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第9話:二人の孤独(過去追想<2>)

 遂に具体的な文化祭の詳細を決めることとなった。毎年恒例の仕事として引き継ぎ資料に書いてあったものは、この高校の体育館で十時から十七時までショーやらライブやらの出し物を行う際の管理、グラウンド等でレクリエーションや出店の管理である。一番タチの悪いモノとしては、クラスごとに必死に考えているかは分からないが、とんでもなく下らなく且つ誰も喜ばないものを企画してきたものに許可をするものだ。既に中学生時にも味わってきたが、お化け屋敷、メイド喫茶、コスプレ喫茶等々、どこのライトノベルから引っ張って来たんだという企画ばかりであった。まあ、見るに堪えない素人映画や大根役者が揃った劇を見るよりはマシとは言えるが。

 この下らなくも愛おしい企画達を何とか良い物に仕上げなければならない。しかし、企画の量はもちろん全クラスからに加え、有志団体からも来ているので必然的に膨大になる。流石にこの量は独りでは裁くことは到底不可能である。なので、生徒会だけではもちろん到底全て回せないので、いわゆるどこの学校でもありがちな『文化祭実行委員会』がなけなし程度に発足した。ただ、悲しいことに大体クラスから2名ずつ派遣される人材なんて正直あぶれ物バーゲンセールで売りに出された者しか来ないので、当に『形だけ』なのだ。なので、適当に部屋で黙々と本を読んでいた数少ない生徒会のマトモな人、蒲郡に声を掛けることにした。

 彼はどうも愚直であるらしいというのは、日々の動態を観察していたので把握している。彼は、兎にも角にも物事にこだわり、ルールから少しでも外れた者には制裁を下す。ある意味誠実であるというか、正義感が強いというのか、そのような特徴を持っている。

 彼は必ず廊下を歩く際は、走る者を恫喝する。彼は必ず教室で漫画を読んでいる者を恫喝し、取り上げる。彼が行っていることは、学校側から見れば正義である。であるからして、彼のしていることは、倫理的にはナンセンスであっても、それはその学校の敷地内であれば正当な行為なのである。ましてや生徒会の者となれば尚のことである。

 そんな彼に声を掛け、仕事を手伝わせるのは、どう考えても正しいことである。そんな学校のルールをある意味命懸けで守っている奴なんだ、裏切るはずが無い。

 この頃からだ、蒲郡のことを良く考え始める様になったのは。

 そんな彼にイザ声を掛けると、

「むしろなんで声を掛けてくれなかったんだ?」

 と、生徒会らしからぬ返答が返って来た時には、拍子抜けであったと同時に、歓喜にも似た感情を抱いた。やはり生徒会だ、まともな奴は1人位居るのだ。

 早速蒲郡と放課後二人で話し合うことにした。


 放課後は門限が厳しいのであまり時間が使えない、と蒲郡から申し出があって、手短に近くの喫茶で話すことになった。本当は教室でも良かったのだが、他の生徒会の奴とあまり顔を合わせたく無かったので、このような選択になった。おそらく三好や港、それに大宮が入れば訳の分からぬ縁のもつれが無限ループするだけだ。無意味な議論になり、時間を消費するだけになりそうなので、接触は控えたい。

 学校の近くに古びた、まるで昭和時代を丸ごと切り取って来たような喫茶店がある。店の名前は「ママレード」。名から分かる通り、その喫茶店は自家製のママレードを売りとしている故、常連の間では、「ママ1つ」と言うと自動的にママレードが塗られた食パンとアメリカンコーヒーが出てくる。食パンも自家製で、朝と夕の二回焼いている。市販の量産型食パンと比べ、歯触りがモッチリして、砂糖を多めに入れているので、駄菓子を頬張っているような甘さが口に広がるのが特徴だ。ママレード自体甘さが控えめで、オレンジの爽やかな香りとほのかに感じる果皮の苦みとそれが上手い具合にバランスが取れているのだ。

 私もいわゆる常連の一人なので、適当に2人分の窓際のテーブル席を見つけ、腰掛ける。いつもは独りで使っているものだから、喫茶点の主人は少し驚いた顔をしていた。

「あら、今日は彼氏連れかい?」

 白髪混じりの6~70代と見られる黒縁のロイド眼鏡を掛けた主人は、大分くすんでいる前掛けのエプロンの腹の辺りに両サイドにあるポケットにそれぞれ手を突っ込み、私を問い詰める。

