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プロローグ・アルファ

どれくらいの間、呆然としていただろう。


我に返り、100番窓口に戻る。

老人はまたしても、舟を漕いでいた。


真凛は話しかける気にもならず、黙って椅子に座った。


(どうして?じゃあここは何処なのだろう?あの世?それとも全部が夢なの?)


「夢ではない。あの世でもない。救済センターと言ったじゃろ?」


真凛の視線を感じたのか、老人は目を開けた。


「この世はお嬢ちゃんが生きている世界だけではない。いくつもの世界が重なって流れておる。長い年月の間に、ほんの少しずつじゃがひずみが生まれる」


真凛は鼻をすすり上げた。

気づかないうちに涙が零れていた。


「ひずみが蓄積してゆくと、世界は元の姿に戻ろうと、揺り返しを起こすことがある。ごく僅かではあるが。不幸にもその時に次元の狭間に落ちてしまう生命体がおるのよ。お嬢ちゃんも知らないうちに落ちてしまったんじゃ。そして、ここに続くトンネルを見つけた」


「・・・落ちた人はどうなるんですか?」


「そうじゃな。中には次元を渡り、生身のまま別の次元や世界に飛ばされる者もおる。じゃが大概の場合、異なる次元同士の圧力に耐えられず、肉体は破壊されてしまう。肉体を失った魂はここに誘導されるようになってはいるが、たまに・・・」


「たまに?」


「ここにたどり着けない魂、運命を拒否した魂は永遠に次元や時空の間をさまようことになる。輪廻転生も、新たな肉体を得ることもできずにな」



「そんな・・・」


真凛はぶるりと身震いした。


(私、もう死んでいるの?信じられない。痛くも、苦しくもなかったのに・・・)


押し寄せる喪失感と虚しさに、涙が溢れた。


「じゃから、こうして救済センターがあるのよ。お嬢ちゃんには選ぶ権利が与えられた。輪廻転生して新しい生命に生まれるか?それとも今の記憶を継承したまま、新しい世界に転生するかじゃ」


老人の言葉に慰められた訳ではないが、真凛は思わず涙に濡れた瞳を瞬いた。


「新しい・・・世界?」


「そうじゃ。お嬢ちゃんのために新しい世界を作ってやることはできんが、希望に近い世界を探してやることはできる。何しろ、世界の数は無数にあるからのう」


(それってもしかして)


絶望に塗りつぶされた心に、ふと光が差した気がした。


真凛はアラサーの喪女だった。


けっこう、オタクでゲーマーだ。


腐女子ではないが、乙女ゲームとか恋愛要素盛りだくさんのアドベンチャーゲームとか、大好物であった。


最近、大量に読み散らかしていた異世界乙女ゲームのロマンチックなシーンが現れては消えて行く。


「あの・・・あのですね、例えばですが」


真凛は自分がハマっていた乙女ゲームの世界を、なるべく詳細に老人に語ってみた。


しかし老人は首を捻っている。

無理か?無理なのか?やはりジェネレーションギャップは埋められないのか?


しかし意外なところから助け舟が出た。


「ウフフ。最近、そういうご希望が多いんですよ~。ワタシが昨日担当した方もそうでしたよ♪」


いきなり隣の窓口のおねえさんが話に割り込んだ。

ストレートロングの金髪に紫の瞳の、とんでもない美女だ。


「なんじゃミトラ。このお嬢ちゃんの話で良く分かるのう。わしはさっぱり理解できん」


「分かりますよ、アルファ様。だってワタシ、愛の女神ですから」


どうやら美女の名前はミトラ、老人の名前はアルファというらしい。


「えっ、本当にそんな世界あるんですか?っていうか、おねえさん・・・女神様って?」


「ミトラ、人を年寄りと思ってバカにするなや。お前よりわしの方が偉いんじゃ!」


「アルファ様〜、偉いのと、この話は関係ありませんよ〜」


「いや、あるじゃろ。何しろわしは全能神じゃからな。偉い上にあらゆるものをつかさどっているのじゃ」


「確かにそうですけど〜。でもワタシは恋愛専門ですよ〜。担当狭いけど深いんですよ〜。」


二人は真凛の話を全然聞いてくれない。


しかし二人の言い合いから察するに、二人は神様だという。本当だろうか?


だがここがあの世(?)だとするなら、あり得ない話ではない。


神様に異世界に召喚される話だって、たくさん読んだのだ。


こんな状況下ではあるが、不謹慎かもと思わなくもないが、真凛はちょっとだけワクワクした。


「ねぇ、これも何かの縁だし〜、よかったらワタシが担当代わりますよ〜」


「ダメじゃ!お嬢ちゃんがこの窓口に来たのはこの子の運命じゃ!わしが最後まで面倒見るんじゃ!」


恋愛の女神ミトラ。とっても魅力的ではあるけれど、アルファが怖くて、「代わって下さい」などとは言い出せなかった。


困った顔でアルファに頷いて見ると、全能神様は勝ち誇った顔になる。


「よしよし。わしに任せておけば万事間違いはない」


少し不安ではあったが、真凛の元の部屋にあるゲームソフトをスキャンして調べてくれるらしい。

隣でにっこり微笑むミトラのフォローを期待したい。





「いいか、お嬢ちゃん。何度もしつこいようじゃが、絶対にはぐれるでないぞ。迷ったら永遠にさまよう亡者になり果てるからな」


異世界へと旅立つことになり、真凛はアルファから最後の注意を受けていた。


少し離れたところから、ミトラが心配そうにこちらを見ている。


「わしからの大サービスとしてじゃが、向こうにお嬢ちゃんのサポートをする者を遣わしておく。新しい肉体の再構築などはその者が行うゆえ、希望があったら伝えるといい」


新しい自分の身体、と聞いて真凛は思わずミトラに目を向けた。

今の自分とは縁のない、美しさ、色気、たおやかさ。

次はぜひともああいうタイプになってみたい。


「あの、私の言ってたゲーム・・・というか世界観。分かってくれました?」


「おう、バッチリじゃ!任せろ!それよりじゃ、そろそろ出発せねばならん。あ奴はせっかちじゃからのう」


一抹の不安はあったが、サポートしてくれる人が存在することに、真凛は安堵した。


アルファが懐から小さなカゴを取り出し、扉を開けると、小さな虫が羽を広げた。


虫は羽ばたくと、暖かみのある色合いに光り始める。


「蛍?」


「そうじゃ、この虫が次の世界への案内人じゃ。決して見失うでないぞ」


アルファの手から飛び立った蛍は真凛を促すように周囲を旋回した後、空高く舞い上がった。


「気をつけてな」


別れの言葉に返事をする暇もなく、真凛の身体ーーー正確には魂は蛍に導かれるように、漆黒の闇の中へと吸いこまれて行った。




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