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猫とカラスと雨の森  作者: 夏川サキ
episode 4 彼女が旅に出た理由
28/33

4

「聞いてたんなら、話は早いわ。ねえ、アル。私と一緒に来てよ」

 ヴァネアがアルを誘う光景を見るのは2回目だ。1回目は夢だけど。

 なのに初めての時と同じくらい気持ちがざわざわした。

「あんた、俺のことを買いかぶってるよ」

 アルは困ったように苦笑する。

「そんなことない。あなたは昔から優秀だったもの」

「子どもの頃はそうだったかもしれないけど、ハタチ過ぎればただの人だよ」

 ヴァネアの熱心な誘いに、アルは軽口で返した。

 ふたりとも穏やかな口調なのに、場の空気はどこか張りつめているようだ。

 話がどの方向に転がって行ってもおかしくないような、そんな不安定さを感じていた。

「…いいの?」

 意味深なヴァネアの微笑み。

「…何が?」

「あなたが来てくれないんなら、この子を連れて行っちゃおうかしら」

 そう言って、ヴァネアは私を見た。

 目が、笑っていない。

「冗談はやめてくれ」

 アルはため息交じりに吐き出した。

「もちろん、本気よ」ヴァネアは私から目を離さない。「ホホは…来てくれるものね?」

 それって…、私は嫌でも行くしかないでしょ、っていう意味?

 術がかかってるから私を連れていくのなんて簡単だってこと?