「いえ、違いますよ」

「いやいや、そうは見えないよ、お嬢ちゃん」

「だから違いますって」

 下らない応酬が2,3度続き、私は『ママ2つ』を頼んだ。

「そういえば、何で生徒会に入ったの?蒲郡くんは」

 注文の品が来るまでの繋ぎとして、私はありがちな話題を提供した。

「そう・・・・・・一番正義に近い場所、だからかな」

 只でさえ話す機会が無いので、蒲郡という人間が然程分かっていない。だが、この会話から察することは幾ばくか出来る。蒲郡は『正義』に取り憑かれているということだ。

 先程、蒲郡の普段の挙動を述べた通り、やはり『正義』に対する意識が異常なまでに高い。

「何でそこまで正義にこだわるの?」

「何で、って言われても、それが・・・・・・ボクの生きている理由だからかな」

 成る程。生きている理由、アイデンティティか。確かに、家柄からして門限が厳しいなど厳しく躾られているのだろう。付け加えれば、蒲郡が普段している行動も、おそらく徹底的に秩序立てられた家庭環境に裏付けされたものなのだろう。校則で決まっていれば、社会通念を無視してでも、その世界のルールをまるで憑かれたように頑なに守り続けるため、非道な手段も厭わない。

 私はそんな家に生まれなくて良かったと心底思った。きっと家に帰っても息苦しいだけなのでは、と無用の推測を入れてしまう。ただ、生まれてこの方その家で育ってきたのだろう、もうそれに違和感が無くなっているのだろう。それが蒲郡の『日常』なのだ。

 そんなことを考えていたら、気分が曇ってしまった。

丁度会話も途切れた時に、タイミングを見計らってか、丁度良い頃合いに『ママ』のセットガ来た。私は早速来たアメリカンコーヒーにスティックシュガーとミルクを入れ、口に運ぶ。年代物の陶器のティーセット。カップの底には交差した二本の剣のマーク。恐らくマイセン陶磁器の物を使っている。だが案外こういう物は贋作が多い。やはりどこかの蚤市で手に入れてきた物なのか?

・・・・・・やはり苦いのは苦手だ。それの口を治す為にママレードが塗られた食パントーストに手を伸ばし、頬張る。うん、やはり絶妙な味だ。口が浄化されていくようだ。美味である。

 蒲郡もこの店の最高の料理に舌鼓を打ってくれた所で、本題を話し始めた。

「さて、文化祭の件についてだけど、粗方資料には目を通してくれた?」

「うん。既に全て目を通した」

 やはり蒲郡、期待は裏切らない。ずっと生徒会室に投げっぱなしだった資料が時折綺麗に整頓され、尚且つ資料の種類等で全て分類がなされていたことがあった。犯人は蒲郡か?多分他にそんなことをする物好きはいない。

「さっすが蒲郡くん!じゃあ、私が頼みたいことも分かる?」

「うん、多分企画の手直しでかなり時間取られているみたいだし、文化祭実行委員会が発足したにもかかわらず、誰も動かないんでしょ?地域の人とか、物品の折衝も滞っているみたいだから、ボクが文化祭実行委員会に行って、指示出せば問題無いよね?」

 唖然呆然である。蒲郡は全て状況を把握し、的確な行動を指示出来ている。なぜこれ程の才能を持っていながら、統率する立場に立候補しようとしなかったのか。

 そのような立場には興味が無いということなのか?それとも別の理由があるのか?

「すごい!そんなにデキるのに何で立候補しなかったの?」

 その言葉を聞いて、蒲郡は俯いてしまった。

「時間が足りないんだ。全ての作業を滞り無く終わらせるには、ボクの割ける時間が全然足りないんだ」

 やはり蒲郡は、『家』の呪縛に囚われている。『家』が蒲郡の意思の自由を奪ったのだ。

「なんでそんなに家のこと気にするの?別に話せば分かってもらえるんじゃ無いの?」

「ダメだ。そんなことしたら殺される」

 段々蒲郡の顔色が青白くなってきている。それほど親というものが脅威なのか。そんな姿を見てしまい、私は居ても立ってもいられなくなる。なぜ蒲郡ほどの才能を、親によって潰されなければならないのか。いや、潰されることがあってはならない。蒲郡の素質を十分に親は理解出来ていないのだろうか。なら私が説き伏せてやろう。蒲郡には、それほどの手間を掛けるだけの価値が有る。

「分かった。私が話を付ける。貴方が活動しやすいようにしてあげる」

 それを聞いた瞬間、蒲郡は先程とは打って変わって、光が顔に差したかのように明るくなり、

「本当に?君なら出来るの?」

 と、私の手を取り攻め寄る。

 私は思わず手を振り払い、

「ま・・・・・・まあ、出来るだけのことはするわ」

 と、呟いた。

 正直、男に頼られることなど生まれてこの方初めてであった。しいて言えば、男とマトモに関わることすら初めてかもしれない。ひたすら今まで独りを貫き通してきた私にとって、これが大きな分岐点になっていることは十分自覚していた。これ以上踏み込んではいけないのではないかという意識は頭の片隅にはある。しかし、それをも凌駕する『何か』が私の頭を駆け巡るのだ。

 その『何か』の正体を知るのは、ほんの僅かなキッカケであった。


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