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第4話:思考の混沌

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 港達吉は、阿鼻叫喚した。彼女への後悔で、その感情を抑えきれなくなった。一日中、部屋で暴れた。整然としていた本棚は、倒され、収納されていた本は例外なく粉々に引き裂かれていた。窓ガラスは金属バットで粉々に砕かれ、むなしく風が部屋を通り抜ける。壁一面には『罪』という文字が、マジックで所狭しに書かれている。

「償わなくちゃ……」

 港は、机に乱雑に放置してあったカッターナイフを、おもむろに掴み、刃をジリジリと繰り出す。その突出した刃は、左手の手首に差し出される。

「会いに、行かなきゃ」

 天を仰ぎ、深く息をする。全身が奮い立つ。生への執念。死への恐怖。どうせ生きていても意味は無いんだ。この先、犯人とか、元凶とか、レッテル張られて苦しむだけだ。もう死ぬ以外に選択肢は残っていない。

 あの日彼女に謝ろうと、タイミングを窺っていた。俺が単に監視の目を恐れ、プレッシャーに負けた意気地なしであったこと。いつもは大口叩いて、おちゃらけてる振りをしているけど、案外脆いんだな、俺。

 彼女に、生徒会の会合の前に会いに行こうと思ったが、一歩が踏み出せなかった。なので、メールで謝ろうとした。でも、それは筋違いな気がした。文字では本当の気持ちは伝わらない。そう考え、結局、会合後教室で落ち合う約束を電話で取り付けた。電話越しに伝わる彼女の声は、少し上ずっていった。心苦しくなった。

 でも、その行為が、彼女を殺すことに繋がった。

 待たせたばっかりに、何者かに狙われ、俺を待っていた教室で殺された。

 俺が教室に着いたころには、もう脈は無かった。全身の震えが止まらなかった。彼女を抱きかかえると、涙が無数に流れ、彼女の腕にむなしく落ちる。嗚咽が止まらない。

 彼女の亡骸を見つめ、俺にはどうすることもできないと悟った瞬間、『逃げる』という言葉が脳裏を過った。それは、彼氏として最低最悪の手段だ。無責任に放置するなんて、人間では無い。だが、このままここに居れば、確実に俺に疑いの目が向く。第一発見者として、警察に名乗り出るか?……それは、俺には到底出来ない。その勇気がない。『お前が殺した』と聞かれたとき、多分、返す言葉が出てこないだろう。

 結局、俺が殺したに等しい。俺がそういう状況を作りあげてしまった為だ。

 なら、命は命で償わなきゃいけない。


 港は覚悟を決め、手首に突き立てたカッターナイフを真横に勢いよくスライドさせようとした、その時。港の居る部屋のドアが、不意に開いた。そこにいたのは、三好だった。

「あんた、何しようとしてるの?!」


 


 私の行いは間違っていたのだろうか。いや、今さら後悔したところで元に戻るということは、決してない。私の仮説が正しければ、蒲郡か港のどちらかが当日の事件にかかわる重要人物である。そして、私の知る限り、被害者の交友関係から見ると、港の線が一番有力だ。そうとなれば、善は急げと無意識に港の家に向かってしまった。


 遂に港達吉の自宅にたどり着いた。敷地面積が東京ドーム1個分超あるというから驚きだ。加えて邸宅の方も、庭には梅、桜、ヤシの木など、様々な木々が植えられていた。もちろん家に入るには、カメラ付きインターホンで身分を明かし、家へと繋がる長い御影石の道を歩まなくてはならない。金持ちの典型的な家をこれまでかと再現している。ブルジョアジー恐るべし。

 インターホンでのチェックを済ませ、港達吉とのアポを取り付け、門を開けてもらう。長い邸宅への道を通ると、入口には大勢のメイドや執事が出迎えていた。『ようこそ!』『いらっしゃいませ』『お嬢様』など、普段聞き慣れない上品な言葉が飛び交う。

