今
アリアが呼び込んだお客様を僕は店内へと連れて行く
レストランは予想以上の人で溢れかえっていた為、急遽、立食式にしたのだと言うリドは、僕に料理を手渡す
「まあ、とりあえず頑張ってくれ。誕生日で悪いけどな」
そう言われながらお客の方を振り返った僕は、お客の群れを見る
まあ、確かにお客を呼ぶのに口コミの力は偉大だと思う
思うよ
けれども!
これはいくらなんでも呼び過ぎなのでは?
僕はお客の対応に追われている彼女に少し呆れた視線を送りながら、黙々と注文された料理を運んで行くのだった
すでに太陽が地平線に沈み、月と星の輝きにレストランがしばらく照らされた後、終わりの時間はやってきた
「はいはーい!これにて、レストラン宿り木は閉店させていただきます!!皆さん、有意義な時間は過ごせましたか?」
夜になっても疲れを知らずにフロアを歩き続ける彼女のよく通る声が船内に響き渡る
それを聞いた客がバラバラに返事するのが聞こえる
まだこのまま過ごしたい
料理まだ食べたらないよ
このまま寝ちゃったら駄目なの?ここ、心地いいのよね
海の上で揺れるこの空間とリドの料理、皆で過ごすことの楽しさに、ここにいるすべての人が魅了されていた
それを見かねたリドがアリアに言う
「まあ、朝までだったらこのままでいいんじゃないか?料理も出せるだけだそう」
「マスターがそれでいいなら!」
マスターの提案に嬉しそうなアリアも、この時間を終わりにしたくなかったみたいだ
「じゃあ、皆さん!時間が許す方は朝までここにいてくださいね!」
そのアリアの声をきいたお客が嬉しさで歓声を上げるのを聴いて、僕は思う
一刻も早く終わってほしい時間と、終わってほしくない時間、人にはそれがあるのだと
楽しい時間は終わってほしくない。むしろ、永遠に続いてほしいと思うし、願う
逆に、楽しくない時間は早く終わってほしいと思う
早く過ぎ去ってしまえと、そう思うこともあるだろう
大半の人がそうだ
かく言う僕もその一人なのだが
僕は店内でそれぞれにくつろぐお客を眺める
おもいおもいに語り合うその楽しそうな人を、僕は今まできちんと見てきたのだろうか
あの、日本の世界で
僕は今起こっているような出来事があったか思い出そうとしたが、やめた
思い出さなくても分かる
見てきていない
だからこそ、この世界で見て初めて魅了されている
和やかな空気の中で、人と人とがつながり合う喜びに
そう考えると、僕は18年間、いや19年もの間か
もったいないことをした
人と人とのつながりを自ら拒んできたのだから
僕がそのことを後悔していると、ポンと軽く肩を叩かれた
振り返る僕の目に映ったのは、エメラルド色の髪をなびかせ、僕の目を覗き込む夜色の瞳の持ち主だった
「どうしたの、ハジメ?」
何か元気ないけど?という彼女の言葉に僕は観念したように口を開く
「・・・ちょっと、ね」
「ちょっと?」
「楽しそうなことに気づかなかった時間が、もったいないなと思ってね」
背の高い彼女を見上げた僕は苦笑する
どうしてこんなことを僕は彼女に言っているのだろう
僕は何でもない、忘れてくれないかな?と、言った言葉を誤魔化そうとしたときだ
彼女は僕の両肩に手を置いて、僕の視線に合わせるように顔を横に並べた
「ハジメ、今はどう?」
「今?」
彼女の真剣そうな瞳に僕は、先ほど見ていたお客たちを見る
「そうだね・・・。楽しいと思う」
僕はお客の方を見ながら、彼女の問いに答えた
この答えが何を意味するのかなんて僕には分からないけれど、今は間違いなく楽しいから
そう言った僕の後、彼女は横でクスリと笑い、口を開く
「今が楽しいならいいんじゃない?」
彼女の言った言葉に僕は目を瞠る
「今、ハジメが楽しいと思えたことが意味のあることなんだよ。昔は楽しいと思えなかったかもしれない。けれど、それがあるからこそ、今楽しいと思えるんじゃないの?」
違うかな?と言う彼女の言葉に僕はただ驚く
今、楽しめるのは過去のこと、経験したことがあるからこそ楽しいと思えるのだと、そう言われたのだ
もっと簡単に言うと、
もったいないと僕が思ったことも、僕自身が経験したものの一つ
だから、無駄なものではない
それがあるからこそ、今が楽しめるんだし、今の僕があるのだと、
僕より年下の異世界人である彼女は言ってくれたのだ
僕は今まで考えていたことをかなぐり捨てて、答えた
「違わない」
僕は横にいたアリアの顔を真正面から見るために、彼女の手から抜け出した
「違わないよ」
僕の笑顔に感化された彼女の笑顔は、少し薄暗い店内の中、夜道に咲く一輪の花のように咲き誇っていた
そんな笑顔もつかの間、帰るお客と帰らないお客の相手に追われていると、お客の一人から話しかけられた
「ねえ、明日もあるんでしょ?このお店」
何時から?というお客の言葉に僕は戸惑う
そう言えば、今日のことしか考えていなかったような
アリアはどうするつもりだろう
僕は彼女がどうお客に言うのか、待つことにした。
お久しぶりです。今日は2話以上投稿できると思います。
よろしくお願いします!




