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原発TERRORISTS  作者: 毘沙門
第一章 政治塾の男
4/37

原発デモの女

                   一

「聞いてるの?」

日曜の『ムーンライトコーヒー』のテーブルで悠斗は不意に問われて我に返った。


その日は約一か月ぶりに優奈と出かける約束だった。最初、優奈は飛島スプリングランドを主張していた。昔から絶叫系の好きな優奈は、この年の春にオープンした新しいジェットコースター『セブン・サイクロン』に以前から乗りたがっていた。しかし悠斗はどちらかと言うとそう言った乗り物は好きではない。何度も友達と行くことを勧めたが、前回の買い物の約束を仕事でドタキャンしてしまったため今回は強く反対できなかった。

しかし、悠斗にとって都合がいいことにその日は雨だった。優奈は当然のことながら機嫌が悪いのだが、そもそも梅雨前線の真下にいるのだから当然と言えば当然である。そしてこんなこともあろうかと、悠斗は週の半ばから少しずつ雨の日でも楽しめる所を探して候補をいくつかピックアップしていた。

優奈は渋々その中から名古屋臨海水族館を選んだ。悠斗は自宅に熱帯魚を飼っていたこともあり、水族館に新鮮さはさほど感じなく、できれば他の選択がよかったのだが、結果としてこの選択は二人にとって良かったようだ。と言うのも、鑑賞魚の持つリラクゼーション効果なのかよくわからないが優奈の機嫌の悪さが徐々に緩和していったからだ。

悠斗は、水槽の中を泳ぐ魚の色彩や形態を眺めながら、『きれい!』だとか『かわいい!』と感動する優奈に相槌を打っていたが、実際のところ、頭の中を占めているのはひらひらと水槽の中を舞う南洋の魚ではなく、もっと別のことであった。

言うまでもなく金曜日に出会った連中のことが頭から離れなかった。奴らは一体何を考えて、そして何をしようとするのだろう。今となっては、あのときあそこで彼らの作戦会議とやらに参加しておくべきだったとも思ったが、そうすると仲間に入ることが前提となる。まだ何も犯していないとはいえ、優奈や周りの人間に与える影響を考えると、犯罪グループに協力することはできなかった。

水族館のあと、二人は最寄りの『ムーンライトコーヒー』に入った。

二人がけのテーブルの一つに場所を取ると、注文のため長蛇の列に並んだ。心配性の悠斗はテーブルの場所取りに使った荷物の方を何度も振り返って確認したが、未だかつてこういった状況で何かを取られたことは無い。平和な国である。

 二人に順番が回ってきた。

「グランデのエスプレッソを・・」

と言う悠斗の声をさえぎるように優奈が

「ドリップコーヒーを二つください。」

と注文を確定させてしまった。会計を済ませ、商品の受け渡しのカウンターに行く間に

「もう!恥ずかしいからそういう冗談言わないで!」

と小声で悠斗にくぎを刺した。

 優奈とつきあって既に六年が経つ。こういった小さなやり取りにも六年の年季が感じられた。正直なところ悠斗は優奈との結婚の時期をいつにするのが最良であるかと考えることはあっても、優奈との関係が終わってしまうことは全く想像したことが無かった。

一昨日、彼等に会うまでは。

 一昨日、エンドーと呼ばれる男に名前すら知らない例の組織に誘われた。その時真っ先に考えたのは優奈や家族のことである。優奈と今の状態を維持したまま彼らの組織で活動することはできない。そう思ったから、その場で作戦会議に参加せずまっすぐ帰ってくることを選んだ。この判断自体はごく当然のことであり、間違いではないと言いきれる。

 問題は、その後も彼らのことが気になってしょうがないということだ。昨日からずっとそのことが悠斗の頭の中央に居座っていた。あまりに気になったため悠斗はインターネットで3.11の原発事故の問題から再稼働に至るまでの、関係するであろう様々な記事や意見をずっと調べていた。そしてそれだけでは足りず、図書館へ行って関係する書籍を興味の赴くまま読み漁り、読み切れなかった物は借りてきて夜中まで読み耽っていた。

 それによって原発問題について今まで知らなかった知識を得ることができた。

 

3.11以降にされた原発にかかわる報道や書籍は大きく分けて二つに分類できる。一つは震災の時に起きた関東電力の原発事故にかかわる問題(ここで震災によって起きたとしないのは人災である部分が多大にあるからである)。そして、もうひとつはその震災の時に起きた事故を踏まえて今後のエネルギーをどのように賄っていくかという問題。

その二つの問題について報道された記事を少し深めに読んでいくと一貫したパターンが見えてきた。それは、政府と電力会社が結託して自分達に都合がいいような報告しかしてこなかったのはもはや周知の事実であるが、第四の権力と言われたマスコミもその結託に一枚どころか数枚咬んでいると思われることである。

例えば一つ目の問題の方では、3.11の震災による原発事故で放射性物質の漏えいは実際テレビなどで当時報告された量より多かった。そのことに付いて日本のメディアは後になって少しずつそう云った事実が明らかになっていったような報道になっているが、海外のメディアは震災直後からそれなりの数字が出ていた。

腑に落ちない点を確認する意味でも、悠斗は海外メディアと国内メディアの11年3月の時点での報道の相違点をいくつか洗い出した。その結果分かったのは、日本のメディアと海外のメディアの相違点のうち大半が、海外のメディアの方がやや正確な情報を流していること。そして日本のメディアは半年くらい後になって、とても小さな記事で『○○なことが分かった。』と最終的には正しいと思われる内容を記事にしているが、ほとぼりが冷めたころに小出しにするので見逃していることも多い。実際メディアと政府と電力会社が結託した結果なのか、電力会社の情報が政府に伝わり、それがメディアに伝わる段階のどこか、または誰かが作為的に情報を止めた結果なのかは明らかにできなかったが、悠斗自身かなり最終的に自分に到達する情報を見逃していたのである。そういうところを一つ一つ確認するにつれ、奴らが原発を止めたくなるのもわかる気がする。

二つめの問題については、まさにマスコミによる刷り込みが多分に入っている。

現在の電力供給は原子力発電無しには対応しきれないと言った報道がされている。いや実際のところ、そう言った報道はとても少ないが、何かの他の報道に紛れてそう言った記述が多分にされている。例えば『今年の夏は例年並み』と言った只の気象情報の記事に、『一番暑い時間帯に電力需要が集中すると・・・節電対応が必要となる・・・』という乗っ掛かりの記述が目に付く。しかし、実際どの程度電力が足りなくなるのかというきちんとした数字を出した記事はとても少なくなる。

『今原発をやめると何となく電力が足りないぞ!』ということが一般人の脳裏に刷り込まれてしまっているのが現状だ。この、刷りこみが容易にできてしまうところがメディアの恐ろしいところだ。

少ないながらも見つけた電力供給能力の記事を見ると、ざっくり数字が出ているだけで、計算の基とした材料だとか、根拠に欠けるものばかりだ。それらによると、原発を全部止めてしまった場合、近畿電力の電力供給能力は他の電力会社に比べて極端に少なく、大島原発を再稼働しないと夏場に対応できなくなると言ったものばかりだが、本当にそうなのだろうか。

確かに近畿電力は全体の供給電力に対する原子力発電の供給の割合が10%以上他の電力会社に比べて多く、原子力に依存する傾向が強い。しかし、ここ二十年で一番暑かったとされる一昨年の供給実績から見積もって余力がどれだけあるのかを、自分がきちんと納得できる数字というものが一つもないのだ。逆に反原発派と思われる人たちの出しているデータは一応計算の根拠だとか数値がそれなりに書かれているため、それとなく理解しやすいものも多い。しかし、残念なことに電力会社が出す数字でないため、どこかで仮の数値だとか大雑把に計算することしかできない部分もあり、結局のところどちらが正しくてより現実に近い数値なのかよくわからない。一番手っ取り早いのは奴らに聞くことなのかもしれない。そういった予備知識をエンドー達はすでに得ているだろう。

いずれにしろ悠斗に関して言えば、一昨日はたいした知識もない状態で鷹山府知事に噛みついた。今思えば、あの状態で良くあんなこと言えたものだと自分が恥ずかしくなった。


                     二

「聞いてるの?」

優奈が不意に聞くと悠斗は急に我に返ったようだった。優奈との会話の最中に悠斗は考え事に夢中になってしまったようだ。適当に相槌をうって聞いているような素振りを見せていたのだが、把握しているのは3割から4割と言ったところだ。優奈は暫く会えなかった悠斗にその間に自分に起きた出来事を話していたのだが、ほとんど上の空である悠斗を呼び戻すために、少し大きな声で問いかけたのだ。もちろん優奈は悠斗の意識が自分にないことは知っていた。

「ごめん!」

悠斗は素直に謝った。優奈が怒りきれないのは、悠斗はここで素直に謝るからだ。

「何かあったの?」

と優奈は心配そうに聞き返した。

 暫く仕事などが忙しかったりして会えなかったとき、よく二人は近況を今日のように報告し合っていた。しかし、悠斗が今日のようにほとんど話を聞いていないことは今までには数えるほどしか無かった。今日の悠斗は正に『上の空』といった状態だった。しかも、それは水族館にいるときからそうだったのだ。優奈がそんな悠斗を心配するのは当然である。強いて言うならば優奈が聞きたい本当のところは『何かあったの?』でなく、『何があったの?』だったと思った。

「別にたいしたことは無いけど。久しぶりだから、俺も何から話すべきか頭の中で整理していたんだ。ホントごめん、もう一回話してもらってもいい?」

感覚的に優奈は『たいしたことない』ということは無いと感じた。悠斗は何かを抱えている。長年の経験からの直感と言う確証のないものだが、まず間違いないと思う。

「どこから話せばいい?」

優奈は悠斗に聞きながらも、さっさと自分の話を終わらせて悠斗の近況を聞こうと思った。悠斗が抱えている何かを突きとめたいという感情が湧いてきた。ひょっとしたら何か私に協力できることかもしれない。

 そう思うと優奈は、悠斗が答える前に今話したことを最初から掻い摘んだダイジェスト版にして説明した。優奈の話は保育士としての仕事の話だった。

最近、殊更に二人の間の話題に仕事の話は多くなった。付き合い始めた当初、悠斗は仕事の話しを避けるようにしている節があった。しかし、それは技術漏洩を防ぐため会社が秘密保持義務を社員に課しているためだと教えてくれた。悠斗は自分と違ってかなり窮屈なところで働いているんだなと感心したものだったが、その後時間が経つにつれ徐々に仕事の話をしてくれるようになった。本人が言うには、仕事への理解が進むにつれ話せることと話せないことの線引きができるようになったらしいが、それでも悠斗の仕事の話は優奈にとっては専門用語のオンパレードでチンプンカンプンだった。

しかも悠斗の仕事の悩みは技術的な問題ばかりで優奈にはほとんどアドバイスできないが、逆に優奈の悩みは人間関係が中心となるので、感情的になっている優奈に悠斗の冷静なアドバイスは時々とても頼りになるのだった。

以前、悠斗に職場での人間関係とかで悩むことは無いのかと聞いたときに、悠斗はそんなもんで悩んでいる暇は無い!とあっさり返された。あまりに簡単に返したので逆に優奈はそういう問題に気を使わなくて大丈夫なのか心配したものだった。しかし弟の翔太が言うには悠斗は仕事での信頼が厚く社内で悠斗のことを悪く言う人はそれほどいないそうだ。それどころか、悠斗は今、社内で一番若い係長らしい。弟の翔太は一昨年春から悠斗と同じ株式会社ドミーの東三河工場で働いている。そうであるならば姉としては自分の彼氏よりも弟のことの方が遥かに心配ではあるが、本人はあまり気にしていない。

話を戻すが、そんな悠斗が何か悩み事を抱えている。しかも今回はどうも技術的な問題では無さそうな感じがする。

「で、悠斗は?」

ダイジェストをさっさと終わらせると悠斗が口を挟む前に悠斗に話を振った。おそらく悠斗はさっき話を聞いていなかった後ろめたさから、今のダイジェストについて何らかの感想やアドバイスを入れるつもりだろうが、それは後でいい。先に悠斗の話が聞きたかった。


