準備期間 3ゲリラ雷雨
三
「そろそろ帰るよ。」
「そう、明日も早いものね。」
夜九時を回った、よくあるアパートの一室から男は玄関に向かった。
「・・・本当にすまない。俺にもさっぱり原因が分からないんだ。」
帰り際、男は力無く女に言った。
「あなたが気にすることでは無いわ。こうなってしまったのは全部私の責任。」
「そう自分を責めるな。これからどうやって治していくか、そのことだけ考えればいい。」
「主治医もそう言っていた・・・やっぱり医者だけあって言うことが同じね。」
「正反対のことを言われるよりは混乱が少ないだろ・・・」
アパートを出ようと扉に手をかけた男の背中に送り出す女は自分の額を当てた。
「私もなんだか疲れちゃった・・・」
女は男の背中越しに呟いた。
「最近良く働いていただろ。暫く休んだらどうだ。」
男は背中越しに答えた。
「どっちの話?」
「どっちもだ。暫く休んでも問題は無いんじゃないか?」
「そうね。でも、今私だけが休むわけにはいかないわ。」
「あまり無理をするなよ、お前だって・・・」
「わかっているわ・・・」
「体を厭え・・・」
そう言い残して男は扉を開けて出て行った。夕方降り出した大雨は最近ではゲリラ雷雨と命名されていた。しかしそれも既に上がっていた。
所々出来ている水たまりを外灯の明りで確認しつつ避けながら歩く男の背中を、女は暫く見送っていた。