1話
「俺と付き合ってください!!」
七月の上旬、梅雨が明けて熱い日が続く早朝、とある学校の体育館裏では、男子生徒が女子生徒に愛の告白の真っ最中だった。
しかし、女子生徒は眉ひとつ動かさず、あろうことか、ため息混じりに男子生徒に返事を告げる。
「何回言われても無理」
彼女の言葉は冷たかった。しかし、男子生徒はそこまでショックを受けてはいない。
それどころか、けろっとした様子で彼女にこう言う。
「やっぱだめか~」
彼は、何かの罰ゲームで女子生徒に告白した訳ではない、言ってしまえば、本気中の本気で告白したつもりだった。
振られたにも関わらず、ここまでけろっとしている、理由はこの学校の誰もが知っている。
振った彼女も例外ではない。
「いったい何回目だと思ってるのよ……」
彼女は頭を抱えて、呆れた表情で言う。
そんな問いに笑顔で答える。
「今回で九十八回目だ!」
「しつこいわよ!」
彼の名前は伊敷誠実、この女子生徒、山瀬綺凛に九十八回の告白をしているが、ことごとく振られている。
*
「はぁ~、今回もダメだったか~」
教室に戻った誠実は机に突っ伏して、今日の告白を思い返していた。
九十八回目とはあっても、やはり告白は緊張し、その後はいつもこうして振り返る。
「お前、また朝っぱらから山瀬さんに告白したんだろ?」
「ホントに懲りね~な、でもお前のそういうところはスゲーって思うぜ」
話しかけてきた二人の男子生徒は、古沢健と、竹田武司。
二人とも誠実の友人であり、小学校からの腐れ縁だ。
「うるせーな、いいだろ別に……」
「悪いなんて言わねぇよ、見てるこっちは面白いしな!」
武司が誠実をからかうように言う。
お調子者の武司からすれば、誠実の毎回の告白は、ちょっとした楽しみだった。
「しっかし、お前も懲りない奴だな、確かに可愛いけど、そこまで振られ続けたら、普通は諦めるぞ?」
健は落ち着いた様子で、スマホを操作しながら誠実に言う。
武司と違って落ち着きのある健は誠実に、毎回いい加減諦めるよう正論を言っている。
だからといって冷たい訳ではなく、ただ健は友人として新しい恋をしてほしいだけだった。
「実る見込みのない恋なんて、仕方ないだろ?」
「だが健! 俺はそれでもこの気持ちに嘘なんてつけないんだよ! あの入学式の日、俺は彼女を見たとき思ったんだ!」
「どう思ったんだ?」
健の呆れた返答に、誠実は目を輝かせて答えた。
「運命だって!」
「よし、誠実。病院に行こう」
「なんでだよ!」
「精神科なら、そのいきすぎた妄想癖も治してくれるさ」
「健、病院で治るもんかそれ? こいつのは相当だぜ」
「お前らなぁ……」
友人二人に告白をからかわれるのが、最早日課に成りつつある。
高校に入学して早いもので二ヶ月が経過し、誠実は徐々に学校生活に慣れてきていた。
そんな中で日課に成りつつある、綺凛への告白。
誠実の中では確かに運命だと感じたが、最近はこうも思い始めていた。
(諦めるべきなのかな……)
度重なる告白の失敗で、誠実は段々とそう考える事が多くなっていた。
もしかしたら、山瀬に迷惑かもしれないと思うと心が痛くなった。
好きだからこそ、彼女の困るような事をしたくなかった。
「い、伊敷君!」
「ん? おお部長か、どうした?」
「もぉ、その呼び方やめてよ。私は部長じゃないって」
「でも、料理部の実質部長じゃん。それに俺は部長のおかげで助かった事もあったしな、これは俺の敬意なんだよ」
「そ、そうなんだ」
誠実達三人に話しかけてきたこの女子生徒の名前は、前橋沙耶香。
一年生しか居ない料理部の実質部長で、数少ない誠実と仲の良い女子生徒だ。
「今回もダメだったの?」
「あぁ……毎度の事ながら」
心配そうに声をかける沙耶香に、誠実は苦笑いで答えた。
「前橋さんも言ってやってよ~、いい加減諦めろってさぁ~」
