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D.C.:何でもない日常

「なんで・・・・・・どうして蒲郡君が?」

 あの正義の塊のような人が、なぜあのような凶行に走ったのか。私には不思議でならない。今見せられている映像は、果たして本当のモノなのかは定かでは無い。しかし、そこには確かに犯行の瞬間が映されていた。

 この映像がもし偽物であるというならば、この映像自体が合成であること、蒲郡君自体にアリバイがあることが立証されなければならない。となると、そもそもこの映像を教室に映し出した張本人を探し出さなければならない。教室のテレビに映像を映し出せるのは、教室または放送室だけだ。教室を見渡しても人が居る気配は無い。

 私は、はやる気持ちを抑え、放送室へ向かった。


 放送室には、案の定といえば案の定なのか、鍵が掛かっていた。ドアにはガラス窓が付いておらず、中の様子を窺い知ることは出来ない。部屋は防音仕様となっているため、中からの物音も聞くことは不可能だ。

 確か生徒会で使っていたマスターキーを使えば、どんな部屋でも開けることが出来るという。一度も使用したことは無いが、今日は特別。この部屋の中に、事件の真相を知るものが潜んでいるかも知れない。

 私はためらうことなく、部屋の鍵を開けた。重苦しい金切音が鳴り響く。

「あれ、どうしたの?こんな時間に」

 そこに居たのは、『捕まった』はずの三好だった。

「あなたこそ、漫画喫茶に居たんじゃないの?」

「誰かさんの御陰で逃げる羽目になっちゃったからね」

 三好は自分を鼓舞する為なのか空笑いを浮かべる。私に一歩、二歩と近づき、首筋に顎を当て、耳元で囁く。

「それで、どうするつもりなの?」

 その目は人を貫くほどに鋭い。殺意を肌で直に感じる。背筋を一瞬で凍らせた私は、三好の両手首を掴み、体から突き放した。三好はその行動に少し驚き、笑みを浮かべ服のポケットからバタフライナイフを取り出した。

「どうしたの?いつもの綾瀬らしくないよ」

「そのままの言葉、あなたに返すわ」

 突き飛ばされた後も、三好は私から距離を取ろうとせず、少しずつ近づいてくる。上履きの靴底のゴムから発せられる湿った擦れ声が、二人の間の沈黙を一層際立たせる。

 ここで一つ行動を違えれば、一瞬で死ぬ。三好は私を『狩り』に来ているのだ。ここならいくら叫び声を上げても防音だから気づかれることがない。私の思考を予測してわざわざ蒲郡君の映像を教室で流し、放送室へと足を運ぶよう仕向けたのだ。

 しかし、一つ疑問が残る。私が先に漫画喫茶から出たのに、なぜ三好が先に学校に到着しているのか。漫画喫茶から学校までは徒歩で約3分程度。タクシーなどを使ったとしても、そこまで時間短縮にはならない距離だ。一体どんな魔法を使ったというのだ?

「三好さん・・・・・・確か、私が漫画喫茶から出るまでは中に居たわよね」

「そうだけど?それがどうしたの?」

「おかしいのよね、計算が合わないの。どう考えても私より先に学校に着く可能性が無いのよ。あなた、本当に三好さん?」

 その言葉に三好は微笑した。

「なら、誰だと思う?」

 三好は放送室にあるパイプ椅子に反対向きに腰掛け、背もたれに頬杖をつき、ジイッと私のことを観察している。その表情には、余裕すら感じられた。

 三好では無いというのなら、一体誰なのだ?だが、声や顔、体型などを見ても、どう考えても三好なのだ。所詮誰かが変装していれば、何かしらのボロが出てしまうものだ。髪型はカツラだから、少しでも激しく動けばズレてしまうこともあるし、体型を誤魔化そうとしても、完全に合わせることはどう考えても学生の領分では不可能だ。声もボイスチェンジャーやサンプラーなどで合わせたとしても、人間の耳は微妙な違いにすぐに気づいてしまう。だが放送室で遭遇してから今までで、いずれの不都合な部分は見られなかった。

