30話
闇の中騒ぎに気づいて起きてきた野次馬や、出動してきた騎士達を避けつつ宿に戻った三人は、心配して待っていた店主への挨拶もそこそこに寝床に潜り込んでいた。
普段は恐ろしく早起きのレイジーも、起きたのは次の日の昼近くだった。
「うぅ、こんなに寝てしまったなんて、損した気分。昨日はやり過ぎたか」
顔の半分近くを隠している布を新しいものに取り替えつつ、大欠伸をする。
もう一方のベッドでは、まだロクスタが深い眠りについている。静かな呼吸からはまだまだ目覚めそうに無いことが窺えるが。
昨日からまともに食事をしていないし、地元騎士団の追求を避けるためにも、この街からはさっさと逃れるべきである。
今日はどうやって起こそうか?
レイジーは手を伸ばし、彼女の顔を隠していた髪の毛をそっと払う。
やや顔色の優れない寝顔を眺めてから、耳元に唇を寄せて囁いた。
「お姉さん、朝だよ。下から朝御飯のいい匂いがしてるよ」
彼女は息がかかってくすぐったそうに身動ぎするが、まだ目覚めない。
レイジーは青い目を細めてしばらく考えたあと、さらに身を屈めた。
「っひゃあ、なにっ?」
数瞬の後、ロクスタは不思議な悲鳴をあげて飛び起きた。狼狽えて見回すと、ベッドに腰掛け満足げな顔で自分を見守るレイジーと目があった。
「おはよう?今日は早く起きたね――残念」
笑顔のまま謎の台詞を言い置いて、部屋を出ていってしまった。
残されたロクスタは寝起きではっきりしない頭のまま呆然としている。
気持ちよく眠っていたのに誰かに呼ばれたような気がして、それを無視していたら妙なことが起きたような気がする。
くすぐったくて、気持ちよくて、ゾクリとする感覚。
もしかして、耳、舐められたの?
去り際のレイジーの顔を思い出すと、頬が熱くなってくるのを自覚した。
あれじゃあ、まるで『男』みたい。
ロクスタは熱を追い出そうと頭を振って、目眩を感じた。
こんな時は食事をしてから落ち着いて考えるべきだ。現実から目を背けても、どうしようもないとは解っているけれど。
「よぉ」
ロクスタが降りて行くと、ボッシュとレイジーは既に食べ始めていた。
三人は何となく無言のままで、目の前の皿を空にしていく。
宿の主人コンラートは満足そうに皿を片付けると、湯気のたつお茶を振る舞い、何も言わずに奥へ引っ込んだ。
「指輪も取り返したことだし、とっとと戻らなきゃならないんだが、いいか」
ボッシュが二人を交互に見ながら言えば、レイジーは顎で湯気を受けながら首を傾げた。
「思ったより早く片付いたよね、大変な目にはあったけど。報酬は貰えるのかなぁ」
二人の会話を聞きながら、ロクスタは一人、沈んでいく。
捕虜として協力している立場であったため、あとは自分の裁きを待つ身である。彼女としては到底素直に喜べなかった。
「じゃあ、後でな」
ちらり、と若い騎士は俯いたままの彼女を見たが声をかけることなく部屋へ戻っていった。
「お姉さんはどうなるのかね?」
目を細めて普段と変わらぬ様子で呟くと、机の上に出ていた彼女の手を軽く叩いて、レイジーもまた荷造りのために部屋へ戻って行った。