異世界なのだから(元、ギモン)
僕の頭を撫で繰り回すアリアは、僕がどんなに火が出る思いでいるのかをきにせず、リドに声をかけていた
「マスター、これでハジメは?」
何とも言えない圧力をかけている(と僕は思う)アリアの言葉と視線に彼はたじろがなかった
「晴れてここの店員になったわけだな」
コック帽を縦に揺らし、頷く料理長もといマスターに彼女の目が輝いたのは言うまでもない。その証拠に、「やったー!」と叫びながら僕から離れ、小踊りしている彼女の声が弾んでいた
(見ず知らずの、たまたま異世界から降ってきた得体のしれない人間がレストランで一緒に働く仲間になる、それってそんなに嬉しいことなのだろうか?)
小躍りに巻き込むようにリドの手を取っていたのを見た僕は、改めてこの広いレストランを見渡した。茶色いフローリングの床に同じく茶色の椅子とテーブル、白いテーブルクロス数十セットが店内に点在している。
そして、その店内には時計が置かれていた。僕のいた世界、日本となんら変わりのない時計は今、長い針が12をさすところであった
(おかしいな……。)
僕は未だに踊っているアリア、踊らされているリドの存在をなかったことにして考えた
ここは海上レストラン、レストランだ。そしてその店内に飾られている時計は、12時という昼時を教えてくれるのだ。
レストランで、お昼の12時をさすということは、誰かがあのおいしーいご飯を食べに来てもおかしくない。いや、食べに来ないというのがおかしいと思う。
それなのに、誰も来ていないということはどういうことなのか?
僕はふと抱えたギモンの答えを知るために、踊り続けている彼女に尋ねてみることにした
が、そのギモンを解消することは、彼女の今の元気を失わせてしまうことになるということを僕は予測できなかったのだ
「アリア」
「うん?何、ハジメ」
ルンルン笑顔・声で踊りだけに没頭していたアリアが、僕と同じ次元に戻ってきた。その彼女に僕はトドメの質問を刺していた
「どうしてここには、お昼時なのにお客さんが一人もいないの?」
……。
彼女の表情はお日様しかいませんといった快晴から一転、そのお日様を見事に隠すように雲が一つ、二つと頭上に現れ始めたようだった
踊りから逃れ、ほっとしていたリドが手に取ろうとした布巾を落としてしまうのを目撃した僕は、どうやらその疑問の答えを聞いてはいけなかったということを痛感したのだった
「ごめん、今の質問は忘れていいから……。」
動けないでいる二人を宥めるようにしながら、僕は顎に手をあてていた
(昼時にお客さんが入らない程繁盛してないってことになるんだろうな。でも、ご飯は美味しいし、料理自体に問題があるわけではないと僕は思う。何か他に原因が……。値段?それとも辺鄙なところにあって、誰も船を使えない海上にこの店はあるとか?)
繁盛していない理由を僕なりに考えていると、動けないでいた彼女が時間を取り戻すように深呼吸していたのが目に入った
彼女は僕の質問を呑み込んだうえで、こう言ったのだ
「ハジメ、その質問に答えるわ」
その瞳に憂いを見せる彼女は、傷つけたくない所を傷つけているという表情で僕を見る。きっと、どうしようもい理由があるのだろう。そう思った僕は彼女が言う言葉に耳を傾けていた
「海上レストラン宿り木はね、」
「……うん、」
彼女は息を呑み、切った言葉の続きを話すのだ
「お客さんが来たくても来れない場所にあるのよ」
と。
けれど、言われてみて考えてほしい。あなたは、お客さんが来たくても来られない場所にあるレストランをご存じだろうか?いや、大抵の人はこういうことになる。
「いやいやー、行けないところにあるレストランなんて、潰れるだけっしょ?そもそも、そんなところにレストラン構えるなんてどうなのよ?」
そう、僕も全く同じことを思っているのだ。お客が来なければ店は立ち行かないはずなのだ。それなのに、お客さんが来なくても店が続いているというのはどういうことなのか?
そして、お客が来たくても来れないということはどういうことなのか?
