「メアリー。メアリー・ネイサン」
どっくん! 心臓が高鳴るのを感じた。彼の瞳をもう一度見る。深い苔色をしている。そしてメアリー。彼女も苔色だ! ひとつ、安心できるところがあるとすれば、わたしも同じように苔色をしていたということだろうか。それはつまり、わたしは魔法使いになれるということなのだから。でも不安なこともある。メアリー、まさか彼女も魔法使いだったとは。
「選ぶのは一人だけだよ。どちらにしようかな」
楽しそうに、まるで子供のように言うキャヴェンディッシュさん。彼の深い苔色がわたしを射抜くように見る。なぜ、器量もぱっとしない、おとなしいだけの娘、メアリーが案内役に選ばれたのか。引き立て役なんていう名目なんかじゃない。院長は魔法使いの選別方法を知っていたのだ。いや、おそらく、キャヴェンディッシュさんによって予め教えられていた。引き立て役なのはエミリーのほうだったのだ。ちらりと横目でエミリーを見る。その目は、明日への希望に満ち溢れて、きらきらと光っていた。でも、彼女の瞳は碧眼。つまり彼女は魔法使いではない……。
顔がカアっと赤くなり、もうわたしはエミリーを直視できなくなった。今、わたしはエミリーを哀れだと思ったのだ。選ばれないのに、あんなにうれしそうにして、かわいそう。そんなにかわい子ぶっても、あなたが選ばれることは絶対にありえないのよ。わたしはエミリーを嘲笑したのだ。
どっくん、どっくん、どっくん。わたしはまるでメアリーのように顔を下に向けた。あのころのように、はだしではない足がきれいなスカートの端からのぞく。もう昔とはちがうのだ。ボロボロの靴下でもない。ちゃんと靴を履いている……。きっと院長は、わたしたちの中から里子を出すのに、キャヴェンディッシュさんからお金をたくさんもらったはずだ。じゃなければ、わたしたちはこんなにきれいな服を着せてもらえなかっただろう。
「そうだ、君の名前を聞いていなかったね。教えてくれないか?」
キャヴェンディッシュさんは、さっきみたいな子供のような顔を突然変えて、初めて見たときのような優しげな微笑をわたしに向けた。そして横目でちらりとメアリーも見る。だけどエミリーは見ない。視界に入れようともしない。かわいそうなエミリー、あなたはそれに気づきもしないのね。
わたしはぐっと手に力をこめて、スカートを掴んだ。しわになるかもしれないけど、まあかまうことは無い。そうだ、わたしは魔法使いになるのだ。だから、キャヴェンディッシュさんがどれほど底の知れない黒い人だろうと、恐ろしい人だろうと! わたしは臆しない。この人を利用して、この人を踏み台にして、わたしは幸せを手に入れるんだ。
「ベニ、ただのベニです」
キャヴェンディッシュさんは眉を少しピクピクとさせ、「ふうん、ベニさん。では赤毛の君は?」とメアリーに聞く。メアリーはのっそりと顔をあげた。長い前髪がたれて、彼女の顔がよく見えた。そういえば、わたしは初めて、彼女の顔をしっかりと見たかもしれない。暗みを帯びた苔色の瞳が、ただ静かにキャヴェンディッシュさんを見つめた。そして、彼女は初めて口を開いた。
「メアリー。メアリー・ネイサン」
*
名前には意味がある。
それというのも、人間というのは魔法という概念の塊であるからだ。つま先からてっぺんまで、魔法というのはわれわれを縛って離さない。われわれ同士が近くにいると瞳が苔色になるのも、その理由のひとつといえよう。だからこそ、名前というのは大切なのだ。それは、うまく作用すれば、強大な魔法を生む。
メアリーネイサンと名乗った少女。メアリーは神の贈り物、ネイサンは神の与えしものという意味だ。二つの意味はほぼ同じで、二重にかぶるということは、かなり強大な力になりえる。もう一人の女の子……確かベニと言った。あれはだめだ。確かに魔法の素質はある。筋は悪くないだろうし、きっと頭もいいんだろう。野心もあるようだ。しかしそれではだめなのだ。
魔法使いの世界は、運と実力のみが物を言う世界である。
努力や、野心なんかでひっくり返るものではない。
だからこそ労働階級から『偉大なる魔法使い』と呼ばれた彼が生まれたのだ。才能とは無差別に点在する。オズマンド・バーンは肉屋の息子だったらしいじゃないか。彼の魔法の才能が世に知れることになったのは、彼が偶然客として現れた魔法使いと接触したときだったらしい。彼のあまりの魔力の強さに、魔法使いの瞳はぎんぎらと苔色が強く自己主張をして、そのあまりの痛みに魔法使いは涙を流したらしい。オズマンドはその日まで、魔法の能力を独学で(とても信じられることではないが)習得していて、それを肉を管理し、切断するのに使っていたらしい。彼の魔力は壮大な力で、おそらく彼は百年やそこらでは死に絶えることはないだろう。
魔法使いとは、才能の塊である。魔法とはすなわち、才能そのものである。
そこまで思案して、キャヴェンディッシュ――――アダム・キャヴェンディッシュは、はははははは! と高笑いをした。彼の座っている高級そうな彫刻があしらわれている椅子のすぐ横には、目を見開き、口からは泡を吹いたキャヴェンディッシュ夫人が息絶えていた。どうやら本物の夫人ではなかったらしい。そもそも、彼は独り身であるし、領主でもないのだが。
「いや、いい収穫だった。オズマンドほどではないが―――彼女はきっと、すばらしい魔法使いとなってくれることだろう」




