7
森の中から現れたのは、なんと、子どもだった。
男の子。うちの弟よりも全然小さい。7つとか8つとかそれくらい。
かわいらしい普通の子。私の目にはそう見えた。
しかし、その印象はすぐさま崩れ去った。
「お姉ちゃん」
ぞくっとした。
その声に、気配に。
男の子は嬉しそうにこちらに駆けよって来る。
彼の気配はとにかく強くて、威圧的。そして今まで出会った何者とも違っている。
いや、…似てはいるのか。かすかにだけど、お父さんに。
だから私はこの子が竜だと気づいたんだから。
異質というか、異様というか、とにかく初めて体感する独特の気配に、粟立った肌が元に戻らない。
傍まで来た男の子は、私を見上げて訊ねた。
「何してるの?」
「え、」声が掠れてしまう。「えっと、…お散歩」
とりあえず、できるだけ普段通りに。
相手の思惑がまだわからないから、竜だと勘づいていることも知られたくないし、こっちの正体もばれたくない。
「ふうん…、こんなところで?」
探るような上目遣いを向けられる。
「うん。私、森の中を歩くのが好きなの」
彼はまっすぐに私の目を見る。それは頭の中まで覗こうとしているようで、怖いし気味が悪い。
それでも極力平常心で接する。普通の子どもと思い込もうとした。
「君こそこんなところで何してるの?ひとり?」
私の質問に、男の子は楽しそうに口元をほころばせた。
「宝物を探してるんだ」
「宝物?」
「そうだよ。ぼくの大事な宝物。この近くにあるはずなんだ」
…なんだろう、宝物って。
この辺りには本当に森しかない。
何か埋められてたり?それか…貴重な植物が生えてるとか。
いやいや、ユイじゃあるまいし。
と、心の中でつっこんだ瞬間にはっとなる。
そうだ。ここにはユイの家がある。
「ねえ、宝物ってなあに?」
私は思い切って訊いてみた。
だけど男の子は「ひみつ」と言って教えてくれない。
「言ったら、お姉ちゃんも欲しくなるかもしれないもん」
「君の大事なものを欲しがったりはしないよ。教えてくれたら、一緒に探すよ?」
一刻も早くこの子をこの場から離したい。
森の家に近づけたくないし、何よりこのままでは本当にアルと鉢合わせてしまう。
男の子は考え込むように少し首を傾げた。
「……でも、やっぱだめ。ほんとうに、ほんとーーに、大事なものだから」
「そっか。じゃ、仕方ないね」
仕方ないけど、次どうしよう。
笑顔の裏で必死に考えを巡らせていると、男の子はぽつりと呟いた。
「…バラが枯れたっていうのは嘘なのかな?」
バラ?
そういえば、さっき河原でツヅキもそんなこと言ってた。
アルは何か知ってるみたいだったけど。
「この辺りにバラはないよ」
私が答えると、男の子は弾かれたように「あるもん」と言い返す。
「においがしてるもん」
「バラのにおい?」私は大きく鼻で息を吸ってみる。「…私にはわからないなあ」
元々鼻はいい方なんだけど。
「ここはいつもすごいにおいなんだ」男の子は顔をしかめた。「においがすごすぎて、くらくらして、頭がぼーっとしてくる」
そんなすごいにおいなら、私が気づかないはずはない。でも何度も通っている径なのに、一度もバラの香りがしたことなんてなかった。
その時ふと、前にユイと話したことが頭をよぎった。
「ふたりだけで森に住むのって、危なくない?」
私は大量の薬草を刻みながら、前々から思っていたことを口にした。
この日は確か店が休みで、私はユイたちのところにお手伝いに来ていたのだ。
私の問いにユイとビゼは顔を見合わせ、一拍おいてから「ああ…」という顔をする。
「何?どうしたの?」
怪訝に思って訊ねると、ユイは苦笑いを浮かべる。
口を開いたのは、大鍋の中身をかき混ぜているビゼだった。
「その心配はいらない」
「でもクマとか、オオカミとか、出るでしょう?」
「もっと森の奥に行けばな。この辺りまではめったに来ないし、獣除けの術もかけてある」
「じゃあ、泥棒とか」
「うちに盗みに入ろうなんて根性のある泥棒は、ザッカリーにはいない」
ビゼはドヤ顔で言い切った。
…なんで?
