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ロドリスの従者であるエッジ・アンヴァンが現れたのは、午後のことだった。
1日の営業の終わる頃にやって来た彼は、当たり前だが、極めて事務的に振る舞った。
俺たちは店じまいをしながらも、「めっちゃ横目で見てますよ、話聞いてますよ」という空気をガンガンに出す。
特に何も起こることはなく、用件を終わらせたアンヴァンはさっさと引き揚げようとした。
そこで声をかけたのはホホだった。
「アンヴァンさん、ちょっと待っててください」
そう言うと、ホホは駆け足で奥に向かう。
アンヴァンを含めた全員が、「なんだろう?」という顔になる。
ホホはすぐさま戻ってきた。きれいに畳んだ黒い服を手にしている。
「上着、ありがとうございました」
そう言っているのを聞いて、合点がいった。
まだ肌寒かった時季にホホが着ていた外套だ。初めて会った時、というか運ばれてきた時にも着ていた。
あの外套が男物であることは気が付いていたが、ホホは背が高いのであえてそれを着ているのだと思っていた。
差し出されたものを一瞥したアンヴァンは、何かを思い出したようで、小さく口を「ああ」という形に開いた。
「返していただかなくても結構です。良ければこのままお使いください」
「でも、」
「外套がないと困るでしょう」
無表情にぴしゃりと言う。
ホホは戸惑うような素振りを見せたが「そう…ですね」と、少々強引に自分を納得させた。それでもやっぱり少し困った風な色が見える。
「ありがとうございます。助かります」
苦笑いを浮かべて彼女は礼を述べた。
「いえ」
無口な従者は余計な言葉を一言も発することなく、一切の笑顔も見せずに帰って行った。
「あっさりだったね。拍子抜けするくらい」
皆が思っていたであろうことを、ユイがぽつりと呟いた。
昨日は俺に対してどこかぎこちなかったユイだが、今朝にはいつも通りに戻っていた。
「何もなくて何よりじゃねーか。な?」
大きな声でそう言うのはゼフィだ。
本当にそう思ってんのかな、と俺は心の中でぼやく。
大忙しなはずの社長さんは、今日、朝から店を手伝っている。もちろん俺がお願いしたわけではない。するはずがない。
ゼフィが俺の返事など聞く様子もなく、「明日も来るから」と一方的に告げたのは、昨日のあの事件の直後だった。
「ほんと、お前の引きの強さはすごいよ」
ユイたちを追ってリビングへ向かったビゼが完全に母屋の扉を閉めてから、ゼフィは言った。
避けようがなかったことだが、ゼフィに聞かれたのはまずかった。めんどくさいことになった。
何をどう説明しようかと考えながらのろのろと振り返ると、そこにいた彼が真顔で、少し驚く。
どうしたの?そう言おうとしたら、先に向こうが口を開いた。
「ロドリス商会が武器の横流しをしているらしい」
「…え?」
俺はまぬけな声を出してしまった。
ゼフィが告げたのは、大昔からうちの国とは敵対している隣国の名前だ。そことロドリス商会が通じているという話は、ゼフィの耳に入った時点ですでにほぼ確かなものだった。
「ロドリス商会を探ってたら、どうもお前が嗅ぎまわった跡が見えるんだ」ゼフィは小さく笑った。「ま、お前が調べてたことと俺が知りたいことは違ってたけどさ」
べジェットじいさんが言ったわけではないだろう。この人に対して隠し事をするのが至難の技なだけだ。
いつだったか、ビゼが「アルはなんでもズバッとお見通しだ」とみたいなことを言ってたけど、俺なんてゼフィの足元にも及ばない。
ゼフィは近くにあった椅子を引くと、そこに深く腰掛ける。
「で、どうもその件にロドリス本人は関わってないみたいで、首謀者は…」彼らが出て行った扉を顎でしゃくる。「あの従者だ」
「あのエッジとか言う…」
「そう、エッジ・アンヴァン」
あの長身の従者は、その隣国の出身なのだそうだ。
「武器と引き換えにこっちに入ってきてるものがあってさ、それがあの魔法石なんだよな」
