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第11話:ボクの呪い

 あいつはとっくに死んでいると思っていた。いや、確かに殺したはずだ。この手で彼の息の根を止めた。そのはずだ。何故か復活を果たしている。死んでいる人がまるで何事も無かったかのように、ピンピンして歩き回っている。おかしい。この世に要らないと言って殺したはずなのに。

 今日は復活祭か。これで宗教が一つ出来上がる。血だらけの眼で世の中は赤く燃えさかった様に見える。神々しいというのはこのことを指すのか。

 君と逝けるのなら本望だ。


 結局昨日は蒲郡君に電話を掛けたが、全く繋がらなかった。家族がいるはずなのに、何故電話に出なかったのか。もう既に何か起こってしまったのか。単に外出していただけなのか。不安だけが無限に膨らむ。

 もう朝日が部屋を照らし、煌めく宝石へと姿を変えている。

 今日は一体何が待ち受けているのか。微睡む足に鞭を入れ、ベットから立ち上がる。

 


 ボクは今日、遊園地へ向かう約束をしていた。誰と約束したかは・・・・・・あれ、思い出せない。とにかく誰かと待ち合わせをしているはずなんだ。あ、たしか三好だった気がする。

 今日は制服しか着ていない。そうか、それもそうだ。ボクは制服が大好きだから。校外でも良く制服を着て出かけたりする事なんて、ボクの場合は良くある話だ。

 浮ついた心を落ち着かせる為に、コーヒーを一杯飲み干し、街へ出る。


 遊園地は街に無い。突如街に現れたのだ。どこからともなくやってきた。偶然学校に出来た。とても不思議な世の中だ。娯楽が世の中から減っていく中で、娯楽から一番縁遠い所にやってきた。ある意味皮肉とも取れる。

 ゲートでは愉快な門番が訝しげな顔をして、左右に立ち塞がっていた。

「チケットはありますか?」

「はい」

 実はこの遊園地、学校に出来たということで、学生証を見せれば無料で入れるのだ。素晴らしいサービスだが、こんな事をしていたらうちの学生が勉強しなくなるのでは無いかという疑念が同時に発生する。その辺は教師陣やボク達生徒会の仕事ぶりに掛かってくるのだろう。

「朝だから人が少ないのかな」

 朝から遊園地に押しかけてしまったものだから、どこのアトラクションでも待ち時間無しで乗れる。ならば、一番人気のお化け屋敷に入ろう。三好が来る前に、中がどうなっているのかを把握し、ボクがちゃんとエスコート出来る様にするのだ。

 ボクはいつでもお化けを殺せるように、包丁を持ち歩いている。いつお化けがボクを侵食して来てもおかしくないので、お守りとして持っている。足や胴体に付きまとっているような感覚が常に襲って来るのだ。

 いざ、お化け屋敷に潜入する。

 中は真っ暗で、何があるかを把握することは出来ない。壁に当たり、手探りで道を進む。空間全体が冷えている様な感覚が体中を襲う。周りがどうなっているのか把握出来ないので、それに対して恐れを抱いているのか。体がやけに硬直していて、一歩一歩が足に枷をしているかのように上手く出せない。

 壁にぶち当たる。勢い余って壁に頭をぶつけてしまう。鈍痛が頭部に走る。

「痛ぇな」

 壁が言葉を吐き出した。いや、壁に見えていた人間が、言葉を発したのか。ボクは恐る恐る壁から後ずさりし、少し間を置き口を開いた。

「あの・・・・・・どちら様で?」

 話しかけられたことに気づき、その壁は人に姿を変え、ボクの方に振り向いた。

 その人は、ボクが直接手を下し、殺したはずの父であった。

「お前、ここで何をしている」

 一瞬目を疑った。だが、その人を蔑むような目で、一瞬で認識することが出来た。こいつは間違いなく父である。ボクを散々縛り付けてきた『呪い』だ。

「何って、今日は学校だよ」

「学校?どう見ても遊園地にしか見えないが?」

 間違いない。この口振りはボクに罰を与えるつもりだ。またボクを追い詰めて『人並み』にしようとボクをつけてきたのか。あの日、確かに殺したはずなのに。どういう風に殺したかは全く覚えていないが、アイツは間違いなく絶命したはずだ。ボクの意識が戻った時に、アイツの体に触ったが、既に全身が冷たくなっていたから。

 何故なんだ。ボクが何か悪いことをしたというのか?体にへばり付いていた『呪い』を引き剥がすために処分したというのに、まだしつこく付きまとってくる。ボクの人生をこれ以上蹂躙するつもりなのか。

「それより、いつここに来た?ボクが殺したはずだよ」

「へへ」

 父と見られる物体は、不敵な笑みを浮かべ、途端に体が心中から二つに割れた。綺麗な桃色の内蔵の欠片が顔を見せる。その二つに割れた体は地にへばり付き、瞬時に失われた体の部分が修復された。父が二人になったのだ。