「森の魔女はね、代々呪いを得意とする家なんだよ」
内心の疑問に答えてくれたのはユイだった。彼はすり鉢でゴリゴリと音を立てながら私の刻んだ草をすっていた。
「ま、ばあさんまでの話だけど」
ビゼがボヤくと、ユイも「まあね」と同意する。
「だから…少なくともそれを知っている町の人たちは、あまりそういうことはしないかな。報復を恐れて」
私はいつの間にか手を止めて、ユイの横顔を見つめていた。彼は話しながらも手のスピードが衰えることはない。
「まあ、知らない人もいるし、呪い返しもあるから、一応結界も張ってるよ。だから大丈夫」そう言ってユイは私ににっこりと笑いかけた。「心配してくれてありがとう」
…かわいい。
うっかりキュンとしてしまう。
だけどときめきながらも、気になる言葉があったことは漏らさない。
「ねえ、呪い返しって?」
私にとっては素朴な疑問だったのに、ビゼは大げさなため息を吐いた。
「ホホは本当に何にも知らねーな」
「う、うるさいな!」
「ビゼ。みんなが知ってるようなことじゃないから」ユイは軽くビゼをたしなめてから、説明してくれた。「名前の通り、呪いを術者に跳ね返す術があるんだよ」
「へえ…、そんなことできるんだ」
「絶対返せるってわけじゃないけどね」
「ふーん…、その呪い返しを防ぐための結界も張ってるの?」
「そうだよ」
「ユイは呪いなんてかけないのに?」
するとユイは苦笑を深める。
「歴代の森の魔女たちがかけ続けてきた呪いは半端ないからね。質も量も。それが今だに私たちに返ってくることがあるんだ」
ビゼも仏頂面のまま頷く。
「まったく、迷惑な話だよな」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
男の子の声に、我に返った。
だめだ。ぼんやりしている場合じゃない。
でも…、思い出したのは大事なことだった。話した時はさして気にも留めていなかったけど。
この子はユイが張っているという結界に反応しているのかもしれない。だからバラのにおいがひどくて近寄ることができない。
だとしたら、彼はやはり森の家にとってよくないものということになる。
「…ねえ、町に戻らない?」
私の提案に、男の子は肩を落とした。
「バラが枯れたって聞いたから、やっと探せると思ったのに」
私は腰を落として、彼と目線の高さを合わせた。
「また今度にしようよ。それに、小さい子がひとりで森の中にいるのは危ないよ」
そう言って男の子の顔を見たとたん、やばい、と思った。
引きずり込まれる、意識が。
掴み取られる。
そう感じて、慌てて目をそらした。
「……お姉ちゃん?」
落ち着け、私。動揺を見せてはいけない。つけ込まれる。
そう思いつつも、思わず盗み見てしまった。
ちらりと向けた視線の先に映ったものに、背筋が凍った。
彼のその薄ら笑い。
子どもの表情ではなかった。
「……何でもない」
できる限りの落ち着いた声を出す。
なるべく彼の顔を見ないように気をつけながら。
「さ、送っていくよ」
私の提案に彼はまた少し考え、結局「うん!」と元気のいい返事を寄越した。
その様子は無邪気で、とてもかわいらしいと思う。
でも…、違う。それだけじゃない。
目の前にいるのは、私たちにとってよくないもの。
そう、本能が言っている。
森の家から町の中心部へ向かう時は近道がある。前にユイに教えてもらった。
それはいつもの径よりもずっと細いけもの道だ。
そこを私は彼とふたりで、手を繋いで歩いている。
彼は終始ご機嫌で、さっきからずっと鼻歌を歌っていた。
…こうしているとただの子どもにしか見えないのに…。
さっきは何というか、魂をわしづかみにされたような感じがした。
本当のところは何をされそうになったのかはよくわからないけど、危なかったことだけは確かだと思う。
それに結局、この子が森で何を探そうとしていたのかもわからないままだった。
彼は「いつも」と言っていた。「いつも」バラのにおいがするんだと。
それは、頻繁に暗がりの森へ来ているという意味だろう。
…怖い。いつ出くわしていてもおかしくなかったんだ。それに私だけじゃなく、ユイやビゼだって。
そんなことをぼんやりと考えているうちに森を抜けていた。市場の近くに出る。
市場は開店の準備でみんな忙しそうだった。
「どこに送ればいいかな?」
すると彼は「シュプナ商工会館」と答えた。
それは世界会議の会場のひとつだった。
どうしてそんなところに?
