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06 ルーク




砂漠の真ん中にあるオアシスの街で、真凛は茫然と人通りを眺めていた。


行き交う人々はターバンのような布を頭に巻く者、鮮やかな彩りの布を編み込み、髪飾りで留める者、服装はインドのサリーを思わせるものや、ゆったりした長衣など、さまざまであった。

またこの世界に来て、驚いたのは人々の髪色だ。

元の世界ではありえない青、緑、ピンクなど。ひょっとして染めているのかと思い、オメガに聞いてみたが、そんな事はないらしい。


そんな訳で、真凛の目下の悩みは服装、というか、いでたちである。


時は少しだけ遡る。

引き続きオメガが一緒にいてくれる事となり、彼が滞在している宿に、新たに部屋を取ってもらった。

そこで『どうせ暇なんだから、服でも見繕ってこい』と、お金の入った皮袋を投げつけられた。

開けて見ると、金、銀、銅の外国風のコインが入っている


「このお金の価値って、私のいた世界と比べてどれくらいなんですか?あと、お店の場所を教えてください。一人で行くのもちょっと・・・怖いんですけど」


オメガはちょっと呆れたように真凛を見た。


「お前、本当に独り立ちする気あるのか」


と、ブツブツ言いながらも立ち上がった。


オメガが右手を持ち上げると、肩に止まっていた八咫烏が指先まで移動した。

カラスを放り投げるように手を振ると、黒い鳥の姿は畳んだ布が宙に広がるように大きくなり、人形を形作って地面に落ちた。

はっとして人の姿となったカラスを見る。

美しい光沢を放つ黒髪、黒ずくめの身体にピッタリとした衣を纏った少年が跪いていた。

和風の衣装かと思いきや、ズボンの裾が膨らんでいて、中華風といえるかもしれない。


「御主人様。なんなりとご命令を」


少年が伏せていた目を開けると、瞳は意外な事にガラス玉を思わせる綺麗な青だった。

カラスの時は大きいな、と思っていたが、人の姿になると14、5歳と言ったところだろうか。


「ああ、くだらない用事ですまないが、こいつの買い物に付き合ってやってくれ。俺はごめんだ」


「はい」


「貨幣価値や文化、衣服も分かってないからな。お前に任せる」


「了解いたしました。お任せください」


八咫烏もとい少年は立ち上がり、真凛に向き直ると笑顔を見せた。


「それでは参りましょう、お嬢様」






そして話は冒頭に戻る。

オアシスの街には、衣服、服飾品を取り扱う店は数件しかないらしい。

通りの人々の装いを眺めていた真凛は、通路が狭い街並みではぐれそうになり、慌てて少年を追った。


「申し訳ありません、お嬢様。少しゆっくり歩きますね」


真凛の慌てた様子に、少年は足を止め、小さく頭を下げた。


「ありがとう。私こそ、遅れてすみません。ええと・・・そのお嬢様っていうのやめてもらえますか?」


ほんの少し前までアラサーだった真凛には『お嬢様』と呼ばれた記憶がついぞなく、違和感が半端ではない。

それにしてもその『お嬢様』とはどういう意味を含んでいるのだろうか。

深窓の令嬢でもないし、まさかオメガの娘という意味でもないだろう。オメガは30歳前に見えるがーーー実は見た目が若いだけで、本当は私の親かそれ以上の歳だという、そんなオチでも存在するのだろうか。


「お嬢様。御主人様の年齢は一応28歳です。不老不死なので永遠の28歳なのです」


「お嬢様はやめてって言いましたよね?それと心を読むのもやめて下さい」


ちょっとイラッとしてしまう。

すごく礼儀正しいところが余計に腹が立つ。


「申し訳ありません。読まないようにするのが意外と難しくて。気をつけます」


「お嬢様ではなく、マリン、と呼んで下さいね。あとキミをなんて呼んだらいいか分からないので、名前を聞いてもいいですか?」


まさかカラス君、とは呼べないし。


「それではマリン様、と呼ばせていただきます。僕の名前はルークです。お見知りおき下さい」


「ルーク君。よろしくお願いします」


真凛が名前を呼ぶと、ルークの顔がでれっと緩んだ。


「ルークという名は『光を運ぶもの』という意味があるそうです。御主人様がつけて下さいました」


「へぇー、いい名前だね」


「そうなんですぅ」


くねくねしながら照れる様子のルークに違和感を覚え、真凛は後ずさった。

ルーク君はキレイで可愛くてキビキビしてて優しいけど、ちょっとあっち系の人?なのだろうか?

