9話
ボッシュは手際良く男達を縛り上げ、二人共を馬に乗せると自分は手綱を引き、帰路を急いだ。
まだ他に仲間がいるのなら口封じに戻るかもしれないと危惧したからだった。
「さて、起きてるんでしょう?僕らも出発しないと」
小屋に残されたレイジーは足先で、倒れたままの女の脇腹辺りをつついた。
脇腹ならばくすぐったい程度で、ひどいうちには入らないだろうという彼なりの配慮であった。
「どうしてっ、私が一緒に行かなきゃならないのよ」
女はゆっくりと体を起こして、床に座った姿勢でレイジーを睨み付けた。
道に迷った少年と思って親切にしてやったのに、追っ手で、しかも危険極まりない人種――自分達と同じ、悪党の臭いがする。
初対面で、しかもごく短時間で毒使いということを悟られたのは初めてで、衝撃的でもあった。
「だって、僕は逃げた人を知らないから。あなたの仲間だったら、あなたが捜すのが一番手っ取り早い」
真顔でレイジーは言う。
「あなたに拒否する権利は与えない。さっさと起きて凍えたくなきゃ上着着て。お宝を追い掛けなきゃ」
「そんなんで、言うこと聞くと思ってるの?どうしてあんたみたいなガキにっ」
言いなりになるのが悔しくて、立ち上がった女は言い募った。
レイジーはため息をついて頭をかく。あの騎士のため息ぐせが移ってしまったようだった。
「だから、拒否権はないんだよ。言うこと聞かないなら、これ使うけど?あんたなら解るよね?俺は口説く以外で女と話すの好きじゃないんだ。さっさとしてくれる」
ひどく面倒臭そうに、懐から取り出した小瓶を振ってみせる。中には赤黒い液体が入っており、わずかな粘性をもって緩やかに波打っていた。
「『心縛りの血』?!あんた、同業者?」
もう彼は答えもせずに、瓶をかざしたまま、じっと待っていた。
女は唇を噛んで自分の外套と肩掛け鞄を手に取り、身仕度を整える。
『心縛りの血』は、数種類の草から抽出した液体で、その名の通り服用者の心を縛る。思考能力を奪い、命令された簡単なことのみを行うしかできなくなり、しかも解毒はできない。
こんな少年が持てるようなものではない。あれを調合できる人物は限られているのだ。
訳のわからないうちに、この少年に逆らうのは色んな意味でまずい、と悟らされたのだった。
ようやく素直に従ってくれた女に微笑みかけ、レイジーは木に繋がれた馬の所までやって来た。
「あれに乗るから。いい馬でしょ。騎士がくれたんだよ」
「一頭しかいないの?」
「あんたの馬はないから、相乗りするしかないね」
女は、機嫌によってころころ喋り方の変わる少年を睨み付けた。しかし、ここで拒否してもさっきのように脅されるか、もしかしたら走れと言われるかもしれない、と思い直す。
「分かったわよ。私はロクスタ」
「僕はレイジー。お姉さん前ね。下手なことしたらグッサリいくよ」
無邪気な子供のように告げられて、ロクスタは一呼吸置いて反論を飲み込んだ。恐らくこれからは一時も心の休まる暇はないだろう。
こっちは亀更新です……