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07 砂漠の街



「いただきまーす!」


真凛はパストラミに似たハムと葉物野菜、酸味のあるソースを挟んだサンドイッチを掴んだ。

パンはあまり膨らんでいないフランスパンみたいな感じである。


パクリとかじりつくと、スパイシーさには欠けるが、ジューシーでフルーティーな香りが口中に広がった。


「美味しい。果物を使ってるんだね」


「はい。ブルーグという酸味のある果物です。甘みが少ないので、料理によく使われます」


「ふーん、あ、木の実を砕いたのがかかってて香ばしい・・・」


「この街は隊商が行き交う場所で、比較的異国の品も入って来やすいのですが、それでも香辛料や塩、砂糖などは高価です。それを補うために、味付けに果物や木の実、酢などをよく使うのです。でも、かえって健康にはいいのですよ」


「なるほど」


ルークの話を聞きながら、真凛はサンドイッチを堪能した。

付け合わせのフルーツとお茶も、とても美味しかった。お茶は何の葉だか分からなかったが。


今までは落ち着いて食事する気分でも余裕でもなかったので、この世界に来てはじめてまともなものを食べた気がする。


「マリン様、この店はこの街では最高級とは言えませんが、貴族や割と裕福な平民が利用するレストランです。この昼食は二人で銀貨三枚程度です」


ルークは皮袋から、銀のコインを三枚出してテーブルに置いた。


「もっと庶民的な店なら二人で銀貨二枚、日替わりの朝食や昼食の定食なら銀貨一枚の店もあります」


真凛はふんふんと頷いた。

日替わり定食二人で銀貨一枚イコール日本円にして千円強くらいだろうか?

インフレやデフレでなければの話だが。


「この銀貨十枚枚で大銀貨一枚分、大銀貨十枚で金貨一枚と等価値です。さらに金貨十枚で大金貨一枚、その上に白金貨もあります。小さい貨幣の価値ですが、銅貨百枚で銀貨一枚です。またこの中にはありませんが、銅貨十枚分と等価値の十銅貨、さらに五十銅貨というのもあります。銅貨に数字で刻印されていますので、覚えておいて下さい」


真凛は銀貨と銅貨を貸してもらい、手のひらで見比べた。銅貨は十円で銀貨が千円、大銀貨が一万円くらいだろうか?

それにしても財布が重そうだと考える。

大きな貨幣で持っていても、買い物で崩した途端に重くなる。やっぱり紙幣は偉大なのだ、と真凛はしみじみと思った。


さらに真凛の今まで生きてきた世界と、この世界では例え同じ物があったとしても、価値まで同じとは限らない。

やっぱり誰かにサポートしてもらう必要がある。


「丁寧な説明をありがとう、ルーク。でも私にはものの相場も分からないし、このお金を稼ぐ手だてもないの。すみませんが、もう少しの間、よろしくお願いします」


「その件につきましては、御主人様に言いつかっております。午後は私にお時間をいただけますか?」


にっこり笑うルークに、真凛はただ首を傾げた。







洒落たレストランを出ると外にもテラス席があり、その席もすべて埋まっているのに真凛は驚いた。

砂漠の中の街は当然、暑い。

しかしうまく日陰を作ったり、風通しを良くしたりして居心地は悪くない。

店やレストランが立ち並ぶ通りは、花や緑がふんだんに植え込まれ、ここが砂漠の中ということを忘れさせた。


ルークはそんな通りを抜け、少し殺風景な通りに入って行く。


そこには今まで歩いてきた小綺麗な建物ではなく、どこか武骨で実用性に重きを置く造りであり、品揃えであった。

武器や防具、食器や道具類、薬草や薬の瓶がところ狭しと並べられている。


周囲を興味深く眺めていると、誰かが肩にぶつかった。


「おっと、ごめんよ、ねえちゃ・・・」


ひげ面で大剣を担いだ大男が、通り過ぎざまに口笛を吹いた。


「おお、あんたいい女だなぁ。神殿の女神様の像にそっくりだ。なんて名前の神様だったかなぁ」


大男の声に、通りかかった商人達が足を止めた。


「神殿にあるやつなら、戦乙女ジークルーネ様じゃないか?」


「えっ、ジークルーネ様?本当だ、そっくりだ」


商人達の声に、さらに人が集まってくる。


「こりゃあ、いったい何の奇跡かのう。死ぬ前に女神様のお姿を拝することができるとは・・・」


「ありがたやありがたや」


人が増えてくると、真凛に向かって祈ったり拝んだりする者が出てきた。


「やめて下さい。泣かないで下さい。拝まないで下さい!」


真凛は叫んでみたが、集まった人たちは聞いてくれる気配はなかった。


その時、背後から誰かがそっと真凛の腕をつかんだ。


「マリン様、こちらです」


「・・・ルーク」


二人は足を忍ばせて、その場を離れたのだった。






ルークはある建物の前で足を止めると、取っ手のない扉を押した。


そこには看板があったが文字はなく、剣と盾、翼が描かれた標章が描かれている。

中へと入って行くと、長い廊下にまたいくつもの扉がついていて、ルークは一番奥にある、大きな扉に向かって進んで行った。


「あの、ルーク。ここはどこ?」


「すぐに分かりますよ」


大きな扉は重苦しい音を軋ませながら、ゆっくりと開いた。


たくさんの長椅子と、たくさんの窓口が並んでいる。

たくさんといっても、せいぜい10番程度であろうか。たいしたことはないーーーそう思ってしまうのは、この世界に来る前に死ぬほど並んだ100番越えの窓口を、見てしまったからだろうか。


窓口は10ほどあったが、番号が振られているわけでもなく、開いているのも三ヶ所ほどだった。

長椅子に座っているのも4人ほどで、そのうちの一人は掲示板を眺め、残りは居眠りをしていた。


「ここは冒険者ギルドです。こちらでギルドカードを作って頂きます。身分証代わりになりますし、マリン様がお仕事を探される際にも、お役に立つと思います」


「こ、ここが、あの、冒険者ギルド・・・?」


真凛の脳裏に嫌というほど読んだファンタジー小説や漫画の数々が、蘇っては消えて行った。

ここでクエストを見つけたり、仲間と出会ったりするのだ。多分。

でもいまいち物足りない。

ピカピカの剣に宝石の嵌ったサークレットをした勇者とか、筋肉モリモリの武闘家とか、頭からローブで隠した魔法使いとか、分かりやすい感じの人たちが見当たらないからかもしれない。


「マリン様、浸るのは後回しにして下さい。開いてる窓口に行ってきて下さい。お早くお願いします」


ルークに笑顔で注意されて、真凛はそそくさと窓口へ駆け寄った。


しかし。

少し前まで確かに何人かの女性がいたのだが、席を外しているのか見当たらない。

一つだけ、人がいるにはいるのだが。

なぜかその窓口だけむさ苦しく、くたびれた感じの中年男性が舟をこいでいる。


ーーーこれがデジャヴと言うやつですかね。


ものすごく、行きたくない。

もう誰もいなくてもいいから、他の窓口の前で順番待ちしようかな。

そんなことを考えると、ルークと目が合った。

彼は笑顔を浮かべたが、なぜだろう、怖い。


真凛は仕方無しに、声をかけることにした。


「あのう、すみません。ギルドカードを作りたいのですが」


「・・・ん?」


中年男性は眩しそうにこちらをチラリと見て、再び居眠りしようとしたが。

突然、驚いたように目を見開いて、ガバッと振り返った。

その目が真凛を見つけて、さらに驚愕に見開かれる。


「ジ、ジークルーネ様・・・?」










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