                   三

「で、悠斗は?」

次はあなたの番だから、とばかりに話を進める優奈に対して不思議に思った悠斗は

「優奈の話は聞くだけでいいの?」

と、感じた疑問をそのまま聞いてみた。さっき話を聞いていないと怒った優奈は、あまりにもザックリとしたあらすじだけで話を終えてしまったからだ。何か拍子抜けしてしまった感がある。しかし優奈からは意外な答えが返ってきた。

「いいの!悠斗の方が話すことがいっぱいあるんじゃない?」

じゃあ何でさっき怒ったんだろう?と不思議に思ったが、朝から『心ここに在らず』状態が続いている悠斗に対して『イッチョウ相談に乗ってやろう!』という優奈からの心遣いだと考えなおした。優奈の顔を見ると既に臨戦態勢に入っているのがありありとわかる。こうなると、納得するまで優奈は引き下がらないだろう。悠斗は優奈に隠していることのうちの一方を話すことにした。こちらは遅かれ早かれ話すことになると思っていたので、早いうちに告白した方がいい。

「鷹山聡って知ってる?」

悠斗が告白したのは一昨日会ったエンドー達のことではなかった。

「鷹山聡ってあの政治家の?」

「うん、まあ、政治家って言うか大阪府知事の。」

「知ってるけど。何で?」

優奈が鷹山を知っていてよかった。ここから説明するのは相当骨が折れるからだ。

「その鷹山府知事が次回の国会議員の選挙を見据えて立候補する候補を育成しようとしているのは知ってる?」

「鷹山政治塾だっけ?知ってるよ。よくテレビや新聞に出てるよね。」

説明が簡単になるだとか、そういう意味ではなく、思ったより優奈が詳しかったので悠斗は少しうれしかった。

「優奈が新聞読んでるの?はじめて知った。」

「馬鹿にしてるの?」

優奈は少し眉を吊り上げて悠斗に迫った。

「ごめん、新聞読んでる優奈のイメージわかなくって。」

「ひっどい!こう見えても毎日読んでるわよ。」

意外な事実に悠斗は面食らった。

「え?いつから?」

「去年くらいかな?ほら、悠斗ばっかり知識をひけらかすのも癪じゃない?私も少し常識を頭に入れようと思って。」

別にいつも知識をひけらかしてるんじゃない。優奈が知らなすぎるんだろう。と思ったがそれは口にしなかった。優奈なりのジョークだと分かっていたからだ。

「そこまで分かってるなら話は早い。実は一つ優奈に謝らなければいけないことがあるんだ。」

悠斗は優奈の目をじっくり見ながら言った。ここは誤魔化しながら言うところではない。

「実は俺、その鷹山政治塾に通ってるんだ。」

しかし優奈の反応は意外にも淡泊だった。

「へぇ、すごいじゃない。あれって誰でも入れるの?」

「いや、一応書類審査とかあったんだけだけど・・・」

「じゃあ、それ通ったんだね。って言うか、いつからやってるの?」

「始まったのは二カ月前だけど、選考とかはその半年前くらいからかな、俺はギリギリの応募だったから昨年の暮れくらいに履歴書を出したと思う。」

「ああ、去年の年末は私が忙しかったもんね。」

昨年の十二月、優奈は同窓会と、友人の結婚式の二次会、二つの幹事の仕事を器用にこなしていた。おかげさまでと言うわけではないが、自由な時間が多かった悠斗は鷹山政治塾の存在を知ったことになるのだが、なかなか会う機会もなく、また、悠斗自身選考を通ると思っていなかったため応募したことを話しそびれていたのだ。

 ただ、それなら別に選考を通った段階で言えばいいのだが、今日まで悠斗はこのことを話さないでいた。絶対怒る!と思っていたからだが、優奈にその気は全く無いようだ。

「で、今悠斗が悩んでいるのは私にそれを話しそびれたことだけ?」

優奈の質問は鋭いと言えば鋭いのだが、その質問についてはイエスである。悠斗が話さなければならないと悩んでいたのはこの案件だけである。もう一つの案件は話すつもりが無いからだ。それは、彼らとの約束でもあり、悠斗は恋人だろうと家族だろうと話すつもりは無かった。

 ただし、今の質問が『朝から考え事をしていたのは私にそれを話しそびれたこと?』だった場合、悠斗はどう答えればいいのだろう。そうでなくてよかったとも思う。

「そうだよ、ごめんな、黙ってて。」

「別に、そんなこといちいち謝らなくても・・・・!・・ちょっと待った!!ってことは悠斗も政治家になるの?」

ここにきて事の重大さに気付いた優奈は無意識に声が大きくなった。周りのテーブルの視線が一気に二人に集中される。その視線を受けて優奈は少し顔が赤くなってコーヒーを一口飲んだ後

「ごめん。」

小声で悠斗に謝った。

「政治家にはならない。」

悠斗も小声で返した。

「政治塾に参加している人全員が国会議員を目指してるわけじゃないから。」

それは本音だった。ただ今の段階で悠斗が議員になろうと希望しても、なれないというのが現実だ。選挙を戦う資金が無い、地盤も無い。かろうじて後援に大阪改新会が付いたとしてもそれだけでは勝てないだろうし、その大阪改新会自体、今の悠斗を候補には立てないだろう。鷹山ら大阪改新会は政治塾の受講者に対し少しずつ面談の機会を持っているが、悠斗はその時に立候補する意思がない旨伝えるつもりだ。

「なんだ、やらないんだ。」

しかし優奈からは予想外の返答が返ってきた。どういうことなのか分かっているのだろうか。

「私、悠斗が総理大臣になるなら悪くないような気がするの。」

「ははは、勘弁してよ。」

「でも、政治家にならないなら、何をそんなに悩むことがあるの?私に黙っていたことがそんなに後ろめたかった?」

それは事実だった。確かに悠斗は後ろめたさからこのことを黙っていたが、今となってはどうでもよくなっていた。それに、優奈は全く怒っていない。

「そうだね、俺、政治塾に出席するために結構有給使ってるし。ま、翔太にも口止めしてたんだけど。」

「何それ!グルだったわけ。」

「そう。でも有給を取ったことだけ口止めを頼んだだけで、休みの理由は話していない。でも優奈が全然怒らないんだったらもっと早く話すべきだったな。翔太を巻き込む必要も無かったし。」

「でもなんで私が怒ると思ったの?」

しまった、藪蛇だったか!と思ったが当たり障りのない答え方に努めることにした。

「なんとなく・・・」


コーヒーショップを出ると雨はいつの間にか上がっていた。

今日一日歩き疲れたのか帰りの車の中では二人ともあまりしゃべらなかった。悠斗が優奈の家まで車で送って行く間は優奈が準備した二人組バンド『ろっぷシングルじゃむ』のCDの曲が淡々と流れていた。

 帰り際、優奈が悠斗の顔の前にズイっと自分の顔を出し悠斗の眼を見た。

「悠斗はまだ何か隠してるような気がする。」

と言って悠斗が固まったのを見ると、

「何を隠してるのか知らないけど、一つだけ約束して。この先、悠斗は私が怒っても、私とけんかすることになっても、絶対自分が正しいと思ったことをやって。絶対自分が決めたことをやって!」

そう言い残すと、そのまま悠斗にキスをして車を降りた。

悠斗はしばらく優奈が家に入って行くのを見送ることになった。結局まだ言えないことがあるのを見透かされていたようだ。しかし悠斗は何だか背中を押されたような気がした。しかし、この反面もやもやと黒いものが胸の中に蓄積されているのを感じた。

『その結果、俺達が別れることになっても・・・か?』悠斗は心の中で呟いた。


                   四

強い雨粒がフロントガラスに容赦なく体当たりしている。少し進み気味の悠斗の車の時計は十九時をまわったところだ。悠斗は仕事帰りに名古屋まで足を延ばすことにした。エンドー達のことがずっと気になっていた。悠斗自身で原発や電力会社のことを調べるうちに彼らのやろうとしていることをただの犯罪と片付けるのではなく、そこに正当性を感じるようになっていた。自分が彼らの仲間になるか否かは結論を付けることができなかったが、もう一度話がしたい。そう思うようになっていた。既に優奈と名古屋臨海水族館に行った日から数えると既に四日が経っていた。優奈に『自分の正しいと思ったことをやれ』と言われたこともあって、すぐに行動を起こすつもりだったのだが、そこは悠斗も仕事を持つ身である。

そもそも悠斗は先週の金曜日に有給休暇を取って鷹山政治塾に参加していた。土日明けに出社すると、『高宮君ちょっと・・・』と課長に呼び止められた。休みの間に工場で起きた問題の火消しに役に抜擢されたのだ。実にこの案件の解決に二日を要した。

悠斗は液晶テレビの制御に係るTFT(薄膜トランジスタ)の開発チームに所属しているが、設計そのものをしているわけではなく、設計された新製品をうまく生産ラインに乗せることが専らの職務である。従って工場で新製品ラインに何か問題が生じれば現場のラインの技術者だけでなく悠斗のチームも協力して対処にあたる。よって工場の技術者や現場作業者とうまく連携を取りながら問題を解決していくのだが、悠斗の5W1Hのしっかりとした業務の進め方は、判断一つのスピードで数千万円の損得の差になる工場の側の人間には高い評価を得ている。そのことは工場側の協力が得やすいというメリットを持ち、TFTについて全くの素人だった悠斗がこの若さで係長まで異例の速さで昇進できるだけの実績を作ることに大いに役立った。しかしその半面、何か問題が生じれば真っ先に泣きつかれるというデメリットもある。

正直なところ今回工場で生じた問題は、悠斗が導入に担当した新製品でもラインでもなかった。しかし、事態が長引くことによる損失を恐れた工場側が開発チームの悠斗の上司に依頼し、悠斗がその問題の緊急対策会議への出席を命じられることになった。会議は午前九時からであったが、それまでの時間で状況把握をするとともに、今週一週間の自分の計画を新たに調整することとなった。もともと悠斗の計画は毎日定時で業務が終わるように組むことにしているのだが、定時で帰れる日はそのうちの半分以下であった。それでも社員の中では断トツで残業時間が少ないのである。この週の水曜には絶対に外せない新製品の進捗にかかわる大きな会議があり、月、火曜はその報告資料を完成させる予定でいたが、緊急に入った案件により残業の方に組み込まれた。

今回起きた問題については、悠斗本人が現場で問題の対応をするわけではないが、対策会議に招集される対策チームの首脳に、現場の信頼を得ている人間が一人いるのといないのでは進捗に大きく差が出る。悠斗が会議の出席を命令されるということは、対策チームの首脳として指示系統の円滑化を図るということでもある。現場の人間と年齢が近いということも、こういった事態に優先的に悠斗が選ばれる所以であろう。

結局、緊急対策会議で今後の対応の方針を決めた後、ある程度問題が解決するまで対策手段一つ一つの進捗管理にかかわることになった。その間、小さな隙間時間を水曜の会議資料作成にあてたが、その程度の時間で資料は完成するわけ無く、修正した予定どおり、残業時間で対応することになった。

とりあえず手に抱えている案件に片が付き、定時に仕事を上がれるようになったのは木曜日になっていた。


とりあえず、先週の金曜日に偶然見つけた隠れ家に向かったが、そこに普段から人が住んでいるかどうかは不明である。シーファの連絡先として携帯番号は聞いていたが、何となく事前にアポイントメントを取る気にはなれなかった。とりあえず行ってみて誰もいなかった場合に携帯で連絡を取ろうと思った。

御器所のマンションに到着すると、前の道路に路駐をしてマンション一階のオートロック扉の前で814号室のインターホンを押してみた。暫く待ってみたが、扉が開く気配は無い。誰もいないのかと思い、車の方に引き返そうとした時、エンドーがエレベーターを降りてくるのが見えた。エンドーがこちらに歩いてくるとオートロックのガラス扉が開いた。当然のことながら内側からは自動ドアになっている。

