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五 焦燥

 波多野部長が警察からの身元確認依頼に応じて事務所を出ていったのと、ほぼ入れ違いに、一般用入口のインターフォンが鳴った。

 茂が出ていくと、肩で息をしながら立っていたのは三村英一だった。

「・・・・まだ、高原さんから連絡はないのか?」

「三村・・・電話で話したとおり・・・だよ・・・・。」

 茂が言葉を詰まらせたのを見て、英一の表情がもう一段変わった。

「河合、なにかあったな?」

「・・・・・」

 葛城の前でずっと気持ちを張っていた茂は、心の糸が切れるのを感じた。

「・・・河合!」

 茂の目から、涙が滲み、たちまち大粒の涙が頬を伝って零れ落ちた。

 英一は言葉を失って茂の顔をただ見ていた。

 おおよその状況は想像がついた。

「さっき・・・警察から電話があって・・・・波多野さんが出かけた・・・・」

「・・・・」

「市民ホールの前の公園で・・・死体が発見されたって・・・・」

「・・・・!」

「その死体が・・・」

「・・・高原さんなのか?」

「わからない・・・警察の話だと、高原さんの社員証を持っていたそうなんだ・・・・」

 英一が茂の両肩に手を置いた。

「とりあえず落ち着け、河合。まだ最悪の結果と決まったわけじゃない。社員証だけじゃ、分からないよ。」

「・・・・・」

「普通、財布とか免許証とか、そういうものがあるはずだ。そういうものがなくて、手がかりが社員証だけというのは、不自然だ。」

「・・・・・」

「なにかの間違いだと思う。きっと。服装も一致してたのか?」

「今日、高原さんがどんな服装か、わからないんだ。背格好は似てるんだって。」

「波多野さんは一人で行かれたのか?」

「いや、途中で山添さんと落ち合って一緒に行くって。」

「俺がもう少し早く着いていたらよかったかもな・・・」

「え?」

「俺は、今日、市民ホールで警護を始める直前の高原さんを、見た。服装もよく覚えてる。・・・まあ、いずれにせよ、待つしかないな。」

「うん。」

「今、お前のほかに事務所には誰がいる?」

「葛城さんだけ。」

 二人は事務室へ入った。

 葛城は、打ち合わせコーナーのテーブルに向かって座り、両肘をテーブルにつき、額の前で両手を組み、じっとテーブルの上をまたたきもせず見つめていた。


 

 一時間後、深山が高原の様子を見に再び病室を訪れると、高原は既にベッドの上で体を起こしていた。

「大丈夫そうだね。」

 看護師に手伝われ、高原がシャツと上着を着ると、部屋に屈強そうな男が二人入ってきて、一人が高原に目隠しをした。

「ここの病院の場所をあまり世間に喧伝したくないので・・・。申し訳ないけどしばらく我慢して。あ、靴も履かせてあげてね。」

 高原は目隠しをされたまま、両腕をふたりにとられ、病院から車で連れ出された。

 運転は男のひとりがしているようで、後部座席で高原の両側に、もう一人の男と、そして深山とが、高原を挟んで座っている。

 しばらく車は、わざと回り道をするように何度か方角を変えて走り、やがて、大森パトロール社のある街まで到達すると深山は後部座席で隣の高原の目隠しを外して、扉を開けさせた。

