1月/突然環境変化すると体調崩すよね
一月は良い月だ。
一年の始まり、良いことが沢山あれば、今年もまた良い年になるような気がしてくる。
例え、始業式の日に電車が人身事故、しかも死者が出たような事故が起きようとも、良い年と思い込まなくては─────。
ボクはそう考えていた。
「最悪のスタートだよ……。」
教室に入るなり、ボクは呟いた。正しくは圭佑に向かって言ったのだけれど、弱々しい呟きにしかならなかった。
「よー、遅刻者。」
「遅刻じゃない。ほら、ちゃんと証明もらってるじゃないか。」
電車の遅れにより高校自体の進行が繰り下げられているので問題もない。始業式はこれからである。
「にしても、何が最悪か? 遅刻で始まったことか? 事故車両に乗っていたのか?」
「後者。」
「校舎? ……ああ、後者。ってええ!? まじかよ。」
「しかも前の方乗ってたから、死体が流れるように飛んでいくのがよく見えた………。」
「うぇぇ………。」
ボクの目には踏切を足の踏み場にして飛び込んだ人が電車にぶち当たって車両の側面を転がるように流れていった光景が焼き付いてしまっていた。
しかもこの高校の制服を着た生徒だった事が更にボクの気分を落とす事に貢献している。
「よく見たらお前顔、青いぞ? 大丈夫か?」
「大丈夫……と言いたい。吐いてきたし、当分は……。」
そう言うと圭佑は本当に心配しているのが分かる程に心配してくれた。
しかし、それで気分が治るかというとそうでもない訳で。
どうしようもない気分のまま今日を過ごした。
「と、言うわけで今日はあいつ、帰っちゃいましたよ。本当顔色蒼白でしたし。」
文芸部室にて圭佑は優が早退したことを伝える。
「事故ねぇ……それだけで早退とか精神弱くないか?」
「智っ!」
「あー、いや、馬鹿にするつもりはない。」
「朝の出来事としては衝撃的だったから調べたけれど………まぁ大したことはないんじゃない? 目にした訳じゃ無いんだろ?」
「いやぁ、それが………。」
言いにくそうに、圭佑は「見たらしい」と言う。
「どういう風なのが見えたのか分からないけど、気分が悪くなるような光景だったんだと思いますよ。」
「…………私…帰る。」
「おおぃ! 雪、帰るって……ちょっと待ってよ!!」
文芸部室から出て行く鍋川。それを追いかけて出て行った茜屋。
「後始末……。えっ…と多嶋君、今日は解散と言うことで…。」
「それじゃ片付け手伝います。……にしても、短時間でよくもここまで散らかせますねぇ。」
「本当よね。」
2人はゴミを片付けてから、帰った。
茜屋は早歩きで帰ろうとする鍋川を追いかけていた。
鍋川の歩行速度は異様な速さで、茜屋はいっそ走ってやろうかと考えつつも早歩きの範囲に収まる移動をしていた。
「廊下は走っちゃ…!!」
「走ってません!」
これで何度目か、すれ違う教師から注意される。しかし茜屋は足を止めることは無かった。
茜屋は自身の髪が赤いことをほんの少し気にしていた。普段であれば殆ど意識しないまでであるが、今目立つような赤い髪は人の目を惹き、注意される回数を少しだけ上乗せされているような気になってくる。
「ああもう……。」
苛立ち、無自覚に呟いて。
「わっ!?」
いつの間にやら足を止めていた、鍋川に気付かず、衝突した。
「っ……、智……危ない。」
衝突された鍋川は衝突された時には茜屋と向き合うような状態だった。ので茜屋の方を向いて尻餅を鍋川はついていた。
「ご、ごめん。」
「……良いけど、忘れてた。」
「…忘れてた? 何を?」
鍋川は表情を動かすこともなく忘れてたなどと言ったが、茜屋にはその表情に随分と動揺が走っていたのが分かった。
それこそぶつかったことを微塵も気にしないほどに。
「浅葱君の家………知らない。聞くのを、忘れてた。」
「………あー。」
茜屋は、鍋川が何故突然帰ると言ったのか理由がこの一言で理解し、納得の声を上げた。
「すぐに治ると思うから心配も見舞いも必要ないと思うよ?」
「………そう?」
「そうそう。そう言うことは明日考えよう、ね?」
茜屋は鍋川の両肩に手を置きそう言い聞かせた。
実際は、浅葱優の義姉についての評価を少し思い出して、行きたくないと少し考えたところもあったのだが。
「………でも。」
「デモもダッテも無い! さあ帰るよ!」