「済まないけど、今すぐには君を部屋に入れれないんだ。」

エンドーは悠斗を見ると、オートロックを開けずに自分が降りてきた理由を説明した。

「また、作戦会議中?」

「いや、もっとくだらない理由さ。」

どんな理由だろうと気になったが、部屋でなくても話はできる。

「いいよ!別にコーヒーが飲みたくてここに寄ったわけじゃない。」

「わざわざ来てもらったのに悪いが、自分も少し用事があってね、あ、もしかしてオスカー、車で来たかい?」

エンドーは悠斗を『オスカー』と呼ぶことにしているようだ。

「ああ、停めるところに困ってそこに置いてある。」

「ちょうどいい。もしよかったら名古屋駅まで乗せてくれないか?人を迎えに行かなくてはならないんだ。それに、もし話があるなら車の中で聞こう。」

「別にいいけど。車もここに置いといて駐禁捕られるよりはよっぽどいい。お仲間かい?」

車のキーのボタンを押してロックを解除すると悠斗は運転席に乗り込んだ。

「ああ、そうだ。オスカーには初対面だけど重要な仲間だ。それから料金駐車場なら裏にある、帰りに教えよう。じゃ宜しく頼む。」

そう言うと、エンドーも助手席に乗った。

悠斗が運転するタケシマのシャヴィは一昔前に流行った4ドアの5人乗りのスポーティなワゴンタイプの車である。5人乗りといっても後部座席に人を乗せるためには少し荷物を整理する必要がある。

「何人乗るんだ?」

「二人、一人は二歳の子供だ。」

たまたま悠斗の車の後部座席にはチャイルドシートが載せてあった。従兄の親子と先月遊園地に行った時に従兄からスペア用の一脚を借りたまま返さず仕舞いになっていたのだが、偶然とはいえ意外なところで役に立つものだ。

「で、用件を聞こうか。仲間になるなら俺達はいつでも歓迎だ。」

エンドーの方から話を切り出した。

「正直なところ、その申し出は少し迷っている。」

悠斗は素直に答えた。

「俺なりにいろいろ調べてみた。何となく、あなた達がやろうとしていることの意義はわかったつもりだ。でも、もしあんた達が本当に原発を止めてしまったとして、大丈夫なのか?供給は間に合うのか?」

そこの明確な数字こそが、悠斗が自分で調べきれなかったことである。

「世の中の報道では原発を全部止めてしまうと近畿電力管内では電力供給が間に合わない。と、どの報道を見てもそうなっている。しかし、実際の電力供給のキャパは全く問題ない。ただ、その件に関しては我々の持っているデータをそのまま見せてもいいが、信用できないだろう、自分の目で確かめた方がいいんじゃないのか?」

「そんなことできるのか?」

「何とも言えないが、おそらく可能だ。来週の水曜日に休みが取れるか?」

「来週の水曜、難しいとは思うが・・・鳥インフルエンザにでもなるか・・・その日にわかるのか?」

「おそらく。確実ではないが。詳しいことは後で説明する。あ、それと必要なら診断書は出せる。ペーターは医者だ。」

「それは頼もしい。」

自分で言い出したジョークだったが、もし本当に診断書に鳥インフルエンザなんて書かれた日には一大事になって逆にここには来れないだろう。

シャヴィは名古屋駅の東口付近まで来ていた。悠斗はそのまま東口前の道に車を止めると、エンドーは待ち合わせの相手に迎えの車の位置を説明するため携帯を取り出してコールした。

近くで待っていたのか、待ち合わせの相手はすぐに現れた。二歳の子供と来るだけあって、相手は女だった。悠斗よりもう少し歳上だろうか。悠斗はシーファも美人だと思っていたが、目の前に現れた女はシーファとは全くタイプの違う、円熟した魅力を感じるかなりの美人である。少し前に流行った『美魔女』とでも言うのか、または将来的にその『美魔女』になるのかその辺りのことに疎い悠斗には詳しいことはわからないが、その形容の使い方は間違ってないと思う。

車の中を覗き込んでエンドーの姿を見かけると安心したように微笑んだ。悠斗はあわてて運転席から後部座席の荷物を後ろに投げ込んだ。ワゴンタイプの車はこういう時に便利である。エンドーがウィンドウを開けて後ろに乗るように合図した。後部座席を開けた女は、

「すごい、チャイルドシートまである!」

と喜んだようだった。悠斗は少しはずかしくなった。エンドーが二歳の子と言った小さな女の子は眠いのか、とてもおとなしくチャイルドシートに乗せられていた。

車が出発するとエンドーは初対面の二人をそれぞれ名前だけ紹介した。彼女はジャンヌと呼ばれているようだ。悠斗のことはオスカーで通した。

「で、行先は御器所でいいのか?」

悠斗の質問にエンドーは不思議そうな顔をして答えた。

「他に寄るところがあるのならば寄ってもらって構わないが・・・」

「いや、さっきは入れないって」

「あ!そのことか、咲希はもう・・・恐らく問題ないだろう。」

「彼女に何かあったのか?」

「いや、それが俺もよくわからないんだが、化粧をしてないのがどうも・・・」

「そんなこと気にしないのにな。」

二人のやり取りを聞いていたジャンヌは『全く!』といった様子で首を二度横に振ったが前に座っている二人には見えなかった。


御器所についた4人はエンドーの誘導でコインパーキングに車を停めると、エンドーのマンションに向かった。

814号室に入ると無事に化粧をし終えたシーファが4人を紅茶を入れて迎えてくれた。特にジャンヌの娘を見つけると

「美空ちゃーん、いらっしゃい。いい子にしてたかなー。」

と悠斗が見たことのない笑顔で抱きしめた。

いエンドーは中にさっさと入ると、テレビの下にあるHDレコーダーの電源を入れた後

「何か食べるかい?大したものは無いが・・・確か・・・焼うどんでいいか?」

と冷蔵庫の中を調べながら二人に問いかけた。そういえば会社を出てからそのまま来たため、悠斗は夕御飯を何も食べていない。思い出したように空腹感が存在を主張してきた。時計はすでに午後8時半を回っていた。

「ほしい。」

悠斗よりも前にジャンヌが答えた。

エンドーはフライパンを手に焼きうどんを作り始めた。シーファは美空ちゃんが眠そうにしているのがわかると隣室に布団の用意をして寝かしつけにいった。

「お母さんじゃなくても寝れるんだね。」

悠斗はダイニングキッチンに残ったジャンヌに聞いた。

「そうなの。仕事の関係でね、毎日が私が寝かしつけれるわけじゃないから、そういうところ慣れちゃったみたい。でも誰でもいいわけじゃないんだけど、彼女なかなか上手なのよ。もう、ここに来た時はシーファ様々だわ。」

仕事って何だろう?と、不思議に思ったが聞かないことにした。そうこうしているうちに焼きうどんのいい香りが辺りに漂い始めた。

「はい、お待たせ。」

エンドーが二人分の焼うどんを皿に盛りつけて二人に持ってくると、HDレコーダーの録画リストから録画データをひとつ選び出して再生した。二人とも相当空腹だったのだろう、無言で食べていた。再生されたデータをいくらかコマ送りしながらエンドーが悠斗に話しかけた。

「さっき言ってた件だけど、ちょっとこれを見てくれないか?」

そう言われて、画面を見ると、再生されたのは夕方の報道番組だった。さっきの件とはおそらく来週水曜の件だろう。しかしこの報道番組と関係があるのだろうか。

『続いての特集は、首相官邸前で毎週行われている反原発デモについてです。』

はじまった。毎週金曜日に首相官邸前で反原発デモの集会が開催されているのは悠斗も知っていた。しかし、そのことと今度の水曜日の関係がつながらない。何をしようというのだろうか、少なくとも首相官邸に水曜に行ったところで何もないだろう。するとエンドーはまたコマ送りを始めた。いくらか進めた後、突然一時停止操作をした。

そこには何人かのデモに集まった人たちが映し出されていた。すると、エンドーはその中から一人のプラカードを掲げた人間を『こいつだ。』と指さして示した。今時のサングラスと麦藁帽でを被った女がそこにはいた。その人間の手作りのプラカードには『今すぐ大島を止めろ!』と書かれている。

「おかしいと思わないか?先日オスカーには話したが大島原発が動いていることはトップシークレット中のトップシークレットだ。我々もこの情報を得るのには、ジンとリーにそれなりに危ない橋を渡ってもらったんだが・・・彼女はそのことを知っているみたいだ。」

「そいつは本当に知っているのか?これは、『今すぐ大島原発の再稼働を止めろ』って意味じゃないのか?」

するとエンドーは映っている録画データを停止し、他の録画データを再生した。また、今回もどこかの報道番組だった。そしていくらかコマ送りをするとまた、例の彼女が現れた。

今度もプラカードを持っている。プラカードには『大飯町に近電から新たに32億円の融資!町議会の決定を覆す』と書かれていた。今度反応したのはジャンヌの方だった。

「なに、この娘!何で知ってるの。これって私が今日持ってきた最新のネタよ。」

ネタ?どういうことだろう。悠斗には録画画像の彼女とそしてジャンヌに対する疑問が広がっていく。

「この報道は先週の金曜日のデモの映像だ。ジャンヌがこのネタをいつ手に入れたか知らないが、彼は先週の段階ですでに知っていることになる。」

エンドーとジャンヌのやりとりに悠斗はおいていかれ気味だった。

「どういうこと?最新のネタって?この板に書かれていることは事実なのか?」

「ああ、すまないね、ジャンヌは普段、東京のある高級クラブに務めながら情報を探っている。その高級クラブは政府の御偉方、政治家、企業の重役にも人気でね。」

「そう、みんな私にゾッコンなの。だから結構いろんなことを教えてもらえちゃうのよ。」

なるほど、そういう仕事ならさっき言っていた娘のこととも辻褄が合う。

「それで役人から『これ』を聞いた、ってことですか。」

悠斗はテレビ画面のプラカードを指しながらジャンヌに聞いた

「そうなの、最新のネタだったのに、まさかもうみんな知っているなんてショックだわ。でも、今日来たのはそれだけじゃないのよ。」

「とりあえず、話を戻すぞ。この彼女が掲げているプラカードの内容は確かだと思っていいわけだな。」

「それは、保障するわ。」

「よし、ここからが来週の水曜日の話だ。」

水曜日、さっきエンドーが言っていたことだが、悠斗には全くこの金曜のデモの彼女との関連が見えてこなかった。

「まず、来週の水曜日に日本の各電力会社の株主総会が開催される。」

それは初耳だった、しかしそれを聞いて悠斗にもこの彼との関係が見えてきた気がした。

「各電力会社の株主総会の会場の前、特に関東電力と近畿電力の会場の前だけど、で、大規模なデモが開催される。関東電力は電気料金の値上げに対するデモ、近畿電力は原発再開に反対するデモなんだけど。」

「そこで彼女を見つけるのか?」

「そう、彼女と接触を試みる。我々は彼女の情報源を知りたい。」

「それを俺に協力しろと?」

「そう、うまくいけば君も知りたがっていた電力供給のキャパについて、我々とは出所が違うデータを得られるだろう。我々の持っているデータは後で見せるが、それと見比べることもできる。悪い話じゃないだろう。」

確かにエンドーの言う通りだ。悠斗はそのことが知りたくて今日ここに来たといっても過言ではない。少なくとも誰も知りえない事実を知っている以上、彼女が何らかのデータを持っている可能性はある。

「で、彼女はどっちに来るかわかるのか?」

「わからない。地理的なことを考えればおそらく関電(関東電力)だと思うが、近電(近畿電力)かもしれない。いずれにしろ、我々はその日チームを分ける。君は近電の方に参加してほしいんだが。」

「どうやって探すんだ?このイタいファッションのおかげで対象が不明じゃないのか?それともどこかに素顔の画像があるのか?」

「それが無い。ただ、彼女の変装は今までこのサングラスと麦藁帽の一パターンしかないようだ。このイタいファッションを探すか、最悪おかしなことを書いてあるプラカードを探すことになるな。」

「全く違う格好をしないことを祈るよ。」

「で、私はどうすればいいの?」

お二人さんの話は終わったのね。と、ばかりにジャンヌが割って入った。

「そこなんだ。その日に動けるのは俺、咲希、リュビィ、ジャンヌ、レナそしてオスカーの六人。東京に住んでいるレナとジャンヌには悪いんだが、どちらかに大阪に行ってもらいたいんだ。」

「いいわよ、別に。どうせ、その後ミーティングでここに来るんでしょ、東京でも大阪でも一緒じゃない。」

「飽く迄、彼女が承諾すればだが。頼めると助かる。そうすると、レナとリュビィと俺は関電の方、咲希とジャンヌとオスカーは近電の方でいいかい?」

「了解!」

ジャンヌは楽しそうにブイサインを出して答えた。

「わかったけど、でも何でわざわざ株主総会なんだ。別に金曜の首相官邸前に来るならそこで探した方が早いんじゃないか?」

悠斗は納得できないことを一つ質問した。

「そう思って二、三週探してみたんだが、どうも毎週来るわけではないらしい。先週はここでミーティングしていたから行けなかったが、これを見る限り先週行っておけばよかったと後悔しているよ。」

画像を見ながらエンドーは説明した。確かに、先週ここに悠斗が来たとき、みんな集まっていた。

「で、株主総会には来る可能性が高い、と。でも他は?八幡電力や東海電力は?」

「現状を考えると関東電力か近畿電力の可能性が高いと思うよ。もし違ったとしても、その時は仕方ない。また官邸前で探すさ。」

「それだと、俺は彼女のデータは見えないな。」

悠斗は今回の件、完全に巻き込まれたことに気づいたが、あえて何も言わないことにした。と、言うより不平を言う前に作戦に充て込められてしまった。まあ、ギブアンドテイクと言えないこともない。

「言っとくけど、俺はまだ仲間になると決めたわけじゃないからな。」

と、一応念を押しておいた。

それにはジャンヌが『どういうこと?』という顔をしたので、エンドーと二人で悠斗の状況と先週の経緯を一から説明することになった。

しばらくしてシーファ(咲希)がダイニングに戻ってきた。美空ちゃんが寝たのだろう。

シーファは株主総会の件を話すと『しょうがない』といった感じに大阪行きに同意した。

「今回は回数券で行くのかしら?」

と少し意地悪く聞いてきた。まだ何か怒っているのだろうか?