「…は?」
俺は再び間の抜けた声を上げた。
「ほら、お前が手に入れてくれた黒曜石。人形に入ってたやつ」
一旦、思考は完全に停止した。
落ち着け、俺。
「あの石がよくわからないんだ。誰が作ってんのかとか、実際にはどんなものなのかとか。ただ単に人を操るだけじゃないみたいなんだよな」
首をひねりながら唸るゼフィの話を聞き流しながら、なんとか気持ちを落ち着けて、頭の中を整理する。
そして慎重に口を開いた。
「もしかして、ロドリスのことが先にあってからのプッチー人形?」
俺の質問に、ゼフィはさも当然とばかりに頷いた。あの石が人形に入ってるって情報が入ったそうだ。「じゃないとあんなわけわからん都市伝説調べろなんて言わん」
いや、あんたなら言いそうだ。
「…カッシュはそのこともロドリスのことも知らないよな?」
すると今度は笑いながら「言ったら面白くないだろ?」とぬかす。
「そこは言っておいてくれよ…」
思わず脱力した。カッシュが不憫だ。巻き込まれた俺も。
「だから魔法に詳しいお前をサポートに付けたんじゃないか」
ゼフィはちらりと壁のメニューに目を走らせた。
「魔女、あります」そこにはそう書いてある。
どうやら俺は怪談担当なわけではないらしい。
「アンヴァンへのアプローチはもう手詰まりだったんだよ。あの従者、全然尻尾出さんし、別の方面から攻めてみる必要があったんだ」
急に理論整然と説明されると、調子が狂う。
「その場合、いらん先入観が邪魔になることもあるしな」
「まあ…ね…」
理屈はわかるけど、感情がついていかない。
憮然としている俺を気にする様子もなく、ゼフィは続けた。
「さ、俺の方は手の内ばらしたぞ」すっきりしたように笑う。「次はお前の番だ」
拒否したところであきらめてはくれない。
俺は近くの椅子に掛けると、べジェットじいさんにしたような話を更にかいつまんで話した。どうせそれでゼフィは理解する。
俺の話を聞き終えたゼフィはテーブルに頬杖を突いたまま言った。
「ふーん…。幻影、ね」
「ユイがお守り投げつけてからは出てないけど」
術は破られたのかもしれない。でもそれは確かなことではないので言わなかった。
あの夜以来、ホホはみるみる元気になっていった。弱っていたのが幻影のストレスか、それとも何かの術が彼女の気の吸収を妨げていたのかはわかっていない。
ゼフィは視線だけをこちらにちらりと寄越す。
「気になるのは、その幻影がアンヴァンだったってことだな」
それは俺も初めから思っていた。なぜホホに好意を寄せていたロドリス本人ではないのか。
そしてアンヴァンもロドリスも魔力を持っていないのだ。
術者に依頼することは簡単だが、なぜそれがアンヴァンの姿なのか。
「ホホを追い回していたのはアンヴァンだろ」
ゼフィはさらりと核心を突く。
結局、考えはそこに行きつく。
ロドリスは確かにホホに好意を寄せていた。それは報告にも挙がっているし、先程の様子を見ても明らかだ。
だけど何か違う。追うロドリスと追われるホホ、ふたりの空気がかみ合っていないような気がしてならない。
でも…、じゃあ…、「なんでアンヴァンが?」
べジェットじいさんの話ではホホとアンヴァンは殆ど接触がなかったらしい。
「そりゃ、わからん」ゼフィはあっさり言う。「でも俺が興味があるのはそこじゃない」
ゼフィの興味があることなんて、嫌な予感しかしない。
「どうやって幻影を見せていたか、その方法だ。もしかしたら黒曜石が絡んでるかもしれないだろ?」
こうしてゼフィは内偵のために霧雨亭の1日店員となったのだった。
「いらないことはしない、言わない」と、固く誓わせて。
意外にも彼は非常に真面目に働いてくれたので、結果的にうちはすごく助かった。
アンヴァンとの接触も何事もなく、ゼフィが無茶苦茶をすることもなく、とりあえず無事に1日が終わりそうだ。そう思いながら明日の仕込みをしている時だった。ユイが急に「アル、服貸して」と言ってきたのは。
「いいけど…どうした?」
