6
ぽかんと私を見つめるユイに、はっと我に返る。
何言ってるんだろ、私…。
「ホホ…?」
訝しむユイを目の前にして、何か言わなければと口を開く。
「あ、あの…」
言葉が続かなかった。
…言ってしまってもいいんだろうか。……今更だけど。
未来がわかるなんていうのは、あまり人には話さないほうがいい。…竜であることと同じように。
そう思って、私はこれまで誰にも話していなかった。
だけど、それがいけなかったのかもしれない。
今朝だって、全てをはっきりと伝えなかったから、アルを止めることができなかったのかも。
中途半端な私の態度では、結局事態がややこしくなるだけなのだ。
でも…、怖い。
言葉にしてしまうと、気のせいにできなくなる気がした。
時を読むことができることを、現実として認めてしまうことが怖い。
私は、
後継者になんか、なりたくない。
「ホホ、どうしたの?ビゼが危ないってどういうこと?」
ユイに詰め寄られて、はっとなる。
そうだ。今はまごまごしている場合じゃない。
余計なことを考えてる暇もない。
行かなければ。でないと、ビゼが「あれ」と接触してしまう。
どういうわけか、今回の予感はいつもよりも強いように感じていた。
「私、ちょっと森の家に行ってくる」
「え?」
「気になることがあるんだ。心配だから、見てくるね」
説明は後ですればいい。とにかく今はビゼの無事を確かめよう。
私は半ば開き直って、足を踏み出そうとした。
途端に体がぐらりと傾いた。
「ホホ!」
慌てて私を支えようとしてくれたユイだったが、支えきれずにそのままふたりで倒れていく。
が、そんな私たちを力強い腕がぐいっと引き留めた。
「アル…」
「大丈夫?」
騒ぎを聞きつけて戻ってきたアルが、私とユイを抱えていた。
「ありがとう」
「ご、ごめん。ホホも、アルも…」
アルは私とユイをまとめて地面に座らせる。そして自分もしゃがむと私の顔をのぞき込んだ。
「顔が真っ青だ」
「ちょっと、立ちくらみ」
力の使い過ぎだと、なんとなくわかった。夕べから過去を見たり、未来を見たり、調子に乗ってやりすぎたから。
めまいがする。気持ち悪い。
「ホホ、横になりなよ」
横でユイが自分の上着を脱いで地面に広げていた。
強がる余裕もなくて、その好意に素直に甘える。
「何があったんだ?」
アルがユイに尋ねている。
事情がよくわからないであろうユイはそれでもなんとか状況を説明しようと、難しい顔で「えっと、それが…」と言葉を探す。
私は地面に寝転がってふたりを見上げていた。
そのやり取りはいつもと変わらない日常の光景で、気持ちが段々と落ち着いてくるのがわかる。
…そっか、ためらう必要なんてないんだ。
私はこの人たちを信用している。
いつのまにか。ものすごく。
当たり前のこと過ぎて、改めて考えたこともなかったけど。
……大丈夫。彼らになら、話してもいい。
私は腹をくくった。
「お願い。今すぐ森の家に行って」
アルとユイが揃って私を見下ろす。
「…何か見たの?」
問うたのはアルだった。
私は小さく頷く。
「よくないものが森の家に近づいているかもしれない」
私は「それ」の目線で、森の奥から家を見ていた。
「それ」が何を考えているのかはわからない。
いや、何も考えていないのかもしれない。
からっぽで、でもなんか嫌なかんじ。禍しさが「それ」から伝わってくる。
やけに冷えた目で家を見つめていた「それ」が、歩き出した。
まっすぐに、森の家に向かって。
「それ」は玄関には向かわず、裏へ回った。古い納屋の方へ。
そこも正面の出入り口はスルーして、更に脇へ入って行く。
すると納屋の裏口らしき扉が現れた。
不釣り合いに立派な扉だった。
「それ」がドアノブに手をかけたその時だった。
「ユイ?戻ってるの?」
母屋の方からの声に続き、軽い足音が聞こえてきた。
自分の見たものを、なるべく客観的に伝えようと努めた。
そばにはツヅキもカッシュもいて、話を聞いていたけど、しょうがない。
聞き終えたユイはまっすぐに私を見つめて、訊ねた。
