第8話:五人の迷子(過去追想〈1〉)
私は当時、友達は居なかった。いつも図書館に閉じこもり、お気に入りの小説を毎日読み漁っては日々を過ごしていた。どこの部活にも所属せず、独りの時間を謳歌していた。人に傷つけられるのが怖くて、人と関わるのを拒絶していたのだ。
このまま卒業して、何となく大人になっていくのか。漠然とした寂寥感が心を冷たくさせた。私という存在は、きっと社会では何の役にも立たない。そもそも人に関わる事に恐怖を覚えているのだ。生活するには必ず人と接しなければならない、ということは本とか経験から導きは出されるものの、私はそれを放棄しているのだ。まともな生活が出来る訳が無い。
そう、暗い考えしか持っていなかった私に、生徒会は役割を与えてくれた。
ある日、部活に所属していなかった私は、職員室に呼び出された。
「部活、入ってないんだって?」
ふてぶてしい豚のような顔をした女教師が、無愛想な表情で私を見てくる。
「はい」
私は、教師に顔を合わせようとせず、ひたすら安部公房の『方舟さくら丸』を読み、時間が過ぎるのを待っていた。
「あなた、人と話しをするときは、相手の顔を見て話しなさい」
「はい」
「はいはい言えば済む問題じゃないでしょ!」
豚の顔が、更に醜くなる。
「はい」
「・・・・・・もういいわ。あなたと話すのは時間の無駄だわ」
そう捨て台詞を吐くと、その教師の机の引き出しから、A4サイズの一枚の紙をおもむろに取り出し、渡された。そこには、『生徒会入会届』と署名欄だけが記載されていた。
「あなた、この学校にいる限り、部活に所属しなくてはならないことが、校則で規定されていることは、知っているわよね?」
「はい」
「どうせあなたは、どこの部活に入る気がないんでしょうから、生徒会にでも入りなさい。別に出席の義務とかは無いし、所属している体だけ創ってくれれば問題ないわ」
豚の教師から、ペンを渡される。先程の話を聞いている限り、特に私が損害を被ることは無さそうだ。
私は早速署名し、生徒会に入ることとなった。
とりあえず、最初くらいは顔を出そうと思い、翌日生徒会室に赴くことにした。
「こんにちは」
二度扉をノックした後、全く応答が無いが、解錠されていることを確認し、中に入る。
部屋には3人。奥のソファに男性ひとり。中央のテーブル近くのパイプイスに男性、女性が1人ずつ。
「やあ」
ソファに足を組んで腰掛けている、妙に爽やかな笑顔を浮かべる少年。港と名乗った。彫りの深い顔が気に障る。
「どうしたの?もしかして新入会員?」
目を輝かせてこちらに近づいて来たのは、三好と名乗る女。やけに距離を縮めようとするその感じが好きでは無い。
「こんにちは」
イスに座ったまま、蒲郡と名乗る者は、『何でもない日常』を読みながら呟く。
私は軽くお辞儀をし、すぐに帰るのはさすがに気が引けるので、余っていたイスがあったので、それを部屋の隅から持ってきて、中央のテーブルのドア寄りの所に置き、腰掛ける。少しクッション部分に穴が空いており、黄色い綿が顔を覗かせる。
「・・・・・・そっか、初めて会ったんじゃ、話し辛いよね」
私の様子を見かねて、三好が呟く。
「あなた、何で生徒会に入ったの?」
三好が続けて問いかける。
私は、今までの経緯をそのまま話した。
「へぇ~、やっぱりアナタもそうだったの」
どうやら三好の話によると、生徒会のメンバー全てが同じような手法で、半ば強制的に入会させられたようだ。
「だから、私たち『仲間』だね!」
「いやいやいや」
私は思わず苦笑する。
「あ!やっと笑った!」
鬼の首を取ったかのように、三好は喜ぶ。
そんなに人に何かをさせる事が快感なのか。人に関わることにメリットなんてあるのか?