「準備しておくよ。」

簡単に受け流しておくことにした。


エンドーの見せてくれた電力供給のデータはレナが持ってきたものだった。その中から各電力会社の原発稼働のある場合と無い場合での供給能力と、過去十年の電力供給実績が出されたものを見つけた。

「これは、密かに動いている原発が換算されているってことは無いんだよな?」

「当然だ、密かに動いている大島原発はまだ、発電供給の段階まで入っていないからな。」

完全に原発の無い状態でのこれらの資料を見る限りでは電力供給に問題はない、近電管内においては夏場の消費ピーク時に不足が生じるとの報道があったが、火力がきちんと動いていれば全く問題ない。

「全然問題ない、と言うか、これ去年から大きく変わってこの状態なのか?」

悠斗にはちょっとした疑問が生じた。

「どういうこと?」

質問の意味を理解できなかったシーファが悠斗に聞き返す。悠斗は関電の供給能力を指しながら質問の意図を説明した。

「ここ、去年と同じ状態なら、去年やってた計画停電は何のためにやったんだ?やる必要が無いじゃないか。」

昨年の夏、原発事故により関東電力管内で発生した電力不足を補うために、関電管区内では管区内をいくつかのブロックに分けてブロックごとに時間を振って計画的に、停電にすることで電力の需要を抑えるという、いわゆる『計画停電』が関電管内で実施されていた。

「ああ、あれはただの関電による刷り込みを目的としたパフォーマンスだ。」

「刷り込み?」

「要するに『このまま原発を稼働させないと、日本は電力供給が間に合いませんよ。』ということを日本人の意識下に植え込むために関電と政府が結託して実施したものだ。実際の電力は何の問題もなく供給できたんだ。」

悠斗は一瞬、今の説明に耳を疑った。

「ちょっと待てよ、冗談じゃないぞ!そのためにいくつもの企業が損害を被ったんだぞ。」

急に怒りが湧きだす。当然である、悠斗も昨年の計画停電により自分働く工場のラインの部材の遅れや材料の不足により、あわただしく対処に走り回った記憶がある。そもそも、関電の管内に無い愛知県の工場ですら、その損害を集計するとざっと数億円を数える。それどころか、東海電力管内でも会社の休日を土、日から木、金や水、木等とずらして電力消費を抑えることに協力していたのである。それらの苦労は別に必要がないものだと言われたようなものだ。

「だから、なし崩し的に有耶無耶になっていっただろう。」

言われてみると、確かに最初の頃は計画的に停電が実施されていたが、ブロックごとの不公平な割り振りに騎乗が相次ぐと、突然計画していた時間に供給ができるようになったり、計画自体が見直されたりとする回数が増えてきて、何となく有耶無耶になっていった感がある。せめてもの救いは『来月からは計画停電はありません』ときちんと終了宣言したことぐらいだろうか。それも、そのころには計画停電はあまり話題となっていなかったが。

信じられない!と、言った表情の悠斗だが、ほかの三人は涼しい顔である。

「今年は原発を再開しないと近電管内で計画停電は確実だって話よ。まあ、再開のための脅しね。動かすことが正式に決まったみたいだし。」

ジャンヌは政府の要人から得られた情報を披露した。

「おいおい、まだ正式発表は再来週だぞ。それに決定権は総理大臣じゃなかったか?」

「そんなわけないじゃない。すべて『筋書き』があってもう決定事項なのよ。」

悠斗を前にジャンヌとエンドーはわざとらしくやり取りした。ジャンヌもオスカーを仲間に引き込みたいようだ。


                   五

「ちゃんと覚えてる?」

突然の質問に悠斗は顔を顰めながら恍けた。

「あのイタいファッションをか?写真か何か持ってきたんだろ?」

「はぁ?ありえない。テレビ画面を写真に撮るわけ?そんなことするわけないじゃない。あんたまさか覚えてないの?」

「当たり前だろ。俺が見たのは一週間前だぞ!。」

新幹線のぞみの車両で悠斗とシーファは隣同士並んでいた。さっきまではお互いに無言だった、今のやりとりが初めて交わした会話かもしれない。

「何でわたしはこんな役立たずと組まなきゃいけないの!何のために来たのか説明してほしいわ。」

投げやりな感じで言い捨てるシーファに悠斗はしてやったりの顔で、手に持った紙を見せながら言った。

「この女を探すために行くんだぞ。まさか知らないのか?」

紙には例の彼女のサングラスと麦藁帽を装備した顔がはっきり映った写真が印刷されていた。インターネットニュースの画像だ。横に〝原発はいらない〟と題された記事が載っている。悠斗はこの写真の記事を偶然見つけて印刷してきたのだった。

しかし、それを見たシーファは相当頭に来たらしく、その後は一切口をきかなかった。

新大阪の駅でジャンヌと合流して三人となった一行は、株主総会の開始一時間半前に会場に到着した。近畿電力の株主総会は大阪芸術文化センターで行われる。始まるのは午前十時からだったが、開始の一時間前にはすでに会場は近電関係者や株主総会の参加者やである一般株主や総会屋、反原発デモ参加者、各種報道機関の関係者らでにぎやかになっていた。株主総会の参加者の中には、あの高山府知事を始め大阪改新会のメンバーやその他、著名な株主も含まれる。会場の中は中で一つの戦いが開催されるのだ。さすがに今回ばかりは総会屋もやりにくいだろう。ここにいる報道陣もほとんどは総会の中のバトルの方が目的だろう。悠斗とシーファはなるべく報道カメラに映らないように移動した。政治塾のメンバーがこういったデモに参加しているのをテレビカメラに映ってしまうと、仮にそれを政治塾関係者が見てバレてしまったときに面倒くさいことになると思ったからだ。

捜索方法を相談した結果、シーファは会場の前に位置し全体の見渡せる歩道橋から双眼鏡で探し、悠斗とジャンヌは反原発デモ参加者の一員として潜り込むことにした。内部から探すことがターゲットを見つけやすいと踏んだからだ。

実際にデモに潜り込んでみて思ったのだが、人の数が多く、この中からターゲットを探すのはなかなか骨が折れる。しかも参加者の何人かはボードやプラカードを持参しており顔が隠れてしまう。顔の見える角度まで移動してサングラスと麦藁帽を確認するのだが、わざわざじろじろ顔を見に行くのも変な印象を与える。相手に気付かれないように、チラリとそれとなく見るために悠斗もジャンヌも苦労した。

一番デモが盛り上がるのは株主総会が開始する前と終わった直後だろうと思っていたが、株主総会が行われている間も会場前の人だかりは休むことなく訴えを叫び続けている。


悠斗もジャンヌもそれぞれ手分けして探していたが、ターゲットはいっこうに現れない。

時々、三人は携帯で連絡を取り合って確認したが誰も見つけることは出来ていないようだ。無理もない、参加者の数は軽く五千人は超えているだろう。ただ時間だけが刻々と過ぎていく。

同日に行われた関東電力の株主総会へ行った東京組の方も見つかっていないという連絡を受けた。今日は来ないのだろうか?そんなはずはない。エンドーも言っていたが、悠斗もこのような一大イベントに現れないわけがないと思う。どこかにいるはずだ。悠斗はすでに走りながら参加者の面々を確認してまわった。ジャンヌとも数回すれ違った。しかし、すれ違う時にはお互い首を横に振っていた。株主総会も開始からすでに四時間が経っていた。

おかしい、悠斗は会場近くを隅々まで見回っているはずである。デモの参加者もすでに始めてみる顔は大分少なくなっている。ジャンヌにも数回会っている。わかりやすいサングラスや麦藁帽の彼女にだけ会わないといったことは無い筈だ。やっぱり東京の方だったか。当初、東京組みとは見つけたら連絡をすることになっていたが、お互いなかなか見つからないので、頻繁に東京組と連絡を取り合うようになっていた。しかし向こうからも見つかったという連絡は来ない。

もし来ているとしたら彼女は出てこずにどこかに潜んでいるとしか考えられない。しかし、何故?何か隠れる理由があるのだろうか?そう考えると、悠斗は少し足を止めて考えてみた。命を狙われているとか・・・それは薄いか?そもそも命を狙われている人間が何度もテレビに映る危険性のあるデモには参加しないはず・・・いや、まてよ、イタいファッションは少し前、自分が・・・それでサングラス?麦藁帽!・・・・・・そうか!そういうことか。

 悠斗は急いで東京組みのエンドーの携帯に連絡した。

「エンドー!テレビカメラだ!彼女の狙いはデモの参加じゃない。トップシークレットをメディアを通じて世間に晒すことだ。奴は報道陣のカメラの前に来る!」

同じ内容をシーファとジャンヌにも告げた。何故今まで気付かなかったのか不思議なくらい明快な答えだった。そもそも首相官邸前の反原発デモは大変お行儀のよいデモとしても有名だった。そんな中、嘘か本当か分らない、というかトップシークレットであるが故に嘘っぽい内容が表示されたプラカードを掲げた彼女のデモの参加は煙たがられるかもしれない。にもかかわらず、例の彼女は見事にテレビカメラに何度も映っていた。エンドーのHDレコーダーには少なくとも三回録画されていた。更に、よく考えれば悠斗もインターネットニュースの画像で彼女を見つけたのは偶然だと思っていたが、そうではなく、おそらく彼女の方から記事のカメラの前に映りに行ったのだろう。おそらく、彼女の目的はメディアを通じて原発推進派の秘密を公に晒すこと。取得ルートはよくわからないが、どこからか情報を手に打入れ、それをデモにまぎれてテレビカメラの前に曝け出していたのだ。そうであればサングラスと麦藁帽の説明もつく。彼女の自己主張ではなかったのだ。おそらく、デモ自体には参加せずどこかで期を伺い、メディア関係者が近付くとサングラスと麦藁帽を装着しその前に現れるのだろう。今日の悠斗のように報道カメラを避けるように動いていたら見つかるはずがない。

しかし、だとしたらサングラスと麦藁帽だけでは危険だ!