 つまり、『三好であること』以外考えられないのだ。

「・・・・・・分からない。誰が変装しているなんて、考えられないわ」

「正解」

 瞬きをする間に、三好は私のすぐ横まで間合いを詰めた。少し怖じ気づいた私は、近くにあったパイプ椅子の背もたれを掴む。

「一体どういうこと?まさか超能力とか使ったの?」

 自嘲気味に私は呟く。三好はバタフライナイフをしまい、無邪気な笑みを浮かべる。

「うーん、おしいかな」

「おしい?」

「そう、おしい。ものすごく」

「そう言われても、分からないものは分からないよ」

「じゃあ、ヒントあげる。ヒントは、この学校の伝説」

「伝説?あの『カマイタチ伝説』のこと?」

「当たり」

「その伝説と三好が早く着いたことに何の関係があるっていうの?」

 その言葉に、三好は待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべる。

「よくぞ聞いてくれました!」

 嬉々と私に近づき、ポケットから何枚か写真を取り出した。

「これって・・・・・・」

「そう。事件の前にあった盗難事件とかの現場写真」

 あの殺人事件が起こる前に、道徳の教科書が盗まれたり、学生証が盗まれ、掲示板に磔にされていたりなど、不審な事件が多発していた。

「でも、これと『カマイタチ伝説』に何の関係があるの?」

「実はこれは脅迫では無く、ある術を発動させようとしたものなの」

何を言い出すかと思えば、突拍子も無いオカルト話だった。この状況になっても、私をからかおうとしているのか

「じ・・・・・・術?貴方、事件が起こって頭がおかしくなったんじゃないの?」

「おかしくなってないよ?いつもの三好だよ」

「いつもの三好ならバタフライナイフなんてチラつかせないでしょ」

「それもそうだね」

 三好は右手に握りしめていたバタフライナイフを床に投げ捨てた。手のひらにはクッキリと握っていた痕が残っていた。

「ごめん。どうかしてた」

 三好はそう言うと、私の胸元に飛び込み、大声で泣きじゃくり始めた。私は優しく三好の頭を撫で、なだめる。



 しばらくして、ようやく三好の情緒も収まり、事件について再び聞くことにした。

「結局、術とかいう話は本当なの?」

「うん。最初は本当かなって半信半疑だったけど」

 三好は術に関する詳細を語り始めた。

 今回の事件で使用された術はなんと『時間跳躍』だという。そもそもカマイタチの伝説自体が、時間跳躍してきた者による傷害事件が、昔の人には妖怪の仕業に見えただけのことであるという。

 なぜ、時間跳躍した者の姿が見えないのか。よくカマイタチは『つむじ風』と共に現れ消えていくという特徴がある。これは『時間跳躍』で過去や未来に干渉出来るのはせいぜい数秒だからだという。

「でもたった数秒じゃ、事件起こそうとしても起こせないんじゃないの?」

「そう。そうなんだよ。でも、その数秒っていう制限をもし破れる方法があるとしたら、どうする?」

 三好の言動が示唆すること。それは、今の時間軸に居る人間だけが犯人とは限らないということだ。

「本当にそんなこと、出来るの?」

「出来るよ。だって実際にやって見せたじゃない」

「・・・・・・まさか、貴方は未来から来た三好ってこと?」

「ご明察!」

 ようやく合点がいった。何故私より先に学校に着いていたのか。そもそも三好は移動していなかったのだ。この時間三好は2人居るのだ。今の時間軸の三好と未来の三好。つまり、目の前に居る三好は事件の顛末を全て知っている。

「驚いた。本当にそんなこと出来ちゃうんだ」

「凄いでしょ!」

「でも術だけで『時間跳躍』出来るの?何かタイムマシンみたいなモノを使ってるんじゃないの?」

「いやいや、そんな大層なモノを使わなくても出来ちゃうよ。ある儀式をすればね」

「儀式?」

「ほら、さっき見せた写真あるでしょ。あの行為自体が儀式なの」

 三好が説明するにはこうだ。まず心と体の分身を集める。心の分身に当たるのは『道徳』の教科書。そして体に当たるものが『学生証』となる。それらをいずれも九十九個集め、カマイタチ像の前に捧げる。そして、カマイタチ像の後ろの地面に五芒星の魔方陣を描き、呪文を唱える。『やり直したい。(特定の日時)から人生をもう一度。ヌライイセンジヲキトルボノカサ』という随分現代っぽい言葉を口にすれば、指定した時間に跳ぶことが出来るという。