 一人の執事は私の目前に現れ、入口のドアを開け、達吉の部屋へと案内してくれた。

 ロビーは、吹き抜けとなっており、天井からは三段装飾のガラス製シャンデリアがぶら下がっている。床は丁寧に磨き上げられた大理石で敷き詰められている。その上に、赤い布の絨毯が入口から中央の二階に繋がる階段までのびている。さながらハリウッドの試写会といったところか。

港達吉の部屋は二階にある。

 彼は、今何を思っているのか。


 部屋の前に着き、ドアを2回ほどノックする。乾いた木の音が、廊下に拡散する。

「入るよ」

 鍵は掛かっておらず、中から返答も無い。何かおかしい。直感的にそう思った私は、ドアを開け、中に入る。

 そこでは、港がカッターナイフを手首に突き付け、今まさに自らを傷付けようとしていた。

「あんた、何しようとしてるの?!」

 私は咄嗟に飛び出し、カッターナイフを持っている右手の手首を押さえた。港の顔は、涙を出し過ぎたのか、涙腺が赤く腫れており、目はどんより曇っているように見える。港が着ている白いTシャツや黒の半ズボンは、既に暴れきった後なのか、クシャクシャに縒れていた。どれだけの苦悩を抱えていたのかが、これらで窺い知れる。

「一体どうしたっていう、の!」

 私は、掴んでいた右手首を勢いよく床に叩き付け、カッターナイフを手放させた。

「……お前には、関係ない」

「関係無くないよ!私が今まで、どんな気持ちだったか、アンタ知ってるの?」

 何も話そうとしない港に苛立ち、私はTシャツの襟首を掴み、詰め寄る。

「知るかよ。あんたが勝手に心配してるだけだろ」

「そう……、そう思ってたんだ。だとしたら、アンタ、大馬鹿野郎だ!」

 港から発せられる身勝手な言葉に、ついに私は我慢ならなくなり、左手で港にビンタを食らわした。

「私は、アンタが学校に来なかったこと、ずっと心配してたんだから!アンタがどうしてるか、ずっと気になってたんだから」

 私は何も考えなしに、港に抱きついた。

 事件が発生して以来、港は学校に来なかった。私は、あのアッケラカンとした港がなぜ学校に来ないのかが、腑に落ちなかった。それは同じ生徒会に所属しているメンバーだからなのか、個人的な感情から生み出されたものなのかは、よくわからない。こういう心配するという気持ちになったのは、港が初めてだったからだ。蒲郡といるときは、なんというか、何も言わなくても良い、悪く言えば、お互いどうでもいいという腐れ縁のような関係。他の人物に対しても、そこまで身を案じるような思いは生まれなかった。

そうか、もしかすると、いや、確信に近いが、私は港に好意を抱いているのかもしれない。

 人に気をかけることを、初めて意識させてくれた、風変わりな人間。私とはまるで真逆なところに惹かれたのかもしれない。


「じゃあ、死ねよ」

 突如、港は床に落ちていたカッターナイフを拾い上げ、私に突き付ける。

「俺のことが好きなら、俺の為に死ねるだろ?」

「何言ってんの?意味わかんないよ」

「そりゃ、わかんねぇよな。彼女がどんな思いで死んだことも……。どうでもいいんだもんな、お前にとっちゃ。ライバルだもんな」

 私から発せられる言葉は、無かった。そう、確かに彼女が死んだことはショックであると同時にチャンスであると、反射的に思ってしまった。私にも遂に運命の輪が回ってきたのか!少し心が躍っていた。そしてこの事件は、港が他の思い人がいるために起こした、自作自演の事件であると心の奥深くでは、そう思っていた。でも、違った。港は心の底から彼女を愛していた。今港から溢れ出している涙は、私を思うあまりでなく、彼女を思うが故の涙。私に思いが行き着くことは決してないだろう。

「おい、なにしてんだよ。早く、カッター奪って、首にぶっさせよ」

 港が、カッターナイフを私に差し出す。これは私の港に対する思いが試されているのか。しかし、自ら命を絶っても、港の一時の慰めに過ぎない。また、人を追い込んだという後悔の念に苛まれるだろう。