もう一度三人で集まって、作戦を練った。現在、芸術文化センターの外側にいる報道関係者はとても少ない。休憩中といったところか。狙うとすれば株主総会が終わって中にいた人間が出てきたときだ。何人かの報道陣は外にでてくる関係者だけでなく、デモの画を抑えに行くだろう。ターゲットが現れるのはそこしかないと考えられた。問題はさっきも言ったように悠斗とシーファがあまりカメラに映りたくない理由があることだが、そんなことは言ってられなかった。これ以上彼女をメディアに乗っけてはいけない。彼女のやっていることは非常に危険だ。

昔から電力会社と黒い噂は絶えない。十年前だが、新しく原発を作ろうとしている町に反原発を掲げた町長が誕生し、原発の撤退を進めたところ、暴力団関係者に射殺されてしまったという話もあるくらいだ。また、関電の福島原発でも暴力団関係者が危険な現場作業者を見つけてくるという構図がよく紹介されている。政府も警察もこの件については全くと言っていいほど動いていない。必要悪とみているのだろう。それにあのミネルヴァの一件もあるし、そもそも、今日ここに来ていた総会屋ですらまっとうな人間じゃない人も多いだろう。この手の話をいちいち挙げればきりがない。彼女もあまりメディアに対して目立った行動をとっていると危ない目に逢うことになる。今のうちに止めさせた方がいい。


計画の練り直しから、それぞれの持ち場にもどった頃、株主総会が閉会されたようだ。続々と中から人が出てくる。中でどんな戦いがあったかはここから知る由もないが、デモ参加者はここからもうひと山、とばかりににわかに活気づいてきた。

再度歩道橋に上ったシーファは報道関係の人たちの動向に注視している。悠斗は地上で会場から出てくる人波と、その様子を画に抑えようとする報道関係者の動向を監視していた。急にテレビカメラ、新聞記者のカメラが増えたため、ターゲットはどこに現れるかわからないが、おそらくデモの集団を撮りにきたカメラを抑えておいた方がいいだろう。

そんな中にわかに会場出口付近が騒がしくなった。鷹山府知事が会場から出てきたのだ。周りにいた報道陣が一斉に鷹山のもとに走っていく。デモ参加者と会場の間には柵で仕切られており、デモ参加者は中には入れない。よって、彼女も鷹山を狙ったカメラに入ることはできない。したがって、少なくなったデモの集団を撮りにきたカメラを狙うことになる。こちらとしても彼女を見つけやすくなった。

しかし、彼女を見つけやすくなったのは悠斗たちだけではなかった。


 突然、悠斗の携帯がバイブレートした。シーファからだった。

「入口と反対の通路!会場の柵の手前。プラカードと麦藁帽発見!テレビカメラに向かって行ってる。」

悠斗は近くにいたジャンヌを呼び止め、電話をしながら柵の方へ向った。

「今、ジャンヌと柵の方に向かっている。俺達の位置はわかるか?」

「ちょっと待って、あ、あぁ、あれね。わかったわ。」

「そのまま麦藁帽の方へ誘導してくれ。」

悠斗たちはシーファの誘導に従って、麦藁帽の方向へ急いだ。その時だった。

「・・・その角を曲がったところを10mくらいまっすぐ。あっ!ちょっと待って。彼女が誰かと話してる・・のかな?ん?何か絡まれてるみたい。」

「誰かって、どんな感じ?何人?」

「見えるのは三人。でも、まだいるかも。暗い感じのスーツ着ている人たち。」

まずい。すでに遅かったか。悠斗が恐れていた事態が起こった。奴らも今日を狙っていたということか。悠斗が言う『奴ら』とは、具体的に誰と決まっているわけではない。しいて言うなら電力関係の人間だ。しかし、ただの関係者ではない。要するに、その筋の人達ということである。

しかしこうなった以上、悩んでいる暇はない、彼女を助ける。とりあえず、ジャンヌをその場に連れて行かないほうがいい。

「俺は彼女をつかまえて逃げる。ジャンヌはシーファと合流して上から俺達の状況をちょっと見ててくれ。逃げ切れそうだったら、どこかで合流しよう。もし、俺達が捕まったら、迷わず警察に連絡してくれ。」

悠斗はジャンヌに言うと、携帯でシーファにも同様のことを頼んだ。

角を右に曲がるとデモ参加者に遠巻きに周りを囲まれている感じの、確かに黒っぽいスーツを着ている三人の男と麦藁帽が見えた。スーツの男が何か叫んでいる。彼らはテレビカメラに向かう麦藁帽を阻止するように立っているのだろう。シーファの言っていたテレビカメラはもともと遠かったのか、不穏な空気を読んでいなくなったのか知らないがその場にはいなかった。それにしても、悠斗は厳しい表情になった。ただでさえあの場から麦藁帽の女を連れて逃げるのは難しい。にも関わらず、周りにいる集団は逃げる時にかなり邪魔だ。何かいい手はないか考えながら悠斗は集団に近づいていった。

悠斗がその場所に近づくにつれスーツの男が叫んでいる内容がだんだん聞き取れるようになってきた。三人の男はいずれも二十代から三十代くらいだ。

「ねーちゃんよぅ!そんな根も葉もないことを、そんなもんに書き込んで触れまわったらあかんわな。」

関西弁の男は脅しをかけているみたいだったが、彼女は答えなかった。もうすでに周りを囲んでいるデモ参加者の先頭に悠斗はいた。念のため少し様子を見ることも考えたが、そうしているうちに野次馬が増えるのは避けたい。悠斗はすぐに行動に出ることにした。

「しらねーのか!これ、根も葉もないことじゃなくて事実だぞ。」

彼女の持っているプラカードを指しながらそう言うと悠斗はやくざ風の男たちに食ってかかった。

「おい、にーちゃん、おめぇ誰だよ!仲間か?」

と時代劇の一シーンのようなセリフと共に一人のスーツ男が悠斗に殴りかかってきた。悠斗は左手でパンチのコースをずらすと、そのままその手をつかみ左下に引いた。悠斗の左手に鈍い痛みが走ったが、今はそんなことをいっている場合ではない。男は自分のパンチの勢いと悠斗に引っ張られた勢いで悠斗の前に転がった。

「悪いな、そいつは俺の連れだ。お前もこんなとこで何やってんだよ、行くぞ!」

と言って。麦藁帽の彼女の手を取って輪の外に連れて行こうとした。しかし、奴らも簡単には逃がさないとばかりに、

「おいおい、何逃げよーとしとんねん!」

麦藁帽のもう片方の手を捕まえた。

 と、その時だった。手を捕まえた男が急にひっくり返った。彼女が柔道で言うところの『足払い』のようなものをかけたのだ。相手が女だと甘く見て不意を突かれた男は受け身を取れず、ひっくり返ってもんどりうっている。周りのヤジ馬達は突然のことに一瞬静まり返って、そのあと大きな歓声を上げた。一人残った男はぽかんと口をあけていた。

 今だ!

「走れ、ついてこい!」

悠斗はそう言うと、彼女の持っていたプラカードを取って走り出した。二人が走り出すと周りのヤジ馬をしていたデモ参加者がサッと道を開けてくれた。悠斗が転ばした男とぽかんと口をあけていた男は思い出したように悠斗と彼女を追ったが、また転ぶことになった。

野次馬の誰かが足を引っ掛けてくれたらしい。おかげで悠斗たちは大分距離を稼ぐことができた。邪魔だと思ったヤジ馬に助けられる格好となった。

それにしてもこの女は走るのも速い。悠斗より早いくらいだ。この分なら捕まることもないだろうと思った。

「このまま表通りまで走れ。」

と彼女に言った。表通りまで出たところで、悠斗はタクシーを見つけて彼女共々乗り込むと、梅田まで!と運転手に行き先を告げた。

「梅田のどこまで?」

運転手は聞き返したが、そんなことは悠斗には分らなかった。

「とりあえず今すぐ出してくれ!梅田近くならどこでもいい。」

と少し大声で運転手に詰め寄った。サイドミラーにはスーツ男達が二人、大通りまで出てきたところが映っていた。たぶんタクシーに乗ったところは見られていないが、ここでぐずぐずしていると見つかってしまうだろう。

タクシーが走り出すと悠斗は後ろを向いてスーツ男の姿を確認したが、追ってくる様子はなかった。とりあえず無事に逃げおおせたか。ほっと一息つくと悠斗は全身汗だくになっているのに気づいた。見ると、隣に乗ってる女も同様だった。

「ところで、会場に置いてきたものはあるか?」

悠斗は隣の女に聞いた。荷物を持ってきている暇はなかったとはいえ、彼女はプラカード以外手ぶらで乗り込んだのだ。

「リュック」

しばらくして彼女が答えた。が、声が女のものではない。悠斗は隣の女の顔をまじまじと見つめた。

「お前、男か。」

その質問に男だとわかった彼女は首を縦に振った。道理でやくざ者に何も答えないわけだ。それにあの柔道技や走るスピードも説明がつく。そうと分かっていれば、こんな必死に助けなくても何とかなったんじゃないかとも思う。彼も暑かったのだろう、サングラスと麦藁帽、そして女性ものの鬘をとった。現れたのは完全な男である。悠斗よりかなり若い。二十代前半といったところだろう。

「すみません。騙すつもりはなかったんですけど。さすがに素顔をさらすのはどうかと思って。」

タクシーの運転手は突然乗った客が女性から男性になったことで面喰っていたが、運転に支障は出さないようにしていた。

「なるほど、一応メディア対応はしていたわけか、でも、あのやり方はあまり賛同できないな!」

 今度は男が驚く番だった。

「知っていたんですか?僕のこと。」

「まぁ、『僕』だとは思っていなかったけどな。このプラカードはいろいろ注目を集めているみたいだぞ。さっきのヤクザもそうだろうな。」

タクシーの運転手は今度はヤクザという言葉に反応したが相変わらず運転に支障を出さないようにしている。

「で、どんなリュック?何所に置いてきたんだ?」

悠斗はシーファの携帯にコールしながら聞いた。

「黄色のIZUMOのリュックです。コンビニの前の自販の裏に置いてあります。」

「野ざらし?何が入っているんだ?」

「ボードを作るための道具と、書き込むフレーズの資料です。」

シーファにつながった。

「もしもし、今タクシーに乗ってるんだけど。」

「見てたわよ、まさかあんな所まで走って逃げるなんて、それにしても逃げ足速いわね。」

「奴らはまだこっちにを追ってる?」

「ううん、追ってないわよ。こっちに戻ってきたもの。彼女にやられた男は今やっと立ち上がったわ。」

「彼女ね。その彼女のリュックが、黄色のIZUMOのリュックなんだけど。会場の横にあるコンビニの前の自販の裏に置いてあるんだ。悪いけど持ってきてくれないか。梅田に向かってるから降りたら場所決めて連絡する。そこで落ち合おう。」

「わかったわ、彼女は一緒にいるのね。逃がさないでね。」

携帯を切ると、彼が悠斗に質問する番だった。

「あの、申し訳ありませんが、あなたはひょっとしてさっきの人達の仲間ですか?」

悠斗があのスーツ男と話をしていると思ったのだろうか?だとしたら彼は騙されたと思っているだろう。悠斗は誤解を解く必要がある。

「今話していたのは、俺の仲間だけど、さっきのスーツの奴らとは仲間ではないし、電力会社に雇われた総会屋やヤクザでもない。と言ってもそれは信じてくれと言うことしかできないけど。今、俺の仲間が君のリュックを持って合流場所まで来る。それまで、悪いけど待っててくれるか?」

また、タクシーの運転手がヤクザという言葉に反応した。

「それは、こちらとしても有り難いですが。どこで落ち合うのでしょう?僕はこの恰好ですが。」

「なるべく人目に付かない場所にしよう。着替えはリュックに入っているのか?」

「いえ、連れが持っています。連れもそこに呼んでもいいですか?」

「俺も、なるべく早くそうしてほしいな。」

「ちょっと人見知りする奴なんで、来てくれるといいんですが。」

「来ないとその格好のままか・・・ま、いいけど。」

「それは、僕もなるべく避けたいんで、念入りに説得します。」

「どこにいるんだ、その連れは。」

「今は、新大阪のホテルで待機しています。」

そう言いながら携帯をかけ始め、早速その連れを説得しにかかった。

タクシーが梅田駅の周辺についた。

「この辺が梅田ですよ、お客さん。」

運転手が慣れない標準語で二人に説明した。早くこんなわけのわからない客は降ろしたいというのが本音だろう。

「すみません、最寄りのカラオケBOXまでお願いします。」

「はい、わかりました。」

やれやれ、といった具合に運転手がまた運転を開始し、二百メートルほど進んでカラオケチェーン店『STAMINA』の前止まった。

「とりあえず、外では鬘を付けて女の恰好でいてくれ。」

悠斗は同乗者にそう言うと、運転手にお金を払った。


                   六

平日の昼間のカラオケBOXは、驚くほど空いていた。二時間とった個室に入ると2人はそれぞれの仲間に梅田の『STAMINA』に来るよう連絡を入れた。

彼はすでに彼女のかぶり物を全部とった。緊張する面持ちで悠斗の方を見ている。悠斗はまず彼の緊張を解かなければならなかった。

「さっきも言ったしこの恰好を見ればわかると思うけど、俺達は電力会社や政府の回し者じゃあない。詳しいことは俺も説明しづらいから、もうすぐ来る仲間から聞いてくれ。俺は高宮悠斗という名前の一会社員だ。もしよかったら君の名前を聞かせてくれないか?」

