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HEX COMPLEXATION

作者: 雨野邪鬼

書いた本人ですら頭を抱えるお話です。

過去の自分は一体何を考えていたのやら。

 「24人のビリー・ミリガンってさ――」


 唐突に声をかけられ、あぁ、これはそういう話なんだな、と納得する。


 成程ね。つまりは僕と君とは同一の体に宿る2つの人格なんだ、と。そういう話なんだろ?


 「違うよ」

 即座に切り捨てられた。そんな単純なら、わざわざこんなことを言い出したりしない、と、厭そうに顔を顰める。


 「そこまで単純な話かなぁ」と、僕。

 「単純極まるよ。もしそうなら、この場でキミを金槌で殴り殺してしまえば万事解決してしまうもの」


 あまりにも物騒じゃないかな、それは。

 因みに、撲殺じゃなければ駄目なのだろうか。


 「撲殺刺殺扼殺斬殺毒殺轢殺絞殺圧殺禁殺笑殺縊殺殴殺悩殺格殺焼殺瀟殺礫殺どれでも好きなものを選んでくれて構わないよ」

 どれもこれも御免蒙る。というか、悩殺は違うだろう。されてたまるものか。


 「じゃあ、仮に、僕が反撃に出て、2人とも相討ちになったら?」

 「その時はまあ――」

 なるようになるだろう、と、非道く投げやりに答える。


 成程、目の前のコイツが存外適当な奴だということはよく解った。しかし、そもそもコイツが何を言いたいのかは皆目解らない。


 大体、誰だよ、お前。込み入った話をする前に、僕らはもっとお互いのことを知り合うべきじゃないのかな。


 「You are We, We are You. これで理解できないのならどうしようもないなぁ」

 どうしようもないのはキミの英文法の方じゃないのかと。何なんだ、その勝ち誇った顔は。


 「僕はキミじゃないし、キミは僕じゃない」

 「僕らは僕らでキミ達は僕らだよ」


 意味が解らない。矢っ張り二重人格の話かい? それとも新しい神様の話でしたら、ウチには既に無駄飯喰らいの七福神様達がいらっしゃいますので、早々にお引き取り願います。もしくは、弁天様だけを残して引き取って下さい。


 「爺さんだけに囲まれた生活、ってのもなあ」

 枯れるよね、と苦笑する。

 「華は欲しいよね」

 欲しい、欲しい。というか、華だけでいい。

 「うん、華というか、エロスね」

 ようやく1つの共通理解が得られた気がする。


 We are SUKEBE.

 僕らは、助平だ。


 だからどうした。いや、否定する気は無いけれど。何ならもう一歩を進めて、僕らは変態だ、と言い切っても良い。


 「いや、僕はノーマルだよ」

 だからどうした。


 僕はコイツに構っていられる程暇じゃない。

 他に何かすることがある訳じゃないけれど。

 有り体に言って暇だけど。

 それでも、こんな得体の知れないアホ話に付き合うのは、時間に対する冒涜だろう。


 「キミは僕らだってのに、物分かりが奇跡的に悪いんだなぁ」


 また始まった。というか、謂れのない罵倒を受けている気がする。付き合いきれん。


 手ごろな精神病院はどこだったかしらんと、横目で電話帳を探していると、背後で、すとん、と物音がした。


 冷たく湿った感触を首周りに覚える。思わず身をよじると、ぷん、と磯の香りが辺りに広がる。


 昆布の塊だ。


 隙間からわずかに手足らしきものが見えることから、人間なんだろうと推察できる。『リング』で一躍有名になった例の幽霊の髪の毛が、全て昆布になったと想像していただければ、おおむね間違いはない。


 「昆布だよ」と、茶色の塊からくぐもった声が聞こえた。


 そうみたいだね。


 「生えてるの?」と尋ねると、照れたようにうつむいて体をくねらせる。どっちなんだ。


 ああ、いや、そうじゃなくって。


 「誰?」


 ケルプマンはおずおずと、顔を覆っている昆布をかき分ける。ちなみに、ケルプマンというのは、僕が今考えた名前だ。「KELP MAN(昆布男)」。これ以上ふさわしい名は無い。コイツが何と言おうと、コイツの名前はケルプマンだ。


 おずおずとかき分けられた現れた昆布の下から現れた顔にはびっしりと藻が生えていて、表情はさっぱりわからない。どこまで奥ゆかしいのですか、あなたは。


 けれど、その瞳には見覚えがある。


 「ねぇ、ケルピィ。キミ、もしかしてコイツの兄弟なの?」


 コイツ、と、未だに独りで滔々としゃべり続けている男を指さす。ケルピィと呼ばれた海藻は、暫くきょとんとして首をかしげた後、こくり、と頷いた。


 「きょう、だい。きっと」


 たどたどしく答える。初めて言葉を発するみたいに。


 「あれ、と、ちがう。ぼくら、は――」囁く声。僕はケルピィに一歩近づく。


 ――僕たちは?


 ひぃえぇぇぇぇぇええいぃっっ。


 雄叫びのような悲鳴を上げて、例の男が僕とケルピィの間に割って入った。瞳は恐怖に見開かれている。


 「何何何何何何、なぁぁにやってるんだよぉぉッ」


 いやいや、キミの方こそ何なんだよ。どうしたのさ。キャラが変わっている。


 「どうしたの、じゃないよッ」と、せき込んで話す。

 「『兄弟』だなんて、恐ろしいことを言ってッ」

 兄弟ってことは、他人だってことじゃないかぁッ、と、空に向けて絶叫する。僕は呆然として立ちすくむ。


 「そのうえ、名前までつけるなんて、酷すぎるよッッ」


 「えっ、と。そんなに、悪いことしたかな。」


 あくまで仮の名前だから、キミが好きなものに変えてくれてもいいよ。


 「そうじゃないんだッ」


 じゃあ、何が不満なのさ。


 もう、滅茶苦茶だあッ、と叫ぶや否や、ソイツは僕に掴みかかってきて――


 ソイツの手が僕の腕に、すす、と、めり込んだ。もしくは、僕の腕がソイツの手にめり込んだ。思わず倒れこむ。めりり、と、僕の肩口までソイツの腕が呑み込まれた。


 僕たちはもつれ合いながら同化を進める。ソイツの頭は、左わき腹辺りで僕と一体化した。僕もソイツの左胸に呑み込まれようとしている。

 ところで、この身体は、今、誰の身体なのだろう。


 視界が光に閉ざされる直前にケルピィを見上げると、頭に生えていた昆布が、全てつややかなワカメに変わっていた。彼はよく通る声で――


 「これにて一件落着である」

 白洲を前にした大岡越前のように、厳かに宣言した。


 一体、この話はどこに落ち着いたというのだ。


 あぁ、光が――。

読んでいただき、ありがとうございました。

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