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積み木の世界  作者: レンガ
~ 火の国 ~
188/189

赤い炎

「はあ。」

 

 僕は身体の中にためこんだ空気を一気に絞り出してからひとつため息をさらにもらした。

 目の前で手を尚も差し出し続けるふたりに、僕は重い口を開くことにした。


「すみません。赤ん坊が知ってるとか、知ってないとかいう話以前に、僕はこの国の常識を知りません。なぜなら、僕が異国からやってきた旅人だからです」


 分かりますか、言葉の意味?という表情とともにその言葉を送ると、二人は僕の顔を見た後、振り返って何やらコソコソし始めた。


「あの小僧、頭おかしいんじゃないのかい?」

「……。」

「ああ、そうだよ。自分を旅人と名のる時点で胡散臭さ100倍さ。この国に旅人なんて来るはずないのにさ」

「………。」

「それもそうだ。それならどうしてあの小僧はあんな嘘をつくんだろうか?」

「…。」

「そう、なるのかね。」

「…。」

「うーん…。」


 結論が出たらしいコソコソ話は、女性の唸り声を最後に終わったようだ。

(コソコソ話って内緒にすべき相手の前でするものか?片方ぜんぶ丸ぎ声だし、意味あるのか……。)


 振り返っていた二人が僕に視線を戻すと同時に、僕も思考を閉じ気を引き締めていた。ある程度何を言われるかは予想できたからだ。

 ただ、その予想は今まで国を渡ってきた経験に基づくものである。そしてその経験があったとしても、人は時に何を言い出すのか分からないものなのだと、後に投げかけられる言葉で僕は理解することになる

 

「あんた…。」


 女性が僕の方をまじまじと見つめる。僕のなりを見ているのだろう。足下から頭のてっぺんまで、言葉をわざと区切った後静かに彼女は僕を見上げていっていた。

 そして見上げ終わった女性は、彼女にとっての疑問、僕にとっての爆弾という名の言葉を投下した。



「ちっさいな、年の割に」



「…………、は?」

(何を言っているのやら、初対面でこの人は)


先ほど言われた言葉を心の中で自動的に連続再生させる僕は、相手が目の前で戸惑う姿を見ていたが、見ていなかった。


「いやいや、冗談!冗談だか…ら…ってあら?」

(ちっさい、ちっさい、ちっさい、ちっさい……。)


 からかうつもりで言ったのだろう女性の身長は、僕よりも大きかった。明らかに、大きかった。だから、そう言われても仕方ないと思っていたし、そう言われるだろうと思っていた。

(思って……、いたさ。)


 思っていたけれども、それを言うタイミングが明らかにおかしいだろう?という

僕の主張は、心の中でふつふつと湧き上がっていくのだ。


「はは、ははは。そうです、いや、そうだねおばさん」

 僕の心の激情をあらわす火山はすでに活性化していて、ふつふつどころの話では済まされない程に僕の心は荒れていた。


 いまわしい、この理不尽な巻き込まれ体質(異世界限定)。

 さらにいまわしい、この僕の薄汚れた心のマグマ(闇)。

 もっともいまわしく、おぞましい、僕のこの背の低さ……。


 おばさんと呼ばれ、機嫌を少し損ねている目の前の女性のことなどどうでもよかった。というか、眼中になかったのだ。彼女を視界に入れる前に、この赤く熟れあがった大量のトマトを煮込みに煮込み続け、炭と化す一歩手前に毒薬、劇薬を入れ続けたようなこの感情のうねりをマグマに溶かしたいという、煮詰められた感情。


 この際、言葉づかいが汚いぞ、目上の人には優しく、丁寧にねなんて考え、

 

(くそくらえ、だな)


という結論が出た僕は、毒という名のマグマの片鱗を吐き出す。


「おばさん。僕が言うのもなんだけど、言葉を使う時は気を付けた方がいいと思う。いや、気をつけないとどうなるかなんて僕も保証できないや。でもってその口、詫びの言葉を発するまで閉じておくことをすすめるよ。というより、しろ」


 飛び切りの笑顔とその裏にある赤の激情を貼り付けた僕が、濃い毒を吐き出そうとした時だった。


「ハージーメー!!」


 どんよりとした僕の心と正反対の澄んだ声は、僕のマグマを落ち着かせるには少し足りなかったが、のちに与えられる衝撃を考えた僕は、自然と冷静になっていた。

 ドドドドという、非常に分かりやすい移動音をたてて近づいてくる正体に、僕は貼り付けていた笑顔を外す。かなり遠くから聞こえてきたはずのその声の持ち主は、軽い地響きとともに僕に抱き着き倒すことで、停止した。


