「……イヴ」
赤い瞳を持つ少年は、同じく赤い瞳を持つ少女に出会いました。少女は自分のことを魔法使いと名乗りましたが、しかし彼女の瞳は変わらず赤いままです。魔法使いなら、苔色になるはずなのに。少年が少女にそう問いただすと、少女は曖昧に笑いました。
「きみの赤は、毒々しい色をしているね」
「魔力の質が、みんなと違うんだって……。ねえ、ぼくも『偉大なる魔法使い』みたいになれるかなぁ」
少女は、少年のその言葉に、泣きそうな顔をしながら言いました。
「あまり、いいものじゃあないのよ」
*
キャヴェンディッシュは飛び起きた。いやな夢をみた、そう呟いてベッドから降りる。ふかふかの豪奢なベッド。それはあの少女、ベニが望むもののひとつ……。いや、ベニは、キャヴェンディッシュのようになることが夢なのだ。幼かった自分にとっての憧れがオズマンド・バーンなら、彼女にとっての憧れは、アダム・キャヴェンディッシュであろう。
でもそれは。
彼女が広く世界を知らないからだ。
魔法学校にいけばきっとすばらしい人々に出会えるだろう。そして友を得る。ライバルも得るだろう。魔法使いにとって、ただの人間など同格に値しない。彼らは自分たちにとって下の存在だ。だからこそベニは、あの孤児院の誰にも、心を開くことはしなかった。
「……イヴ、ぼくはここにいるよ」
ぽっかりと心に開いた穴。イヴ、どうしてきみはいなくなってしまったんだ。ぼくはきみがいなくなってから、まるで自分の体が半分なくなってしまったかのような錯覚に陥っているんだよ。ねえ、イヴ。
ベニから届いたお礼の手紙をぐしゃりと握りつぶす。あの魔法学校にベニを推薦したのは自分だ。彼女はそれに律儀に礼を言ってきたのだ。その行動が、さらに彼女の不気味さを引き立てる。ただの十歳児が、こんなことするだろうか。
*
ベニはトランクに少ない私物を詰め込んだ。荷物は少ないほうがいい。だってこれから増えるのだから。あのキャヴェンディッシュさんがヴィッカー魔法学校にわたしを推薦してくれなければ、奨学金だってもらえなかったし、魔法使いへの道を断念することにしていただろう。わたしはキャヴェンディッシュさんに感謝の手紙を出した。あの人はわたしを選んでくれなかったけど、でもとってもいい人だ。まるで物語の中みたいな、絵にかいたような善い人……。
でも、本当にそんな人が現実にいるのだろうか。
ふと、キャヴェンディッシュさんの瞳を思い出す。彼が一瞬だけ見せた冷たい瞳。その目で、わたしを射抜くように見た。全部見透かされるような気がして、わたしは目をそらしたのだ。
深い深い苔色をしている。でもそれは、彼が魔法使いだから。
わたしは立ち上がり、壁にかけてある鏡を見た。いま自室にはわたししかいない。つまり、今この時だけは、自分の瞳の色がわかるのだ。どきどきしながら鏡をのぞく。
そこに写っていたのは。
*
床に敷かれた赤い絨毯を堂々と歩き、豪奢なとびらの前に立っている衛兵に「やあ」と手をかざす。衛兵は何も言わず、ただ儀礼的な礼をした。男はそれに一瞥くれると、自然に開いた扉の奥へ入った。
男が扉の向こうへ消えたのを確認すると、衛兵は顔をしかめ、忌々しそうにはき棄てる。
「元は卑しい身分のくせに。何が魔法使いだ」
もう一人の衛兵はため息をついて言う。
「仕方ないだろう。いまや、偉大なる魔法使いは国王よりも権力を持っているといっても過言ではない。
普通の人間であるおれらと、あの魔法使いたちは同じ生物ではないんだよ」
そのころ扉の向こうでは、豪奢なドレスを着た女性が椅子に腰掛け、男――――オズマンド・バーンと茶を飲んでいた。
オズマンドは、長い黒髪をサムライテールにして、獣のような瞳をぎんぎら苔色に光らせていた。どうやら女性は魔法使いらしい。
「第三王女が、一体全体おれになんのようだい」獣のような瞳を女――レーガン・ワーナーに向ける。レーガンはふんと鼻を鳴らし、優雅な動作でカップを机に置いた。
「いいえ。ただ、もうそろそろだと思っただけよ」
「もうそろそろ?」オズマンドは心当たりがなさそうに腕を組んだ。
「あの時、あなたにはずいぶん助けられたわね。そうそう、十年前のことだから、わたしもまだ十五歳の若くてピチピチの生娘だったわ」
「いや、あんたの処女は確かおまえが十四のときにおれがもらったし生娘じゃねえだろ」
「それをおぼえていてなんで十年前のことをおぼえてないのよ!」
レーガンは憤慨したように立ち上がり、勢いよく机をたたいた。「ほら、あのイヴよ!」
「ああ、イヴ。そういえばいたなぁ―――そんな赤目が」
「……」―――なんだ、おぼえてるんじゃない―――レーガンは再びふんと鼻を鳴らし、椅子に座る。オズマンドはうれしそうに笑いながら言った。
「で、なんだ。イヴが帰ってきたのか?」
「ええ。帰ってきたのよ」
レーガンは目をうれしそうに光らせて笑う。イヴという少女、誰よりもわたしたちに、やさしくしてくれた人間―――。いや、たぶん彼女は魔法使いだったのだろう。でも、それでもいい。彼女が自分たちに優しくしてくれたということが重要なのだ。
イヴ。命ある者。赤い瞳を持つ、われらが最愛。あなたを再びこの手で抱けるなら、わたしたちは世界を滅ぼしても構わない。
一章完結です。
次話より二章、ついに魔法学校に入学します。