「おうちの人が会議に出てるの?」
そんなわけはないだろうけど、あえて言ってみた。
「うん」
彼も平気で嘘を吐く。
だから私たちはその会場を目指すことにしたのだが…、歩きながら私は考える。
この子を…会議場に連れて行っても本当にいいんだろうか?
まさか会議に出席しているわけではないだろうし。一体何の用があるっていうの?
っていうか、嫌な予感しかしないんですけど!
考えを巡らせるが何も策が思いつかないまま、商工会館にはすぐに辿り着いてしまった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
男の子はぺこりと頭を下げる。
「どういたしまして」
ここでこの子を野放しにすることには不安は残る。でもとりあえず彼と離れられることにはほっとしていた。
まあ、会議場には警備兵もいるだろうし、そんなに滅多なこともできないだろう。
そんな風に心の中で自分に言い訳していると、彼が上目づかいで見上げてきていた。
「何かお礼がしたいんだけど」
「そんなの、いいよ」
私は大げさなくらいに手を振ってしまう。
「でも、」
「本当に。大したことしてないから」
お礼なんて、得体が知れなくて怖すぎる。
でもそれでは気が済まないようで、彼は少し考え込むような仕草を見せた。
そして、何かを思いついたように小さく声を上げた。
「お姉ちゃん、ちょっと屈んで」
「え、」
「早く」
有無を言わせぬ雰囲気に、渋々膝を折った。
彼は私の額に手を置く。
「…やっぱりね」呟いて、にこりと笑った。「僕が治してあげる」
そう言うと、一瞬だけ、おでこに触れた手が熱くなった。
それだけだった。
彼は内緒話でもするように、私の耳に唇を寄せる。
「これで全部思い出せるよ」
囁くと、パッと私から離れた。軽い足取りで会館へ駆けていく。
扉の前でくるっと振り返ると、「またね、お姉ちゃん」と手を振り、そのまま中に飛び込んでいった。
…何だったの?今のは。
私はゆっくりと立ち上がりながらも、呆然と扉を見つめたままだった。
治すって、思い出せるって、そう言ったけど…。
おでこに自分の手を当ててみる。熱くも何ともない。
今のところ何も思い出してないし、変わったところは…ないような気がする。
何をされたのかがよくわからない。それが気持ち悪い。
……結局最初から最後まで、わかんないことだらけだったな。
それに…せっかく竜に会えたのに。
何もできなかった。訊けなかった。
それどころか、もう会いたくないとすら今は思ってしまっている。
そんな風に私が軽く落ち込んでいると、会館の扉が再び開いた。
まさか戻って来たの?!