人はすぐ裏切るものだ。どんな善意を掛けたって、そんなものをすぐ反故にする。そもそも人に善意は存在するのか?何か善意を掛けるにしたって、何かしらの得を求める。
つまりこの女は、私に得を求めているのか?相手をしてあげて、私を良い様に使おうとしているのか?
「そんなに無愛想に見えますか?」
三好から目線を反らし、再び手元の本に戻る。
「だってさ、ずっと会話もしてくれなかったんだもん」
「そうですか」
「ほらまたそういうふうに・・・・・・私たち、『仲間』でしょ?!」
この女は『仲間』という単語を気軽に使いたがるようだ。『仲間』なんて、ただ言葉の事象だけで作り上げられた虚構に過ぎないのに、そんなものを重視するのか。まあ、人それぞれ価値観は違うだろうが。
「・・・・・・分かりました。そうですね、『仲間』、ですね」
「分かってくれれば、それでいいの!もう、独りじゃないんだからさ」
その笑顔に一瞬陰が差したように見えた。気のせいか。
「まあまあ!気楽にやろう、ぜ!」
港が気安く私の肩に手を掛ける。馴れ馴れしくするな!いちいち格好付けるのが気に障る。
最初の出会いはこんな感じで終わった。とにかく『ボッチに優しくしてる俺カッケー!』みたいな奴が二人と、私と同じニオイがする人が一人。
良くしゃべる奴は、上手く自分を取り繕うとしても、言葉の端々からボロが出ている。先程の『善意の会話』なんか特にそうだ。
君の気持ちなんか手に取るように分かる、お前独りで寂しいんだろ?みたいな感じで、人を見下しているに違いない。他人にかける善意なぞ、『哀れみ』という基本的に自らを上に見ている際にしか、それは発生しない。
人からの評価を得る為、或いは自尊心を高める為と思われる、私と無理矢理会話を仕掛けてきた人間は今までにも居た。会話の内容からやはりそれは察せた。『どこから来てるの?』とか、『いつも何してるの?』とか。そんなものを聞いてどうするんだ?みたいなことを聞いては、奴らは、したり顔を浮かべる。
・・・・・・私が疑い過ぎているのもいけないのか?会話の際も訝しげな顔になっていたのか?それは、相手に聞いてみないと分からないが。
私はこの生徒会に落胆をしていたものの、希望も抱いていた。多くを語ろうとしない、蒲郡とか言う人に、私と同じ『孤独』を、深い闇を感じた。一人俯き何も喋らず、只そこに居り、話も聞いているのか聞いていないのか分からない、その面妖さ。生徒会といえば、ハキハキ喋り、テキパキ仕事をこなし、皆に良い顔をしたい自己顕示欲の塊みたいな奴ばかりというイメージであったが、そうでも無いようだ。蒲郡のような人も普通に居る。私もそんな人が居るなら、お節介焼きの瘴気に毒される事無く、何か出来そうな気がする。
あまり生徒会で働く気はしなかったが、蒲郡がなぜこの生徒会に居続けているのかも気になるので、ちょくちょく顔を出すことに決めた。
入会してから半年が経ち、ただ部屋に来て本を読むだけに徹していた私は、いつの間にか生徒会のレギュラー扱いを受けるまでになった。レギュラーになると、漏れなく誰もやらない煩雑な書類整理や業務の遂行をやらなくてはならない。何故何もしない私に仕事を押しつけて来たのかは、只出席率が良かったという一言で片付けられるだろう。
そんなこんなで経験を積んだ私は、いつしか生徒会の立派な一員となっていた
そんな私に、遂に一大イベントが降りかかって来たのである。そう、『文化祭』である。
生徒会は文化祭全体の運営と共に、イベント構成、手配などを一手に引き受ける。なので、やることはとても多く、『デスマーチ』とまでは行かないが、連日連夜一部の生徒会の人が仕事をし続け犠牲になっていくのだ。そう、生徒会と言いながら、他校と違って真面目な奴が入っている訳ではないので、一部の人間しか働いていないのだ。