 …ずいぶん馬鹿にされたものだ。

「行かないよ」

 私は大きな声ではっきりと言った。

 するとヴァネアは少し首を傾げる。

「あなた、今の自分の状況わかってる?」

「もう、無理だから」

「え?」

「私はもう、あなたに操られたりなんてしない」きっぱりと宣言し、相手を睨みつけた。「だからもう、私に構わないで」

 そう言う私の横顔を、アルが見つめているのを感じる。

 まなざしが強すぎて、顔に穴が開きそうだ。

 ヴァネアもまじまじと私を見ていたが、「……なんだ、つまんない」と言って肩を竦めた。

 興が冷めた、という風だ。

 そしてくるりと踵を返し、扉のほうへ歩いていく。

 カチャリと、鍵を開ける音がした。

 そこでちらりと振り返った。

「また日を改めて誘いに来るわね、アル」

「ヴァネア」

 アルが呼び止める。

「何?」

「あの石はもう使うのやめろ」

 人を操る黒曜石のことだ。

「なんで?」

「あの石は良くない。良くないものを引き付ける」

 ヴァネアはニヤっと人の悪い笑みを口元に浮かべる。

「私もそう思う」そして私を見た。「やっぱり竜には効きが悪いみたいね」

「…おい」

 アルが低い声を出すと、彼女は肩を竦める。

「わかってる。もう十分データも取ったから、しばらくおとなしくしてます」

 そう言い残して、彼女は外へ出て行ってしまった。

 思わず小さく息を吐く私。

 ちょっと、いろいろドキドキしてしまった。

「慌ただしい奴」

 ぼそっとアルがこぼす。

 そして私の方を見て、「ね?」と弱く微笑んだ。

 心臓がどきりと跳ねる。

「う、うん」

 私は曖昧に頷いた。

 アルは大きく伸びをする。

「あー、もう朝かぁ」

 伸びたままの姿勢で、小さな窓を見上げた。

 私もつられてそちらに目をやると、空は白くなり始めていた。

「雨、上がったな」

「…うん」

「……帰ろっか」

 それは、私が一番欲しかった言葉だった。

「うん」

 やっと、夜が明ける。



 実は、最初の頃はアルのことが少し苦手だった。

 どういうところが?と訊かれれば、答えるのは難しい。

 ただ、………何となく。

 何を考えているのかよくわからない人だなあと思っていた。

 本心が見えないというか。

 そのせいなのかはわからないけど、ふたりきりになると心なしか緊張していたことをよく覚えている。



 おでこに冷たいものが乗せられて、目が覚めた。

 ちょっと驚いたけど、すぐに気持ちよくなった。

 私は目を瞑ったまま手をおでこに置いて、その気持ちのいいものの正体を確かめる。

 予想通り、冷えたタオルだ。

「…冷たい」

 思わず声を漏らすと、「あ、寒い?」と返事が返ってきた。

 目を開けると、男の人が私の顔を逆さにのぞき込んでいた。

「!」

 彼は仰向けに寝ている私の、頭の方から顔を出しているだけなんだけど、思ったよりも近くてびっくりしてしまった。

「冷たすぎたかな」

 男の人はそう言って私のおでこのタオルに手を伸ばそうとした。

「あ、大丈夫です。冷たくて、気持ちいい」

 慌てて言うと、男の人はにっこりと笑った。

「ならよかった」

 逆さの笑顔。

 薄い茶色の瞳がガラス玉のようで、きれいだと思った。

「さ、もう少し眠ったほうがいい」

 低い声が、優しく耳に響く。

 この声好きだなあ。なんか、安心する。

 そう思いながら、私は素直に目を閉じた。


 これが私とアルの再会。

 ただこの時はふたりとも、再会とは気づいていなかったけれど。



 灯台に行くつもりだったのに。

 自分の生まれた場所を見たいと思った。

 ところが私は行く前に倒れてしまった。

 非力なユイにこんな重いものを担がせてしまい、本当に申し訳ないと後から激しく思った。

 しっかり介抱されて、しっかり眠ったら、ものすごくお腹が空いていることに気がついた。

 それまで食べるどころじゃなかったなんて、やっぱ私、疲れてたんだ…。

 眠って頭がすっきりしたのか、状況を整理する余裕が出てみると、何かがおかしいことに気づく。

 お母さん…、ちょっと話と違うようなんですけど?

 母の話では、「ザッカリーという町の海岸沿いの青い屋根のお店よ。霧雨亭って言うの」ということだった。…と、思う。

 そしてここは霧雨亭。聞いたのと同じ名前の食堂だ。名前だけでなく、店の場所も外観もその通り。

 だけど人が、少し違う。

「私たちくらいの年齢のご夫婦がやってる食堂なの。あ、息子さんがいるんだけどね。あんたより7つくらい年上じゃなかったかな。それから10歳くらいの女の子もいるはずよ」

 私が辿り着いた霧雨亭にいるのは若い男性の店主と、その妹(この時はまだユイを女の子だと思っていた)だけだった。

 店主の年齢は息子さんと合ってそうな感じだ。でも女の子は10歳には見えない。多分私と同じくらいだろう。

 もしかして私、10歳と10代を聞き間違えた?

 よくよく考えてみれば、ザッカリーを離れてから18年間連絡を取っていなかったのに、どうして10歳の女の子がいるって知ってるのかも不思議だし。

 それにご夫婦は?

 というよりも…そもそもここで合ってるんだよね?ここが件の霧雨亭なんだよね?