「気をつけてね、高原さん。」

 深山は高原に、公園で高原が外して投げた通信機器と携帯電話、そして病院で外したゴーグルを差し出した。

「・・・・」

「借りができたね。でも、この先またうちの仕事を邪魔するようなことがあったら、もちろん、うちの会社は絶対に容赦はしないよ。・・・ただし、」

「・・・?」

「・・・ただし、ひとつ訂正するよ。公園で僕は、将来また君に会うだろうって言ったけど・・・・・、僕はもう、二度と、会わないかもしれないね。」

「・・・・・」

「でも」

 深山は、複雑な表情で、そして悔しさのような色をその瞳によぎらせ、微笑んだ。

「でも、君のような人に、会えて、よかったよ。」

「・・・・・」

 車が扉を閉め、走り去った。

 高原はしばらく車が去った方向を見て立ち尽くしていたが、はっと気が付いて携帯電話の電源を入れた。おびただしい着信履歴とメッセージが残っていた。



 事務所の従業員用入口をカードキーで開けて入ってきた高原を見て、葛城はそのまま立ちつくし、そして茂はへなへなと床に両膝をついた。

「・・・ごめん、連絡せずに、済まなかった。波多野さんは?」

「警察です、高原さん・・・・」

「え?」

 比較的話ができそうな状況の茂のほうを見て、高原が聞き返す。

「・・・高原さんの今日の警護現場のホールの、向かいの公園で、死体がみつかったんです。その死体が、高原さんの社員証を所持していたんです。」

「・・・・・!」

「身元確認のため来てほしいと警察から連絡があって、波多野部長と山添さんが向かいました。」

 高原は、胸元の、社員証ホルダーに目をやった。鋭利な刃物で、ピンだけを残して切り落とされていた。いつ切断されたかは明らかだった。

 しばらくして、茂はやっと気が付いて、事務机の上の電話から波多野の携帯電話へ電話をかけた。

 茂が電話で話し始めたとき、葛城が我に返ったように高原の顔を見た。

「晶生・・・・」

 高原はぎょっとして葛城の顔を見た。葛城の表情は、明らかに激怒していた。

 葛城が高原に一歩、二歩と近づき、思わず高原は同じだけ後ずさりする。

「待て怜、話せばわかる!」

 壁際に追い詰められた高原に発言の機会を与えず、葛城の美しい両手が高原の首を絞めていた。

「晶生、お前、ふざけるな・・・・」

「落ち着け!」

「葛城さん!」

 ようやく茂が後ろから葛城を羽交い絞めにした。

「葛城さん、落ち着いてください、高原さんは無事だったんですから、絞殺してどうするんですか」

 茂に後ろから両手で拘束されながら、葛城はうつむいて、顔を覆う髪の下からゼイゼイと息をあげている。

「ごめんよ・・・怜。」

 高原は壁を背にしたまま、葛城に詫びた。

「携帯電話に数十回の着信履歴があった。メッセージも何ダースも入ってた。すまない。連絡がつかなくなるのは、勤務終了直後の警護員として、あるまじきことだ。反省している。」

「・・・・・」

 葛城はうつむいたまま、答えない。

「どんなに心配かけたかと思うよ。頼む、許してくれ、怜・・・。」

「・・・・・」

 葛城は、そのまま床に両膝をついた。一緒に床に座った茂が、後ろから葛城の両肩を支えている。

 おずおずと葛城の前に跪き、高原は葛城の両頬を両手で抱くようにして顔を上げさせ、自分の顔を見させた。

「・・・・・頼む。」

 葛城は、ようやく言った。

「二度とこんなこと、・・・・しないでくれ・・・・。」

「約束するよ。」

 葛城と茂の後ろから、英一がこちらへ歩み寄ってくるのが、高原の視界に入った。

「・・・三村さん。」

「お邪魔してます、高原さん。・・・・・頭の、そのお怪我、どうなさったんですか?」

 英一は、高原の左耳の後ろから覗いているガーゼとサージカルテープを見ていた。

 葛城と茂もはっとして同じところに視線を向けた。

 四人は打ち合わせコーナーのテーブルへ移動し、高原は顛末を手短に話した。ただし、自分の負傷については単なる自分の不注意だったと説明した。

「じゃあ、発見された死体は・・・龍川歩武・・・・。」

「そうだ。」

「そして、木田葉子さんと龍川歩武と、通男さんとの関係は、ほぼ高原さんの推測通りだったということですね。・・・」

「俺は単に想像しただけだが・・・・あいつらは、きっちり調査し裏付けを取っていた。」

 高原は、ゴーグルを外した顔を茂に向け、苦笑した。

 そして、葛城と英一の顔を順に見て、高原は改めて言った。

「心配無用。明日、警察に行って、事情は全部話すから。」

「まさか、晶生に、殺人罪の疑いがかかったりは、しないよね・・・・」

 葛城の美しい両目が不安の色に捕らわれた。

「かかるかもしれないね。だが、説明するしかない。」

 英一が、高原の、レンズを通さない両目をちらりと見て、口をはさんだ。

「少なくとも、共犯を疑われる恐れはあるかも知れませんね。・・・阪元探偵社の刺客と一緒に暴漢へ対応したこと、その後その刺客が高原さんを救護したことを考えれば。」

「三村!」

「河合、やめろ。・・・三村さんの言うとおりなんだから。」

 茂はうつむき、そしてそのままで、独りごとのように言った。

「でも確かに不思議ではあります・・・・。あいつは、あのホテルで、我々のクライアントを溺死させようとして、そしてそれを止めに来た高原さんを・・・殺そうとした。そんな奴が、どうして高原さんを助けるようなことを・・・・。」

