5
すぐにユイだとわからなかったのは、彼が男物の服を着ているからだった。
最近誰かに(おそらくファン)つけられていたユイは、ここ数日、出かける時にはアルの昔の服を着るようにしている。
別にそれは自体は変じゃない。むしろよく似合っていると私は思う。まあ、見慣れてない感じは否めないけど。
そんなユイが河原の草むらにしゃがみ込んで、ごそごそと何かしていた。
アル、カッシュ、私の3人は橋の上に横一列に並んで、その様子を眺めている。
ユイは全く顔を上げないから、私たちにも気づいていない。
「あいつは何をやってんだ?」
「さあ…、何か探してるみたいですけどね」
別に隠れているわけでも、隠れる必要もないのに、私たちはいつの間にか小声になっていた。
私も気になっていることを囁く。
「ねえ。ところであれ…、誰?」
ユイはひとりではなかった。
男の人と一緒だった。
「知りません」いつも陽気なカッシュなのに、なぜか不機嫌そうにむすっとしている。「先輩は?知らないんですか?」
むむっ、と眉間にしわを寄せて考え込むアル。
「……知らん。店の常連とかでもないと思う」
「一見でユイちゃんのこと見初めたとか。町で声かけられたとか」
「そんな奴にユイはついて行かない」
遠いから、顔までは見えない。黒っぽい服装の男の人、としかわからない。
その人も、ユイと同じように草むらをかき分けていた。
ふたりは時折何やら話している。
「ユイもビビったりしてる様子もないから、魔女の仕事の知り合いなんじゃないか?」
「あ、そうだねえ」
それなら、あり得る。
だがカッシュは納得がいかないみたいだ。
「こんな、朝早くに、会いに来るような知り合い?!」
「俺に怒るな。どうせ急ぎの仕事とかだろ」
ぷりぷりしているカッシュを見ていると、ふいにビゼの顔が思い浮かんだ。
この場面に出くわしたら、きっとビゼだってご機嫌斜めになるに違いない。
………ビゼ?
「あ」
思わず声をもらしていた。
ユイ、河原、ビゼ、橋から見るこの光景。
さっきから何か引っかかっていたのだ。
脳内ですぱぱぱーん、と一気に全部が繋ぎ合わさる。
「どうかした?」
「あそこ、」私はユイがいるあたりを指さした。「前にユイが落とし穴に落ちた場所だ」
アルは軽く目を見張り、カッシュは怪訝な顔をした。
「何ですか?それ」
「そう言えばそんなこともあったな」
少し前に、ユイが落とし穴にはまるという珍事があったことをカッシュに説明する。
カッシュは真顔で、「そんなことってあるんですね」と呟いた。
でもそのことと今のユイの状況が関係あるのかどうかは、私たちにはわからない。
「行ってみようよ」
あれこれ憶測していても、仕方がない。
言いながら私はすでに歩き出していた。
「そうだな」
「え、あ、待って!俺も行きます!」
「ユイ!」
私が呼ぶと、ユイは顔を上げて、「あ、みんな」と言った。
そしてきょとんとした顔で立ち上がる。
「どうしたの?」
不思議そうに訊ねる姿を見て、私たちは絶句した。
ユイは服も顔も泥だらけというか、びしょ濡れというか、とにかくひどい恰好だった。
雨上がりの草むらを漁っているんだから無理もないけれど。
「散歩の途中だよ。橋の上からお前が見えたからさ。…で、泥だらけになって何してんの?」
いち早く驚きから回復したアルが、優しく弟に問いかける。
「…探し物」
短く答えたユイは神妙な顔つきで例の謎の男を見る。
つられて私たちも一斉に男を見る。
「…」
男は無言のまま、私たちに一礼した。
こちらも戸惑いながらお辞儀を返す。
何というか…表情のない人だ。
年の頃はうちのお父さんと同じくらいだと思う。だから一言で表せば、おじさんだ。痩せ型中背の体型は少し猫背気味。そして瞳には生気が感じられない。
だからと言って負のオーラが漂っているとか、暗い印象を受けるとか、そんなでもない。
ただ、何だろう。この空虚な感じは。
私が男をしげしげと見ていると、アルが口を開いた。
「あんたもしかして…最近ユイをつけ回してた奴か」
『ええ?!』
カッシュと私の声が重なる。