「ホホは未来が見えるの?」
質問もまっすぐだった。
まっすぐ過ぎて、ごまかしようもない。
私はユイの目を見たまま、「うん」と小さく言った。
すると彼は「そっか」と小さく言った。「だからいろいろ『わかる』んだね」
納得したようにしきりに頷き、そして立ち上がった。
「行ってくる」
「ユイ」アルがユイを見上げた。「結界を強めたら、すぐにビゼを連れて霧雨亭に戻るんだぞ」
「わかった」
「俺は一度霧雨亭に寄って、手紙を送ったらそっちに向かう」
そうか、暖炉を使えば早く知らせることができる。
アルは振り返り、カッシュに声をかけた。「ユイの用心棒頼んでもいい?」
少し離れたところで様子を伺ってたカッシュは「もちろんっす」と頷いた。
ユイはツヅキに申し訳なさそうな顔を向けた。
「すみません。ちょっと捜索は中断させてもらいますね」
「いや、本当にもういいのですよ。ユイさん」
無表情ながらも、口調はどことなくすまなさそうなツヅキ。
でもユイはやっぱり頑固だった。
「よくありません!後で必ず続きを探しますから」
ツヅキは「はあ」と、首筋を撫でていた。
そしてユイは私を見る。
「教えてくれて、ありがとね」
「間違ってたらごめん。絶対ってわけじゃないからさ…」
そう言いながらも、まだ胸はざわざわしている。
「違うに越したことはないよ」
「そうだね。それから…今まで黙っててごめん」
多分ユイだってなんか変だなとか思って、もやもやしていただろうに。
そんな彼は少しあきれたような表情を浮かべる。
「言いたくないことは言わなくていいって言ったでしょ?」
確かに、言われた。
月夜の草むらで。
「…ありがとう」
私の言葉にユイは頷くと、軽く身を翻して駆け出した。
「早っ!ユイちゃん足、早っ!」
慌ててユイを追おうとしたカッシュが振り返りながら叫ぶ。
「あの、あんた、ツヅキさん!」
「はい」
ツヅキは律儀に返事をする。
「まだ聞きたいことあるから、いなくならないでくださいねー!」
言い残して、カッシュも走って行った。
その慌ただしさに思わず苦笑を漏らしながら、アルはツヅキに話しかけた。
「巻き込んでしまって悪いな」
「いえ。どうも間が悪い時に来てしまったようですね」
「そうでもないよ。むしろ丁度よかった」
…どういうこと?
ツヅキも窺うような視線を向けた。
「あんた、結局ヴァネアとはどういう関係なの?」
直球な質問。
ツヅキは…何も言わない。じっとアルを見ている。
答えを待つことなく、アルは言葉を続けた。
「ヴァネア、あんたの所には帰ってこないと思うよ」
「…え?」
「今、ヴァネアがこの町にいることはもう知ってるよね?でももう出て行くよ。すぐにでも。どこに行くつもりかは俺も知らない」
一切のためらいもない口調だった。
ひとしきりアルを見つめていたツヅキだったが、おもむろに口を開く。
「なぜ私のところへは帰らないと、そう思うんです?」
「俺に、一緒に来ないかって誘ってきたから」
ツヅキはわずかに目を眇めた。
その様子に、アルは少しニヤリとする。
…前々から思ってたけど、アルはちょっとサディスティックなところがある。
「気になってたんだ。なんで今さら俺に声掛けるんだろうって」
今度はアルがツヅキをじっと見つめる番だった。
「ヴァネアは俺には興味がないし、ましてや巻き込むようなことはしない」
言い切るアルの姿に、なぜか胸の奥がざらっとした。
ツヅキはゆるく首を振る。
「ヴァネアはあなたを連れて、私の元へ戻って来るつもりかもしれない」
「それはないね」
そう言ったアルの横顔には見覚えがあった。
あの春先の雨の夜、窓の外を見つめていた冷たい横顔。
鈍く、ズキンとした衝撃が衝く。
胸だか胃だかわかんないところを。
「わかるんだよ、なんか。…ヴァネアは諦めたんだなって」
「…何を諦めたんですか?」
「…あんたの傍にいることじゃないの?」
穏やかな口調で言い放った言葉が、ツヅキに突き刺さるのが見えたような気がした。その破片が、私の胸をもかすめていった。