「そうだな。」

 四人は沈黙する。

 かなりの間沈黙が続いた後、葛城が、話題を変えた。

「晶生、夕方から飲まず食わずだろう。給湯室に池田さんのつくりおきがあるはずだから・・・。」

 葛城が言い、椅子を引いて立ち上がり、しかしよろめいて、そのまま椅子を支えになんとか踏みとどまった。

「葛城さん!」

「怜!」

 高原と茂が同時に立ち上がり、一番近くにいた茂が葛城の二の腕を持って支えた。

「大丈夫ですか・・・・?宿直室で、ちょっと休んでください。」

「・・・・すみません。」

 葛城と茂が奥の畳の仮眠室へ入っていった後、英一は靴の紐を結びなおして、立ち上がった。後ろの入口のほうを振りかえる。

「もうすぐ、波多野部長と山添さんが戻ってこられるでしょうね。怒られると思いますが、健闘をお祈りしてます。」

「あはは・・・そうですね。」

「死ぬほど心配した後は、ものすごく腹が立つものですからね。」

「そうですね。」

 英一を出口まで送った高原に一礼し、出口のドアに向かった英一が最後にもう一度、振り向いた。

「高原さん、暗殺者を、暴漢から助けましたね?」

「・・・・」

「高原さんが頭に怪我を負う場面は、ひとつしか想像できません。」

「・・・・・」

「そしてその理由も。」

 眼鏡をかけていない高原の両目を、まっすぐに見つめて、英一は漆黒の端正な両目を伏せ、やがて微笑んだ。

「でもいずれにせよ・・・・高原さん、あなたが死ななくて、本当によかった。」

 高原は目をほんの少し見開いた。そしてわずかに唇を開いたが、言葉は出なかった。

 英一は穏やかな微笑のまま会釈し、出ていった。

 奥の宿直室の畳敷きの仮眠室で、茂が敷いた敷き布団の上に横たわり、額に右手の甲をあて、葛城は天井を見つめた。

「水、ここに置いておきますね。」

「すみません、茂さん。・・・お恥ずかしいです。」

「顔色がまだ悪いです。少し本当に仮眠されたほうがいいと思います。」

「・・・・晶生が戻ってきて嬉しいはずなのに、どうしてあんな言い方をしてしまったのか、自分でもよくわかりません。」

 茂は畳の上に座ったまま葛城の顔を見て、微笑んだ。

「子供のころ、姉が、連絡もなしに一晩帰宅しなかったことがありました。翌日戻ってきた姉を見て、父が、喜ぶかと思ったらすごい剣幕で、姉をひっぱたきました。どうしてそんなことをと、そのときはむしろ姉に同情しました。でも今は、そのときの父の気持がよくわかります。」

「・・・・・」

「葛城さんに先を越されましたが、俺しかいなかったら、俺もほぼ同じリアクションをしていたと思います。」

 葛城は天井を見たまま、苦笑した。

 間もなく、従業員用入口をカードキーで開ける音がして、そしてその少し後、波多野営業部長のすごい怒鳴り声が響いてきた。

 茂と葛城は顔を見合わせ、再び苦笑した。



 下界を見下ろす夜明けのカンファレンスルームの、ドアの隙間からの光が、中の人間たちの低い話し声とともにかすかに無人の事務室内へと漏れていた。

「夕べのこと、直ちに社長まで上がったそうですな。」

「そうね。でもだからといって、慌ててここに来ても、なんにもならない。」

「恭子さんだってこうして来てはるやないですか。」

「まあね。」

 酒井は、鼈甲色の眼鏡の縁に神経質そうに指を当てている上司の横顔を見て、そして自分も窓のほうを見た。

「社長が出社し次第、直談判します。」

「無駄だと思う。」

「無駄でも、やります。」

「・・・明確に社内ルールに背いた。確かに庄田のチームは龍川歩武の殺害も検討はしていた。けれど、依頼人の背信行為を理由とした報復は、社長の承認が必須だし、承認の条件は何重にも極めて厳しく設定されている。今回はその前のチームとしての合意さえない。その段階で深山が手を下したことは、言い訳のしようがない。」

「はい。」

「処分は一番厳しいものになるかもしれない。」

「解雇ですか。」

「ええ、それももちろん、保護なしの解雇。」

「・・・・・」

「会社は一切彼を守らない。行政と司法に、自然体で彼をゆだねる、ということ。」

「恭子さん、それは、たぶん、あいつは・・・・覚悟の上で、やったんだと思います。」

「・・・・そうね。」

「はい。」

 吉田は、斜め前に座り両手を組んでテーブルに載せている部下の顔を、もう一度見た。精悍な顔立ちの、長身の男性エージェントは、その漆黒の両目に、今はもう何も映していないように見えた。