それともただの行き過ぎた主従関係?

気になるけどルーク君に聞く勇気はない。ましてや恐ろしくてオメガにも。

どこが乙女ゲームだ。


「ああ、着きましたよ。何軒か服飾店はありますが、マリン様のような若い女性には、此処が良いと思います」


ルークが摺りガラスに似た、透明度の低い大きな石が嵌め込まれた扉を開けてくれた。

中には、ハンガーに掛けられて陳列された衣服、折り畳んだ服やシンプルなバッグや小物などが並んでいる棚、ワゴンなどがあった。


「わぁ、素敵」


「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね」


奥から30前後の女性が出てきて、真凛に微笑みかけた。店主だろうか。


「ルーク君、どんな服を選んでいいか分からないの。手伝ってもらえる?」


「もちろんです。御主人様から言い付かっていますしね」ルークはまたちょっとデレッとした。「僕もお見立てしますが、店主の方にも手伝っていただきましょう。下着など・・・女性でなければ分からないものもありますし」


「う、うん。ありがとう」


なんだろう。御主人様の話をする時だけこの子はちょっと気持ちわる・・・

ううん、違うよね?従順なだけだよね?と、真凛は自分に言い聞かせた。


「お嬢様。お手伝いいたします」


ルークに簡単に説明された店主が、奥から店員を連れて来て、真凛に頭を下げた。


「遠い異国からいらっしゃったとのこと、砂漠の街エルドアンへようこそ。この辺りは気温が高いので、風を通す素材が人気です。もちろん、それ以外も揃えてありますよ」


「薄めの生地が多いので、身体に巻きつけたり、紐で調整するものが多いですが、お直しが必要なものは承ります。簡単なものなら今日中、それ以外はお預かりして後日お渡しします」


奥から出てきた店員は、腕に紐で小さなピンクッションを結んでいた。お針子さんのようだ。


「お嬢様はとても珍しくて美しい瞳の色をされていますね。宝飾品に同じ色合いの蒼玉石か・・・菫青石を取り入れると映えますわ」


えっ、そうかな?ーーーと照れる真凛の横から、ルークが進み出た。


「そちらの見立ても出来れば頼む。金に糸目はつけない」


「そっ、それはもう、頑張ります」


店員の女性二人は色めき立ち、あちこちから衣服を探し始めた。

一方、逆に焦ったのは真凛の方である。


「ちょ、ちょっとルーク君!ダメだよ、もったいないじゃない!安物でたくさんなのに」


「異論は受けつけませんよ。御主人様と歩くのに安物を身につけられるのは困ります。マリン様のお姿は御主人様がお好みに合わせて造られただけあって素晴らしいのですから、お召し物もそれなりのものを選ばなければ」


ルーク君はキリっとして言った。

御主人様のためだと堂々と言い放たれると、口を閉ざさざるを得ない。

気を使うのは逆効果なのだと悟った真凛は、遠慮せず自分の希望だけは伝えておこうと思った。


「なるべく動きやすさ重視でお願いします。ああっ、そのフリフリのついたのと、背中見えすぎのも戻してきて下さい。赤やピンクは着ませんから!」


真凛が抗議するも、肩には次々と違うデザインの衣服が当てられ、ルークがそれを見て頷いたり、首を横に振ったりしている。

背中側ではお針子さんが真凛のあちこちを次々と採寸してゆき、購入が決定済の衣服のサイズなどを照らし合わせ、直す部分に針を打っていったりしていた。


「私の話、聞いてくれてます?」


だんだん疲れてきて、真凛の口数も減って来た頃。


「このあたりですかね。マリン様、お腹がお空きではありませんか?」


ルークが今日一番の良い笑顔で聞いてくる。

確かにお腹は空いている気がする。しかし、煙に巻かれた気がしないでもないなぁーーーそんなことを考えながらも、真凛は山積みになった衣服との闘いから、ようやく抜けだすことができたのだ。








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