それでもその氷のような横顔から目が離せない。多分、アルも私の視線に気づいている。
言わなければならなかったのだろう。言わずにはいられなかったのだろう。
ヴァネアの気持ちを代弁できるのは、アルだけだから。
そう思うと、また鈍い痛みが私の真ん中でうずく。
アルとヴァネア。ふたりの間に存在する何か強いものを感じずにはいられなかった。
張り詰めた空気を壊すように、アルがふっと表情を緩めた。
「でも今ならまだ間に合うかも。…というか、今を逃せばもうずっとだめかもね」
「どうして…」
ツヅキがぽつりと零す。
その言葉に、アルは何かを返そうとした。でも少しだけ口を開いたところでそれをやめ、言いかけた言葉を呑み込んだ。
代わりに口にしたのは、おそらく本当に言いたかったこととは別のこと。
「町を出る前に、おそらく森の家に寄ると思う」
「……そう言えば、変な話を聞きました。森の家のバラが枯れたとか」
「早!もう噂広まってるんだ。流石は丘の魔女」
…何の話だろう。そもそも森の家にバラなんてあったっけ?
「だとしたら急いだほうがいい」そう言ったアルが急に私に顔を向ける。「よくないものって、ヴァネアじゃないよね?」
私は首を横に振った。「気配が違った」
するとアルは苦笑いのような吐息を漏らす。
「何だかいろんなものがいっぺんにぶつかろうとしているみたいだな」
その呟きに、なぜか背中がぞくりとする。
予言みたいに聞こえた。
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫」
ふいに頭に軽く手を置かれる。
アルの大きな手。あったかい手。
「なるようになるさ」
おどけるように片目をつぶる様子は、いつもの彼だった。
「俺も行くけど、ホホはしばらくここで休んでろよ」
「私も動けるようになったらすぐに…」
するとアルはふいに真顔になった。
「俺としては霧雨亭で待っててほしいんだけど」
「でも…」
私だって心配だ。
「うん。わかってる。ビゼが心配なことも、君が言い出したら聞かない人だってことも」
「それは…その通りで申し訳ないと思うけど…」
「だから無理はしないって約束して」
優しい声に、俯き加減になっていた私の視線が再び上がる。
そこにあったのは声と同じくらい優しい、薄茶色の瞳だった。
「俺も無理はしない。だから、ホホも」
「……わかった」
頷くと、アルは満足そうに微笑んで立ち上がった。
「あ、そう言えばさ」彼はツヅキの方を向く。「あんたはヴァネアの操りの術を解く方法とか知ってたりするの?」
するとツヅキは少し考えて、「一般的な方法しかないと思われます」と言った。
石を割るか、鍵をどうにかするか、ってことか。
「だそうだが、ホホ、大丈夫?」
訊ねながらも、その顔に心配そうな気配はなかった。
うれしかった。
私を信じてくれているんだと。
「うん。大丈夫だよ」
そう言いながら私は体を起こす。
まだ少しふらつくけど、これならもう少しで動けそうだ。
アルはツヅキに向かって「一緒に来る?」と声をかけた。
しかしツヅキは地面を見つめたまま何かを考え込んで、返事をしない。
その様子にアルは小さく息を吐くと、私の方を向いた。
「ホーティス」
それは不意打ちすぎた。
私は何も反応できず、ただ彼を見返した。
私の本当の名前。
それを彼が口にした。
たったそれだけのこと。
「また後で」
いたずら気な笑みを残して去っていくアルの背中を呆然と見つめる。
耳の奥にまだ残ってる、彼の声を脳内で反芻する。
熱いものがじわじわと体中に広がっていくようだった。
…私のことなんか、思い出さなくていいと思っていたはずなのに。
なのに、名前を呼ばれたことがこんなにうれしい。
それに、「また後で」って、言ってくれた。
…アルはいなくならないんだ。
彼は私たちと一緒にいることを選んでくれた。
それが実感できて、目頭が熱くなってくる。
私は両手で頬を押さえて、涙が浮かんでこないように必死に耐えるのだった。