首をかしげる僕のギモンは、解消されていない。その間に、いつの間にか移動していたリドが、店内の窓のところにあるカーテンを一つ開ける
白いカーテンが横にそれた後で、僕の目は青をとらえる。木枠と硝子に埋め込まれた窓の中は、青く広がる海とさらにその上に広がる渦潮でいっぱいだったのだ
海の上にあるというのは、さっき彼女から部屋で聞いた通りだったのだ。僕は、彼女がお客さんが来たくても来れないという意味の説明を催促することにした
「海の上でお客さんが来たくても来れない、それってどういうことなのかな?」
僕は海の上であっても、例え渦潮に囲まれていたとしても、大きい船があれば問題なくこの店にたどり着けそうな気がしたのだ。
ここは僕がつくりだした積み木の世界、僕があると思ったものはないはずがないのだ。それに、いくらここに人がいたとしても、人がたくさんいる街には、何らかの海を渡る交通手段があってもおかしくないだろうという考えがぼくにはあったからだ
けれども、この世界をつくったのが僕だったとしても、所詮、異世界は異世界であるということに後になって気付くのは決められていたことだった
お客が来られない理由の分からない僕は、答えてくれた彼女に納得した表情を見せられないでいた。その様子に気づいたリドが、僕の肩を叩いてきた
「とりあえず表に出て、店の周りを一周してみな」
そう言った彼がレストランのドアを開けたので、僕はしぶしぶドアの外へ足を踏み出していた
潮風の吹くレストランの外を、僕は一周する
広がる海に渦潮、人っこ一人いない青の地平線と店を何回も僕は見回していた
一周して、閉められていたドアを開ける
ちょっとしたアイランド状態にこのレストランは陥っている。そのレストランに向かおうとするものは、フネ全体を覆う渦潮で一掃されそうな気がした
カランカランと、ベージュ色の店のドアを僕は開けていた。けれども、僕の考えは変わることはなかった。
交通手段があれば、どんなに遠くても関係のないことなのだ
二人に見つめられながらも、僕は自分の意見を述べることにした
「交通手段はあるんでしょ?」
僕は努めて諭すように言う。そう、交通手段がないなんてあるはずがない
「船は?水上バスは?飛行機は?」
あるはずがないという自分の考えを信じ、僕は彼らに問いかけ続ける
二人が、「うん、あるよ。何言ってんのハジメ、交通手段がないなんてそんなのあるわけが」というのを僕は期待した
しかし、僕の希望を打ち砕くように、二人は揃って首をかしげていた
彼女は黙っていたが、彼は僕の言った言葉の意味が分からなかったようで、このような疑問を僕にぶつけてきたのだ、
「うん?なんだ、そのフネとか、バス、ヒコウキは?」
と。
沈黙する空気の中で、僕の思考はユラリと脳内で立ち上がる
(……はい?)
予想外の二人の反応に、僕は動揺せざるを得なかった。その動揺を加速させるように、彼らは僕の目の前話し合っていた
「アリア、聞いたことがあるか?」
「ううん、聞いたことがないね……。そもそも、コウツウシュダンって?」
彼女のギモンに僕はさらなる動揺の渦に引き込まれることになる
(……、今なんと?)
おっしゃいましたという言葉が、僕の今の心をよく表している、と思う
僕は、二人の話の内容が分からなかった
分かりたくなかったという方が正しいのかもしれない
おかしいのだ、何もかもが。日本で生まれ、日本で育ち、日本の常識に触れることしかしてこなかった人間が創りだしたこの世界に、「コウツウシュダン」という概念がないなんてことは、僕の中では有り得なかったんだ。
あり得ないことだと、そう思うのだけれども、ここは僕が生きている日本のある世界ではないのだ。日本という国に住んでいた少年が創りだした異世界だったのだ
ここは、異世界
僕の知っている世界とは違う、日本とは異なる世界の「異世界」なのだから。
アリアが神妙な面持ちなのは、客が来ないことをハジメにどういうか、考えていたから、です。
結構この話長くなるかもね、と思い始めました。頑張ります。