しかし引き下がる気配もなく無表情で茜屋の顔を見つめる鍋川の様子に、茜屋は目を逸らす。
目を逸らしたのを確認した鍋川は、しかし帰るために、玄関へと歩き始めた。懐から本を一冊取り出して眺めていた。
どうしてか、茜屋には鍋川がただ本を眺めているだけで、読めていないのだろうと思えた。
翌日、圭佑はまた部室で言ったのだ。
「今日はあいつ、学校にすら来ませんでした。何でも家族からストップかかってるらしいです。どれだけ大変なのかは、俺にはさっぱりですが。」
「そうか。」
それを聞くと少しだけ茜屋の表情が曇る。それを見た多嶋と鍋川は浅葱の事が心配なのかと思ったわけだが。
垣原は思った。
───あ、これ面倒臭いと思ってるときの顔だ。
と。そして垣原の想像通り茜屋は面倒臭く思っていた。
しかし、別に心配してないわけじゃない、寧ろ少し心配の度合いが増したくらいだ。
「ねぇ、多嶋君。」
「何すか? 雪幸先輩。」
「浅葱君の家、どこか知ってる?」
「行き方位しか………でも俺あいつんち行ったこと無いですよ? って、まさか先輩。行くつもりですか?」
多嶋の質問に鍋川は黙して多嶋を見つめただけだ。
「ははっ、マジですか。だって1日しか休んでないんですよ? そんな心配することはないと思いますよ?」
「………。」
「行き方なら知ってますけど、俺も行ったこと無いんで案内できませんよ? いや道は知ってるんで出来ないわけじゃないんですが。」
「ならお願い。」
「………分かりました。先輩方も来ます?」
質問と同時、茜屋と垣原を見る多嶋。多嶋からすれば話の当初二人は乗り気でないように見えていたのだが、しかし今は違った。
茜屋は、仕方ないと覚悟を決めたように、垣原は、茜屋ほど嫌がっていた訳では無いにせよ行かないという選択肢を消したように見えた。
「先輩方、どれだけ………。」
圭佑は何故行きたがらないのか、行きたくないようにしていたのかが分からない様子である。
「さ、行こう。」
「ちょっ、雪幸先輩早っ!? 」
言うが早いか鍋川はすでに廊下に出ていた。
あまりの行動の早さに、皆、驚いていた。
しかし、行く先々、タイミング良く電車が、バスが来てしまい、彼女達は重要なことを忘れていた。
見舞いだというのに、見舞いの品が無いじゃないか。と。
「───あ。」
それにまず気付いたのは鍋川でした。彼女の顔色がほんの少し蒼くなる。
「どうしたの? 何か……あ。」
続いて垣原が、鍋川の顔色のほんの少しの揺らぎを見て、そのことに気づくが。
「おい、二人とも、取り敢えず何か買うとか、金もないし顔見せに行くだけで良いんだよ、高校生って言ってもまだ子供だしさ。」
茜屋は、既に気づいていたのかまくし立てるように言うとさっさと先に行ってしまった。
唯一、何も気づかなかった多嶋は頭に疑問符を浮かべ、しかし、何一つ気づくことなく後を追った。
ぽけーっと、ベッドから見える真っ白な天井を見上げていた。
見上げながらぼんやり帰ってきてからのことを思い出していた。
昨日帰ってから、あまりの気持ち悪さに熱があるのではと考え体温を計ってみれば、熱があった。
熱を計った頃には少々どころか殆ど考えが纏まらず、布団に直行した。
「優。大丈夫?」
そして今日は、義姉曰く、ボクのことを心配していたが、自分が看るからと親は仕事に義妹は高校に行かせたらしい。
「大丈夫じゃないように見えるから残ったんじゃ、ないの?」
「それはそうだけど。」
大丈夫かどうかと言われると、熱は昨日と変わらず、それどころか悪化している。それに、気持ち悪さ、吐き気を常に感じている所から考えても、大丈夫じゃ、無い。
……吐き気の割には一切吐いていない。気持ち悪さだけがそこにあった。
トラウマ級の光景ではあったが、ここまでなるかと言われると疑問だ。が、このときのボクは熱と嘔吐感でまともに思考が働いていなかった。
何も考えず、自室の天井を眺めていると、唐突にボクの携帯電話が振動を始める。
電話だ。
しかしボクは動くのが少しばかり辛い。
仕方なく義姉さんに電話にでてもらうことになった。向こうの声は聞こえるように設定してもらってから、義姉は出た。
「はい、浅葱です。」
『それは分かって……女の人? もしかして優の姉さん?』
「ええ、その通りですが、あなたは優とどういった関係で?」