そして残された私たち。
おじさんと、若い娘が早朝の河原でぼーっとしているこの光景。
人が見たら不審に思うかもしれない。
「アルさんはあなたの恋人なのですか?」
「へっ?!」
声が裏返ってしまう。
この人がこんなことを言うとは思わなかった。
「まさか、そんな」
私はぶんぶんと大きく首を振ってしまい、頭がまたくらりとした。
「そうですか」
動揺する私を前にしても、ツヅキは相変わらず淡々としている。
そんなこと、あるわけない。こないだは緊急事態だったから、フリをしただけだ。「そう…、です。ただの雇い主と従業員ですから」
言葉にすると、なんと殺伐とした関係なんだろう。それが事実なんだけど、なぜだか若干落ち込む。
…アルはモテる。
今は、恋人はいないようだ。だけどお店にはアル目当ての女性客もいる。
色っぽいお姉さん達と話すアル。彼はいたって普通に接しているだけだというのはわかっているけど、私はなんとなくその様子を見たくなくて、そういう場面になるといつも厨房に逃げ込んでしまう。
「私みたいな子ども、相手にするわけないし」
思わず卑屈な発言を漏らしてしまった。
………っていうか、ツヅキ相手に何変な話してんの。
ちょっと恥ずかしく思いながら顔を上げると、彼は川面を見つめていた。
「わからないんです」
ツヅキは呟くように言う。
「……何が?」
「ヴァネアと私の関係です」
そう言うと、彼は少し、笑った。
悲しそうな笑顔だった。
「彼女が自分にとってどういう存在だったのか、自分でもよくわからないんです」
その気持ちは、ちょっとわかる気がする。
すべての関係性が一言で表せられるようなものだったら、どんなに楽だろう。
「術を解く方法、ユイさんも訊ねてましたよ」
「え?」
「あなたやユイさんやアルさんを見ていて、うらやましいと思ってしまいました」
「…はあ」
出たのは微妙な相槌だった。
「ほらね。自分のことはよくわからないものでしょう?」
「あ…」
ツヅキはまた少し笑った。
でもそれは今まで見た中では一番いい表情で、私もつられて少し微笑んでしまう。
それで気がついたのだ。
「何でもいいし、何でもないのかも」
「え?」
「人と人との関係性なんて。傍から見るのと、本人たちから見るのとでは違うことなんてよくあるでしょう?ぶっちゃけ外から見た関係性なんて、気にしなければ本人たちにはどうでもいいというか」
「…極論ですね」
「ですかね、やっぱり」私は、ははは、と笑った。「…でも、伝えることは大事だと思う」
他の人が何を考えてるかなんて、本当のところはわからない。推測でしかない。それがどんなに親しい人だって。
だから伝えたいことは行動に起こさないと。
私は立ち上がると、ツヅキの腕をむんずと掴んだ。
「行きましょう、森の家に」
「ホホさん?」
「ヴァネアに会わなくちゃ」
戸惑った視線をよこすツヅキに、私はきっぱりと言い切った。
「そう言えばホホさんは先見の巫女なんですね」
「さきみの、みこ?」
森を歩いていると、ツヅキが突然そんなことを言った。
「何それ?」
「未来を見る能力を持つ女性のことをそう呼ぶと、昔聞いたことがあります」
「へえ…、知らなかった」
さっきユイには未来が見えると言ってしまったけど、実際のところは、私は時の流れを読んでいるのだろう。
私が未来を見たのは、今回を除けばたったの2回だけだ。
1番最初はユイが酔っ払いに絡まれた時。そして2回目は夕べ。その2回とも、眠っている間に夢として見ていた。
最初に見た未来はユイが酔っ払いに絡まれるというものだった。
だけど実は、私たちが見たのはそれだけではなかった。その先があった。
アルが刺されてしまうのだ。
メアリさんからユイのピンチを聞いたアルは迷うことなく助けに行った。そこで酔っ払い達と口論になって、酔っ払いのひとりがナイフを取り出す。
私は暗がりの中に広がっていく血だまりを確かに見た。
だから私は自分がユイのところへ行くと言い張った。絶対にアルを行かせるわけにはいかなかった。だから少し手荒なことをしてしまったのだけれど。