「酒井、お前は深山とつきあいが長い。お前の感じたことは、たぶん、当たっているでしょう。」

「祐耶は生粋のアサーシン・・・殺し専門の、エージェントです。もちろん、昔も今も、自殺用の道具一式、常に肌身離さず持っているはずです。最近のエージェントは、そういう奴は少なくなったでしょうが・・・・。人を殺すことが本来の意味で本業でいられるのは、いつでも自分を殺す準備があるからです。」

「そうね。」

「だからこそ、安易に仕事は受けませんし、受けた仕事は文字通り退路を断ってやり遂げます。高原との二回を除いて、あいつが過去にしくじったのは、たった一度だけでした。俺と組んだ、あの殺人犯への報復の案件です。俺が重傷を負った、あのとき、あいつは俺の願いをきいてくれました。生きて、会社を去りましたから。」

「そうね・・。」

 吉田は、酒井のほうへ体ごと向き、その目を見た。

「深山は、貴方が本来の能力を失っていくようなのが心配で、戻ってきた。でも本当は、自分のせいで貴方が変わってしまったんじゃないかと、ずっと思っていたのかもね。」

「・・・・・そうかもしれません。」

 長い沈黙のあと、再び酒井が口をひらいた。

「チームに受け入れるとき、恭子さんは、奴にひとつだけ厳命しましたね。」

「ええ。」

「何があっても、死ぬなと。」

「そうよ。たとえ他のチームの仕事でも、彼が私のチームの一員である間は絶対に。」

「だからあいつは、恭子さんのチームに来てからは、仕事の成功より、自分の納得できるやり方で仕事をする、そういうことを、してみたんです。それはあいつがずっとしたかったことで・・・そしてずっとできなかったことだったと思います。あいつ、本当に解放されたみたいに嬉しそうでした。俺が逆に心配でたしなめたくなるくらいに。」

「わかってる。」

「俺は正直・・・期待しました。そうしてもうあいつが、殺しを成功することが、なくなるんじゃないかと。」

 酒井は、少しだけ、顔を下へと向けた。朝日が彼の顔の右側だけを、鋭く照らす。

「私というより・・・あの変人みたいなボディガードたちの、変な影響・・・そういうものに、でしょう。」

「それも・・あります。ありすぎて、途中でこれも逆に不安になりましたけどね。」

「酒井。社長は、処分を甘くすることは、ないと思う。なぜなら、深山が社長の実の弟だから。」

「・・・・・」

「寛大な処分をしたら、身内だけを不当に優遇したと理解される。だから、妥協はしない。」

「・・・・・」

「深山は、全てを覚悟してルール違反をした。その責任は、引き受けるのが、彼の本望でしょう。」

 吉田は、立ち上がった。

 ドアへ向かって歩きながら、振り返らずに吉田が言った。

「・・・酒井。アサーシンは、自分の感情で仕事をするもの?」

 返事はなかった。


 

 平日昼間勤めている会社で、いつも以上に戦力にならないまま、むなしく響く終業ベルのもと、茂は机に頬杖をついてぼんやりとベルを聞いていた。

「河合」

「・・・・」

「おい、河合」

「・・・・・」

「木田さん・・・葉子さんのお父さんからの伝言だ。」

「え」

 ようやく反応した茂を、英一が冷ややかな目で見た。

「波多野部長を通じて高原さん本人へも伝わっていると思うけど、親父が河合さんと葛城さんにも伝えてくださいって言ってた。」

「なに?」

「娘の命を守ってくださり、ありがとうございました・・・そして、高原警護員さんがそういったことになっていたと知らずに申し訳ありませんでしたと。警察でもしもあらぬ疑いをかけられたら、晴らすために必要な証言はなんでもしますから、いつでも呼んでくださいと。そうおっしゃっていたそうだ。」

「そうか。」

「あまり嬉しそうじゃないな、河合。」

「・・・高原さんは、警察で、確かに色々かなりしつこく聞かれてたけど、もちろん無罪放免になったよ。」

「そうだな。」

「それに、葉子さん本人が、なにをどう思っておられるか、わからないもんな。」

「河合、お前、めずらしく冴えてるな。」

「・・・・三村、お前の、女性心理への造詣の深さが、今日ほど嫌なことはないよ。」

「まあそう言うな。」

 茂は、天井を仰ぎ、深くため息をついた。

「男に死ぬほど惚れるっていうのは・・・・・そういうことなのか?人生を棒に振り、裏切られ、それでも、なにもかも捧げるのか?本当に、そんなことが、できるものなのか?」