「あれ、ホホ?」
姿を現したのは小さな子どもではなく、長身の男性だった。
しかも知人だ。
「ゼフィ」
会館から出てきたアルの友達は日差しに顔をしかめた。「まぶしー…」
私はゼフィに駆け寄る。
「おはよう」
「ん、おはよーさん」
「もしかして徹夜?」
「そうだよ。今日使う資料が間に合わないだとか何とかで」うんざりとした口調でそう言って、癖のある黒髪をくしゃくしゃに混ぜた。「…ひとりか?」
「うん。男の子を送って来たの」
「男の子?」彼は眉をひそめた。
「ゼフィと入れ違いで子どもが入って行ったでしょ?」
すると彼は首を傾げる。
「子どもなんていたかなあ…」
「見なかった?」
「ああ。子どもなんて、いたらすぐにわかったと思うんだけど」
不思議そうな顔をしていたがすぐに、「ま、俺も徹夜明けでぼーっとしてたしな」と笑った。
だけどすぐに真顔になる。「…どこの子よ?」
「知らない。…散歩中に会った迷子だから」
思いっきり省略した説明に、ゼフィも「ふーん…」と、曖昧な返事をする。
「んでもこんなとこにいるから、なんかあったのかと思ってちょっとビビった」
彼が何を案じたのか、それはすぐに思い当たって、私は両手と首を大きく振った。
「ううん、違うの!何ともないよ!アルもユイも」
慌てる私の様子に、ゼフィの表情も緩む。
「ならいいけどよ」
小さく零したそれに、さっきのカッシュの言葉が重なる。
「社長も俺も、先輩が無事ならそれでいいんです。それだけです」
ゼフィが店を手伝った日、ふたりきりになった時に言われたことがある。
「ホホがいてくれてよかったよ」
突然の言葉に、素直に喜ぶことはできなかった。
「…迷惑ばっかりかけてるのに?」
私は努めて明るい声でそう返した。
連日ロドリス社長やアンヴァンさんが店に来て、アルもユイもかなり警戒している。その上、アルには恋人のフリまでしてもらっていたし。
そんなこんなをゼフィも見ているのに、何をどうしたらそんなセリフが出てくるんだろう。
皮肉のつもりかとも思ったけど、そうでもなさそうだ。
「アルもユイも楽しそうだもんなー」
「楽しいのかな…」
「あいつらがこんなに笑ってるの、初めて見るぞ」
私は驚いて、一瞬言葉に詰まった。
「……って、それは言い過ぎでしょ」
「いや、マジで」
ゼフィは真顔だった。
でもユイはともかく…、「アルも?」
ゼフィは頷く。
「あいつは人当たりはいいし、いつもにこやかだけどな。でもそんな声を上げて笑うってのはあんまない」
意外だった。
だって、いつもしょうもない話で私たちは笑ってたから。
アルの笑い声なんて、いっぱい聞いた。
「ゼフィは…学生の頃からの友達なんだよね」
「ああ」
「昔のアルって、どんなだった?」
「ちっちゃかった」
「そうなの?」
「うん。それにユイに似てた」
「え?!どこが?」
「顔とか、見た目。あと、病的に無口なとこも」
アルは飛び級で高等学校に入学してきて、それだけでも話題になっていた。周りの同級生たちよりも年下だから体も小さく、加えて女の子のようにかわいい顔をしていたので、学校ではかなり目立っていたそうだ。
「だけど基本的な性格は今と変わらないから。ふてぶてしいっつうの?騒ぐ周囲を完全にシャットアウトしてさ。一匹狼気取ってたんだよ、あいつ」
思い出して、ぷぷっと吹き出すゼフィ。
「ユイの場合は『話せない』ってかんじだけど、アルは頑なに『話さなかった』なあ」
今のアルからは想像できない。
「でも、ゼフィとは友達になったんだね」
「俺、しつこかったから。あ、カッシュもな」
ゼフィはしれっと言う。
「でもさ…、なーんか心配だったんだよ。冷めた暗い目したちっこいあいつが。落ち着いてるように見えて、どこかふわふわしてるっていうか、ぐらぐらしてるっていうか」
それは、なんとなくわかった。
脳裏に浮かぶのは、あの雨の日の横顔。
「今でもそうだけど。いつまで経っても見ててハラハラするんだ」そこでゼフィはふっと、笑った。「…なんて、俺はあいつの母ちゃんか、ってかんじだな」
