「ほんとーに賢い生徒は、第三王女派だしな」
ボイドが何も言わず玄関ホールから立ち去ると、この場にはコルデリアとわたしだけになった。
「ベニ、あんなやつのいう事は気にしなければいいのよ。階級差別なんて、お金も持ってないのにプライドだけは高い中流階級のやつらのすることなんだから」
「大丈夫。気にしてないよ」
「強い子ね」とコルデリアは言って、わたしを手招きする。「ベニ、わたしとあなたは同室なの。ルームメイトってわけ。これからよろしくね」
「うん。よろしく」
部屋は二階の隅で、着くのに時間がかかったが、それは二人で話しながらゆっくり歩いたからだ。コルデリアはわたしにいろいろな話を聞かせてくれた。この寮で、ボイドのような階級差別主義者は結構多いことや、寮長である二年生のカミラ・ベルは実は上流階級の家の庶子(正式な婚姻関係にない両親から生まれた子供のうち、父親に認知された者)で、でもボイドのような差別はしない人だということなど。男子寮にかっこいい生徒がいたことなどを教えてくれた。そしてわたしが十歳だと知ると、
「あなたの両親は頭可笑しいわ! なんたってこんな小さい子を魔法使いになんか……」
と言ってくれた。同情しているのかは知らないが、わたしは孤児だ。親の顔なんか知らないし、それに、あんな孤児院にいるほうが、死ぬ可能性は高い。だからわたしは魔法使いになりたい、そう決めたんだ。それに、魔法使いになるのに、年齢は関係ないじゃん。しかしコルデリアはすんばらしくメイワクな爆弾を落としていった。
「魔法使いって、ただでさえ死亡率高いのよ」
は? え、うん?
どういうこと、とコルデリアに聞くと、まあ、と驚いたように目を見開いて、言う。
「やっぱり知らないのね……。魔法使いの就職先は、表向きはとても広いって言われているけど、大体みんなは軍隊に入れられるのよ。そこですばらしい功績を残せば出世して、王宮にでもどこでも働けるのよ。
人間よりも強い力を持つ魔法使いが十人、いや、百人単位でいる軍隊よ? それだけ集めれば、どこの国に戦争を仕掛けても負けなしよ」
「……えっ、え」
「でも、やっぱりそんなのが何人もいたら、事故とか起こって当たり前じゃない? 軍の中で魔法使い同士が魔力を暴走させて、一隊が壊滅したっていううわさもあるし……。あんまり子供にはオススメできないわ」
でも、コルデリアだってこどもじゃんか。わたしは違うもん、前世の記憶を持ってるから、お前より精神年齢は二十歳上だもん。ぎゅうううっとスカートのすそを握って、頭の中で違う、違う、と否定する。わたしは違うもん……。ああ、でもなにが違うというのだろう。
わたしは生きるために魔法使いになろうとしたんだ。
そのために、必死こいて、今まで勉強して、誰よりも本を読んだ……。そうして、頭はよくなったし、知識もたくさん身についた。でも、でも……。いまさらになって足ががくがく震える。わたしは生きたかった、生きたかったのに。
そんな現実、知りたくなかったと笑う。でも、そんなこと言ったって、もう手遅れだったなんて、それこそなきそうだわ。
待ちに待っていたはずの魔法学校の入学式が始まった。待ち望んでいたはずなのに、どうしても素直に喜べない。寧ろ、泣きそうだ。
どうして国が魔法使いを欲したのか。近く、隣国と戦争をするらしい。隣国は魔法使い開発がまだまだだから、魔法使いを大量に使えば、余裕で勝てる戦争だそうだ。この国には今、現王が病に倒れて、ちゃんと政治が成り立っていない。第一王女が二年前に亡くなり、第二王女と第三王女の後継者争いでどろどろらしい。今回の戦争は、第二王女が発案者らしく、中心で動いているそうだ。
壇台でスピーチをしている男性をちらりと見やる。先ほど自己紹介をしていたが、そういえばろくに聞いていなかった。大きな声を張り上げ、若さゆえか、どこか暴走しがちな内容のスピーチをしていた。
「魔法とは才能そのものだ! それを使う君たちは才能に選ばれたものである! 誇りをもて、そして国のために生きるのだ。それこそが、われら魔法使いの使命である。
いずれこの国を魔法が支配する時代がくるであろう。その運命のときに備えるのだ」
運命のとき、かぁ。
わたしがぼんやりとしていると、隣に立っていた男子が、ぼそりとぼやいた。
「なぁにが、運命のときだ。おれたち魔法使いを、まるで捨て駒みてえに使う、あの戦争のことを言ってんだ。こんなの、国家に服従させるための情操教育みてえなもんじゃねえか」
「……情操教育?」
わたしが聞きかえると、男の子はびっくりしたように目を見開いて、それから続けた。
「ああ。あいつ、第二王女派のヤツなんだ。ほら、第二王女は、魔法使い差別の第一人者って言われてんだろ? それなのに、貴族生まれの魔法使いには、あっまい餌をひっさげて釣る――――あいつもどっかの公爵だかの息子だろうよ―――」わたしはちらりと横目でスピーチをしている男を見やる。そして、周囲の生徒も。周囲の生徒は、ああ、確かに、男をにらむように見ているのがほとんどだった。何人か、真剣に聞いている生徒もいたが。「真剣に聞いてんのは、特別クラスや通常クラスの、中流階級のやつらさ。ほんとーに賢い生徒は、第三王女派だしな」
「あなたは、特別クラスなの?」
「ああ。お前も?」
わたしはこくんと頷き、男の子を見やる。背丈はわたしよりずっと大きい。十五歳くらいの少年だった。赤毛の髪を肩まで伸ばして、やはり目は苔色だった。
「おれは、カラム・クリントン。没落貴族の息子さ。でも、親父も死んで、お袋もつい先月。見かねた叔父さんに、この魔法学校に推薦されたんだ。叔父さんはすっごい魔法使いで、王宮で働いてんだ」
「わたしはベニ・カークランド。孤児、なんだ」
出生を告げると、やはりカラムは少し眉根を寄せる。「そっか、じゃ、おんなじだな」
「うん。そうだね」あんたと同じでたまるもんですか、ばーか。賢い子なんだろうけど、同情はいらねえよ。つーか、その『おんなじ』って言葉の中に、『おれよりかわいそうなやつだ』っていう見下しが見えたぜ、小僧。わたしは別に同情がほしくてこんなとこに来たわけじゃない。お腹いっぱいには食えないけど、困らない程度には食べていけた。あんなぁ、施しがほしいほど飢えてたら、こんなとここねえよ。
でもカラムくんはいい奴です。この先友人となってくれるか、主人公の性格を矯正しない限り無理そうですが。