「本当だって思うなら、一度やってみれば?変えたい過去なら、あるんでしょ」

「まさか、私を過去に跳ばす為に、わざわざ来たの?」

 三好は黙って親指を立てた。

「蒲郡の悲劇を断ち切れるのは、もう貴方しかいない。だから」

「突然言われても・・・・・・」

「お願い!蒲郡を救ってあげて」

 三好が私の両肩を掴み懇願する。過去を変えるということは、今居る世界とは永遠に別れるということだ。もし過去の改変が失敗したとしたら、永遠にその過去に捕らわれ続けることになる。

 私にそれだけの覚悟は・・・・・・、ある。私は救いたい。蒲郡君の闇を、蒲郡君の運命を、蒲郡君にどう思われようが構わない。私は蒲郡君を愛しているから、誰が何を言おうと彼だけは救ってみせる。

「分かった。行くわ、三好」

 そう呟いたその時、背後から足音が一瞬で迫ってきた。振り向きざまに目に映り込んだのは、銀色に光る刃。

 その刃は無情にも私の体を貫いた。体中に激痛が走り、身動きが取れなくなる。まだ顔が見れない。もう少しで見られる。

 首のひねりの限界まで向けた。そこに居たのは、蒲郡君だった。

「危なかったよ。もう少しで邪魔されるところだった」

 既に三好も私と同様に刃の餌食となっており、床に横たわっている。私も失血が進行し段々立っていられなくなり、膝を落とす。

「蒲郡君・・・・・・いつから居たの?」

「へ?ついさっき、さっきだよ、さっきのさっき」

「『時間跳躍』してきたの?」

「あったりぃ!キミ達が『カマイタチ』について感づく未来があったので淘汰しに来た」

 早口でまくし立てる蒲郡君。もう、その表情や仕草に普段の蒲郡君の面影は一切無かった。

「ねえ、今刺されてどんな気持ち、ねえねえねねえねえねええええねねえ」

 眼が物凄い早さで泳いでいる。言葉を発する度に風が吹き、私の体を切り刻んでいく。

「ここにはアナタの成功の二文字は無い。せいぜい生まれ変わって出直してきなさい」

 その言葉が聞こえている時にはもう、痛みのあまり意識を保つのでもやっとだった。

「ねえ・・・・・・ひとつだけ・・・・・・聞きたい、んだけど」

「なに?」

「何で大宮さんを・・・・・・殺したの?」

「簡単だよ。港が狂う姿が見たかったんだ。あんなに三好が好きな港が大宮のために大声上げて泣いている姿を見れば諦めるでしょ」

「それだけの・・・・・・ために?」

「まあ、人を試しに殺したいと思ったのもある。この『時間跳躍』も出来るようになったしね」

 蒲郡君の得意げな笑いが、私の耳をいたぶる。どうして、そんなことのために・・・・・・。

「また・・・・・・会えたら・・・・・・私のこと・・・・・・」

「なになに、告白?」

「すきになって・・・・・・くれる?」

「無理」

 その瞬間、蒲郡君はトドメとばかりに、私の喉元を切り裂いた。


 私は、暗い闇の底に墜ちて言った。



 目が覚めると、私は教室に居た。まだ誰も居ない、早朝の教室。季節は冬なのだろうか、空気が肌を切り裂いていくような冷たさを感じる。

 いつもなら、早起きの蒲郡君が先に来ているのに、どうしたんだろう。珍しく寝坊かな?

 いつもなら冴えている意識が、今日に限って混濁している。昨日たっぷり睡眠時間取ったはずなのにな。

 私はすぐに襲いかかる睡魔への抵抗を止め、机に伏せた。


「おはよー」「元気?」「なにやってんだよ!」

 目覚めた時には、いつもと変わらない、何でもない日常が繰り広げられていた。


<D.C.>

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