「あんた・・・・・・一体何者だ?」

「へひはは、お前に復讐しにきたんだよ」

 地に伏した父の片割れがボクの足に絡みついてきた。父の腕はグニャグニャに曲がり、まるで蔓のように。

「お前はいつになってもどうしようもない奴だ。もういらないから殺してあげるよ」

「いつになっても?ボクはもう十分大人だ!こうやって生徒会の会長も立派にやってる。みんなに慕われてるんだよボクは!もう昔みたいな誰にも見向きもされないボクとは違うんだよ!」

「その言葉が、まるで子供だと言ってるんだ。それは自分で思っているだけだろ?誰に聞いたでもないだろ?どこにその保証があるというんだ?」

 ボクは無性にその言葉に怒りを覚えた。衝動的に、少し拘束が緩んでいた左足を振り上げ、父の頭部に振り落とす。

「いい加減にしろよ」

 父の頭部は二つに割れ、直ちに修復し、双頭となった。

「「お前はいつになっても子供だ」」

 もう我慢の限界だ。怒りに震えた右手は、自己意思を持っているかのように、持ってきていた包丁に手が伸びていた。

「ボクはもう、子供じゃないんだ」

 手に握られた刃の先は迷いを失い、獲物を捕らえることに集中した。空間の中を目にも止まらぬ早さでその刃は走り出し、二つに分裂した父を木っ端みじんに切り裂いた。

「もう出てくるなよ、亡霊」

 自然と笑みがこぼれた。ようやくこの瞬間、『呪い』が解けたのだと確信した。

 深く息を吸い込み、今生きていることを実感する。大丈夫、夢じゃないんだと自分に言い聞かせる。

 周りには、父の顔をしたお化けが、ボクを殺そうと今か今かと迫っている。窓の外には得体の知れない、目玉ををクリリと出した一つ目の鈍色の球体が、ガラスのバリアを破ろうともがいている。奴らはまるでシュールストレミングのように悪臭を放っている。臭さが目に染みて、うまく目が開けない。

 畳み掛けるかのように、壁や床が泥のように緩くなり、そこから無数の手が生えてきた。その一つがボクの足首を掴み、引きずり込もうとする。

 父を殺しても、世の中にはありとあらゆる呪いが存在し、今何の因果か、化け物という形で具現化している。ボクはありとあらゆる呪いを受けて生活している。呪いに縛られ、身動きが取れなくなっているようだ。

 針を突き刺したような痛みが、体全身を襲う。それもそのはず、壁や床から無数に伸びた手には包丁が握られており、それぞれの刃はボクを刺しているのだから。

 ボクが何をしたというのだ。ただボクに絡みついた呪いから解き放たれようと、自ら呪いを断ち切っただけだ。ボクは悪いことはしていない。

 握っているこの包丁は何のためにある?ボクがこの世界で生きるために握られた『決意』だ。この包丁を手放せば、ボクはまた呪われてしまう。ボクはまだ死にたくない。

「ボクの邪魔をしないでくれ」

 包丁は生きる術を必死に探すように宙を彷徨い、地に落ちた。それと同時に、大量の手が眼前を埋め尽くし、ボクの体を蹂躙し、ひれ伏す。

 絡みつく手が肺を圧迫し、息をすることすら辛くなってきた。息をすることすら罪であるというのか。

 意識が段々と遠退いていく中、辺りから無数の声が鼓膜に突き刺さった。

「この人殺し!」

「死んでしまえお前なんか」

「生きている価値なんて無いんだよ、お前は!死刑になっちまえ!」

 一体何でなんだ。ボクは罪から逃れようと遊園地に来て、見事に美しい『禊』をついさっき終えたばかりであるというのに。 これ以上何をすればボクは報われるというのか。

 何故ボクばかり攻めるのだ。悪いのはボクじゃない。両親という化け物だ。その化け物を生み出した世の中だ。ボクに悪いところなんか一つも無い。なのになぜ、ボクばかり悪者にならなければいけないのだ。

 もう考えても無駄だ。そもそも世の中が間違っていたのだ。ボクはこんなことにも気づけていなかったのだ。

 生きることさえ苦痛になっていたボクに、再び生きる力が宿りだした。

 縮こまっていた肺は空気を求めて拡張を始め、体中に絡みついた無数の手はみるみるうちに溶け始めた。まだ生きたいと願う欲求に、体が呼応している。

「ボクはただ生きたいだけなんだ!邪魔しないでくれ」

 ボクは再び『呪い』に手を掛ける。呪いは様々な形に擬態し、ボクに襲いかかる。ボール、電球、蛇、ネズミ、ゴキブリなど、ありとあらゆる憎しみの塊が具現化している。ボクはそれに立ち向かわなければ、この先生きていくことは出来ない。

まだ刃は折れていない。まだいける。

血の付いた刃を優しく舐めあげ、今にも標的に襲いかかろうとした、その時。

「もうやめて!」

 突然、体が空間に捕らえられた。その場から一歩も前へ進むことが出来ない。何かに引っ張られている、そんな感触。

 何の仕業でこうなっているのか、直感的にボクは後ろに振り向いた。ほのかに甘い香りが漂うその見慣れた顔が、目の前に現れる。

「これ以上、罪を重ねないで」

 ボクを羽交い締めにして捕らえていたのは、いつもは感情的にならない、あの綾瀬であった。


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