 微妙な食い違いに不安になる。

 でも霧雨亭なんて珍しい名前の店、そうそうあるとも思えない。

 疑問が払拭したのは夕飯の食卓に着いた時だった。

「そういや、まだ名乗ってなかったな」あの逆さに笑っていた男の人はそう言って自己紹介をした。「俺、アル。よろしく」

 それは母から聞いていた息子さんの名前だった。

 こうしてここが私の探していた霧雨亭であることは確かめられたのだった。

 そして、母が言っていたご夫婦、つまりアルとユイのご両親はすでに亡くなっていた。

 それが、18年という年月だった。

 霧雨亭のことを楽しそうに話していた母を思うと、伝えるのは気が重く感じられた。


「ホホとアルは本当に仲が良かったんだから。もういつもべったりで」

 赤ちゃん時代の話をされてもピンとくるわけない。

 でもそのアルという人物に対して、興味が湧かないわけではなかった。

 どんな人なんだろう?私たちのこと、まだ覚えていてくれたりするのかな。

 そんな風に思って、会うことをちょっぴり楽しみにしている自分がいた。

 しかし…現実は厳しい。

 アルは私のことを、いや、私たちのことを全く覚えていなかった。

「ホホっていう愛称はアルが付けてくれたのよ」

 そう聞いていたのだが、私が名乗ってもアルは特に何かに思い当たるようなそぶりは見せなかった。

 全くの初対面のように扱われた。

 でも考えてみれば…、当たり前だ。

 当時彼はまだ小さな子どもだったんだから。そしてその後20年近く私たちは会っていない。

 ちゃんと説明すれば思い出してくれるのかもしれないけど…、わざわざ思い出させるってのもなんだかな、と思ってしまう。

 ……そんなもんだよね。仕方ない。

 それに赤ちゃんだったとはいえ、私だって覚えてるわけじゃない。だから人のこと言えたもんじゃないし。

 それに思い出した時の反応がいまいちだったら…。私はきっと、すごく落ち込む。

 それなら話さないでおこう。このまま別れよう。

 はじめはそう思っていた。

 でも…結局黙っていられなかった。

 私は自分が思っていたよりもずっと、彼に会うことを楽しみにしていたらしい。

「実は私、この町で生まれたの」

 直接アルに言ったわけではなかった。さすがにそんな勇気はなかった。

 私はホールでユイと話していて、アルは厨房にいた。それでも私たちの会話は聞こえていたはずだ。

 私は親が灯台守をしていたことや、自分が生まれてしばらくしてからこの町を離れたことを話した。

 少しでも何か思い出してくれないかな…。

 しかしそんな私の願いもむなしく、彼は何の反応も見せなかった。

 ……だめか。

 その時ふと、壁のお品書きに目が留まった。

「魔女、あります…?」

 なんだか変わったメニューだ。

「これってユイのこと?」

 振り返って訊ねると、ユイは複雑な表情を浮かべていた。

 あら?なんかまずいこと言っちゃった…?

