32話
三人は宿へ辿り着き、主人の愚痴と嫌みとを受け流して何とか二部屋確保した。
今回は妥当に男女で別れている。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、報酬は何が貰えるのかな」
荷物を無造作に部屋の片隅へ放り投げ、小さな椅子に座りながらレイジーは口を開いた。
口調は軽いが、表情は珍しく真剣に、ボッシュの答えを待っている。
確かに、先輩騎士がレイジーには報酬を約束していたが、具体的な話は何もなかった。
その事は若干不安だが、仮にも国家の騎士団の一員たる人が約束を違えるとは思いたくない。
「まぁ、今回はほとんどお前が取り返したようなもんだし、余程の無茶言わなきゃいけると思う」
片方だけの深い青を見返しながらボッシュは言う。
言いながらも、この正体のつかめない青年は、大金や爵位など、普通の人が欲しがりそうなものは頼まないだろう、という予感もしていた。
「報告書、書くから。決まってるなら言えよ」
どんな事を言うのか、期待と少しの不安とを混ぜて問えば。
「んーと、あのお姉さん」
予想外すぎて、若い騎士は固まった。
「――お前あの女に惚れたの?」
何とか気を取り直し、ボッシュは報告書に苦戦しながら問いかけた。
レイジーはベッドに行儀悪く寝そべって、脱いだブーツの手入れをしながら首をかしげた。
「ん?何故そうなる。あの人からかうと退屈しないしさ、曲がりなりにも薬師だから連れてると役に立ちそうでしょ」
ボッシュは動かしていた手を止めて、その言葉を反芻する。
共に旅する間に情が芽生えて、彼女を助けたくなったかと思って少し見直したのだが、どうやら違っているようだった。
「お前、親切そうだが実は最低だな……あいつの意思は無視か。役立つって」
「財布がわり?大金もらっても管理が大変だけど、あれなら必要なときに薬つくって売れば良いわけだよ。その辺の薬草使えば原価も限りなくタダ!すごいでしょ、良い考えだ」
楽しげに『良い考え』を披露するレイジーは、いつものようににこやかで少女のように美しい微笑を浮かべていて、その真意は窺いしれない。
ロクスタは何と言うか分からないが、この案を採らなければ恐らく裁かれるか、それも無しに葬られる可能性もある。
それは彼女に限らず、この得体の知れない青年についても同じだろう。
盗賊退治とやらの件で既に目をつけられているなら、この二人とはここで別れて好きな所に行ってもらった方が後腐れがないに違いない。
自分の評価がどうなるかは微妙なところだが、故意に逃がしたと思われるのは確実だった。
報告書にも、どう考えても有りのまま書くことは出来ない。
深いため息をつきながら、苦労性の騎士は再びペンをとったのだった。
「そういう訳で、お姉さんこれからもよろしくね」
「――どういう事かしら?どういう意味なのかしら」
今後の相談、という事で二人がロクスタの部屋を訪ねて決定事項を伝えると、彼女は目元と口元をひきつらせて二人を交互に睨み付ける。
愛想の無いのは肩をすくめて明後日の方を向き、無駄に愛想のいいのは嬉しそうに彼女を見つめている。
彼女としては、この二人から離れさえすれば逃げ出す自信はある。これまでも一人でやってきたのだから。
どう見てもお気に入りの玩具をみる子供、または活きのいい獲物を見つけた野生猫の目をしているじゃないの!
内心で悲鳴をあげて、唾を飲み込んだ。
「まぁ、何と言うか、こいつには報酬をもらう権利があるし、あんたを連れて帰ったら多分、死罪だし。これだけ腕が立つ奴といれば安全だろ」
実に面倒くさそうにボッシュは言い、レイジーはそれにもっともらしい顔で頷いている。
「ほとぼりが冷めて、こいつが飽きたら別れたらいいんじゃないか?」
「それまではお姉さんが好きな所に連れていってあげるよ。僕も色んな所で『世界の目』を探さなくちゃならないからね。持ちつ持たれつ、というだろ」
レイジーが「僕」と言う時は本心を隠している時、というのを経験上悟ってしまったロクスタは、うんざりとした顔になった。
恐らく当分の間、解放されることはないのだろう。
この、訳のわからない、人格の不安定な青年の事をもっと知りたいと思ってしまったし、炎の中で見た不思議な術に魅せられたという自覚もある。
決して、愛や恋では無い。
「うん、断じて違うわ。――他に選択肢もないから、一緒に行ってあげるわよ」
年上らしく鷹揚にかまえて了承すると、若い騎士は話がまとまった事にほっとため息をつき、残る一人は目を細めて猫のように笑ったのだった。