 英一が黙って茂の顔を見ている。

「最低最悪の男でも?自分をこれっぽっちも大事に思っていない男でも?もうぜんぜん、わかんないよ。」

 目を伏せ、そしてもう一度茂の顔に視線を戻した英一の表情は、微かに苦しげだった。

「そうだな。そういうことも、あると思う。」

「・・・・」

「そういう意味でも、そういう男は、殺すしかないのかもな。」

「・・・・・・」

「それでもだめかも、知れないとしても。」



 大森パトロール社の事務室で、山添は深夜まで仕事をしている高原のところへ来て、向かいの空いている席へ座った。

「おい、晶生。」

「・・・なんだ?」

 高原が、向かいの席から、黒目勝ちの目でじっとこちらをにらんでいる山添の日焼けした顔を、きょとんとして見返す。

「お前、警護については天才だが、それ以外のことは、かなりダメダメなことが多いが。」

「なんだよ。」

「こういう行動も、あまりにもワンパターンで、わかりやすいんだよな。」

「・・・?」

「毎日、すごい長時間労働しているよね。」

「・・・・・・」

 山添は、手を伸ばし、高原が見ていたノートパソコンの蓋を、ばたん!と音をたてて閉じた。

「あーっ!まだ作業中なのに!」

「いいから来い。」

 立ち上がった山添の手に腕をつかまれ、高原は無理やり自席から引き離された。

 三十分後、高原と山添は、都市公園の芝生と樹木に包まれた、大きな人口の池の前にいた。

 大型二輪車を停め、山添は高原からバイク用ヘルメットを受け取り、自分のものと一緒にハンドルへ顎紐をかけて吊るした。

「だいたい、同じ時刻か?」

「ああ。」

 クライアントを殺そうとした人間を、その人間が殺人の道具にしようとした人間が殺した、現場で、高原は、最後に龍川歩武を見た水面を見下ろした。

 木々の間から、月の透き通る白い光が漏れ降りている。そこについ数日前に死体があったと思えない、煌めく水面が、噴水の動きにつれて波打っている。

 高原が池に近づき、コンクリートの縁まで来て、止まった。

「あいつが、龍川を殺す決意をしたことは、龍川からあいつに携帯電話で電話があり、話しているとき、わかった。」

「そうか。」

「俺は・・・・殺してくれればいいと思って、立ち去った。」

「・・・・。」

 後姿からも、高原がどんな顔をして水面を見下ろしているか、容易に想像がついた。

「あいつは、殺人犯になることを、少しも厭わず、手を下した。そのことを専門とするエージェントなんだから、当たり前のこと、ただそれだけのことかも知れない。が、あいつは、自分の手を血で染めた。」

「そうだな。」

「見も知らぬ、女性のために。知り合いでもなんでもない男性のために。何の義理もない人間たちの、受けた仕打ちを晴らすために。人殺しに、なった。」

「・・・・そうだな・・・。」

 高原が、うつむく。

「しかも、それはおそらく・・・・本当に、あの電話がかかってきたとき、あいつが自分ひとりで決めたことだ。ということは、つまり、・・・・」

 山添が高原の言葉を引き取った。

「つまり、そいつの所属する組織に、無断でやったということだね。」

「そうだ。」

「晶生、お前は、その暗殺者に対して、自分を、・・・・」

「そう、後ろめたいと思う。龍川が殺されると分かってそれをやらせた俺は、あいつに比べて・・・いや、比べることもできない・・・卑怯者だ。」

 高原が山添のほうを振り返った。

 そして高原は、少し天を仰ぐようにして、両目を閉じた。

 山添が、足元に目をやり、そしてもう一度高原を見て、歩み寄った。

「俺も、龍川歩武が殺されたことを、よかったと思っているよ。どうしても、そう思ってしまうよ。そして、やはり、自分以外の人間がそれをやってくれたことを、よかったとも、思ってしまう。同じだ。まったく、同じだ。晶生・・・。でも、このことだけじゃないよな?お前が、今、苦しいと思っている理由は。」

「そうだ。」

「自分を犠牲にして、自分を犯罪者にして、それをやった、人間が・・・・、おそらく・・・・」

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