「同性より異性から言われた方がいいしな。諦めて私と付き合ってって言ってやってよ」
「な、なな何を言ってるの古沢君!」
健の言葉に顔を赤らめ、あわてて答える沙耶香。
そんな様子を武司は相変わらず、ニヤニヤしながら見つめる。
「おい、何言ってんだよ健。知らないとはいえ失礼だぞ?」
「ん? 何をだよ?」
「部長にはな、もう好きなやつがいるんだよ。だから、あんまりそういうデリケートな事は言うもんじゃねーよ」
誠実は前に沙耶香から、好きな人がいることを聞いていた。
それを知っている誠実は、健の発言が気になってしまった。
「あぁ、知ってる。だからこそ……」
「あぁぁ‼ そ、そういえば今日はお願いがあって‼」
沙耶香は健の発言を遮るように声を上げて誠実に言う。
「お願い? どうかしたの?」
「うん、今度近くの公民館で地域交流のイベントがあって、その時に出す料理をうちの料理部が担当する事になったんだけど、良かったら手伝ってほしくて…」
「そんな事か、全然いいよ。部長には世話になったしな」
誠実は以前、とある理由で沙耶香から料理を習った事があり、その腕前は人並み以上にあった。
料理を習う内に誠実は沙耶香と仲良くなり、現在に至っているのだ。
「そう言えば、お前一時期、料理の勉強してたもんな……あれってなんでだっけ?」
「あぁ、くだらない理由だったはずだ、確か山瀬さんが料理のできる男が好みって噂を聞いて、料理部に一時的に入部してたんだ。それでも結局振られ続けてるけどな」
「厳しいな……健……」
武司の問いに、相変わらずスマホを操作しながら健が答える。
誠実はそんな事もあったなと思い出しながら、ガックリと肩を落として机に顔をつける。
「まぁでも、あれがなかったらこうして部長と仲良くなれてないし、マイナスにはなってないから、いいかな」
「……ねぇ、伊敷君。まだ続けるの?」
沙耶香は先ほどまでの明るい感じとは違った、真面目な口調で誠実に話始める。
「え?」
心配そうな表情で、沙耶香は誠実に言葉を続ける。
「何回告白してもダメだったんでしょ? なら、諦めて次の恋に進む道もあるんじゃないかな?」
「部長……」
「伊敷君がどれだけ山瀬さんの事好きなのか、私はよくわかるよ。そのために色々努力してきた事も……でも、だからこそもうここで諦めて、もっといい人を探した方がいいんじゃ……」
「……やっぱ、そう……かな?」
「そうだよ! だってこれだけ山瀬さんのために努力してきたのに……あの人、伊敷君の事なんて何も見てないんだよ! 酷いよ! そんな人の事なんか忘れて私と……」
「え? 部長と?」
勢いに任せて、沙耶香は思わず言葉をこぼしてしまう。咄嗟に口を押え、言葉を止めるが、誠実は続きを気にしてしまっている。
武司はそんな二人の様子をニヤニヤしながら見物し、健もスマホから目を離して二人の様子に注目する。
「どうしたの部長? 顔真っ赤だぜ?」
「う……と、とにかく! きっと伊敷君にはもっといい人がいるよ!」
沙耶香はそう言って三人の元から走り去ってしまった。
「あ! 部長……なんだったんだ?」
部長の言動に疑問を抱いたまま誠実はそのまま残された。
武司と健は二人そろってため息をつき「こりゃ先は長そうだな」などと話している。
「……やっぱり、諦めるべきなのかな………」
友人達に言われ、自分でさえもどうしたものかと考え込んでいた。
授業中もその事ばかり考えて全く授業に集中できず、時間はあっという間に放課後。
「よし! 決めた!」
「何をだ?」
通学用の鞄を持った、武司と健が誠実に尋ねる。
いつも三人は話をしてから帰るため、今日もこうして人の少なくなった教室に集まっていた。
「俺……次の告白が駄目だったら……山瀬さんの事を諦める!」
「おぉ……ついにか、骨は拾ってやるぜ~」
