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第3話:急変の定義

   3



 不安というものは、連鎖する。人間にはストレスを抱えている者を見ると、それに共感し、自らも居た堪れない気持ちになるという。今回の事件が切っ掛けかは分からないが、昨日より校内暴力が増加傾向にある。漠然とした不安を抱え、それを何処へぶつけていいか、生徒も苦悩しているのかもしれない。とはいえ、ボク達生徒会としても、そのような事態が起こることはあまりよろしくないことなので、校内巡回を朝昼晩の3回行うこととなった。

 朝。ボクはいつもより早く家を出た。既に日付は5月10日になるので、日の出が早く、6時でも大分明るい。陽射しも夏仕様になっている。道端では、微かに葉の青々しい匂いが漂う。

 学校に到着。校門にはパトカーが停まっていた。おそらく昨日の事件関連であろう。憂鬱が影を落とす。

そんな情景を横目に、慣れたようにホームルームに行こうとしたが、今日からは違う。朝一番で生徒会室に行かなくてはいけない。集合時刻は七時半に設定したが、何人が学校に立ち入っているのだろうか。果たして、この行為に意味はあるのか。否、朝早くだからこそ、人目が付かないこともあって、悪事を働く者が現れるのだ。そう、あの日の放課後のように。

 そうこうしているうちに、生徒会室に到着。ドアを開くと、既に三好と綾瀬がスタンバイしていた。

「おはよー」

 三好が手を振り、ボクを歓迎する。

「おはよう」

 綾瀬は、椅子に座り本を読んだまま、ドアの音を察知し、応えた。

「おはよう。結局集まったのはこれだけか」

 ボクは傍にあった椅子に腰かけ、嘆息する。

「まあ、仕方ないといえば、仕方ないんじゃない?」

 三好は天を仰ぎながら、背伸びをする。

「まあ、元はみんな部活に入らない奴らをかき集めた団体だしね」

 哀しき哉、教師陣には期待を背負われるが、実動員がこれでは何の役にも立たない。

 結局、しばらく待ってみたものの、これ以上人員は増えることなく、ボクらだけで校内を巡回することとなった。


 朝の教室は、とても静かだ。余計なモノが全て排除され、沈黙をこの耳で聞くことを許される。柔らかな光が、教室を包み込む。

 そんな朝の情景に、奇妙なものが紛れ込んでいた。そう、変態沢野だ。

「おい、お前。ここで何してる?」

 ボクの鋭い眼光に、沢野は我に返った。右手にはリコーダー。吹き口にはよだれが万遍なく塗りたくられていた。

「はっ!私の日課がバレてしまった!ショック」

 沢野はさりげなくそのリコーダーをスカートの中に隠そうとした。けれどもその行動は、既にボクの監視網に引っかかっていた。

「おい。そのリコーダー、誰のだ?」

 沢野の手が戦慄いている。

「え、も、もちろん、私のモノに決まっていますわ!」

 リコーダーの裏穴の面には、各個人の名前が刻まれている。それを見れば一発で見破れる。

 ボクは即座に沢野の背後にすべりこみ、沢野の持っていたリコーダーを奪い去った。

 名前を確認すると、あろうことか、港達吉のものだった。

「わ、悪気があってやったのではないわ!魔が差したのよ、魔が」

「魔がさしても、やっていいことと悪いことがあるだろ!お前も生徒会の一員だろ?身分をわきまえろ!」

 沢野は、すっかりしおらしくなった。しかし、沢野の愚行はそれだけではなかった。

「見て!体育着の袋が……」

 綾瀬が、教室の隅から、空の体操着を発見した。もちろんこの時間から活動している部活は無い。しかも部活であれば、専用の着替えスペースが用意されている。

その体育着の持ち主も、やはり港達吉であった。

「まさが、お前、港の体育着を、着込んでいるんじゃないだろうな?」

 沢野の額から玉のような汗が続々とあふれでてくる。

「わ、私は、心の底から港達吉様を愛していますわ!今後濃密な仲になる私に、そんな障壁は無くてよ!」

 見事な開き直りっぷりであった。

 その後も、『港達吉様は私の物』と言い張り続け、リコーダーと体育着の袋を握り絞めたまま、三好と綾瀬に強制的に、女子トイレに連れていかれたのであった。

結局、この朝の身内の珍事以外は、これといった事件は無かった。


 時は8時45分。朝礼の時間となった。

 担任教師から、事件の詳細が改めて語られた。

 まず、今回の事件は目撃証言、状況証拠から鑑みると、他殺の可能性が高いこと。そして、その犯人は校内の生徒である可能性が極めて高いということ。このような状況であることは、自ずと生徒各員一人ひとりを調べ、『クロ』を探し出すことになることに繋がる。

