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ペレストロイカ  作者: ゾン子
海市蜃楼編
10/12

「そうだ、しのう」



 入学式が終わり、わたしたちを待っていたのは、恐ろしい鬼教官の体力づくりメニューだった。正直に言って、初日はもう死ぬかと思った。午後の授業が始まるころには皆ぐったりと机の上で、「こんなはずじゃなかった」「しにたい」「そうだ、しのう」と呻いている。授業が始まると、皆今にも死にそうな顔をして、黒板に書かれた文字を写す。休み時間をはさみ(といっても、クラスの人は皆席から動こうとはしない)、待ちに待っていたはずの魔法の授業が始まった。しかし、先生の教えの通り、魔法を使おうとしても、目の前に用意された白い羽は一ミリも動いてくれない。クラスを見渡しても、羽を動かすことができた人間はいなかった。


「まあ、初日だし、皆さん体力も残っていないので、仕方ないでしょう」


 鬼教官基ボールドウィン先生がフォローをいれる。結局、魔法らしい魔法を使うことなく、初日が終了した。

 寮に戻ると走りこみだ。学園内をぐるぐる走り回る。はっはっはとあがる息に、重い足を引きずりながら、ああどうしてこうなったのだと心の中でわめきながら、ただ一心不乱に両足を交互に動かした。





 そういえば入学式の日、階級差別主義の方たちといろいろ衝突がありましたね。あーいやあそんなことすっかりさっぱり忘れてたわ。どうやらそれは、その階級差別主義の方も同じらしい。というか、こんなきっつい生活を一週間も続けていると、自然とクラスにはこの苦しみを一緒に味わっている仲間、みたいな意識が芽生え始め、優雅に魔法を扱っている通常クラス(通常クラスの生徒さんたちは、持ち前の財力を持ってして、プロの魔法使いさんたちに魔法をかけてもらって、体力を増幅してもらったそうなのでこんな体力づくりをする必要がないらしい。プロテインだ、反則だ)を目の敵にするようになった。通常クラスのお嬢様お坊ちゃま方もそれは一緒らしい。たまに中庭とかですれ違うと、「やーい貧乏人ー」と嘲笑される。しかし、それに一々突っかかる余裕なんてわたしたちにはない。少しでも足を止めると、体力づくりメニューを二倍に増やされる。しかも連帯責任でだ。もうたまったもんじゃない、一回だけある生徒がメニュー中に歩いてしまい、それを鬼教官にばれたときは大変だった。夕飯ギリギリまでずっと走らされていたのだから。終わりの無い走りこみほど、恐ろしいものはない。


 しかし、そうこうして一ヶ月。わたしたちの体に不思議なことがおこった。なんと、あんなにきついと思っていた練習メニューが、それほどつらくなくなったのである。そして、羽を一ミリも動かすことのできなかった魔法の授業で、一段階ぶっ飛ばして、近くにおいてあった本を浮かしたのだ。あれにはびっくりした。ちなみに、ちゃんとあとで羽にもチャレンジしてみたら、ちゃんと浮いた。

 成長の兆しが見えてくると、なんだかその後のつらい体力づくりメニューが楽しく思えてきた。たくさん走れば走るほど、わたしたちの魔力が強くなっている気がしたのだ。放課後の走りこみは、皆距離関係なく、自分が疲れるまで走った。それというのも、魔法が自分の体を無意識に強くしていってるので、疲れを感じるとこまでやらなければ意味がないのだそうだ。鬼教官はわたしたちが嬉々として走っているのを見て、うれしそうに座学の宿題を増やした。生徒は泣いた。



「でも、よかったのかもしれないわね、ベニ」コルデリアが言った。


「あんなにつらい練習メニューのお陰で、このクラスの仲がよくなったんだから」



 そう、どんどんつらくなる練習メニューに比例して、わたしたちのクラスの結束力も高まった。あれほど仲の悪かったエイプリルとだって、今は普通に友達になっている。エイプリルは初めて会ったときのことをこう語る。


「なんかね、あの鬼教官がわたしたちに差別なくきっつい練習メニューをさせる姿を見てたら、もうどうでもよくなっちゃったのよね」



 ちなみにちゃんと和解はした。しかし、カラムは今でもエイプリルとよく喧嘩する。まあ、それも、喧嘩できる体力が残るようになったときからのことで、結構最近のことなんだけど。

 座学の授業では、ちらほらと居眠りをする人が出てきた。カラムはその代表例である。一番前の席なのに、真っ先に寝るもんだから、鬼教官にブン殴られている。


 入学した当時では、まったくできなかった魔法も、入学して二ヶ月たった今、もう手で触れなくとも、紅茶を淹れることができるようになった。しかも、驚くことに、エイプリルはもう杖なしで魔法を使えるようになった。カラムもそれに対抗するように、杖を手放す。ちなみに通常クラスの生徒は、まだ一人も杖を手放した生徒はいない。それも、最短でも半年はかかるといわれていることを、その半分以下の二月で成し遂げる生徒は、そうそういないのだから。


「エイプリルって、天才だったんだ」


「おれも天才だろ!」カラムが対抗するように主張する。エイプリルはそれに鼻を高くして、高笑いした。


「ま、わたしに掛かればこんなの、なんてことないわ」


「エイプリル、そのへんに落ちてた木の棒でやってたんだよね……」



 ちなみにわたしは学校のお古をレンタルしたものである。普通に細長い棒だった。


「でもベニ、座学の成績はいつも一番だよね。一番ちっさいのに」



 コルデリアがわたしの頭をなでて言う。やめてくれ、子供扱いはやめてくれ。座学の成績についていえば、わたしには勉強ぐらいしかできないから、これくらいは当たり前なのだ。だから、ほめられてもうれしくないエヘヘ。




ベニに友達ができました。鬼教官もといボールドウィン先生の鬼メニューのおかげですね。



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