 すると厨房から出てきたアルが、「それは昔、うちの親父が書いたんだ」と教えてくれた。

 …やっぱり話は聞こえていたらしい。

 ちょっと切ない気分になりつつも、そういえば母が「奥さんは魔女なのよ」と言っていたのを思い出す。

「うちの母は魔女でね、父と一緒に店をやりながら魔女の仕事もしていたんだよ。で、その宣伝に」

 アルが説明してくれた。

「ふたりとももう亡くなってしまってるんだけど、何となくはずせなくて」

 懐かしそう話す声。私はそっと彼の横顔に目をやる。

 優しい顔をしていた。

 彼の見ている思い出は、きっとその表情と同じで優しいものなんだと思った。

 そしてその風景の中に、かつては私たちもいたはずなのだ。

 たとえ今はアルが憶えていなくても。

「…そっか、じゃあユイのその力はお母さん譲りなのね」

 私は自然とそんなことを言っていた。

 その声は意外に明るい。

「うちのお父さんとお母さんもこの張り紙を見たのかもしれないね。ユイのお父さんやお母さんと話したのかもしれないね」

 かも、じゃない。確かにその時間は存在していた。

 楽しかった時間がそこにはあった。

 だって、霧雨亭の話をするうちのお母さんとお父さんはすごく楽しそうだったもの。

「ユイは霧雨亭の看板娘だね」

 私がそう言うと、ユイは戸惑ってたけど、アルは笑ってくれた。私も笑った。

 今はこうしてまた、私たちがここで笑い合えている。

 それはすごく素敵で、奇跡みたいなことだと思う。



 川辺の道を、アルとふたりで歩く。

 人目を避けるため、地下道を通るのかと思っていたら、アルは迷わず外に出た。

「朝日を浴びて、しゃんとしたい」のだそうだ。

 雨は上がっていた。

 濡れた早朝の町はまだひと気もなくとても静かで、私たちの足音ばかりがやけに響いて聞こえた。

 半歩先を行くアルに、ちらりと視線を這わせる。

 彼の右腕が、私のすぐ目の前にあった。

 長袖で隠れているけど、二の腕の部分が不自然に膨らんでいた。下に何かを巻いているのがわかる。

 そこには傷がある。どうして傷を負ったかも知っている。

 私は今更だけど、…これでよかったのかと考えていた。

 自分の言い分が勝手なものだというのは重々わかっている。それでも傍にいてほしくて、引き留めてしまった。

 でもこんなぼろぼろの姿を見ていると、私がしゃしゃり出たりせずに、アルが本当に自分の望む道を選んだほうがよかったんじゃないかという気持ちがぬぐえなかった。

「それ、ユイの?」

 突然話しかけられ、私はびくりとした。「え?」

 いつの間にかアルは振り返って、器用に後ろ向きに歩きながら、私の左手首を見ている。

 そこにあるのはユイが巻いてくれた、水色のリボン。

「あ…、うん。お守りにって」

 ユイはそうやって私のことも送り出してくれた。

 あの子なら…、アルも引き留めたりしなかったかもしれない。

 本当は行ってほしくなくても、ユイは他人の気持ちを尊重できる人だ。

 アルをユイから奪いたくないなんて、それこそ私の勝手な言い分だった。

「ホホの瞳とおんなじ色だね」ぽつりとアルが言った。「だから、気に入ってるんだろうな」

 私は視線を上げる。

 それは…どういう意味だろう。

「これでよかったのかな、とか思ってるんでしょ」

 不意打ちで心を見透かされて、私は固まった。

「図星だね」ニヤリと笑って、アルは私の横に並んだ。「おとなしいからどうしたのかと思って見てみれば」

 どうやら、顔に全部出てしまっていたらしい。

 私は思わず左手で頬を覆った。「……うん」

「…ホホはさっきから『うん』しか言わない」

 指摘に思わずアルを見る。

 すると彼は真顔で私を見返した。

「え?あ、…うん、じゃなくて」

 しどろもどろになる私に、アルは小さく笑った。

「止めてくれて、嬉しかったよ」

「え?」

「ホホが止めてくれなかったら、行ってたかもしれない」

 心臓が、ぎゅってなる。

 凝視する私を感じてか、アルは少し慌てたように言い募った。

「違うよ。行きたいとか思ったわけじゃないよ。でも楽な方に流されそうになったというか、そういうのもありかなあと思ってしまったというか」

 アルは色々と隠すのがうまい。

 本心をあまりさらさない。

 だけど今の言葉は本当の彼の気持ちだと思えた。

「前に家を出て船に乗るって決めた時にさ、メアリさん以外はみんなあっさり賛成してくれたんだけど、それって結構寂しかったんだよね」

「そうなの?」

 意外だった。アルがそんな風に思うなんて。

「そうだよ。しかもメアリさんだって止めてる理由は呪いのことを心配してだから。みんなは俺がいなくなっても平気なのかなーって、少し思ったりして。自分で行きたいって言ってるくせして、勝手だよな」

