3話
酒場にはまだ灯りもなく、店の外からも住人の活動する音はしない。
静かな静かな店内では、レイジーと名乗った若者と、騎士のボッシュが店主と彼が作るはずの朝食を待ちわびていた。
テーブルに伏せていた顔をそのままぐるりと動かし、レイジーは若い騎士に問い掛けた。
「君達この国の騎士なんだよね。こんなしけた街で何やってんの?何かいいことあるの?」
ある意味とても失礼な質問に、ボッシュは眉をひそめた。まだ部屋で休んでいる上官が聞けば激高するであろう。騎士に対する敬意の全く感じられない態度や、『しけた街』という部分は特に。彼としてはレイジーの評価に異論はないが、それを伝える義理はないし、なぜ自分達がここにいるかは知らされていないので言うこともできない。上官は部下を軽んじ、上官にのみ誠意をみせる人種であった。
「知らん」
結果として彼としては正直に答えたのだが、相手はむしろ興味をひかれた様で、顔を上げて椅子に座り直した。そのまま無表情・無言で首を傾げて彼を見つめている。
「…君ってもしかして上司に嫌われる?若造が腕が立つからっていい気になりやがって〜とかさ」
相変わらず美しい顔の口元を皮肉げに歪めてレイジーが言ったのは、まさに昨晩ボッシュが同室の先輩騎士に言われたことである。何故に酒場の喧嘩を放置したのか、と問うた彼に対する答えがそれであったのだ。
しかし図星であろうと目の前の人物に悟られるのは癪であるし、今だに警戒は解いていない。立ち聞きでもしていたのかもしれない。
「お前は口先だけで世間を渡って渡った先に落し穴って感じだな」
二人は無言で睨み合う。空腹からくる苛立ちが、不毛な争いに拍車をかけているかのように、更に言い募ろうとした時、辺りに焦げ臭い臭いがしているのに気がついた。
厨房に人影はなく、店主が起きてきた気配もない。
「上か?」
二人がテーブルから離れて階段越しに二階を見上げた時、金属音と悲鳴のような叫びが上がった。
二階の部屋のそれぞれの扉からは黒っぽい煙が上下の隙間からもれており、慌てて二人が駆け上がった時には赤い炎までちらちらと見えはじめていた。
「うわっ!荷物が!」
扉を蹴破り部屋に飛び込んだレイジーを尻目に、ボッシュは自分達の使っていた部屋に急いだ。聞き間違いでなければ先程の悲鳴はいけすかない先輩であり、奥の部屋からは金属音がしていた。まだ誰かが戦っている。
剣を抜き飛び込んで最初に目に入ったのは、血だまりの中に倒れた男。それなりに腕の立つ騎士であったのに、屈んで確かめた彼は、もう息がない。
ボッシュは呼吸を整え、大きな窓辺に目をやる。開いた窓の下にはもう一人の先輩騎士が布で覆面をした人物と戦っていた。明らかに劣勢である。加勢しようと腰を浮かせたとき、ベッドの影からうめき声がした。
「…ヒルバート様!」
寝ているところを襲われたのか、寝巻姿のまま斬られて落ちたようである。胸元と腕を斬られ、明らかに致命傷であった。それでも彼は震える腕を伸ばし、ボッシュの腕を驚くほど強い力で掴んだ。
「…盗られた…手紙と…」
かすれた声でそれだけを絞りだすように伝えると、腕は力を失い床に落ち、目の焦点はぼやけていった。
ボッシュは訳のわからない遺言に一瞬硬直したが、すぐに気持ちを切り替え立ち上がる。
戦う二人を伺い、騎士が力尽きて膝を床につき、敵が止めをさそうと剣を振り上げた瞬間に距離を詰め、一閃でその腕を飛ばした。
「…ボッシュ…か」
茫然とする騎士の襟首を引っ掴んで自分の後ろへ転がし、片腕を無くしてもなお戦意を保つ敵を見据えた。
「何者だ?何でここを襲った?」
ボッシュの問いに覆面男は体を震わせ、うめき声のような返答を返した。
「…何も知らんか、哀れな騎士め!」
憎悪すら感じさせるその声に戦慄を覚え、先程の遺言が頭を掠めたその一瞬、男は開いた窓から身を踊らせた。石畳に叩きつけられたその音に、慌てて窓から下を覗きこめば、腕の傷口以外からも出血しながら痙攣する姿が見え、ボッシュは舌打ちした。
「君達、逃げないと焼け死ぬよ?あ、もう死んでる」
場違いな声に我に返ると、部屋から助けだせたらしい外套を纏ったレイジーが立っていた。
「お前、手伝え!こっちは生きてる」
目につく荷物を掻き集めて窓から放り投げてから、ボッシュはレイジーに手伝わせて腰の抜けた先輩騎士を宿から担ぎ出した。