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【掌編】メメント・モリ

作者: 樊城 門人


 私はいつの間にか闇のなかにいた。視界も効かない暗黒はまるで私を嗤笑するように蠢いていた。覚えていることは少ない。私は哲学者であった。ある大学でフッサールの現象学について教鞭をとっていたと記憶する。私の名についてはどうでもいいだろう。この名状しがたい漆黒のなかでは些細なことだ。果てしない暗がり。奥底まで宏大な広がりを見せるそれは、私を恐怖と絶望のなかに叩き落とす。ここは地獄なのだろうか? まさしくそうとしかいいようがない。周囲にはなにひとつとして確認できず、ただ闇があるだけであり、私自身の感覚でさえ模糊なものと化していた。忍び寄るすべてが忌々しく、孤独で充溢していた。私は心細くなっていく。だれもいない。ここにはなにもない。私のあらゆる知性や過去がここではなんの意味もないのだ。嗚呼、それから何時間経ったのかは知らない。ふと私は仄かな光が闇のなかで瞬くのを感じた。鉛が沈殿していた私の胸中に一筋の希望が射す。まさしくそのときの心中といえば、夜暗のなかで置いてけぼりにあった幼児が、自らの母親を遠目に見出したようなものだった。私は死に物狂いで光へと近づいた。感覚はすでに薄れていた。手や足などという概念がすでになくなっていたことに戦慄を覚えながら、私はただ一心にそこへと向かった。段々と光が近づくにつれ、私は何か突き刺すような不快感を感じた。なにか、おぞましく、この世のものとは思えないような情景が繰り広げられているように思えた。私は光を背景に人影を知覚した。それは無数の大群であった。ひどく年老いた者、まだ形容しがたい様相を呈すものたちの行進。かれらはみな、光を背にこちらへと歩んでくる。希望を浮かべるものや絶望するものなど様々であったが、ただひとついえることはこの終焉の空間へと隊伍を組んで進んでくることなのだ。私は悲鳴をあげることもできずにただ見つめていた。一人が闇に呑み込まれて消えていった。一人、二人、三人。私は叫ぼうとした。いますぐ引き返せと怒号をあげようともした。だがすべては無力だった。人々の行進は全自動の機械のようだ。かれらは一様になんの疑いもなく、闇へと突進する。そして二度と戻らない。かれらはみな虚無となる。人類、いや、生命すべてへの冒涜的な性質を持つこの空間はなんなのか。私はやっと気づいた。分解され、個性が霧消し、思案という思案がもぎ取られ、ただひとつの無となる場所。



 おお、死を忘れてはならぬ! この狂気すら容易く腹の中に収める化物を!


 メメント・モリ!




 【了(二稿目)】


吐き出す必要があった。この深くうずくまる不安を宥めるために。つまりはそういうことなのです。ときたまにこういうものを書きたくなる。


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― 新着の感想 ―
[一言]  洗練された言葉によって書き記されたメモは、恐怖や絶望を孕みながら、美しさ、人の生命の輝きをも内包していました。  何なのかはわかりません。恍惚とでもいうのでしょうか。深淵の中で彼は恐れ以上…
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