5話
雪の道を二つの騎影が進んで行く。時々止まり、行き先を確認したり、地図を出したり。
ボッシュは無言で連れを睨み付けた。
残る一人と追う二人に別れた彼らは、すぐに死体が消えた辺りを隈無く調べ、何ものかが去った方角を突き止めた。
荷物を作り直し、金や食料をできるだけ掻き集め、馬にまたがって追跡を開始したのだ。
しかし。
「眠いから寝る」
レイジーはボッシュの返事を待たずに、自分の乗る馬とボッシュの座る鞍の後ろ側を紐で繋ぎ、たてがみに顔を埋めた。
彼としては、ボッシュに追跡の才能があると判明したために安心して任せたのだった。割りに合わないことはしない、人ができることは人に任せる。それがレイジーの信条である。
ボッシュは、口を開けば人をおちょくってくる道連れが気に食わなかったが、いきなり寝ると宣言して馬上で眠り始めた彼を見て、やや不安になった。
落ちるのも心配だが、確か昨晩酒場の喧嘩を止めた時に、飲まず食わずで歩いてきたと言っていた。しかも早朝の騒ぎである。
本人は同意してついて来たが、相当疲れがたまっているのではないだろうか。
どこかで休憩でもとろうかと思った時、馬が怯えたように鼻息を荒くした。
馬上で揺られながらうたた寝をしていたレイジーは、馬が震えるのと同時に、冷たい風に乗ってきた異臭を感じた。
無言で馬から飛び降り、臭いをたどって道を外れ、暗い木々の間を進む。
「嫌な臭い。これは血の、臭いだ」
馬を引いて、自分と同じく徒歩でついて来たボッシュにようやく聞こえる程度の声で呟いた。
獣か、人か。
木の根元に転がる血まみれのそれは、片腕の無い男の死体だった。
「これはさっきの奴だ。俺が腕を斬った」
「へーえ。やっぱ君いい腕してるねぇ。この人自分でここまで来たと思う?」
ボッシュは周りをみて首を振った。ここまで残っていた足跡は人一人にしては深く雪に残されていた。おそらく誰かがこの人物を担いで逃げたのだ。そしてわざわさここまで運んだのに捨てていったということは。
「あの時はまだ死んでなかったんだな」
「身元の解るようなものはないねぇ」
今更だが、あの時すぐに追跡しておけば、何か掴めたのかもしれない。そう思うとため息をつかずにいられなかった。
「君ってため息多いねぇ。若いのにおっさん臭いって言われない?」
またもやレイジーに言い当てられ、じっとりと睨み付けた。
「やだなぁ。僕が綺麗だからって変な目でみないでくれる」
「お前なぁ」
本気か冗談か、レイジーはへらず口をたたいてボッシュをからかった。肩をすくめてにやけながらも、遺体の周りを立ったりしゃがんだりしながら、観察していた。
複数の足跡。雪をかけてそれを消そうとした跡。まだ時間がそれほど経っていなかったのか、林の奥へ続いているようだった。
「あっちか。猟師の休憩小屋か何かがあるらしい」
ボッシュが預かった地図を確認して方角を示した。手掛かりが無いので、手当たり次第捜すしかない。
先に立って歩きながら決意を新たにすると、後ろから声がかかった。
「そこに居たら、全部殺すの」
淡々と、吐かれる言葉。
思わず振り返って見た顔は朝方にしていたような、心の抜けたような冷えた顔。
「…捜し物があるか解らないし、事情も解らないので殺すのは得策ではない」
「そっか。それもそうだ」
納得したのか、子供のように素直に頷いた。
「お前、何なんだ?そう言えばさっきも、盗賊を皆殺しとか言ってたな」
同行者について、全く知らないことを思い出し、ボッシュは問い掛けた。通常は他人の事など気に掛けない性分だが、レイジーはあまりにも異質だった。
「何って、うーん。旅をしてるんだ。ずっと捜してるものがあってね。盗賊とやりあったのも、その途中でね。別に初めから退治しようとしたんじゃなくて、邪魔するから戦ってたら、結果的に死んじゃったんだよね。それに皆殺しじゃなくて何人も逃げたよ」
ある意味そっちのほうが凶悪ではないかと思いつつ、ボッシュはレイジーに問い掛けた。
「何を探してるんだ?」
レイジーはちょっと黙ってから、自分の傷ついた顔に手を当て、残った目でボッシュを真っすぐ見つめた。
静かに静かに言葉を紡ぐ。
「目を探してるんだ。
『世界の目』を」