 そのため、一限、二限をぶち抜いて、全校生徒のアリバイ調査、更には人間関係までも聞き出すことになった。


「わーい。授業無くなったー」

 三好は、無機質な抑揚のない声で、歓喜を表現した。

「素直に喜べないだろ。僕達生徒全員が疑われているんだぞ」

 僕というと、実は不安で頭の中がいっぱいだった。

 この事情聴取、今日欠席している人物には、何も聞けないのである。すなわち、この事情聴取が行われていることが、今日欠席している奴に伝われば、逃亡される可能性も高いのだ。これだけ学校が大がかりで犯人捜しをしているんだ。とっくに伝わっているに違いない。

 しかも、犯人は1人と確定したわけではない。実行犯と計画犯が別に存在することだってあり得るのだ。この場合のケースが想定される中でも最低最悪だ。計画犯を逃したままでは、別の実行役を見つけ、また事件を起こすかもしれない。

 果たして、この事情聴取で、犯人を見つけられるのか。


 僕らの組は、予定より遅れて、二限からの聴取となった。会場になったのは、体育館だ。体育館内を何十、何百の個室を白いプラスチックの板で間仕切りをし、1~2mの幅の通路が縦に走っている。話し声が容易に聞こえるため、全くもって、プライバシーが守られている環境ではない。この中で真実を話す生徒は何人いるのだろうか?おそらくこの場では誰もいないだろう。

 ついに僕の番となった。108番号室に導かれた。

 中には警察官が3人居り、一人は話し手、一人は書記、そして残る一人は警備だ。脱走されては元も子も無いからだ。

 聴取する警察官はナマズ顔のどうもいけ好かない野郎だった。喋る際にいちいち唾飛ばさなくてもいいだろ。口をしっかり閉じろ。

「でさ、あのー、君はさ、その事件のげ~んばなんかを見ちゃったわけ?」

 語尾を伸ばすな。気色悪い。

「い、いや、ボクは見てないですよ」

「ほんとに?」

 すかさずナマズ顔がボクににじり寄ってくる。

「もちろんです」

 ボクは微動だにしなかった。

「……学生にしちゃ、胆が据わってるな」

 ナマズ顔の視線がボクに突き刺さってくる。

 ボクはそれ程までに疑われているのか。

「その言い方は、語弊があります」

 僕はナマズ顔をにらみつける。

「分かった分かった。疑って悪かった。今日はここまででいいから、さ、教室に戻りなさい」

 ナマズ顔に手で追い払うポーズをされた。これ以上話しても無理だと悟ったのだろう。

 ボクは部屋を立ち去り、教室へと戻った。


「……あいつ、どう思う?」

 先程の事情聴取について、ナマズ顔が書記に問いかけている。

「臭いですね」

「クロ、まではいかないが、どうもあの態度は、いけ好かない」

「態度だけで決めて良いんですか?」

 書記は、不敵な笑みを浮かべ、メモ用紙をナマズ顔に見せる。

「あの子、『ボクは見ていない』と供述していました。でも、本来ならあの時間、校舎に誰も居ないはずなんですよ」

 ナマズ顔は、メモを書記から奪い、確認する。

「確か、死亡推定時刻は……」

「19時30分。全校下校時刻が19時ですから、居るはずないんですよ」

「なら犯人は、その日居残っていたらしい、生徒会の中か……」

 

その時、遠くの部屋から、壁が破れる音がした。

 騒ぎ声が瞬く間に、体育館に充満する。

「何事だぁ?」

 ナマズ顔が様子を窺おうと、部屋の扉を開ける。

「あいつだ!逃げたぞ!」

 部屋の合間の通路を、少女が駆け抜けていた。少女の目からは、涙がうっすらと零れ落ちていた。その少女というのが、何を隠そう、三好だった。

 

 