今生徒会でまともに顔を出し、しっかり働いている者といえば、私、蒲郡、港、三好、大宮だ。他は顔を出すことさえ稀で、何をしているのかさえ分からない。
私は、この5人で文化祭を切り盛りすることを余儀なくされた。
ここでいきなり名前が出てきて驚いていると思うが、大宮礼子という奴が生徒会に居る。こいつは、出入りはするものの、仕事はそこまでせず、全て港に仕事を押しつけ、高笑いをするのが仕事であった。髪は生徒会にはあるまじき金髪ストレート。黒のヘアピンをこめかみ辺りにクロスさせて飾っている。言わずもがなか、セーターを着ず、胸元までボタンを外し、はだけさせ、スカートは膝丈より高く、今にもパンツかスパッツか分からないが、風で一度煽られれば中身が見えてしまいそうだ。そう、奴は常に『戦闘態勢』なのである。
男をそこまで誘惑して何になるのか。とは思っているが、以前の行動から見ても、港と大宮が付き合っているのは公然の秘密の様になっていた。ただその事象に触れない。それだけだった。そして、決まって港と大宮が一緒に居る時の三好の機嫌は、すこぶる悪かった。
そんな5人が揃っている状態で、生徒会の文化祭対策会議が始まった。仕切り役は一番融通が利くという理由から、私になった。
「それでは、文化祭の対策会議を始めます」
「はい」
いきなり、大宮が手を挙げる。
「何で綾瀬が仕切ってるんですかぁ~?」
「いや・・・・・・流れで・・・・・・」
「アタシ的には港が良いと思いまぁ~す!」
満面の笑みで港を見つめ、言い放ちやがる。それにすかさず三好は舌打ちし、
「そういうのは生徒会の外でやってくれないかな?」
表情は笑っているが、目は笑っていない。
「なら、アンタがやれば良いじゃん。ほら、やって見せてよ、ほら!」
「そこまで言うならアナタがやれば良いでしょ?」
大宮と三好の応酬が案の定始まってしまった。そこは、私が大宮に退出してもらうことで決着を付けた。
「全く・・・・・・貴女方は懲りないですね」
「全部アイツが悪いのよ!アイツが私を嘗めた態度で喧嘩売ってくるから・・・・・・」
まあ、勝手に食いついたのは三好な訳ですが、そこは煽りに繋がるので言わないでおく。
「仕切り直して、取りあえず文化祭の役割分担ですが、私の方で考えてきました。こちらをご覧下さい」
事前に作成した書類を全員に手渡す。
私を全体統括にし、蒲郡を補佐、港・大宮をイベント統括、三好を生徒出展物の管理という案である。
「ちょっと、また港と大宮がペア?少しは大宮も一人で仕事出来る様にさせてよ」
やはり三好から文句が飛んでくる。
「いやいや、大宮と港は良い補完関係だと思うの。大宮は仕事を港に上手く振り、港は大宮の指示に従ってキチンと仕事をする、良い関係だと私は思うけど」
「確かにそうだけどさ、そうだけど・・・・・・」
「まあ、この二人でダメな様なら私や蒲郡、それにアナタでフォローすれば良いし、まずはやらせて見ましょ!」
「・・・・・・分かったわ。アイツが仕事してなかったら、綾瀬にすぐ報告する」
何とか納得してくれたようだ。
「蒲郡も、この案でいい?」
「問題ない。上手くいかないと思っているなら、何か言っているはずだ」
これで生徒会の承認を受け、私が生徒会の指揮をすることになった。私が全体統括になる経緯も、一度やってダメなら次に仕事が回ってこないと思ったからだ。
私は、全体統括の面を被り、楽してやろう。そして、生徒会からは晴れて用済みとなり、帰宅部ライフに戻るんだ。
そう堅く誓う私であったが、ある時を境にそう言っては居られなくなった。