 アルは明るい声で、なんてことないように言う。

 でも、なんてことない内容じゃない。

「だからさっき、行かせたくない、いなくなったら困るって言ってもらえて、すごい嬉しかった」

 冗談めかした口調だった。

 冗談ならいい。でもそんな風に言うしかないのかもしれない。

 それでも気の利いた返しができれば冗談になってしまえるだろうに、私はそれすらできなかった。

 アルは前を向いたまま話を続ける。

「海に出たことは後悔してない。わかったことも得たこともたくさんあったから。でも…大変な時に家族の傍にいられなかったことは、悔やまれる」

 アルがザッカリーへ戻ったのは、ユイから手紙が来たからだと、以前聞いたことがある。手紙にはお父さんが病気で、しかもかなり悪いと書かれていたと。

 それで帰ってみて初めて、アルは1年前におばあさんが亡くなっていたことと、お父さんの余命がわずかであることを知ったそうだ。

「自分の意志で家を出て、自分の意志で戻ってきた。全部自分で決めたはずなのに、これでよかったのかなって思うことばっかりだ」

「…アルでもそんなこと思うんだ」

「思う思う」アルは苦笑いを浮かべる。「今だって、ふらっと出て行きそうになったし。迷ってばっかり」

「…一緒だね」

「そうだよ。普通でしょ、そんなの」

 そう言って、アルは大きな水たまりをひょいっと飛び越えた。

 そしてくるりとこちらに向き直る。

「ありがと、ホホ。君がいてくれてよかった」

 それがどうか、彼の本心でありますように。

 そんなことを願いながら、私は返事を返す。「…どういたしまして」



 まだ肌寒い春先の、しとしとと冷たい雨の降る夜のことだ。

 私がリビングに入ると、窓辺に座るアルがいた。

 彼はじっと窓の外を見ている。

 それは窓を濡らす雨を見ているようでもあり、暗い闇を見ているようでもあった。

 いつもの人好きのする笑顔はなくて、どこか冷たく、厳しい印象を受ける横顔だった。

 これも、本当のアルなんだろうな。

 ふとそんな風に思った。

 するとなぜだか今すぐ、彼をぎゅっと抱きしめてしまいたくなった。

 そうやって捕まえておかないと、雨に、夜の闇に溶けてしまいそうな気がしたから。

 アルは私に気づくと、「雨まだ降ってるなー」と言った。

 そこにいたのはいつもの穏やかな彼だった。でも私の中にはいつまでも、雨を見ていた彼の横顔が、残像のように残っていた。


 この夜の、なんてことないような小さなエピソードが、数か月経った今でも棘みたいに胸にひっかかっている。

 私が霧雨亭に残った理由。

 いろいろあるけれど、これもその理由のひとつ。

 小さくても、大きな理由のひとつだった。



 橋にさしかかった時、アルが「あ」と小さく声を上げた。

 そして顎で前方を指す。「カッシュ」

 見ると、橋の中央付近で、カッシュが手すりにもたれかかって河原の方を見ていた。

「おい」

 アルが声をかけると、カッシュはこちらを向いた。

 その顔が、一瞬歪んだように見えたのは、…私の気のせい?

「先輩。それにホホちゃんまで」

 カッシュはいつものように人懐っこく笑って手を振る。

 彼は私よりもずっと年上なのだけれど、全然それを感じさせない。とても気安い人だった。

 近づきながら、私は挨拶をした。「おはようございます」

「おはよう。お休みなのに、ずいぶん早起きですねー」

 カッシュは私たちを交互に見比べる。

「早起きが体に染み込んでるんだよ」

「なに年寄りみたいなこと言ってるんですか」

「おまえこそ何してんの?」

「俺は先輩の様子を見に来たんですよ」

 ふっと沈黙が落ちる。

 ふたりは素早くお互いを見合った。

「…ゼフィに頼まれて?」

「…社長も先輩のことが心配なんです」

 それは、昨日の体調不良のことを言ってるんだろうか?

 それとも…。

「それはどーも。で、なんて報告するつもり?」

 どこか挑発的なアルの言い方に、カッシュは肩を竦めた。

「…ホホちゃんと早朝散歩デートしてました、ってとこですかね」

「…ふうん」

 なぜだかわからないけど不穏な空気を感じる。

 しかもそれはアルから発せられているようだ。

 カッシュもそれを感じているのか、困ったように笑った。

「社長も俺も、先輩が無事ならそれでいいんです。それだけです。そうじゃなかったら俺じゃなくて他の奴を寄越すはずでしょう?」

「…そうだな」

 一応アルは納得した風に見えたので、カッシュも、そして訳がわからない私もほっとした。

「それよりも、」カッシュは河原を指す。「あれ」

 カッシュの指す方向を、アルと私が同時に向く。

 そこには人がいた。

 誰かが河原の草むらにしゃがみこんでいる。

 ……ん?

 そう思ったのはアルと同時だったらしい。

『ユイ?』

 私たちふたりの声がぴったりと重なって響いたのだった。

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