俺の服とユイの服では、サイズの他にもいろいろと違いすぎる。具体的に言えば、俺はスカートははかない。
すると弟は「つけられてるみたいだから」と、とんでもない発言をした。洗い物をしていたホホとゼフィもぎょっとしてこちらを見る。
ユイの話ではこの1週間、行き帰りに誰かの視線を感じたり、後をつけられていると思うようなことが数回あったそうだ。そして昨日、ごたごたしている店内に入りづらくて外にいたビゼが、同じく外で霧雨亭を中を窺う不審人物を見たという。「昨日は色々あって言うの忘れてたんだって」
ふたりが見た人物は、外見的な特徴が一致することから同一人物だと思われた。
俺は深い溜息を吐く。
注意深く見張っていたつもりだったが、そこまで熱狂的な人がいたなんて気が付かなかった。ユイがその人物の特徴を説明してくれるが、店の常連客の中にはそのような人物は思い当たらなかった。
それよりユイちゃん、もっと早く言いなさい…。
「だからここにいる時はしばらく男の格好にしておこうかと思って。私、男物持ってないし、ビゼのは小さいんだ」
反対する理由はない。俺はその場をホホに任せて、ユイと一緒に2階に上がった。
ちょっと前にもユイに服を貸したことがある。俺の服を着たユイはぶかぶかもいいとこだった。背は最近伸びてきているが、なんせ細い。
俺は自室のクローゼットの奥の奥にしまってあった服を取り出しながら、ふと思う。そういえばあの時、ホホはアンナには自分の服を貸していたが、ユイが俺の服を着ていても何も言わなかったな。
「好きなの持って行け」
出してきたのは俺のお古だ。
この間はすっかり忘れていたけど、その昔の俺は自分の服をユイのために取っていた。ユイがいつ男物を着たいと言ってもいいように。
弟が見た目から魔女として育てられたことは、俺にとっても複雑な所で、言いたいことがないわけでもなかった。実際に言ったことがないわけでもないけど。
俺を服を広げたユイは「…これ、憶えてる。懐かしい」と言って口の端を上げた。
それは俺がユイぐらいの時に着ていたものだった。
「ありがとう、アル」
「おう。早速着ていくか?」
「うん」
「じゃあ下に降りてるから」
そう言って先に部屋を出ようとすると、ユイは俺を呼び止める。「アル」
振り返った俺に、彼は神妙な顔つきで訊ねた。
「アルはホホのことが好きなの?」
黒い濡れたような瞳は、ごまかすこともはぐらかすことも許さない。
だから、答えた。
「好きだよ」
ユイは表情を変えることなく俺を見ている。
「お前やビゼを好きなのと同じように、ね」
嘘ではない。正直な気持ちだった。
「そっか」
短く言うユイは、今までに見たことのない大人びた表情を浮かべていた。
好きだよ。
思えばこれまで生きてきて初めて口にした言葉だった。
過去の恋人たちにも言ったことはない。
本人に言ったわけではないし、ユイにも言った通り、恋心とかでもない。
なのになぜか、耳の奥に残った。
厨房に戻ると、ホホとゼフィが談笑していた。
「楽しそうだね」
そう言いながら、とりあえず水を飲もうと流しに近づく。
「ゼフィが色々話してくれるの」
「へえ、どんな?」
「アルが学生の時のこととか」
俺は飲んでいた水を勢いよく吹いた。
「アル!」咳き込む俺の背中をホホがさすってくれる。「大丈夫?」
「う、うん」
苦しい。変なとこに水が入った。それよりも気になるのは…。俺はゼフィに視線を向けた。
「にらむなよ。さわりしか話してない」
全く、悪びれない。
「…何言った?」
「高等科に飛び級で入ってきたお前がちっちゃくてかわいかったって話さ」
体が一気に熱くなる。俺は片手で顔を覆った。
「アル、賢いのね。飛び級なんて」
ホホがニコニコとしているので、俺も曖昧に笑ってみせる。
「お前も15かそこらまでは小さかったもんな。急にでかくなったよな」
「…まあな」
「ユイも背伸びてきてるし、そのうちお前みたいになるんじゃね?」
呑気に笑うゼフィを尻目に、俺だけが一瞬固まった。
ちらりとホホを見る。