さすがに『俺はオスカーだ!』と言うわけにはいかず、悠斗は本名で自己紹介をした。

「自分は、横山譲二といいます。学生です。」

「横山君ね、君は体育会系、おそらく柔道部じゃない?」

「あ、わかりますか?高校まで柔道をやっていました。でも今は何もしていません。」

「さっきの奴らに掛けたのは柔道技だろ、結構鋭かったから絶対やってる奴だと思ってね。で、学生って東京の?」

「それも分かるんですか?まいったな。」

「いや、今のはたまたま当たっただけ。首相官邸の反原発デモに参加した回数が多かったから首都圏近くの学生か、余程お金の使い道に困ってるか。後者だったら俺はうれしいんだけど。残念ながら前者だったか。」

横山と名乗った青年の表情が少し硬くなった。

「あの、僕達のやったこと。何で知ってるんですか?それから、何で助けてくれたのですか?」

「何で知っているか、何で助けたか、については、後から来る俺の仲間に聞いてくれ。それから、君たちがやったことはマスコミの媒体を通じて君が得た原発絡みの企業秘密や政府の機密事項を大衆に晒すことじゃないのか?」

「そうです。」

「さっき言いかけたんだけど、君達が何を考えてこんなことをしているか知らないが、君たちのやっていることはとても危険だ。今日はうまく逃げれたけど、もし、今日の奴らがちょっとした飛び道具を持っていたら、おそらく君も俺も逃げれなかっただろう。」

「そうですね、でも僕達の意思は固いですよ。」

「僕達?まだ他にもいるのか?ホテルで待機してるって言う人見知りの彼のこと?」

「ええ、そうです。今向かってるのが、かおるって言うんですけど、僕の仲間です。二人で今の抗議をしています。」

悠斗はこの男の言葉に少し不安を覚えた。今言っていることが本当であれば、喋り過ぎだ。まだ悠斗を完全に信用しきっていいいほどの情報を得ていないはずだ。そもそも彼らは、用意周到に女装の上にサングラスをして正体がばれないようにしてカメラに写るなどの、警戒をしている。にもかかわらず、彼は助けてもらったとはいえ、得体のしれない男に簡単に自分達のことを話してしまう。とてもアンバランスな感じがする。

「何でこんなことをしようと?」

「僕達は東日本大震災の後、東北にボランティア活動に行っていました。何回か行ったんですけど、何か、向こうの惨状に圧倒される日々でした。でも暫くすると現地の人もだんだん生活に慣れてきてと言うか、僕らもあの惨状に目が慣れてしまったんでしょうね。大分復活してきた地域もありましたし。でもそんなとき、僕達は福島から来た人に会ったんですよ。彼が言うんですよ、『福島の復興は未来永劫ありえない』って。そんなこと信じられなかった僕は、嫌がる郁を連れて福島に行ってみました。もちろん普通の道は入れないので山側から潜ったんですけど。酷かったですよ、福島は。しかも、この状態から回復する見込みがないんですね。田沼総理は勝手に原発事故の収束を宣言しちゃったけど、じゃあ政府の出した計画どおり福島に人が住めるようになるかと言うと、多分無理ですよ。それなのに、今度は近電の大島原発が動き始めちゃって、何とか止めようと思ったんですけどほかに方法が思いつかなくて。これもホントは郁は反対していたんですけど・・」

「そこだ!」

悠斗の突然の大声に横山の話の途中で止まった。

「その、大島原発が動き出したって言ったけど。その情報の出所だ。君たちはどこからその情報を手に入れたのか教えてくれないか?大島原発は公式にはまだ起動がかかって無い筈だ。」

悠斗の質問に、横山は残念そうな顔をした。

「すみません、答えられません。えっと『答えることができない』と言った方がいいのか・・・」

「impossible という意味?」

「そうです、情報の出所は僕にも分らないので郁から聞いてください。もうこっちに向かっていると思います。」

「そうか、ではその人見知りの郁君を待つしかないけど、話してくれるといいな。」

その時、部屋の入口扉をノックする音が聞こえた。ガラス窓からこっちを見ていたのは郁ではなく、シーファだった。少し驚いた顔をしている。なんだろうと思ったがすぐに悠斗にはピンときた。そういえば彼女が彼だったことを話していなかったのだ。

シーファはドアを開けるとまじまじと横山を見た。ジャンヌに至ってはもっとストレートに反応した。

「え!ウソ!男の子だったの?信じられない!」

「で、リュックはあった?」

悠斗が聞くと、シーファが持っていたリュックを手渡した。

「あんな所に置きっぱなしにして、ふつうは盗られるわよ。」

「あ、ありがとうございます。でも意外にも今まで一回も盗られたこと無いんですよ。」

横山は受け取りながら言った。

「しかし、うまく化けたわねー、全く気付かなかったわ。」

まじまじとジャンヌが横山の顔を観察しながら言っていたが、悠斗は完全に無視した。

「彼らは、二人でこの計画を考えたそうだ。もう一人の仲間も今こちらに向かっている。情報の出所はその彼が知っているらしい。それから、彼にもあんた達の正体は話していない。俺も詳しく説明し難いからな。」

適当に今までの会話をまとめるとシーファとジャンヌに説明した。

 突然賑やかな音楽が鳴り出した。横山の携帯だった。

「あ、すいません。多分郁です。」

そう言って携帯を開いてメールを確認した。

「やっぱり、もう着いてるみたいです。」

「何で入ってこないの?」

ジャンヌは扉を開けて通路側に顔を出した。色白の眼鏡をかけた、青年と言うより少年といった感じの男が一人立っていた。カラオケに来たほかの客のように見えたのでジャンヌは扉を閉め掛けたところ、横山がそれをとめた。

「そんなとこで何やってんだよ。早く入れよ、大丈夫だから。」

横山の呼びかけに少年は恐る恐る一歩ずつ近づいた。

「あーもう、何やってんだよ!」

横山は出て行って少年のような青年の手を引っ張って部屋の中に入れた。少年と言ってもそこそこ背はある。どことなく顔立ちが幼い感じがした、上で見て二十歳前、下手したら高校生くらいの感じを受ける。後連れてこられた方はおどおどして落着きがない。人見知りと言うよりも、極度に気が小さいような印象を受ける。とはいえ、そんなことを気にしていたら話が進まなくなってしまう。ここは我慢してもらうしかない。

「さあ、これでとりあえず役者はそろったのかな?」

全員がソファに座ったのを確認して悠斗はみんなに呼び掛けた。全員がうなずいた。

「では、本題に入ろうか。」

悠斗が全体の司会を進めた。

「実は君達のことは数週間前から注目していた。まず、君達二人に説明をするために、このおねーさん達の紹介をしなければならんね。彼女たちは、ちょっと変わった組織のメンバーだ。まだメンバーは他にもいるんだけど、名前は俺も・・そういえば聞いてなかったな。何て言うのだっけ?」

そういえば知らなかったなと悠斗はシーファに聞いた。

「組織の名前はまだ決まって無い。多分この先も決まらないと思うわ。」

シーファは簡潔に答えた。

「でも、私達の目的は原発の廃止。それをどんな手を使っても・・・あまり酷いことはしないけど。でも絶対に達成する!」

鼻息が荒すぎる。悠斗は少し心配になった。正直なところジャンヌに聞けばよかったと反省した。

しかし、横山には効果覿面だったようだ。

「すげぇ!郁、俺達以外にもこんなこと考える人がいたんだな。」

郁の肩をぽんぽんと叩きながら感動している。全く若さと言う奴は・・・と悠斗は思ったが、なら話は早い。

「それで、この名前の無い組織も原発の再稼働だとか、原発事故だとか、政府、電力会社の内情だとかを探っていたわけだけど、そんな中、首相官邸での反原発デモに参加している『一人の女性』のプラカードに目がとまったわけ。何故かと言うと、そのプラカードに書かれていたことが、この組織が苦労して手に打入れていた原子力業界での機密事項。まぁ所謂『トップシークレット』って奴ね。それが書かれていたんだ。今になってわかったんだけど、その『一人の女性』は一人でもなければ女性でもなかったんだけどね。ここまではいいかな?」

悠斗は二人の学生に促した。二人とも頷く。

「で、その組織が知りたいのはその情報をどうやって手に入れたか。ってこと。その為に今日はわざわざその一人の女性に会うために大阪までやってきたんだ。」

「なんか話を聞いているとあなたはその組織の人間じゃないみたいですが。どうなんですか?」

痛いところを突くな!と思いながらも悠斗は答えるしかなかった。

「正直、俺はこの組織の人間ではない。でも、この組織に入らないかと誘われててね。決めかねているところだ。」

「何か決めかねる理由があるんですか?」

「自分だったらどうする?」

「悩むことなく入りますね。」

シーファに視線をやりながら悠斗は横山に説明した。

「彼女は『あまり酷いことはしないけど、どんな手を使っても』原発の廃止を達成する。と、言った。彼女が言うようにどんな手を使うかはわからないが、もし原発を廃止できたとしても、その時自分が犯罪者になってしまったらどうする?仮に自分はよかったとしても・・・まぁ自業自得だからね。でも、君の家族はどうなる?犯罪者の親または兄弟としてみじめな思いをすることはないか?」

先週リュビィに言ったことと同じ内容の指摘をした。

「でも、それは・・・」

横山は何とか反論しようとしたが、何もできなかった。

「まあ、話を戻していいかい?もしよかったら情報をどこから手に入れたのか教えてくれないか?」

悠斗は郁を見ながら話を進めようとした。みんなの視線が郁に集まる。郁は自分が注目を集めるとビクビクしながら答えた。

「・・・ネットを使って・・・」

「俺も先週インターネットを使って原発関係を調べてみたけど、調べ方が悪かったのかな。」

その時、カラオケルームの電話が鳴った。一番近くにいたジャンヌが出ると、

「あと10分で終了となりますが、延長なさいますか?」

お決まりのセリフだった。

「もう終わるので延長しません。」

みんなの顔を見て同意を得た後ジャンヌはそう答えた。

「もし、差支えないなら、この続き、名古屋でやらない?」

電話の受話器を置いたあと、ジャンヌはみんなに提案した。

「名古屋に何があるのですか?僕達は東京から来たので名古屋に止まるとちょっと割高になります。」

横山は、反対だった。それは当然だろう。大阪―東京間の新幹線のチケットは大阪―名古屋、名古屋―東京となると大幅に出費が増える。本当に学生だとすれば、手痛い出費になるはずだ。

「それはそうだろうな、もしよかったら連絡先を教えてくれないか。後日改めて東京まで君たちを訪ねたい。」

悠斗が横山と話をつけようとしたが、それを聞いていた郁が突然

「僕はあなた達のリーダーに会いたい!名古屋に行けば会うことができますか?」

今までの郁からは考えられない凛とした声だった。

「別にリーダーはいないんだけど、リーダーっぽい奴なら名古屋に行けば会える。」

悠斗は郁に答えた。

「あー!しょうがない。行きますよ。名古屋。」

横山が諦めたように言った。

「別に後日改めてでもいいぞ。その方が筋が通ってるしな。」

悠斗が二人に提案すると。

「今日行きます。」

郁がまた力強く答えた。

「だめなんですよ、郁がこうなると。全く融通が利かない。名古屋に行ってそのリーダーに会うまでは全く引きませんよ。普段は全然自己主張しないんですけどね。こうなると性質が悪い・・・」

「そうなの?まぁ、こっちはその方が話が早いけど。じゃあ行こうか。」

悠斗はマイク一式を持って受付に向かった。みんなもそのあと部屋を出た。最後に残った横山は急いでスカートからズボンに履きかえ、上も可愛らしいブラウスからTシャツに着替えて悠斗たちのあとを追った。

 

悠斗とシーファ、ジャンヌはホテルに荷物を取りに帰った横山と郁を新大阪の駅で待った。駅とホテルはすぐ近くなので二人ともチェックアウトをすますとすぐに出てきた。午後4時まで居られるとはいったいどういう時間形態のホテルなのだろう。ひょっとしてもう一泊するつもりだったのか。顔を洗って化粧を完全に落とした横山は女装していた時の姿が信じられないほど、男っぽい顔をしていた。