「つけ回していたわけではないのですが、結果的にそう思われても仕方がありません」
話すと、男は意外といい声をしていた。
それにしても正直な人だ。でもその正直さが命取りになるときもある。
アルは普段はとても冷静な人だけど、ユイのことになると人が変わる。
私は隣の空気が急激に下がったように感じた。
「待って、アル!」
不穏な空気を感じ取ったのは私だけではなかった。ユイがアルを止めるように前に出る。
「この人、ツヅキさん」
「………は?」
声を漏らしたのはアルなのか、カッシュなのか、それとも両方か、よくわからなかった。ふたりとも同じようにぽかんと口を開けている。
「この人の大事なものを、私が失くしてしまったかもしれない」
しゅんと肩を落とすユイに、「あの、ちょっと」とカッシュが待ったをかける。
「ツヅキって、あの黒曜石の開発者…?」
「はい」
答えたのは本人だった。
そこで私は初めて気づいた。そう言えば昨日かおとといかに聞いた話に、そんな名前が出ていた気がする。
だからさっきアルたちはあんな顔してたんだ。
みんなよりもワンテンポ遅れた私は、それでもなお他人事のような気分でツヅキの顔をもう一度見た。
事は、私が出かけた直後に起こったそうだ。
目が覚めてしまったユイは新聞でも読もうと店の方へ行った。新聞は店の玄関のところに届く。
夜明け前の薄暗い店内を抜けて扉を開けると、ポーチの床に置いてある新聞受けにはすでに朝刊が配達されていた。
それを手に取ったユイは、ふと気配を感じて顔を上げた。
するとポーチから道へと降りる3段の階段の下に、男が立っていた。
誰もいない夜明け前の道に、ぼんやりと無表情に佇む男。
男はじっと、ユイを見ていた。
ユイは「死ぬほどびっくりした」そうだ。
「あなたは、ユイさんですか?」
突然、男が静かに問いかける。
「…ハイ」
「少し前に河原の穴に落ちましたよね?」
「………はい」
そこでようやくユイは急激に落ち着きを取り戻してきた。
この人、………誰?
なんでそんなこと訊くの?
ていうかこんな早朝に?
…何の用?
疑問が一気に頭の中に溢れてくる。
「突然こんな時間に押しかけてすみません。私はツヅキと言います」
私と違って、ユイはちゃんとその名前を憶えていた。
「え、あなた……え、え?」
魔法石の作り主がなぜここに…?
「あなたが先日落ちた穴を掘ったのは私です」
「え?!」
「どうもすみませんでした」
ツヅキと名乗った男は深々と頭を下げた。
「あ、いえ、そんな…」
突然の怒涛の展開に、戸惑うユイ。
「お怪我はありませんでしたか?」
「あ、大丈夫…です」
「それはよかったです」
落ちる沈黙。
訊きたいことは山ほどあるのに、頭が混乱してついていかない。
「あの、」先に口を開いたのはツヅキだった。「私の、記憶のかけらをご存じないですか?」
記憶のかけら。
それは初めて聞く言葉だった。
私だけじゃない。アルもカッシュも、ユイだって知らなかった。
「それは一体何?」
アルの質問に対してツヅキは、「かつて私は呪いにかかっていました」と答えになっていない答えを口にした。
「呪い?」
「はい。誰も私のことを憶えられない、という呪いです」
「…え、それって」
声を上げたのは私だったけど、アルたちも同じように驚いた顔をしている。
「ええ」頷いたツヅキは、変わらぬ冷静な口調で告げた。「あなたたちがよくご存じの、ヴァネアの呪いと同じです」
「っていうか、元々はこの人にかけられた呪いだったんだって」
ユイが少し表情を曇らせて説明を加える。
「どういうこと?」
「ヴァネアはこの人の呪いを肩代わりしたんだ」
呪いの肩代わり。
そんなの初めて聞く。
でも分けることもできるんだから…。私は先程の出来事を思い出していた。肩代わりだって、できるんだろう。
呆然とする私たちに、ツヅキは言った。
「私の呪いを解くことができるのはこの世で唯一、ヴァネアだけでした」
ユイによると、解くことができる人物が極めて限られている、そういう種類の呪いもあるらしい。
「ばあさんが、この人の呪いを欲しがったんだって。この人から呪いを買ったんだって」
うんざりしたような、ユイの声。