彼女は俺の顔を覗き込むと、「落ち着いた?」とまだ心配してくれている。
これは…、おそらく…。
「ホホ、もしかしてユイが男だって気が付いてる?」
するとホホはきょとんとした表情で頷いた。「うん」
「いつから?」
「割と初めから。…確かめたことはなかったけど」
「そっか…」ほっとしている自分がいた。「ちなみにどんなとこでわかったの?」
ホホは少し考えて、「うーん、全体的になんとなくだけど、しいて言えば手、かな」と答えた。
「手がね、すごく似てるの。アルとユイ」
知らなかった。俺はまじまじと自分の手を見つめる。
「もしかして…秘密だったのか?」
珍しく少し声を落としたゼフィが訊いてくる。
「別にそうじゃない」だけど言っていなかったのは本当だ。「ごめんな、黙ってて」
謝ると、ホホはいつものようにカラカラと笑ってくれた。「ううん、全然」
恋はしていないけど、彼女のその笑顔はいいなと思った。
着替えたユイは、俺の服がよく似合っていた。
ホホは「しばらくユイのところから通ってもいい?」と、ユイの護衛を申し出てくれた。
俺が送り迎えをしようと思っていたので、それはありがたい。それにホホもここ数日の騒ぎで疲れているだろうから、星のエネルギーをよく吸収できる森に行くのはいいように思った。
彼女が泊りの準備を整える間に、俺はユイたち3人分の夕飯をバスケットに詰めた。
外は結構強い雨が降っている。
扉を出たユイは「さぶっ!」と小さく叫んでもう一度中に引っ込んだ。
「上着を着たほうがいい」
そう言ってふたりは各々荷物から上着を引っ張りだした。
ホホが着ているのはあの黒い外套だ。
「それってホホのじゃなかったんだね」
ユイが自分の上着を着ながら言う。
するとホホは首を傾げながら答えた。
「うーん、それがよくわからなくて…」
…どういうことだろう?
俺たちの視線はホホに集中する。
ホホは困ったように続けた。
「今朝、急に思い出したの。そう言えばこれはアンヴァンさんのものだったって。だから返さなくちゃって」
わけがわからない。
「自分の上着はどうしたんだ?」
ゼフィが訊ねる。
そうか。ホホがロドリスのところに雇われていたのは真冬だった。上着を持っていなかったなんてことはないはずだ。
「私の上着…」
そう呟いてホホはじっと自分が今着ている黒い外套を見つめる。そしてぽつりと「茶色」と言った。
「え?」
「私のは、茶色いやつ」顔を上げたホホと目が合う。彼女は本当に不思議そうな顔をした。「…どこへやってしまったんだろう」
遅くなってしまうと危ないからと、その場はとりあえずうやむやにして、俺はユイとホホを店から出した。
「いってきます」と言ったホホはいつもみたいに笑っていた。だから俺もいつものように「いってらっしゃい」と見送った。
どうしても薄気味悪さが拭えない。
ホホには俺の上着を着るように勧めたが、「もうずっと着てるし、いいや」と言って、そのまま行ってしまった。
ふたりきりになったところでゼフィがおもむろに言った。
「何かあるな」
その言葉に胸がざらっとする。否定する要素は見つからなかった。
「…操られてる?」
脳裏に浮かぶのはプッチー人形の腹から出てきたあの黒い石。
「わからん。だから、確かめる」
そして俺の方に向き直り宣言する。「荷物漁るぞ」
気分は乗らないが、そうも言っていられない。
ホホの部屋に入ったゼフィは渋面になった。「物がない」
俺は肩をすくめる。「旅人だからね。それに泊りだから鞄持って行ったし」
ゼフィは黒曜石が出てくるのは確実だと睨んでいるのだろう。それ以上にホホが他にも情報を持っていることも期待している。
ホホはアンナの事件で例の黒曜石を目にしていたが、その時に何かを知っているような様子はなかった。もの珍しそうに石を眺める彼女が思い浮かぶ。
あれは操られた彼女だったのだろうか。
ふいにそんな考えが頭をよぎって、何とも言えない気分になった。
「ホホの荷物は多分メアリさんもチェックしてると思うよ」