メアリさんとちゃんと話をしたのは、私が霧雨亭に正式に雇われることが決まってからだった。
「私は現在進行形の未来、つまりほんの少し先しか見ることはできないわ」
メアリさんは霧雨亭の守護者だから、彼女の見るものは基本的にはアルに関することに限られる。ただしユイはアルと繋がりが深く、ユイの未来がアルの未来に対しても大きく影響してくる。だからユイの未来も見えるんだそうだ。
そんなメアリさんのおこぼれを私は頂戴していたようなのだけど、どういうわけか私の方が鮮明に、細部まで詳しく見ることができていた。その現象は2回目でより顕著に現れた。
メアリさんはアルがアンヴァンさんを訪ねるところまでしか見ていなかった。呪いを分けることを知らなかったのだ。だから彼女はアルを止めなかった。
どちらもメアリさんと一緒の時で、彼女の影響を受けたことは間違いない。
ただ、私は過去に意識を飛ばすこともできた。
そして今、初めてメアリさんなしで、未来を見た。
メアリさんとの接触をきっかけに、段々力が強くなってきているようだった。
「ツヅキさんは先見の巫女に会ったことがあるんですか?」
自分の話から矛先を逸らしたくて、私はそんなことを訊いてみる。
「その疑いのある人には、一度」
「そうなんだ!じゃあ先見の巫女って、結構いるのかな」
「結構はいないと思いますよ。極めて稀かと」
するとツヅキは急に真剣な面持ちで私を見た。
「これは年寄りの忠告ですが、不用意に他言しない方がいいかと思います」
彼は本当に私を心配してくれているようだった。
だけどそれ以上に、初めはほぼ無表情だと思っていたこの人の微妙な表情の違いを、この短時間で見分けられるようになった自分に驚いていた。
「…はい。わかりました」
ここで笑ってはいけない。
緩みそうになる口元を必死に引き締めて、私も真面目に返す。
その時、森の奥から奇妙な気配を感じた。
気づけば足を止め、そちらに神経を集中させていた。
なんだろう。このかんじ。
どこかで知っているような気配なんだけど、まだ遠くてはっきりしない…。
「どうしましたか?」
急に立ち止まった私に合わせて、ツヅキも足を止めていた。
「あの、………!」
返事をしようとした時、その気配が急速に近づいていることに気づいた。
そしてそれが何であるかも。
「あれ」、だ。
私がさっき白昼夢で見た、「よくないもの」。
「ツヅキさん、先に行っててもらってもいいですか?」何とかしなければ。とにかくまずは彼を早く森の家へ。「どうやらお客さんが来たみたい」
「それって、さっき言ってた…」するとツヅキは私の腕を強い力で掴んだ。「だめです。一緒に逃げましょう」
腕を引っ張る手の力が思ったよりも強くて、少し驚く。
だけど力自慢の私には敵わない。私がするりとその手を引き離すと、今度はツヅキの方が驚いた。
「ね?」私は片目をつぶってみせた。「大丈夫。私、強いから」
そして森の径の先を指した。
「このまま少し行くと分かれ道があります。それを右に曲がるとユイのところに辿り着く」
「でも…」
「お願い、ユイたちに伝えて。私が行くまで家から出るなって。それから…『あれ』は私と同じだって」
「ホホさん!」
「もうすぐアルもここを通るわ」
私の強い口調に、ツヅキが目を見開いた。
アルは霧雨亭で手紙を送ったら森の家へ行くと行っていたから、もう出ているだろう。
「私は『あれ』をここから少しでも遠ざけるから」
押し問答をしている間にも、その気配はどんどん近づいていた。
「お願い。みんなを守りたいの」
彼は、渋々私の願いを聞いてくれた。
それしかなかったから。
私は通りなれたいつもの径で、ひとり、「あれ」を待つ。
怖くないと言ったら、嘘になる。
だって、初めてだもの。
本当の竜に会うのは。
そして、「あれ」は現れた。
「あれ?こんな森の中にお姉ちゃんがいる」
「あれ」は私を見つけて、とてもうれしそうな声を上げたのだった。