いずれにしろ全員新幹線に乗り込んだ。座席指定の関係で悠斗はジャンヌの隣の席だった。ほかの三人は隣の車両にそれぞればらばらになった。大阪発ののぞみに乗れば一時間弱で名古屋に至る。いつもながら中途半端な時間だと思う。名古屋から東京はちょうどひと眠りして目が覚める頃いい感じで横浜辺りに着くのだが、大阪から名古屋で居眠りをすると完全に寝過ごす。かといって唯ボーっとして過ごすには長すぎる時間である。新幹線は揺れが少ないのだから本か新聞でも読んでいればいいのだが、実はこれが曲者である。新幹線の中で活字を読むことは妙に睡眠欲を掻き立てられる。興味のない活字は特にその傾向が強い。よって悠斗は、政治塾の講義のときでも講義の復習以外で新幹線の中で活字を読むことはなかった。

ただ今回はジャンヌが隣だったので結果的に要らぬ心配となった。

「オスカーの彼女はどんなコなの?」

ジャンヌはたまに突拍子もないことを聞く。少なくとも悠斗はこのメンバーのだれにも優奈の話をしたことはない。

「彼女って?」

「とぼけなくてもいいのに。さっき、あの子たちに犯罪者の家族がどうこうと話をしてたでしょ?その時に私、ピーンと来ちゃったから。これは絶対家族だけじゃなくて、彼女のことを言ってるな!って。」

意外と鋭い。悠斗は返す言葉を失ってしまった。

「やっぱりね。」

その様子を見たジャンヌはニッと笑いながら言った。

「まだ何も言ってないよ。」

「言わなくてもわかるわ。」

「何が?」

「あなたは、少し、じゃないわね。もう既にかなり強く私達と行動に興味を持っている。ひょっとしたら行動を共にしたいとも思っている。でも、そうすると自分はいずれ世の中を敵に回すことになる。それを避けるためには、そうなる前にあなたは彼女と別れなければならない。それがあなたが私達の仲間になるのに躊躇ってる一番の理由じゃない?もちろん家族のことも大切だと思っているわよ。でも、私達の仲間にも家族はいる、それだけが理由って言うのはちょっと違うような気がしてたの。」

ジャンヌの指摘は悠斗の迷いとピタリと合致していた。自分の迷いの原因もちろん家族のことだけではなくは優奈のことがある。と言うよりもジャンヌの指摘通りそれが一番の理由だろう。

「俺、結構わかりやすいのかな?」

悠斗は降参を決めた。

「わかるわよう。そのことにかけては長く生きている分、探偵オスカーより鋭いわよ。」

悠斗はそれを聞いて妙に納得した。確かにジャンヌほどの美人ならその分野にかけては自分よりも遙かに経験値が高いかもしれない。

「もし、ジャンヌだったらどうする?」

悠斗は自分の迷いに対してのアドバイスを求めてみることにした。

「さぁ、でもあなたとその彼女さんは結構長くつき合ってるわね。」

「6年。」

「6年!そうかぁ・・それは迷うわ。でも、今までに結婚は考えなかったの?」

「結婚するには、やっぱりそれなりの準備が必要だと思うし、結婚した後のことを考えるともう少し経済的な後ろ盾がある程度ないと・・・何で、そんな話?」

「あなたらしいわ。彼女さんは相当長く待たされているのね、かわいそうに。」

悠斗の感覚では6年はあっという間だった、その間に経済的な蓄えを作ってきたつもりだが、その話と今回の話は全く関係ない。

「論点がずれてる気がする。」

「そんなことないわよ。あなた達のことを詳しく知らないと正しい答えは出ないでしょ。でもそれを聞くと、私がオスカーならどうするかはわからないわ。」

「そう。」

悠斗は特に何も期待していないつもりでいたが、少し残念だった。

「でも、その彼女さんがうらやましいわ。こんなに大事に考えてくれる人がいるんだもんねぇ。」

「あれ、ジャンヌの旦那は?」

悠斗は小恥ずかしくなって話題をジャンヌに変えようとした。

「旦那?旦那なんて私が美空を身籠ると他に女作って出てっちゃったわ。」

「え?」

しまった、余計なことを聞いてしまったか。悠斗は恐る恐る隣に座っているジャンヌの顔を見た。しかし、ジャンヌは全く気にした感じも無くまっすぐ前の座席を見つめて言った。

「一つ言えることはね・・・やっぱり二つね。これはあなたの立場じゃなくて、6年待たされ続ける方の立場ね。」

「はい?」

「一人で問題を抱え込んで悩むんじゃなくて、相談してほしいんじゃないかしら。あなたは彼女が大事だから、一人で彼女に降りかかる火の粉を、じゃないわね、彼女に火の粉が降りかからないようにしようとしているけど、それが、彼女が望んでいることとは必ずしも一致しないと思うの。だから、あなたがこの先どういう答えを出すか知らないけど、もし、何の相談もなく私達と行動を共にするんだったら、彼女とはきっぱりと別れた方がいいい。それから、もし・・・」

「もし?」

「もし、あなたが私達とかかわりのない人生を進むなら・・・」

突然ジャンヌが振り向き、悠斗の目を見た。

「四の五の言わず、さっさと彼女を幸せにしなさい!」

急に語気を強めて言うので、悠斗は勢いに押されて『はい』と返事をしてしまいそうだった。

「それから、もう一つの方」

ジャンヌはまた穏やかに話し始めた。

「これは私の立場の意見ね。あなたは、私達の起こす行動が犯罪行為と決めてかかっている。まぁ、そのこと自体をどうこう言うつもりはないわ。悪いことをすればいろいろな物を敵に回すことになるし、そのことは多分あなたの方が詳しいかもしれないわね。でもね、私はあなたとエンドーが組めば、ひょっとしたら世の中を敵に回さずに目的を達成できると思うの。」

「どういうこと?」

「法律的に犯罪だとしても、道徳的にはどうかしら。確かに私達が相手にしようとする奴らは法律的には何も悪くなくて、むしろその法律を自分たちに合わせることすらできてしまう。そのことはあなたの方が詳しいでしょ?でも、それが道徳的に正しいとは思わないから私達が行動を起こそうとしているのでしょ。だとしたら、法律を超えてしまえばいいんでしょ。」

「よくわからないけど。どういう意味?」

「だから、今までもよくあったんじゃない?三億円事件とか。確かに三億円無くなったわ。でも誰も法律で裁かれてないでしょ?要するに、自分たちの正体がバレずに作戦を実行するってこと。あなたとエンドーが組めば、そういう作戦を作れると思うの。」

「簡単に言ってくれるね。」

そう言いながら、悠斗はそういう考え方もあるのか。と少し感心した。

「あら、私達の中では、『探偵オスカー』は評価が高いのよ。」

「そいつはどうも。で、ジャンヌは何で協力してるの?」

そういえば誰にもその動機を聞いていなかったと思った悠斗は、まず横にいる美人から聞いてみることにした。

「私はね、美空のため・・・私達はね、あの時福島に住んでいたの。大変だったのよ、あの時は・・・」

『あの時』とは、言うまでもなく3.11だろう。ジャンヌは自分の、いや、自分達の身の上話をし始めた。それは悠斗の感情を大きく揺さぶる話だった。




                  七

新幹線は名古屋駅に着いた。

ここから例のアジトまで、タクシーを使うことも考えたが、五人は半端な数字である。地下鉄で行くことにした。そもそも悠斗達はほぼ手ぶらに近い状態だし、横山にしてもリュックが一つである。ただ郁だけは手提げの荷物を二つ持っていたので、ひとつを悠斗が持って行くことにした。手にした手提げカバンを見て悠斗はピンときた。そこにはノートパソコンと呼ぶには差し支えるほど改造したノートパソコンが入っていた。そういうことか!なるほど、『ネットを使って』ね。だとしたら、エンドーはむしろ俺よりも郁達を仲間にしたがるはずだ。

 待てよ、エンドーはこのことを最初から知っていたとしたら―確証は無いにしても、ある程度郁の情報源についての予測をしていたら・・・

―あいつ!『彼女の情報源が知りたいから彼女と接触を試みる』だと?謀りやがって!―

悠斗はまんまと利用されてしまったことに気がついた。

―あの野郎!最初から仲間にする気満々じゃねぇか!―


はたして、エンドーはアジトで郁と横山を待っていた。と言ってもエンドーを持ってしても男の2人組での行動ということには驚いたようで、女装とは恐れ入ったと感心していた。エンドーと二人はお互い軽く自己紹介を交わした後簡単に自分達の組織について話はじめた。

「君は我々の組織のトップと話をしたいと言っていたそうだが、生憎うちの組織にはトップはいなくてね。しかし、作戦を思案したり、みんなを集めて頼み事をしたりしているのは僕だ。」

 それをリーダーと言うんじゃないのか?と思ったが、悠斗はここであえて口をはさむ必要も無いと思い黙っていた。

「ある程度は誰かから聞いていると思うから繰り返しになるかもしれないけど、我々は今のところ9人のメンバーでやっている。が、まだ目立ったことは何もしていない。君たちは、2人で考えて今の抗議を続けているのかい?」

「そうです。本当のところ郁は反対でしたが、僕が強引に・・・」

郁とアイコンタクトをとりながら横山は答えた。

「反対した?」

エンドーが今度は郁に聞いた。

「ええっと・・それは・・・やっぱり危険だし・・・」

「別に責めてない。それは正しい判断だ。現に今回少し危ない目にあっただろう。」

物おじする郁にエンドーは優しく説いた。

「恐らく今回のこともあったように、あの恰好で今後も同じことを続ければ今日以上に危険な目に逢うだろう。」

それは悠斗も、と言うよりはその場にいる誰もが同じ考えだった。

「もう、あの方法はしません。」

横山がそう答えた。

「何かほかに方法を考えてるの?」

ジャンヌが突然会話に入った。とても心配そうな顔で二人を見つめている。

「いえ、今のところは・・・」

横山が答えるのを聞いて、ジャンヌは安心したようだった。

「話は変わるが、君のハッキングの能力について聞きたい。」

突然エンドーが切り込んだ。話がずれてしまいそうなところを戻したといったところか。最初からこれが聞きたかったのだろう、やはりエンドーは郁がハッカーであることを既に予測していたのだ。

「え、あ、はい・・・」

郁の態度はカラオケにいたときからこんな感じだ。唯一、エンドーに会いたいと言ったときだけハッキリと自己主張したが、実際エンドーの前でもこの調子だったら何のために会いたかったのだか聞きたくなる。

「君達が今回の作戦でボードに書いた事実の出所を私も一生懸命探った。いづれも、公式の発表には無いものばかりであり、世間では突拍子も無いと失笑に付されてしまうだろう。しかし、事実だ。そのうちの幾つかは我々も非公式のルートで得ていた。そこで、私も考えた。もし、これだけのデータを我々と同じやり方で得ようとしたら、相当大きな組織が日本の原発分野のそれぞれの機関に相当数潜り込んでいなければ不可能だ。もし、君達が言うように二人でこれらの情報を集めることができるとしたら、それはネットワークを通じて盗み出したとしか考えられない。と、結論付けたんだけど、合ってる?」

「すげぇ、完全にバレてら。」

横山が関心したように言った。問いかけに対しては肯定したようなものだ。

「あの・・いつから・・・それを・・・」

「君達のプレートを最初に発見したのは4月かな、それから数えて7個の内容を確認したけど、でもこれは別に我々じゃなくてもすぐに気付くと思う。特に電力業界や政府はもう君達の存在を知っていると思う。今回は君達が行動に移すことを阻止するために動いた男達がいたんだろう?彼らも君達が動くのを朝から待っていたかもしれない。」

なるほど、朝から彼らを探していたの俺達だけじゃなかったってことか。でも、分かっていたなら早く言ってほしいものだ、こっちまで危険な目にあったのだから、と悠斗は思ったが、敢えてここで口出ししない。

「もう、僕らのやり方はできないとして、あなた達はどうやって抗議していこうと考えているんですか?」

横山は聞いた。確かに、こちらの活動は何もしていないとはいえ、何をやる気なのかは気になるところだろう。それは悠斗も気にしていたことである。

「我々は抗議を通じて原発の廃止を進めようとは思わない。それは抗議だけでなく、政治的にもだけど・・・」

エンドーが悠斗を一瞥しながら言った。先々週も言っていたことだ。

「・・・正攻法ではおそらく原発を止めることはできない。どうやっても難しいだろう。我々は手段を選ばずに実行をする。例えば、そうだな・・近電の幹部を誘拐するというのは効果あるかな?」

おいおい、言うに事欠いて誘拐かよ!と思ったが悠斗は沈黙を通す。この男はどこまで本気なんだろうか。誘拐しても血が流れなければ『無血』になるのか?