私もつられて笑ってしまった。
そこでアルが戻ってきて、私たちが昔の話をしていたと知ると、わずかに顔を赤くしていた。
照れているアルなんて珍しい。でもちょっとかわいいかも、なんて私は思ってしまった。
「ごめんなさい」
「何?急に」
ゼフィが怪訝な顔をする。
「ゼフィにはちゃんと謝ってなかったから。いろいろ厄介ごとに巻き込んじゃって、ごめんなさい」
深く頭を下げると、頭上から声が振ってくる。
「いや、俺は自分から首突っ込んでるだけだしな」
顔を上げると、困ったように頭を掻くゼフィがいた。
「こっちはこっちの事情があるっていうか。だから便乗させてもらって、こちらこそごめんなさいというか…」
ゼフィの会社とロドリス商会の取引のことは聞いていた。すごい偶然だと思うけど、その偶然が役に立つのであればそれでいい。
「それだけじゃなくて」私はなんと言ったらいいのか、迷う。「その…、ゼフィの大事なアルを危ない目にさらしてるし」
ゼフィは目を丸くし、そして顔をしかめた。「何か…人が聞いたら誤解しそうな発言」
私ははっと気づく。「あ、そういう意味じゃ…」顔が赤くなるのが自分でもわかった。
そんな私を見てゼフィが笑う。
「わかってるよ。でもアルが聞いたら怒るぞ」
想像は簡単にできて、私も少し笑ってしまった。
「そういう意味じゃないけど、でも、ゼフィがアルたちをすごく気にかけてるのはわかるし…」
だから、本当は私はここにいない方がいいんだと思う。
ここ数日、何度もそう思った。
でも口にすることはできなかった。今だって。
こんな状況になってさえ我を通そうとする自分には本当にあきれる。
でも…。
するとゼフィはため息交じりに言った。
「…似た者同士だな」
「似たもの同士?」
「そうだよ。君と、アル。それからユイもか」
「…どこが?」
「うーん、変に真面目なとこ?」
なにそれ。
「多分あいつらはあいつらで今頃、『雇うべきじゃなかった』とか、『引き留めるべきじゃなかった』とか思ってるぞ」
なぜかゼフィは楽しそうにニヤニヤしている。
そして、ふいに正面から私を見据えた。
「霧雨亭にいたい?」
唐突でまっすぐな質問。
私は素直に頷く。
するとゼフィはまたニヤリとした。
「じゃ、いいじゃん、それで。あいつらもいてほしいんだし」
「…そうかな」
正直、私にはわからない。ふたりが本当はどう思っているのか。
優しい人たちなのは確かだから。だから余計、本心がわからなかった。
「そうさ。それに君がいればアルは無茶をしない」
「……それはどうだろ」
現にさっき無茶をしたとこだ。私なんかが止めたところで聞くような人じゃない。
別れ際に「無茶をしない」と約束したけど、あれは私に言うことを聞かせるためだろう。
「ホホがいれば、あいつはギリギリのところで止まれる」
そう言ったゼフィの口調がいつになく真剣で、思わず見上げる。
そこには戸惑ってしまうほどの強いまなざしがあった。
だけどそれは一瞬のことで、すぐにいつもの彼に戻る。
「ユイも多少社交的になるしな」
茶化した言葉に、私が苦笑を浮かべた時だった。
「ホホ?」
呼び掛けに振り向いて、思わず声を上げる。
「社長!」
そこにいたのはロドリス社長だった。
少し戸惑ったような表情を浮かべている。
「…おはよう。こんなとこでまた会えるなんてね」
そう言った彼は、懐かしい笑顔を浮かべた。
そう、今はちゃんと懐かしいと思えた。
なのにあの時はどうしてあんなに怖いと思ってしまったんだろう。
そう思ったとたん、頭の中で、何かが割れる。
「これで全部思い出せるよ」
男の子の声が響く。
するとじわじわと水が漏れるように、頭の中に溢れてくる。
よみがえってくる記憶。
あの日、ゼフィと初めて出会う前に、社長と再会する前に、私が会ったもうひとりの人物。
ヴァネア。
私を見つけて、目を丸くする彼女が言った。
「あなた、なんでまだここにいるの?」