 ドズザァ、という音をたてて倒してきた本人の名を僕は呼ぶ。


「……アリア。」


 はぐれたはずの人と出会うことができたという安堵と思いっ切り頭を地面にこすり付けられるように倒されたという事実とで、僕は身も心も昇天しそうになった。そんな僕の事情を知るわけもない彼女、アリアは倒れ伏している僕を抱き起こしてからまた抱きしめた。


「もう!ハジメだけ消えたと思ったら、私たちもバラバラに消えてね!それで、とりあえず、飛びかかってきた人たちを撒くために、ずっと向こうの方から走ってきたんだけど、その時ハジメの声が聞こえて来たからね」


 出会えたことに嬉しくて!という様子でいうアリアの言葉に微かな意識の中で頷いていると、黒い二人組(僕の目の前でコソコソしていた)がアリアに向かって話しかけてきた。


「あんたさんももしかして、このハジメ?とやらと一緒に旅してきた人かい?」

「そうだよ!私たちは水の国からやってきた旅人なんだ」


 流星のように登場したアリアに眉を吊り上げている女性の問いに、アリアは相変わらずの元気な声で応えていた。体と服についた砂ぼこりを払い、先に立ち上がったアリアに手をひかれ、僕も立ち上がる。砂の舞う風の中でも失うことのない輝きを放つそのエメラルド色の髪は、目の前にいた黒い二人組を魅了するには十分だったようだ。赤い瞳を持つふたり組の目が輝いていた


「へえ、そうなんだね。……、どう思う?」

「……。」


 明らかに異国人に見えるアリアを前に何もしゃべらない方に話しかける女性は、僕たちの前で堂々と相談をし始める。時折、エメラルド色の髪をもつアリアを盗み見しながら。

 二人の話の内容は相変わらず丸ぎ声だった


「まあ、そうさね。まずこの国生まれではお目にかかれないような髪と目の色をしているし。」

「………。」

「決まりかね?やれやれ、面倒だ」


 話は終わりというように頭をふる女性は、僕たちを軽く睨んだ。

「分かった。あんたらさんが、異国からの旅人だというのは信用しよう。そして、そっちの黒髪の小僧がさっき私に吹っかけようとした毒の数々についてのお咎めもなしにしようかね」


 睨んでいたはずの目を丸め、優しく微笑む女性にアリアは嬉しそうに微笑みを返した。

 でも、僕だけはそういう訳にはいかなかった。


(吹っかけようとした毒の数々って?)


 僕が心の中で思い浮かべていると、目の前の女性が皮肉ったような声で笑った。


「ああ、言ってなかったかね、小僧。というよりも、ソウダ=ハジメ。私は人の心の内が、特に悪に満ち足りた感情には誰よりも敏感なんだ。ついでに言うと、その感情を辿って、性格と名前を割り出すことができるのがあたしの生まれつきでね。だからと言うのではないが、あまりどす黒い感情を心の内に秘め続けると私にばれてしまうよ。今後はそれをほどほどにするこったね」


 不敵な笑みを浮かべる女性を前に、僕はもうここにある砂たちと同じように塵になってしまおうかと考えた。彼女の言葉に不思議そうに首を傾げるアリアは僕に、


「ハジメって心の中で毒づいていたの?どんな?」


 何々?という好奇心の塊と化したアリアを簡単に宥めながら、僕は何でもないよと答えていた。


(何でもないよ、しか言いようがないけれさ……、心のうちが読めるって反則じゃないか。まだ、嘘発見器の真実の硝子の方がよっぽど可愛げがあるってもんだよな)


 ガックリと肩を落とした僕の中のブラックな心の持ち主は、心の隅に速やかに退場していったのだった

 そんな僕を見かねてか、僕とアリアの前にいる二人組はかすかに笑っていた


「まあ、毒がどうとかいう話はどうでもいい。そして、この国の常識についても今は黙っておくことにしようかね」


 ダン

 ただ一歩、女性は足を僕たちの方へと踏み出す。


「説明してもらおうか、あんたら旅人がこの国に来た経緯と目的を」


 砂塵の舞う黒い街で、僕たちは二人組のその瞳に宿る赤い炎をまっすぐと見据えた。

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