ヴァネアの言葉が思い出された。
おばあさんの呪い。初めからヴァネアをどうにかしようとしていたわけじゃない。
…そういう意味だったんだ。
アルは深いため息を吐く。
「あの人ならやるよ。そういうこと、普通に」
「はあー。話には色々聞いてますけど、中々なおばあさんですね」
カッシュもあきれたように言った。
「まあね」
そういうとアルはツヅキに再び視線を向けた。
「で、そのことと記憶のかけらはどんな関係があるの?」
「記憶のかけらは、呪いによって人々が忘れてしまった、私に関する記憶が結晶化されたものです。それらを集めることによって、彼女の呪いが解けるのではないかと私は考えています」
呪いをかけられている間に接した人たちがこぼした記憶が各地に散らばっている。それらを彼は集め歩いているのだという。
「…どんだけあるんですか?」と、カッシュ。
「わかりません」と、ツヅキ。
「全部集めないといけないの?」と、私。
「わかりません」と、再びツヅキ。
何度目かわからない沈黙が押し寄せた。
「手がかりは?」
アルが問うと、ツヅキは服の胸ポケットから何かを取り出した。
彼の手のひらの中にすっぽりと収まったそれは、懐中時計のように見えた。
ツヅキが蓋を開く。
中に現れたのは、方位磁針の盤のようなもの。だけどそこに針はなく、代わりに黒い石が中央に埋め込まれていた。
黒曜石だ。
「これがかけらを探すための装置です」
私たちは無言で、鏡のように磨かれた黒い石を見つめた。
人々のこぼれた記憶が結晶化していることに気づいたのは、ヴァネアが傍にいるようになって程なくしてのことだったそうだ。
そしてそれを使えば呪いが解けるかもしれないことにも、同時に気づいたのだと。
初めはヴァネアのかけらで試してみたが、だめだった。
根本にあるのがツヅキへの呪いだったから。
でもツヅキに呪いがかけられていたのはすでに数十年も昔の事で、今更かけらを見つけるのは難しいと思われた。
でも彼はそのアイディアを捨てきれなかった。
そんな時に、あの黒曜石に出会ったのだ。本当に偶然だった。
人の思いに敏感な石。
これを使えば、人々からこぼれた記憶のありかを探すことができるかもしれない。
天才の彼はみごとにその装置を作ってみせた。
ただ、その過程でたまたまうっかりできてしまった副産物が、あの人を操る石だった。
そしてヴァネアは人を操る石を持って、ツヅキの元を去ってしまったのだと。
「質問!」
カッシュが元気よく手を上げる。
「はいどうぞ」
「あなたとヴァネアはずっと一緒にいたんですか?」
「ずっと、というわけではありません。長く一緒にいる時もありますが、彼女はふらりとどこかに行ってしまい、そしてまた帰ってきます」
「それって、いつから?」
訊いたのはアルだった。
「あなた方のおばあさまが亡くなられた直後です」
「ツヅキさん、お葬式に来てくれていたんだって。私、憶えてなかったんだけど…」
ユイがすまなそうに首を竦めた。
「サリュは有名人でしたから、お葬式にはたくさんの方がいらしてました。無理もありません」
表情も変わらず、声も相変わらず淡々としているけど、なんとなくこれはこの人なりに慰めているような気がする。
「葬儀の後、私はヴァネアに一緒に来ないかと誘いました」
ツヅキの言葉で、さっきのことが思い出された。
アルを誘うヴァネアが。
かつて彼女は逆の立場だった。ツヅキの誘いで、彼女は森の家を出た。
「ヴァネアはあんたの発明パクッて、とんずらしたわけだよね?」
アルは遠慮なく言った。あえてそうしているようにも感じられる。
「その女の呪いを解くために、あんたはまだ記憶のかけらとやらを探してるんだ?」
「彼女の呪いはそもそも私のものです。私のせいですから。それにヴァネアは帰ってきます」
「言い切れる?」
「ええ。彼女はいつでも戻ってきました」
ツヅキは、ヴァネアを信じている。いや、信じるとか信じないとか以前に、もっと強く確かなものが彼の中にはあるようだった。
だから、違和感を感じてしまったのかもしれない。
……だったらなぜヴァネアはアルを誘ったの?