俺は一応言ってみたが、「探す目が変われば、新しい発見があるかもしれん」と、ゼフィは前向きだ。
しかしベッドと机と小さなチェストという最低限の家具しか置いていないこの部屋で、探すところなんて限られている。俺たちは触ったことが後で気づかれないように慎重に見ていったが、すぐに捜索は終わってしまった。
「何もなかったな」
「やっぱりあるとしたら鞄か…」
ゼフィはまだあきらめきれないらしい。
俺だって原因がはっきりすればいいとは思う。けど…。
ふとゼフィが呟いた。「立派なの持ってるな」
彼はチェストの引き出しを開けて何かを見つめている。その視線の先にあるのは短剣だった。ホホのものだ。
頭の中で、何かがカチリと音を立てた。
ゼフィが短剣を手に取る。
「古いけど、」そう言いながら鞘から抜く。「よく手入れされてるな。…最近はあんま使ってないみたいだが」
そうだ。あの時、俺もこの短剣を手にしてた。そして同じようなことを思った。
ユイがビゼに呼び出されて帰って行った後、ホホが最後に幻影に襲われた夜のことだ。ホホは具合が悪くてリビングで寝ていた。俺は父の部屋で短剣を片手に古い書物を漁っていた。
以前どこかでこの剣を見た気がしてならなかったのだ。だけど、どこで見たのかが思い出せない。
実物だったのか本だったのか、それすらわからなくて、俺はとりあえず手当たり次第それらしい資料を開いていった。
そうしたら、声が聞こえたのだ。
「助けなくちゃ…ユイもアルも」
ホホの声だった。
俺がリビングへ向かうと彼女は外套を着こんでいて、そこにはメアリさんもいた。
ホホは「ユイが酔っ払いに絡まれそうになってるって、メアリさんが教えてくれた。だから助けに行く」と、出て行こうとする。
だったら俺が行ってくると言うと、「ダメ!」と強い口調で止められた。ちょっと押されるような剣幕だった。
ホホは言う。自分なら誰も傷つけることなく助けられるからと。
それでもさっきまで具合が悪くて横になっていたホホを行かせるわけにはいかない。だから俺は無理やり行こうとした。
すると急にメアリさんが飛びかかってきたのだ。そしてバランスを崩した俺に抱きついたホホは、耳元で何かを囁いた。
記憶はそこで途切れている。
あの時も、ホホはあの黒い外套を着ていた。
「森の家へ行ってくる」
言いながら俺はもうホホの部屋を出ていた。
「どうしたんだ?」
急に動き出した俺に、ゼフィが戸惑いながらも付いてくる。
「ホホにアンヴァンと黒曜石のことを話す。そして確認する。鞄と、あの外套を」
後ろでゼフィが小さく呻くのが聞こえた。「あれか…」
ホホは自分の上着がどうなったかを知らない。
アンヴァンは「上着がなくては困るでしょう」と言った。
おそらく、なくなったホホの上着の代わりに、アンヴァンは自分の外套を貸したのだろう。
それは彼女の上着がなくなったことを知っているということだ。
ホホ本人も知らないそのあたりの経緯をあの男は知っている。
そして、これは単なる勘でしかないけれど、アンヴァンの外套には秘密が隠されている気がする。
有体に言えば、黒曜石が。
俺は自分の部屋に寄って、上着を手に取った。
「一緒に行く」
すでに階段を下りかけていたゼフィが言う。どうせ拒否したところで付いて来るから、俺は何も言わなかった。
よくわからないけど、気が急いていた。
勢いよく階段を下り、母屋の勝手口から出て行こうとすると、台所にメアリさんがいるのが見えた。
目が合った。彼女はじっと俺を見ている。
メアリさんと目が合うなんて、ものすごく久しぶりのことだった。だから驚いて、つい足が止まってしまった。何か俺に言いたいことがあるんじゃないかと思った。
それを問いかけようとした俺をゼフィが急かす。「アル、行くぞ」
「ああ」俺は短く返事をし、行きがけにもう一度、彼女を振り返った。「いってきます」
メアリさんは何も言わなかったけれど、扉が閉まるまで俺をずっと見つめていた。
飛び出した夜の町には、冷たい雨が降り注いでいる。