「失恋パーティーの会場は、いつものカラオケでいいか?」
「なんで玉砕前提なんだよ‼」
「だって今までフラれてんじゃん」
「ハモって言うな……」
既に振られる事が前提で話を進める二人に誠実は反論できない。
それもそのはず、二人の言う通り今までの告白はすべて失敗しており、どれも瞬殺。
次回も上手くいく保証なんてある訳がない、それどころか失敗する確率の方が大幅に高いのだ。
「でも……そうかもな……」
「おぉ、健さんや、いつも以上に誠実さんが卑屈じゃぞ?」
「まぁ、玉砕が目に見えてるようなもんだからな……大体、山瀬さんのどこがそんなに良いんだ? 確かに可愛いが……」
誠実は健の問いに対して、目を輝かせながら話を始める。
「良く聞いてくれたな! 山瀬さんっていったら、あのすらっと長い脚に、整った小さい顔、まぁ胸はないが……理想的な女性の体形じゃないか! それにいつもクールで、友達にも好かれていて、先生からの信頼も厚い! 何より他の女子と違って、噂や憶測で人を判断しないところも素敵だ……」
「あぁ、もういい……なんかキモイ」
「キモイ言うな‼」
説明したにも関わらず、健から苦い表情でそう言われた誠実は、怒りをあらわにする。
「まぁ、人気あるよな~、何人も玉砕してるし」
「三組のイケメン君もダメだったんだろ?」
「あぁ、あのサッカー部のか? メッタメタに振られたらしいぜ」
「まぁ、メッタメタに振られ続けても諦めないバカが、ここに居るけどな」
健と武司が誠実を見て笑いながら言う。
誠実はそんな二人の表情に腹を立てて文句を言う。
「なんだと! 純粋と言え! 俺は本気で好きなんだよ……」
「うっとりすんなよ、キモイ……」
「武司までキモイとかいうな‼」
誠実は人の少なくなった教室でじゃれ合いながら、最後の告白のプランを練り始めた。
最後だから、成功率を上げるために何か案はないかと考えるが、一向に出てこない。
「……てかよ。もうやり尽くしたんじゃないか? お前はこれまで九十八回、あらゆる方法で告白してきたんだろ?」
「そ、そう言えばそうだ…」
言われて、誠実は気が付く。
放課後の教室、体育館裏、屋上、果ては公開告白まで、あらゆる告白パターンをやり尽くしてしまった今、目新しいものなど思いつくはずもなかった。
「あぁ~、どうしよう……」
「スタンダードが一番だと思うぞ」
そう言ったのは健だった。
顔立ちが良い建は、女子受けも良い。
何回か告白されてはきたが、すべて断っていた。
そんな彼の案に、二人は注意を向ける。
「おぉ、モテる男が言うとそう思えてくるな……」
「流石イケメン、死ねばいいのに」
「誠実、お前はなんだ、アドバイスがほしいのか? それとも鉄拳がほしいのか?」
二人の反応にため息をつく健。
「はぁ……告白の演出に頼ったって仕方ないだろ? 重要なのは、相手に自分の本気を伝えることだ」
「な、なるほど……」
「だったら、演出なんていらない、普通に好きですって言えばいいんだ。それでダメなら、諦めろ」
健のもっともな意見に、誠実は今までの自分の告白を思い返す。
あの手この手で山瀬に気持ちを伝えてきたが、それはすべて演出に任せた告白であり、自分の気持ちがこもっているとは言えなかった。
「よし! じゃあ、俺は明日の放課後の告白で終わりにする!」
「決まったな! じゃあ行くとこは一つだな!」
「あぁ、そうだな」
「今から? どこ行くんだ?」
健と武司の二人が何やら張り切りながら、身支度を始める。
誠実だけがどこに行くか見当がつかず、ぽかんとして二人に尋ねる。
「決まってんだろ?」
「さっさと行くぞ」
「だからどこにだよ!」
「お前の失恋パーティーの前夜祭」
「おまえらぁぁぁぁぁぁ‼」
心配してるんだか、楽しんでいるんだかどちらかわからない二人に、誠実は大声を上げる。