『んなもん、友人に決まって……? ……確か…そう…すね。……優とは親友をさせてもらってます。』
きっと向こう側で何か言われたのだろう、圭佑の声が途中遠くなった。
「で、何か御用でしょうか?」
『見舞いに来』
ピンポーン
ちょうど電話の向こうと家と同時にインターホンの音が鳴る。
「………義姉さん…。」
「分かってる。じゃあちょっと出てくるわ。」
そう言って義姉さんは玄関へと向かった。
インターホンを押してすぐに、玄関は開かれた。
「いらっしゃい。」
扉を上げた、如何にも美しいという評価が相応しいような外見の女性は多嶋が何か言う前に、家にはいるように促した。
「「「「お邪魔します。」」」」
声を揃えて四人は家へと入る。
「皆は優の見舞いに来たのでしょう? ちょっと心配しなくて良いと言った手前、手が足りなくなっても言えなかったから、いろいろ手伝って貰うことにするけれど良い?」
「え、ええ。勿論良いですけど…。」
「じゃあちょっと自転車で、すぐそこのスーパー行ってくるから、そこの眼鏡の子一緒に来て。赤髪の君と君は………消化に良さげなの何使っても良いから作っといてくれる? 優に夕飯として食べさせるから。そこの男の子は………んー。優の様子見といて。濡れたタオルかえたりとかそんな感じ。」
早口に命令を下し、鍋川の腕を絡め取り問答無用で玄関へと行ってしまう。
「そんじゃ、よろしくー。」
その言葉を残して、家から出ていった。
「と、取り敢えず何か、作りましょうか。」
「そ…そうだね。」
「じゃ、じゃあ俺は優の様子を見てきます。」
急すぎる事で、しかし、言われたことを取り敢えず彼らは行うことにした。
のっそのっそと足音が近付いてくる。
足音は一つ。耳を澄ましたとき聞こえる音的に圭佑だろう。
「おーい、平気かー?」
推察通り、来たのは圭佑だった。
彼はボクの額に置かれているタオルを冷やし直して額に置く。
「平気……じゃ、無いなぁ。」
ボクは呻くような小声でそう言った。
「おいおい……軽い症状じゃなさそうな顔色だなぁ、軽々しく見舞いに来ない方がよかったか?」
へらへらと圭佑はそう言う。
「いや……まぁ…。確かにうつったら大変だもんね…。」
「あー。まぁ。うん、それはともかく一応、折角だから学校で配られたプリント類持ってきてやったぞ。置き勉してたら持ってこなかったけど、全くしてなかったからな。」
そう言ってボクの机にプリントを置いた圭佑は別の物に目を向ける。
「これ、何だ? 十字架のネックレス?」
圭佑はそう言って紐を両手で摘まみ引っ張る。中間にある十字架の飾りを見せるように。
「それは……昨日。気付いたら羽が折れてた。」
折れた羽はどこかに消えてしまい、見つかってないけれど。
「え? と言うことはクリスマスの時上げたネックレス? マジか、へし折れてたか……。」
ボクは頷き、圭佑はショックを受けたような仕草をする。あまりショックを受けているようには見えなかったが。
「そうか、じゃあ次来たときにでも新品渡すよ。」
このときは、何故新品をくれるのか、疑問に思った。
「それと、何かして欲しいことはあるか? 喉乾いたとか、腹減ったとか。」
しかしすぐ、圭佑はそう言ったものだから、只でさえ纏まらぬ思考は要求を考えることで許容量いっぱいになってしまった。
「さてと、」
「智と葵の三分クッキングうー。」
「突然変なのを混ぜないでよ。後智………それは何?」
「何ってタバスコだよ? 暖かくなるかなーと」
「ふざけるのは止めて。分かってるでしょ?」
「仕方ないなぁ、じゃあこの七味唐辛子で」
「分かった、私だけでやるわ……。」
「えー、なんで?」
「何でも何もない! ほらあっち行ってて。」
「出来た…と。じゃあこれを器に………っと。」
「終わったー?」
「終わったわよ。」
「ただいま。」
「………。」
「じゃ、私は優君のところにコレ持ってくから」
「待って私を一人に」
「雪がいるじゃない。」
「なんか雪の様子が……あ、部屋の角に座り込んだ。あれは居るとカウントしても良くないよ…!!」
「…………。」
「何でしょう、あれは………。」
「弟のお見舞い、ありがとうね。言ったとおりの事してくれたみたいだし…。」
「ええ、まぁ。じゃあ私は優君のところにコレ持って行きますね。」