17話
会計を済ませた実と美奈穂、帰路についていた。
会計の時、誠実ではなく美奈穂が金を出したため、店員は誠実を見て若干笑っていた。
そのため、誠実の精神的ダメージはさらに大きく、もう限界に近かった。
「なんだよ、あの店員……まぁ、確かに男の俺が払わないのは情けないけど……」
「もう、いいでしょ? 気にするだけ無駄よ、早く帰ってお風呂入んなきゃ…」
「そうだな……俺も今日は色々あったから、ゆっくりしたい……」
そんなことを話しながら、帰り道を並んで歩く誠実と美奈穂。
(今日はびっくりする事とか、面倒な事とか、嫌な事か、色々あったけど……まぁ、良いか)
誠実がそう考えるのは、最後にこうして美奈穂と、前のように会話できているからだ。
誠実の勝手な勘違いと分かったことがうれしかった。
「ねぇ……おにぃってさ……」
「ん?」
「彼女って……いた事あるの?」
「はぁ? んなもんあるわけねーだろ。今日も振られたし……」
「だ、だよね~、おにぃってモテなさそうだし~」
「うっせぇ!」
(こいつ……また俺をからかって遊んでやがる……)
そう思いながら、誠実は何とか反撃出来ないものかと考える。
「お前はどうなんだ? 好きな奴とかいないのか?」
「は、はぁ?! い、いるわけないでしょ……」
(お! 動揺したぞ‼ これはもしや……)
怪しい反応をする美奈穂に、誠実はさらに追い打ちをかける。
「怪しぃなぁ~、もしかして俺の知ってるやつかぁ~?」
「うっさい! バカ! ストーカー負け犬男!」
「ぐはっ‼ お、お前……言ってはならない……事を……」
誠実は追い打ちをかけるどころか、美奈穂からカウンターを受けてまたさらに大きなダメージを負った。
もうからかうのはやめようと思いながら、自宅までの道を歩き続けた。
*
夜の九時過ぎ、いつものように部屋で読書をしていた。
私はこの静かな時間が好きだった。
誰からも何も言われず、一人で落ち着いていられる、この時間が……。
「はぁ……終わっちゃった……」
本を読み終え、私は背中を伸ばして立ち上がる。
ふと窓の外を見ると、星がきれいで、なんだか穏やかな気分になれた。
「今日の告白は……なんだかいつもと違ったわね……」
私はいつものように、伊敷君からの告白を受けた。
しかし、今日は事情が少し違った。
「まさか……あんな現場を見ちゃうなんて……」
伊敷君は家庭科室で、とある女子生徒から告白まがいの事を言われていた。
そんな現場に私は居合わせ、二人きりになったときなんと言っていいやらわからなくなってしまった。
「はぁ……ほんと、なんで私なんかを……」
私は訳があって、男性とお付き合いができない。
そのため彼の告白もすべて断ってきた。
前から告白されることはよくあったが、同じ人から九十九回告白されるような経験はもちろん初めてだ。
「まぁ、普通に考えて異常よね……」
九十九回の告白を受け続けることで、私は多少なりとも彼の性格を知るようになっていた。
彼の告白に付き合った理由の一部は、そこにあった。
彼は決して怒ったり、振られたからと言って、私の悪評を広めたりなどの事をしなかった。
中学時代は告白に対して断ったせいで嘘を噂が流されてしまい、ちょっと面倒なこともあった。
彼は、確かにしつこかった。しかし、同時に優しかった。
私が彼の告白を断り続ける大きな理由は、他にある。
「気が付いて……ないよね……」
「伊敷君がこれを知ったら……怒るんだろうな……」
私は飲み物を取りに行こうと部屋を出て、キッチンに向かう。
この家には私以外に誰も住んではいない。
両親とは離れて暮らしており、今はこの無駄に広いマンションに一人で暮らしている。
ハッキリ言って私の家は、結構裕福だ。
最新のオートロック機能が付いた高級マンションを一人娘のために借り、そこから学校に通わせてくれる。
母は早くに他界し、今は父親だけ。
その父も厳しい人ではなく、温厚で優しい。
「はぁ……明日の彼は、どんな風に告白してくるのかしら……」
私はそんなことを考えながら、冷蔵庫から出した麦茶を飲み干す。
「きっと……諦めなんてついてないわよね……」
これまでの彼の行動を考え、自然とそんな結論に至る。
そろそろ彼に本気で私の事を諦めてもらわないといけない。
そうしなければ、彼は折角の高校生活を無駄に消費してしまう。
「やっぱり……キッツイこと言わなきゃダメかしら?」
私は麦茶をしまって。
部屋に戻ると、私は机の上に充電中だったスマホを手に取り、操作し始める。
「……はぁ~」
メッセージが来ていないかや、SNSを確認して私はすぐにスマホを机に戻す。
「伊敷君って……モテるのかしら?」
九十九回も告白をしてきた相手だ。
気にならないわけがない。
しかし、そこに恋愛的な感情はない。知っている人だからという理由で。ただの興味だ。
「まぁ、私には関係ないか……そういえば、お礼……言えなかったな……」
この前助けたくれたお礼を言うはずだった、色々あって結局言えていない。
「明日にでも言おう……」
明日になれば言う機会があるだろうと思い、そうつぶやく。
すると、机の上のスマホが音を立てて震え始めた。
スマホの画面を見ると、そこに父の名前があった。
「もしもし、お父さん?」
父からの電話だった。
私が襲われた事を伝えたら、心配して電話をかけてきた様子だった。
「うん……多分……え、大丈夫だよ、私は一人で……うん……」
電話越しに、父からの心配そうな声が聞こえてくる。
心配をかけてしまったと思いながら、私はお父さんとの会話を続ける。
「え? うん……その話はまた帰ってからしよ……大丈夫だよ。彼氏なんて居ないよ……」
私はそう言いながら、なぜか彼の顔を思い出してしまった。