私はアルを盗み見る。彼は無表情のようにも見えたし、どこか憂いているようにも見えた。
それで、わかってしまった。きっと、ヴァネアはツヅキの元へは戻るつもりがない。だから新しいパートナーにアルを選ぼうとしたのだ。そしてそのことにアルも気づいている。
でもツヅキは、ヴァネアがアルを誘ったことを知らない。
だからツヅキはヴァネアが自分の元に戻ってくることを疑っていないんだ。
「で、あんたはヴァネアの後を追ってきたの?」
「いえ、」ツヅキは首を横に振る。「私は装置を実地で試しに出ました。この町にやって来たのは、呪いを持っていた私が最後に訪れた場所だったので…」
気休めかもしれないが、少しでも見つかる可能性が高い場所を選んだのだと。
ツヅキはこのザッカリーで、装置の最終試験を行うことにした。
そして装置がを示した場所はこの河原だった。
だから、彼は掘った。
さすがのツヅキも、真っ昼間に堂々と河原に穴を掘ることは憚られて、夜に作業を進めていたそうだ。そんなに人が通るような場所ではないが、念のために昼間は板で蓋をして、上から砂をかけて隠しておく。
それは単なるカムフラージュだった。ツヅキは落とし穴を作ったつもりはこれっぽちもなかった。
だがたまたまそこにユイが通りがかり、穴に落ちてしまったがために、その穴は落とし穴になってしまったのだ。
……運が悪い。ツヅキも、ユイも。
そしてユイはその穴を埋めた。きれいにきっちり。
夜になって、作業に戻ってきたツヅキは驚いたそうだ。
まずは、穴が埋められていたことに。
そして装置が反応を示さなくなったことに。
ツヅキはもう一度、穴を掘った。今度は前よりも深く、広く。
それでもかけらは見つからなかった。
「その装置、壊れてるんじゃないですか?」
もっともな指摘に私も賛成だった。
「私もそれは考えました。でも装置に異常は見つかりませんでした。その後、他のかけらを探しに行ってみたのですが、そこではちゃんと作動しました」
そう言うと、ツヅキは上着のポケットを探る。
「これがその時見つけたかけらです」
私たちはそろって彼の手元をのぞき込んだ。
そこには白っぽい陶器の破片のようなものがあった。
「………これが?」
薄汚れたそれは、一見してそれとはわからない。割れたお椀の一部にしか見えない。
「はい。…そうは見えないかもしれませんが」
そう言うとツヅキは私にかけらを渡してきた。「ちょっと、持っててもらっていいですか?」
受け取ると、彼は先程の装置を再び取り出して蓋を開けた。
そして小さな声で何やら呪文を呟く。
掌で、かけらが震えだした。
「!」
何やら甲高い音が細く鳴り響いている。
「何これ、気持ちわる!」
カッシュが耳を手で覆うと、ユイも同じようにした。私はかけらを持っているから、ふさぐことができない。
「もういいから」
顔をしかめたアルが頼むと、ツヅキは呪文を中断した。
音が止んで、私たちは揃って息を吐く。
つまり、装置は壊れたわけじゃない。
だとしたら…。
残念だけど、私には思い当たる節がある。
「ユイ、もしかして…」
暗い顔のユイが頷いた。
「多分、私が吹き飛ばした」
あの時、ユイは穴から出るために色々と魔法を試したと言っていた。横穴を掘ろうとしたり、風で体を浮かせようとしたり。
そして無事脱出した後、他の人が落ちてはいけないからと、ユイは魔法で穴を埋めた。
その過程のどこかで、かけらを飛ばしてしまった可能性が高い。
そしてふと気づき、振り返った。
背後は川。雨で水量が増え、いつもよりも勢いよく、ごうごうと音を立てて水が流れている。
「…」
もしかして…海まで行っちゃった?
