不気味な笑み
ダンと踏みつけられた後に舞い上がる土煙を確認し、僕とアリアは視線を交わす。どんな形であれ、出会いは出会いだ。説明の前に僕たちは自己紹介することにした
「初めまして。さっき言い当てられたから自己紹介しなくてもいいかもしれないけれど、一応しておきます。僕は相田 創。一応、レストラン宿り木の従業員してます。大体、ハジメで通ってます。で、こっちは、」
「はーい!私はアリア・M・ジェーン。水の国の出身よ。ハジメの従業員の先輩してまーす。アリアって呼んでね」
ウキウキとした表情で自己紹介するアリアに、目の前の黒づくめの二人組は感心するようにしていた
「きれいな髪の嬢ちゃん、アリアは元気がいいね(無駄に)。」
「どうも!」
元気では基本誰にも負けません!といってから笑顔で二人組をみるアリアを少し眩しく感じていると、二人組(正確に言うと一人しか喋らないが)も少し目を細めながら自己紹介を始めた
「私は、タチカ・E・ココロ。で、こっちの喋らない方がウリ・P・スパタ。わけあって喋らないけれど、私はウリと会話できる。だから、ウリからあんたさんたちにどうしても伝えたいことがあった場合、私が代わりに伝えるよ。気軽にタチカ、ウリって呼んでもらって構わないよ。それと、言わなくても分かるだろうけど、生まれも育ちも火の国出身だ。当然のことだし、それ以外の国の者がこの国にいる時点でいろいろとおかしいんだが?」
タチカの問いかけのとおり、本来ならこの火の国は去る者はいても、他国から舞い戻ってくる者はいない国。ましてや、僕たちのように水の国から風、土と渡って帰ってきた者など、今の今までいるはずのないはずだ、という本心がタチカの問いかけから聞こえてくる
それは、今まで多国間での渡航規則が破られていなかったことと、その渡航規則を破ることのできる移動手段が存在しなかったことを考えれば、当たり前のことだ
しかし、過去は過去である。今や、暗黙のルールのはずだった渡航規則は僕たちの手によって破られ、存在しないと言われていたはずの移動手段は、積み木の力によって創りだされてしまっているのだから
そして、その事実を知らない目の前の二人組にそのことを今すぐ理解しろ、切り替えろというのは酷なことだった
(完全には信じてもらえないかもしれないけれども、包み隠さず話さないと)
そう思った僕は、今まで僕たちが行ってきたことをアリアの笑顔と頷きを交えながら話していった
一方その頃、ポルカとリドは黒い石炭で覆われた街々を横並びに歩き回っていた。
幸い、二人はハジメのようなアクシデントに見舞われることなく、消え去った無邪気な従業員一名と真面目だけどどこか危なっかしい従業員一名の計二名の捜索にあたっていた。
その二人を同じように見つけようとするポルカはというと、敬礼のポーズをとりながら人の生活気配のない、黒くすすれた街を眺めていた
「うーん、リドさん。ここら辺にはアリアちゃんとハジメくん、いないみたいですね。というよりも、アリアちゃんとハジメくんどころか、人の気配が皆無なんですけど?」
「そうだな。俺以外はこの国初めてなんだから、もっと慎重に言ってほしいんだが……。ああ、それは……。まあ、ハジメたちに出会ってからその件は説明するから、それまでは内緒ってことでいいか?」
「分かりました!内緒は皆で分け合った方が楽しいですから、二人を早く見つけ出しましょう」
消えてしまった二人を見つけることに一致団結したリドとポルカは、人の気配のない黒い街から街へと次々歩いていくのだった
リドとポルカに探されていることを知らない捜索対象の二人は、目の前に居る黒い二人組に今までの出来事をすべて話し終えていた
暗黙のルールを破ったことや、そのルールを破ることのできる手段があること、そのルールを破ってきたことを、水・風・土の国を治める守護者に了解を得てきたこと、火の国の守護者にも了解を得たいということ、他にも仲間がいて、その仲間とはぐれてしまったこと。包み隠さず、僕たちは話していた
「……、まさか海を泳がずにわたる手段がこの世に存在するなんて……。」
「………。」
信じられないという表情をしている二人に、相変わらず元気が売りのアリアは「驚いたでしょー!?」といって話しかけている
(やっぱり、この世界の人たちにとって、海は泳ぐべきものであって、それ以外の方法はないと決めつけていたんだな。まあ、僕は泳ぎたくても泳げないから、海の上を移動することになったら船っていう考えが浮かんだんだけど)
改めて、僕の住んでいた日本とこの世界の住人の考え方の違いに驚いていた。
そんな僕の驚きを見透かすように除いてきた赤い瞳に、僕は驚きを心の奥に隠した
「まあでも、他国から来たことを証明できる生き証人が目の前にいるからね、あんたさんたちの言うこと、私は信じておくよ」
「…。」
「ああ、ウリも信じるってさ」
二人は生き証人であるエメラルド色の髪をもつアリアを見て、頷いていた。もしかしたら、僕一人だったら信じてもらえなかったかもしれないと思うと、アリアが僕を見つけてくれたのはラッキーだったと思う。それ以外でも、いろいろとラッキーだと思ったが今は言わないでおく
「そうそう!」
黒い街に映える色の瞳を大きくしながら、アリアは手を叩く
「この街、人の気配って言うの?それが全くないんだけれど、それはどうして?」
無邪気にいう彼女のそれに、目の前の二人組、タチカとウリはピクリと肩を動かしていた
(もしかして、聞いてはいけないことなんじゃ……?)
僕がハラハラしながら二人組とアリアを交互に見ていると、タチカがクスリと声をあげていた
「ああ、気づいたかい?ここにある黒い街には、ちょっとした秘密が隠れているんだよ」
黒い街並みを軽く見回したタチカの表情に、僕は息をのむ
「覗いてみるかい、この国の秘密と影を」
にやりとたたえた不気味な笑みが、より黒く見えたのは僕の気のせいではなかったようだ。