「ほら……早く」

 港のカッターナイフが私の胸に押し付けられる。

 私は、そのカッターナイフを受け取る。柄が汗で湿っている。極度の緊張で手汗が止まらなかったのだろう。

「私には、出来ないよ」

「何で出来ないんだ?簡単なことだろ?人を追い込んで楽しむよりは、ずっと楽な仕事だろ?え?」

「うるさい」

「なんだって?」

「うるさい!黙れ!」

 全てお見通しか。今まで行った、彼女に対する数々の愚行は、港には、全て筒抜けだった。おそらく、彼女が港に告発したのか。そこまで黙っているような胆でもなかっただろうし。結局彼女の良いように、港は使われたのか。なら、彼女も悪だが、それに操られている港も悪だ。

 人のエゴも見抜けず、只彼女の言うことを純粋に信じ、鵜呑みにしていた、その無能さ。その無垢さが、私の思いを知らず知らずに傷付けた。……これはもはや罪だ。罪には罰を。罪に裁きを与えるのは、社会通念上、至極真っ当なことだ。私を苦しめ続けた、その命で贖え。

 私は、気づいた時には、カッターナイフを両手で柄が軋む程に握り絞め、刃先を港に向けていた。

「何だ?何するつもりだ?」

「……アンタを殺す。今殺す!」

 私は、本能の言うがままに、港の懐に入り、腹を切り裂こうと企む。しかし、察しの良い港は、私が飛び込んできた瞬間、後方に退き、そのまま私の膝を掴みにかかり、床に倒そうとする。

 だが、その時には、既に雌雄は決していた。

 私のカッターナイフの刃は、彼の首筋を深く捉えており、真紅の液が噴水のように流れ出ていた。それに気づいた港は、不敵な笑みを浮かべ、そのまま床に傾れ落ちた。

 私は一瞬何が起こったのかを理解できず、そのまま茫然としていたが、床に広がる鮮血がその惨状を色濃く表現していた。それを見て、不意に我に返る。

 私は、人を殺してしまったのだ。もう後には退けない。



          *



 一方その頃、蒲郡は、保健室で目覚め、再び教室に戻ろうとしていた。


 教室でボクが何を仕出かしたかは、よく覚えてはいないが、悪いことを注意した生徒に殴られたことは覚えている。

 ボクの習性、というのか分からないが、人に危害を加えられた瞬間から数時間の記憶が飛んでしまうということが日常的に発生している。目覚めた時には、必ずといって良い程加害者もボクもかなり傷ついている、なんてことになっている。

 誰がやったか、誰にやられたか、その数時間だけスコーン、と抜け落ちる、記憶障害なのである。

 一応保健室の先生には、今後こんなことを起こさないように、とハッパをかけられた。それなりに、教室で暴れてしまったのだろう。抑圧されている自我が出て来たのか?そんな中二病的な妄想を膨らましつつ、保健室を脱出し、トボトボと教室へ戻ると、ボクが記憶している時より、更に騒がしくなっていた。

 話し声を盗み聞くと、

「あの三好が脱走したらしいって」

「えー、まじー?」

「やっぱアイツが犯人だったわけ?」

「アイツの黒いうわさ、結構あったしね」

「黒い噂って?」

「港が付き合ってた彼女、そいつにちょっかいを出してたらしいよ」

「うわー、陰湿。嫉妬ってコワー」

 どれも三好を指す文言だった。

 三好が脱走?一体なぜ?あの一連の事件は、三好が起こしたというのか?なら、動機は?噂だと、港の彼女に対する嫉妬か?なぜ嫉妬を抱いていた?……港が好きだったからか?

 どうやら、ボクは三好の傍に居ながら、何も知らないでいた。それよりかは、意図的に目を逸らしていたと言うべきか。ボクは三好が怖かった。漠然とした恐怖。何を考えているのかが全くもって読み取れない。そして、例え何かがばれたとしても、白々しくそれを無かったことにする、その神経の図太さ。

 ボクは、彼女から逃げていた。何も知ろうとせず、のうのうと生きてきた。こんなに長い間、同じ場所で同じ時を過ごしてきたにもかかわらず。

 今まで三好にさり気無く救われてきたが、今度はボクが三好を救う番だ。


 ボクの足は、学校が終わるとともに、三好の家へとのびていた。


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