ユイは再び草むらにしゃがみ込み、草をかき分け始めた。
そんなユイの背中にアルが語り掛ける。
「装置に反応がないんだ。ここにはもうないってことだろ?」
「川に流れたのかもしれないし、粉々に粉砕しちゃったのかもしれない。でももしかしたら何か手がかりが残ってるかも」
ユイは振り向くことも、手を止めることもなく言った。
「そもそもユイちゃんがやったかどうかなんてわからないじゃないですか」
カッシュの言葉にツヅキも頷く。
「そうです。それに、どちらにせよユイさんのせいではありませんし、私はあなたを責めるために来たわけではありません。ただ、何か知っていることはないかと伺いたかっただけなのです」
装置が正常であることを確認したツヅキは、再びこの町に戻ってきた。
そしてたまたまユイが落とし穴に落ちたという話を耳にしたのだそうだ。
「初めはあなたが持っているのでいるのではないかと思いましたが、装置は反応しませんでした」
「もしかして」アルが、はっと何かに気づく。「そのためにユイの後をつけていたのか?」
ツヅキは頷いた。
「なんだ…、そういうことかよ」
「人騒がせな…」
私たちは口々にぼやく。
ストーカーじゃなかったのはよかったけど…。
私がユイの背中に視線を向けると、ツヅキがユイのそばにしゃがんだところだった。
「ユイさん。もういいです。ありがとう」
「よくないです」
「初めから装置の誤作動だったという可能性もあります」
それでもユイは何も答えず、探し続ける。
あるのかどうかもわからないものを。
アルもカッシュも、いつになく頑ななユイの後姿を、言葉なく見つめていた。
「ユイ…、」
私が声をかけるとほぼ同時に、ユイがすくっと立ち上がった。
そしてツヅキを見下ろした。
「あきらめきれないんでしょ?」
珍しいくらいに強い口調、強いまなざしをツヅキに向けていた。
「あきらめられないから、この町にまた戻ってきたんでしょ?私のところに来たんでしょ?」
「…」
「それくらい大事な記憶がここにあったんでしょ?」
ユイの勢いに、ツヅキは驚いたように目を丸くした。
それは初めて見る、表情らしい表情だった。
ツヅキだけではない。普段のユイからは想像できない姿に、みんながあっけにとられていた。
でも…、だから気づく。
きっとユイは責任感からだけでかけらを探しているんじゃない。
「だったら、もういいなんて言わないでください…」
急に尻すぼみになったところはユイらしい。
そして私は、ユイが自分を引き留めてくれた時の事を思い出していた。
「ツヅキさん」私は持ったままになっていたかけらを差し出す。
彼はゆっくりとした動作で、それを受け取った。
私はそのままユイに向き直る。
「まだ探してないのはどのあたり?」
「…え?」
「私も探す」
ユイはこう見えて頑固だから、言い出したら聞かない。
「仕方ないな」アルはシャツを腕まくりしていた。「一通り探して、なかったらそれまでだ」
「そうですね」
カッシュもそう言って頷く。
すると突然ユイがおどおどし始めた。
「みんなは別に…」
「人手が多いほうが早く済むだろ。あっちは?まだ?」
「う、うん…」
「じゃ、カッシュ、行こう」
「うっす」
すたすたと歩いていくふたりの後姿を、ユイとツヅキが複雑そうに見ている。
「…巻きこむつもりはなかったんだけど」
ユイがぽつりと呟くと、ツヅキも「ええ。…申し訳ないです」とこぼした。
「でもこのまま見過ごすなんてこと、私たちがするわけないでしょ?」
「……うん」
「だったら、早いとこ探しちゃお」そこで私は声を落とす。「じゃないとみんなを待たせちゃう」
片目をつぶってみせると、察したユイははにかんだ。
乾いた土がこびりついた笑顔。かわいいけど、ちょっとおかしい。
私は彼の頬に付いた泥を払おうと手を伸ばす。
柔らかな肌に触れた瞬間、それは起こった。
突然私の中に流れ込んできた映像。
白昼夢。
止めることなんてできない。
激流のように押し寄せるシーンの最後で聞いたのは、よく知った声だった。
「ユイ?戻ってるの?」
「ホホ!!」
ユイに強く肩を揺さぶられ、我に返る。
夢から覚めた。
「……ユイ」
「どうしたの?」
慌てた様子でユイが顔をのぞき込んでくる。
……わからない。どうしたってこんな、急に。
メアリさんも傍にいないのに。
いや…、今はそれどころじゃない。
伝えなければならないのは…。
「森の家に行かなくちゃ」
「え?」
怪訝な顔をするユイに、私ははっきり告げた。
「ビゼが危ない」