「み、美奈穂か……お、おはよ……」
「何よ、ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔をして……終わったんなら洗面所使わせてくれる?」
「お、おぉ……悪い」
誠実は美奈穂に洗面所を空け渡す。
嫌われていると思っていた誠実だったが、昨日の食事時の会話でそれは勘違いだったと知った。おかげで、安心はしたものの、美奈穂と会話しているのはなんだか不思議に思えてしまう。
「まぁ、仲が悪いよりましか……」
誠実は食事をしようとリビングに向かう。
「おはよ」
「あぁ、誠実、おはよう昨日はすまなかったな、おかげで父さんは……二日酔いだよ……」
「飲みすぎだっての、今日も仕事なんだろ?」
リビングでは、誠実の父親が顔を真っ青にしながら新聞を読んでいた。
誠実は椅子に座り、準備された朝ごはんを食べ始める。
「母さんは大丈夫なのか?」
「大丈夫よ全くお父さんはだらしないんだから」
誠実の母はいたっていつも通りで、家事をこなしている。
「母さん、父さんの二倍近く飲んでたはずなんだが……」
「マジかよ……」
父の言葉に、誠実は驚きながら答える。
父が二日酔いなのにも関わらず、その倍を飲んだ母がここまでピンピンしている姿に、誠実は驚きを隠せなかった。
「母さんって、前世は蟒蛇なんじゃ……」
「何か言った?」
「「言ってません‼」」
聞こえていたらしく、怒りの視線を向けて言ってくる母に、誠実と父は声をそろえて言う。
「まったく……早く食べないと、二人とも遅刻するわよ」
フンっと鼻を鳴らしながら、母も食卓に着き、朝ごはんを食べ始める。
ちょうどその時、身支度を済ませた美奈穂もリビングにやってきた。
「おはよう」
「あら、美奈穂おはよう。どうしたの? 今日はいつもより身支度に気合入れて…」
「そ、そうでもないよ……お母さん気のせいだよ」
不思議そうに美奈穂に尋ねる母。
誠実は横の美奈穂を見るが、いつもと変わりないような気がしていた。
「なるほどぉ~、さては彼氏でもできたなぁ~。父さんも母さんと知り合ったのは中学生の時だった……なぁ、母さん!」
「そうでしたっけ? あ、誠実、お醤油取って」
「ん、はいよ」
「……母さん、最近冷たすぎやしないかい……」
なんてことを言いながら、さらに顔を青くする。
うちの家計は代々女性が強いのかと考えながら、誠実は食事を進める。
「別に彼氏なんていないよ……ただ……ちょっと……」
(なんか横からチラッと視線を感じたような……)
そんな事を思いながらも、誠実は勘違いであろうと思い、あまり気にしてはいなかった。
「じゃあ、好きな人でもできたのね……まぁ、美奈穂ももう十五歳だし、当然ね」
「ち、違うわよ! 好きとか……そういうのじゃ……」
顔を赤く染めながら、母の言葉を否定する美奈穂。
そんな美奈穂から、今度は誠実へと話の矛先が向けられる。
「誠実の方はどうなの? まぁ、まだ入学して三カ月だし、お父さんの子だから、期待してないけど」
「実の息子に対して失礼だろ! 半分は母さんの血も流れてんだよ!!」
「父さんの血がすべてを台無しにするのよ」
「やめて! 父さんを害虫みたいに言わないで‼」
涙目で訴えかける誠実の父。
実の子供と旦那になんて言い草なんだと思いながら誠実は食事を進める。
しかし、そこで美奈穂が口を開き……。
「あぁ、おにぃなら昨日振られたらしいよ」
「み、美奈穂! なんでこのタイミング言うんだよ! しかも親に!」
「別に言うなって言われてないし……」
(こいつ~、本当に俺の事嫌いじゃないんだよな? こんなのただの嫌がらせだぞ!!)
美奈穂の言葉に、誠実の母は頭を片手で押さえながら、誠実に言葉をかける。
「はぁ~、やっぱり父さんの子ね……」
「なんだよそれ! どういう意味だ!」
「そうだ! 父さん何も悪くないもん!」
「お父さん、もんとか言わないで……マジで気持ち悪い……」
「美奈穂までそんな冷たい視線を!!」
この朝食で誠実は、我が家の男性陣は女性陣に勝てないんだと知った。
色々あったが、朝食の済んだ誠実はそろそろ学校に行こうと、鞄を持って玄関に向かった。
「遅いわよ」
「え、なんでお前いるの?」
玄関にはすでに、身支度を終えた美奈穂が鞄を持って待っていた。
今までこんなことは一度もなく、誠実は不思議で仕方なかった。
「早くしてよ、遅れるでしょ」
「え、一緒に行くの? なんで?」
「たまに良いでしょ、それにお願いがあんの」
「お願い?」
「行きながら話すから、早く来てよ」
「お、おう」
誠実は言われて、急いで靴を履き、学校に向かう準備をする。
「「行ってきまーす」」
二人でこうやって登校するのは小学生以来だろうかと考えながら、誠実は美奈穂の横を歩く。
美奈穂と誠実の学校は同じ地域にあり、場所もそこまで離れていない。しかも途中までは同じ道のため、一緒に登校しようとすればできなくもない。
「んで、話ってなんだよ? 俺の方が学校近いんだから、短めで頼む」
「そこまで込み入ったことじゃないわよ、ただ今週の土曜に一緒に買い物に行ってほしいの」
「そんなん友達と行けばいいだろ? 俺だって色々忙しいんだよ」
朝の事をまだ根に持っている誠実は、美奈穂の頼みを断った。
誠実の土曜の予定は真っ白で、ゲームでもしながら一日家に居るつもりでいた。
「どうせ一日家でゲームしてるつもりでしょ? なら付き合ってよ」
「なんでわかるし!」
いつもなら、美奈穂が買い物なんてものに誠実を誘う事などなかった。
昨日の件で少し距離が縮まったとは言え、買い物に誘ったのか、誠実は理解できなかった。




