幸せの味
アリアが落ち着いて、僕から身体を離したのを見た僕は、安心したのか、急に眠くなってきていた
「・・・ハジメ?渦潮にもまれた疲れが出てきたのかな。今日はもうゆっくり寝た方がいいわね」
そういって、彼女は僕の頭を撫で、微笑んだ
「また明日の朝来るから、今日はゆっくりお休みなさいね」
ベッドから離れ、開けたドアから手を振り、彼女はこの部屋から出て行った
どうやら体力が限界だったようで、彼女がドアを閉めた後、すぐに眠りに落ちてしまった
―― 次の朝 ――
「マスター!おはよう!!」
「おはよう。今日も無駄に元気だな」
ここの制服に着替えて出てきたアリアは、マスターと呼ぶ人をにらみつけていた
「無駄じゃないです!お客さんが今日は来るかもしれないじゃない?」
「…そうか?」
……。
海の上に立つ、孤島のレストラン。渦潮が多いここまでの海の道のりを、まともに泳いで来れるお客様なんて、いるはずがない
沈黙した二人は、きっと来ないであろうお客のことを考えることは、自然にやめていた
「と、ところでマスター?昨日の少年のことなんだけど」
「あ。そっか。いたなそういえば。どうだった?」
あ、忘れてたわーという顔をしているマスターに、彼女は呆れた顔をしていた
「ちょっと、マスタ~。お客が来ないレストランで、唯一、来たお客さんのことを忘れるの?」
「…いや、客だったらいいんだけどさ、今までまともにこのレストランに客、来たか?来たとしても、パンをねだりに来る鳥やお前と仲良くなってる魚たちとかじゃないか。間違っても、アリア以外に渦潮の海に身体を躍らせることができる客(人間)なんて、そうそういないだろ…?」
けだるそうに言うマスターの話に、私はそれはそうよね、と思った
「…、まあでも確かに、あの子はお客さんじゃないと思う。昨日ちょっと話したんだけど、どうやらあの子記憶喪失みたいで」
「はあ!?記憶喪失だって?そりゃまた、大変なの拾ったてきたなアリア」
「そうですけど、…でも!でも、その大変さが無くても、あっても、もうかわいいんですよ~!」
マスター以外の人はそりゃかわいいですとも、と心の中で呟きながら、私は胸おどらせていた
「で、マスター。お願いがあるんだけど・・・」
もじもじと、右手と左手にある人差し指をくっつけては離し、引っ付けては離しをしていると、彼は私に背を向けて、何かしていた
「もしかしなくても、その子の朝飯だろう?」
うんうんと頷いて、マスターの背後から覗き見るようにして待っていると、お目当てのものが準備されていた
そう、記憶喪失少年のための朝食だ
「コレぐらい食べられるか?いや、食べないと力がつかないから、持ってけ」
「ありがとう、マスター!!」
一際大きな声で私はマスターにお礼を言い、少年の部屋に駆けた
「まあ、とりあえず生きててよかったということで」
安堵のため息をつきながら、コックは皿を再び磨き始めた
~ レストラン 宿り木 空き部屋・現ハジメの部屋 ~
「ハジメ!おはよう!!」
昨日会った彼女は、豪快にハジメの寝ている部屋のドアを開けた
「!?おはよう…ございます、アリア?」
「あらっ、ごめんね起こしたみたいね?」
アリアがやってしまったという顔をしていたので、僕はベッドに腰掛けていた所を立ち上がり、ドアを完全に開けてから彼女を招き入れる
その彼女と一緒に入ってきた香りに、僕は思わず鼻をひくつかせていた
そう言えば、昨日から何も食べてなかった
こっそりお腹を撫でていると、彼女がお盆にのせてきたものの中から、スープの皿を出してきた
「はい!ハジメ、今日の朝ごはん。昨日からな~んにも食べていないでしょ?気分が悪ければ無理しなくても良いけれど、できれば食べてほしいな~、なんて」
そういって彼女は、マスター特製だと思われる、朝食セットを僕が寝ていたベッドの横にある簡易机に置いていた
そして、持っていたスープ皿を一度お盆に戻してから、彼女は料理の説明を僕にしてくれた
「今日の朝食は、ベーコンサラダにブルーベリーパン、そして、オニオンスープよ。どれもマスターお手製だから、間違いなくおいしいわ」
目の前の彼女が自慢げに言うのをみて、僕が首を縦に振って食べるという意思表示をする前に、自身のお腹が声を出していた
グ~
「ふふ」
僕のお腹の音が聴こえたのか、彼女は笑っていた
「私が作ったわけじゃないけれど、たんとお食べ!」
そう言われたのもそうだが、一日食べていない僕は、自然と手を合わせる
「いただきます!」
腹ペコな僕は、机の上に置いてある食事に手を伸ばした
アリアがにこにこ笑っているのを見ながら食べる朝食は、最高においしかったと思う
うん、我ながら幸せな世界を創ったものだなと、その時僕は思った。
マスターの料理は世界一!と思っているアリアは幸せ者で、そのアリアに看病されているハジメはさらに幸せ者です。
こんな世界ならちょっと行ってみたいかも、なんて思ったりしている今日この頃です。