「もし・・・それを、本当にやったら・・・原発は止まりますか?」

今のエンドーの言葉に郁はビビるだろうと思っていたが、逆に食いついた。そういえばカラオケでシーファが『どんな手を使っても・・・』と言っていたから、ある程度の想定はしていたのだろうか。自分も『犯罪者が・・・』と言っていたのを思い出した。

「こればっかりはやってみなければ分らない。我々としてもなるべく原発を停止できる可能性が高い作戦を実行するつもりだ。」

「僕達にできることはありますか?」

突然、横山が切り出した。悠斗は驚いたが、もっと驚いたのは郁だろう。『僕達』って!完全に郁が入っている。

「ちょちょちょちょ!譲!」

予想どおり明らかにビビっている。ある方向において、この青年はわかりやすい。

ちょっと待ってください!とエンドーに断りを入れてから郁は譲二こと横山とコソコソ話をし始めた。が、横山の声は少し大きく皆に聞こえた。方法も浮かばないこと、郁の持つ情報を有効に使うにはもってこいの場所だという内容の話が聞こえてくる。郁は何を主張しているのか聞こえなかった。普段の会話も少し聞こえ難いのでコソコソしだしたらまず聞こえないだろう。

 暫くして結論が出たようだ。それは交換条件のようなものだった。

「もし、可能なら僕達もあなた達の仲間に入れてください。今、郁はあのプラカードに書いたこと以外にもかなり情報を持っています、それをあなた達と共有します。その変わり、郁についてだけ、いつでも脱退する権利を与えてください。もちろん、脱退した時は仲間にいたことを他人に対しては秘密にしておいてほしい。と、言う条件を付けて仲間にしてもらうことはできますか?」

あの短時間でよくそこまで纏めたものだ、と悠斗は感心した。

「その件については問題ない、もともと脱退については何の規定もない。好きな時に自由に抜ければいい。第三者に対しての秘密は約束しよう。ただし、そのことについては『お互いに』という条件付きで。そして、悪いが君たちを受け入れる前に一つ聞きたい。さっきも言ったように君のハッキングの能力について知りたい。まず、君が情報をどんな手法を使って盗った物か我々には全くわからない。その道に通じている人間が一人もいないんだ。ただ、君がそうやって情報を盗る行為が今後誰かにバレる可能性はあるのかな?」

「郁が今持っている情報だけでなく、今後も同じことをすることになりますか?」

郁のことを慮って横山が聞くところを見ると、郁自体はそれほどこの組織への関心は薄いかもしれない。そうでなければ、脱退の特例を要件にしたりはしないか。しかし、エンドーが欲しているのはハッカーとしての郁の能力であることが、仲間になりたい横山としては歯がゆいところだろう。

 そんな横山の気持ちを無視してエンドーは続けた。

「そうなる。例えばだね、さっき言った電力会社社長を誘拐するとしよう。それには、実行する、場所やタイミング、準備に至る情報を必要とするし、実行後も、警察の捜査情報や会社内の動きを逐一知る必要がある。もし、そう言った情報を誰にもバレず盗むことができるなら、是非にでも君達の協力が欲しい。」

答えは、郁に託された。

「わかりません・・・跡は残さないようにしてたけど・・・誰かが感知していないとは・・・」

郁の答えは普段の自信のなさから来るものではないとその場にいるみんながそれと無く感じた。実際郁ほどのハッカーが日本に何人いるかわからないが、今のところ情報を盗む行為が見つかっていないか、郁の仕業と言うことが見つかっていないというところだろう。さもなければ今日の黒スーツの男達は、プラカードを持った横山を現場で抑えようとせず、郁を直接抑えに行くだろう。

「それがわかる方法はないのか?」

素人考えと知りつつも悠斗は郁に聞いた。郁は首を横に振った。

「まあ、いいんじゃない。その方法は追々考えていけば、とりあえず二人のコードネームを考えましょう。」

ジャンヌが見かねてフォローに回った。しかし、これも素人の考えだと思った、追々考えて分かるものではないのであろう。敢えてそのことを口にはしなかったが、エンドーも同じことを考えていたのだろう。いずれにしろ現段階でこのハッキング能力を多用することは両刃の剣となる可能性がある。しかし、それだけで反対する理由にはならない。少なくとも二人の戦力は今までにこの組織にいなかったタイプとして喜ばしいことではある。

「君もそれでいいんだね?」

エンドーは念を押すように郁の意志を確かめた。

「はい。」

はっきりと郁は答えた。

2人のコードネームは意外にも早く決まった。二人ともそれぞれ自分で考えていたようだ。横山は『ゲドー』と名乗った。古くからある人気ゲーム『ドラゴンウォーズⅡ』のラスボスから採ったらしい。言われてみると、確かにどことなく似通った顔立ちである。昔よく言われたのだろう。そして郁は『キツネ』と名乗った。ぼそぼそと説明していたが、悠斗には全部は聞き取れなかった。聞き取れた所を総合すると、持っているキーホルダーに付いている木彫りの狐から採ったようだ。何か思い入れのあるキーホルダーなのだろうか。

 仲間に入った『キツネ』は持ってきたノートパソコンを立ち上げると、ひとつのフォルダを開けた。そこには今までキツネが外部に流出させた電力関係のデータや情報があった。その数は簡単に数えることはできなかったが、フォルダの大きさは8GBを超えていた。動画ファイルがあるとは考え難く、単純に8GBの情報量は一同が驚いた。

キツネは関電、近電と社内のPCに侵入し必要な情報やデータを取ってくることができたが、この侵入経路どころか、侵入されたことすら気付かれていないそうだ。確かに、関電、近電共に現在最もホットな大企業であり、このような攻撃を受けたことが発覚した場合、マスコミが黙っていないはずだが、そう言った趣旨のニュースや新聞記事を悠斗は見ていない。キツネに言わせれば大企業といえどもセキュリティーは大甘なのだそうだ。

しかし、経済産業省含め政府の情報セキュリティーはそれらの三流品とは異なり侵入はかなり難しく同じ方法では進入できなかった。そこで、キツネは国会議員を使うことにした。民進党議員である草加衆議院議員の個人パンフレットに載っているメールアドレスに、改造トロイ(というウィルスファイル)を乗っけて送信した。案の定、普段からITに弱い国会議員である、簡単にメールを開いた。開かれたメールに乗って今度は草加から各省庁関係者にメールが送られた。その中の何人かはそれをまた開いた。三回までそのメール送信を繰り返すプログラムにより、キツネは一時、各省庁にゾンビPCを作ることに成功した、もちろん経済産業省も含まれる。必要とするゾンビからイントラネットを通して欲しい情報だけを盗ったキツネは証拠を隠滅するため、PCのイベントログの履歴を書き換え、すべてのPCの支配を解除した。

とはいえ、さすがに相手は国家である、キツネの侵入は大衆の知れ渡ることとなった。当然マスコミも嗅ぎつけたが、報道を見る限り犯人特定までは至っていない。キツネは自分の改造ノートPCでヒンダスの富豪のPCを操作し、さらにそのPCで日本の一般家庭のPCを支配し、そのPC指令で秦国の企業PCを操作し、その秦国のPCから草加議員にメールを送った。結局、草加を攻撃したのは秦国のPCだということまでは判明したようだが、マスコミ各社の報道を見るに秦国からのサイバー攻撃を受けたとの報道に終始していた。

 この報道は悠斗や他のメンバーの記憶には新しく、まさか自分達がその黒幕を自分達が仲間にしてしまったことに一同何とも言えない驚きを覚えると同時に、キツネは自分の技術力に対する信頼を得ることができた。

 キツネの見せたフォルダから、悠斗は電力供給と使用料の予測のデータを見つけた。

それは先週エンドーが見せてくれたレナから仕入れたものとほとんど同じであった。やはり、電力供給は原発をすべて止めても十分お釣りが来るのである。ではなぜ、そんなに電力会社は原発にこだわるのか、ひとつは利益の問題である。電力会社、金融、官僚、すべてにおいて原発を進めることはそれぞれの機関にとって莫大な利益を生み出すからである。少なくとも、そこにあるデータから計算しても、原発がそのほかの発電に比べて極端にコストが低い訳では無さそうだ。安全性に関しては全く信用できないことが先の震災で明らかになった。原発の構造から考えても、火力発電と比較しても原子力発電が地球の温暖化に対し大きなメリットがある訳でも無さそうだ。ほかに考えられるメリットも無い。要するに、既得権益を生む以外何のメリットも無いのである。

しかし、マスコミの影響と言うのは恐ろしいものである。すでに、国民の大半は原発を再開しなければ電機は足りなくなると思い込まされている。なぜマスコミは向こう側へ付いたのか?その事実に関するものも、キツネは持っていた。電力業界からマスコミ各社に流れる宣伝費は以前から大きく話題になっていた。しかし、それは、―それだけでも多額のお金が動いているのだが―ほんの一部であった。公になっている宣伝費用のほかに、各テレビ局、新聞社に電力会社だけでなく、電機連合、またはその他諸々の組織から莫大な金銭の流動があった。そして、受け取っているのは民報だけでなく、宣伝広告をしないJHKも入っていたのである。ああ、なるほど。と、悠斗が思うのも無理もなかった。JHKもしきりに電力不足の懸念を超え高々に訴えていたのである。そもそも、一社独占の電力業界において宣伝広告は何の意味があるのか、競合する車業界や電気機器業界とはわけが違うはずだ。それに、これだけの宣伝広告費用が流れているならば、電力会社のCMだけで一日が終わってしまいそうなものだが、実際にそんなに多くの電力会社のCMは見ない。

要するに、マスコミまで原発の利益の恩恵を受ける形にしてしまうことにより、本当の事実を伏せ、誤った事実を国民に植えつける役を担ってもらっているのである。

テレビを点けると、ちょうど9時のニュースの第一報で今日の電力会社の株主総会の報道がされていた。結局、株主側から挙がった案はすべて否決され、もともと電力会社から用意されていた事項のみ可決された。採決をきちんと採った形跡はない。

 この場にいる誰もが今日の株主総会の内側での戦いには期待していない。出来レースは出来レースらしく白々しく終わりを迎えた。


「で、あんたはどうするの?」

シーファの質問は悠斗に向けられたものだ。勿論、ご飯を食べて帰るとか、今晩泊っていくか、という意味の質問ではない。いい加減はっきりしろ!という意味である。

それを聞いて、『ゲドー』は、悠斗の立場を思い出した。

「悠斗さんはさっき僕達にこの仲間になることは犯罪者になることだと言いました。多分それは事実だと思います。でも、僕の家族は悠斗さんが言ったように、犯罪者の家族としてみじめな思いをするでしょうか?もし、僕が失敗して捕まったとしても、ひょっとしたら僕の両親は僕のことを誇りに思うかもしれません。日本の将来を変えようとした勇敢な息子だと。」

さっき悠斗がゲドーとキツネに言ったことについて彼らなりに考えた答えだろう。それを今度は悠斗に突きつけたのだ。

悠斗の心情に迷いが無い、と言ったらウソになる。ただ、そんなことは、もうどうでもよくなっていた。さっきのジャンヌの話を聞いて・・いや聞くまでも無かったはずだ。自分が何をしたいか、どうするべきか、を素直に考えれば自ずと答えが出てくる。『この先、悠斗は私が怒っても、私とけんかすることになっても、絶対自分が正しいと思ったことをやって。絶対自分が決めたことをやって!』いつかの優奈の言葉が優斗の脳裏にリヴァーブする。もう答えは決まっていた。

「わかったよ、シーファ!・・・これからも宜しく。」

悠斗はシーファに向き直って丁寧にお辞儀した。シーファは突然の礼儀正しい行為に面食らっている。そして悠斗は今度ゲドーに向かって言った。

「それからゲドーこれだけは覚えとけ!俺が入るからには誰一人失敗させないし誰一人捕まるなんてことはない。」

そう言ってゲドーに右手を差し出した。ゲドーは自分の右手をズボンで拭ってから悠斗と握手をした。


原発テロリスト『オスカー』が正式に誕生した夜である。


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