31話
「お前達が居る僅かな間にこの街の至る所で騒ぎが起きていた。出来ることならもう来るなよ」
コンラートは携帯食の包みを渡しながら、三人を順に見て言った。顔を覚え、見つけたら追い出す、とその表情は語っている。
「意図的じゃないのに」
奥から手を振る彼の妻とオットーに目礼しながらボッシュが呟くが、宿の主人は聞く素振りも見せない。
「俺は結構気に入ったんだけどなぁ。まだ全部見てないし。今度は一人で来ようかな?美味しそうな屋台もあったんだよねぇ」
そしてその場の妙な緊張感を叩き壊すように、レイジーが陽気な声をあげた。
一瞬沈黙が支配し、太い眉を寄せた宿の主人が口を開く寸前、ロクスタが手のひらを軽く打ち合わせた。
「さぁ!行くわよ小僧共。お弁当まで用意していただいたんだから、ちゃんとお礼言いなさいよ!――お世話になりました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。では」
一息で挨拶を済ますと、有無を言わさずにこやかに二人を促しその場を辞した。
「成功したんだか上手いことやられたんだか微妙だよねぇ。確認してなかったけど、その指輪で合ってるんだよね?」
来た時と同じように自分の前にロクスタを乗せたレイジーは、隣で馬を進めるボッシュに問いかけた。居心地が悪そうな顔をしているロクスタも、身動きを止めて騎士の答えを待つ。
「……今更だな。多分これで合ってる。真上から光を当てると、紋章が見える」
「へえ?よかったな、思ったより楽だった」
嬉しげなレイジーの言葉には答えはなかったが、うんざりしたような二対の視線が向けられていた。
短期間ではあったが、気の休まる時はなく、最終的には蒸し焼きにされかけたのを楽と言い切るのには二人ともついて行けなかった。
彼自身は連れが二人ともそう感じているのに気付いてはいるが、だからと言って思ったことを口に出すのをやめる気はない。
むしろそういう反応を引き出すために口に出しているとも言える。
連れのいる旅がこんなに楽しいなんてね。
胸のうちで呟いて、レイジーは一人笑った。
騎士団に追われているわけではないが、出来るだけ帰路を急ぐ。
レイジーの前に乗るロクスタは、乗り心地が悪いのと続く沈黙に耐えられなくなり、口を開いた。
「あの、ね。気になっているんだけど、あなたあの時何をしたの?あの透明の玉は何だったの?探してるって言ってたやつ?」
「はぁ、びっくりした。静かだから寝てるのかと」
「そんな訳ないだろ。俺もアレについては気になる」
先程とは打って変わって真剣な眼差しに、レイジーは自分も表情を改め、肩から提げた鞄を探った。
取り出した球体は高くなった陽に照らされ、それ自体が発光しているように輝いて見える。
「あの時と色が変わってないか?」
目を細めてそれを眺めていたボッシュが顔をしかめて問うと、首をねじ曲げていたロクスタは更に首をかしげた。
「そうだったかしら?」
「あ~中身が無くなったから、ただの綺麗な玉だよ。それでもまあ、この透明度は馬数頭分の価値はあるけど」
さらりと言われた台詞にボッシュは片眉をはね上げ驚きを示し、ロクスタは口が半開きになる。
「なんだか、色々意味がわからないんだけど……」
「どうも、分散しちゃってたみたいだ。都合のいい事ばかりじゃないね」
眩しそうに目を細め、答えになってない答えを返す。
口調の軽さとは逆に、彼の表情が哀しみを浮かべているのを初めて目にした二人はそれ以上聞き出す気にはなれなかった。
「あの町で一息いれるか。あのじいさんはまだ怒ってるだろうけどな」
柄にもなく気遣う様子を見せたボッシュは、二人の視線を受けてふと気恥ずかしさを感じ、腹も減ったし、などと付け加えた。
あぁ…
何とか終わらせます!
あともう少しお付き合いくださいませ