 ボクは教室に戻り、次の授業に備えて予習をしていた。他の生徒は、事情聴取の件で、話が盛り上がっていた。

「さっきの聴取、何聞かれた?」

 確かどこかの運動部に所属している躯体の良い3人のグループが、トランプで大富豪をしながら歓談している。ちなみに、トランプなどの遊び道具の持ち込みは校則違反である。

「なんか、『あんたいつ帰ったの?』とか、『犯人見なかった?』とか、それくらい」

「俺もそんなかんじー」

 3人はそれぞれ机に腰かけ、その中心にトランプを捨てる空き机がある。最初に会話を切り出した者はハートの3を出し、その次に会話を繋げた者は、空気を読まずにスペードの9を出した。それにイラつき、その次に話した者は、ジョーカーを出す。

「おい、お前、それは反則だろ!」

「別にいいだろ。何出してもいいはずだろ」

 ボクはそれらの会話に遂に苛立ち、彼らに近づく。

「おい、お前らの方が反則だろ。トランプ持ち込んでいいって誰が言った?」

 ボクは仁王立ちし、捨てられていたトランプを鷲掴みにし、罵倒した。

「別にいいだろ!お前先公かよ!犬は黙ってろよ!」

 集団の一人は、ボクに向けて痰を飛ばした。

 ボクは、その瞬間ボクで無くなるのを感じた。

  


 少し記憶が飛んだあと、ボクは保健室に横たわっていた。どうやら彼らに殴られて気絶してしまったらしい。頭に針で突き刺したような痛みが走る。ボクはよく親父に殴られるが、こんなに痛むのは生まれて初めてだ。

 頭はご丁寧にも包帯が巻かれており、氷枕も敷いてあった。

 試しに体を起こそうとすると、すかさず保健室の先生が近寄ってきた。

「ダメでしょ!安静にしてないと」

 学校医の柴又先生。スレンダーな出で立ちで、髪はロングストレート。いつも黒縁の細いメガネを着用している、近所でも評判の女医さんだ。

「あなた、殴られてからずっと気絶してたそうじゃない。何やらかしたの?」

 ボクの頬をそっと撫でる。誘惑しているのか?

「ただ、ボクは悪いことを注意しただけです」

 柴又先生は、それを聞いて、クスリとほほ笑んだ。

「もう、あなたねぇ……。そういうのは先生がする仕事!あなたは黙って見過ごすか、先生に密告すれば、それで済む話じゃない?」

「それじゃダメなんです!」

 ボクは、ベッドに握り拳を叩き付ける。

「生徒のことは生徒で蹴りをつける。それが生徒会の役目です」

 それを聞いて、柴又先生は、再びほほ笑む。大人の余裕か。

「責任感が強いのね。でも、学校っていうものは、人間形成を学習する場なの。勉強ばかり教えるところではなく、一人間として、どう立ち振る舞うかも、ここで先生たちが教え、あなたたちが学ぶの。だから、あなたのしていることは、ある意味正しくて、ある意味間違っている。この意味が、あなたに分かる?」

「……はい」

 ボクは、ぐうの音も出なかった。



 吐く息だけが、私の存在を感じさせる。

 私は、刑事の事情聴取から逃げた。理由は単純明快。私たち生徒会が疑われ、そのことについて執拗に聞かれ、それに憤りを感じたからだ。

 本当はこういう時、逃げることが一番適さない行為だということは、頭では分かっている。でも、許せなかった。耐えられなかった。私たちが疑われることが、とても悲しかった。

 確かに、あの放課後、しかもあんな遅い時間まで残っているのは生徒会位しかない。だからって『お前らがグルになって殺したんだろ』って、身勝手な断定をするのは間違っている。

 ……でも、少し冷静に考えてみると妙だ。生徒会の会議が終わったのは18時33分だ。刑事の話だと、下校時刻後に起こった事件だと言っていた。この学校の完全下校時刻は19時。私たちには、下校時刻を過ぎてまで残る理由は既にこの時点では無い。

 けれどもその日、港と蒲郡は、用事があるって言って、更に学校に残っていた。それが勘違いして、警察に伝わっているのか?……いや、その前に、二人が残る理由は?あの日は校長達と会談して、対策を考える位しかない。あと、あるとすれば先生への活動報告位だ。それはものの数分で終わるはずだ。

 だが二人は、『結構かかりそう』と言っていた。

 今考えると、その案件はいったい何だ?


 私は、そんなことを考えているうちに、自然と港達吉の家へと走り出していた。


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